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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第十四話 日曜日のさたでい



 一頻(ひとしき)り泣いた後、泣いた顔を見られないように、周りから向けられる冷たい眼を見ないように、日向は俯いて、四階の楓の部屋に戻った。


「ただいま……」

 部屋には楓はいなかった。

 薄暗い楓の部屋を通り、自分の部屋に入る。

 襖を閉めて、敷きっぱなしの布団の上に倒れ、死んだように眠った。




「もう、日向、無理するなよ、大丈夫か?」


 司が困ったような笑顔で、日向の目尻のあざを優しく撫でる。


「ふふ、くすぐったい」

 

 司、やっぱりここにいてくれるんだ、どっかに行っちゃったりなんかしてないんだ。

 あれは、全部悪い夢だったんだ。

 ふふっと笑って、司に手を伸ばす。


「司、もう、行かないで」


 そう呟いた瞬間、パシンッ 手に衝撃が走った。

 ハッと目が覚めた。


「……夢」

 目の前には眉をひそめた楓が、虫を見るような目で見下していた。

 右手が赤くなってるから、楓に叩かれたんだろう。


「……あれ、楓、どうしたの?」

 司のいない現実に、悲しくなった心を隠すように、俯いて眼を擦りながら上体をあげる。


「うわ、わた…ぼく、汗臭い」

「わかってるんなら、さっさと出て行き。四守が待っとる」

 電気のついてない部屋の窓はもう暗く、楓の背後の部屋の電気が眩しい。


「え、隼? ん、いま何時?」

「午後八時や」

「え! そんなに寝てたの!? 」

 起き上がろうと腹筋に力を入れた瞬間、ぐうっとお腹が盛大に鳴った。


「うう、お腹すいた」

 よろよろと立ち上がると、着物姿の楓はまだ日向を見下したままだった。


「あ、起こしてくれて、ありがとう?」

 なんだろう?と思いながら、無理矢理に笑顔を作って、疑問系でお礼を言う。

 眉をひそめた楓は、日向の顔をじっと見て、それから何も言わずに自分の部屋に戻っていった。


 玄関の前では、隼が待ってるはずだ。

 日向がお風呂の用意をして食券を持って部屋を出ようとしたとき、

「食事は、部屋に運ばせることもできる」

 と、楓が机に向かったまま教えてくれた。

 日向はちょっと笑って頷いた。

「ありがとう、楓、いってきます」



 辛い気持ちは、司が夢の中でちょっと癒してくれた。

 眠ればだいたい元気になるんだ。

 そう言い聞かせて、笑顔をつくってふらつかないように自分を自分で支える。


 まだ、二日目だ。がんばれ自分。


 扉をあけると、大きな壁があった。


「隼、迎えにきてくれてありがとう!」

 首をぐいっと上げて、隼を見上げる。少し眉を下げた隼は、気づかうように頷いた。

「……ん」

 そんな隼に安心して、ほっと息を吐いて、その隣に並ぶ。

 鍵を閉めて、隼と歩き出す。


「飯、食った?」

「へへ、実は、あの後ずっと寝ちゃってて今起きたところなんだ。管理人さんに食事を部屋まで届けてもらうことにする。ちょっと一階で玄関に寄っていい?」

「ん」

 一階まで降りると、玄関の手前の小部屋で、管理人に食券を渡す。

 メニューの表を見せられ、カツ丼定食を一時間後に運んでもらうことにした。


「どちらのお部屋にお運びしますか?」

「えっと……」

 楓の部屋にいることは他言無用だ。後ろにいる隼をチラッと見る。

 あ、でも迎えに来てくれたってことは、もう知ってるのかな?

 不確かなことには用心しておかないとね、また楓に怒られる。


「ねえ、隼、隼のところで食べてもいい?」

 頼りすぎかな……?

 不安げに隼を見上げると、気にしてなさそうに、ん、と一つ頷いてくれた。

「ありがとう! 四階の四守隼の部屋にお願いします」

「かしこまりました」




 そのまま風呂場へ向かい、日向は個室へ、隼は大浴場へ分かれる。


 三〇分後に待ち合わせて、シャワーを終えた日向はさらしを簡単に巻いて、浴衣を着て、風呂場の前で待っている隼のところへ駆け寄った。


「おまたせ!」

「ん」

 一緒に部屋に戻る隼は、お風呂上がりで短い金髪は少し垂れている。

 

 すれ違うたびに、死獅、という単語が聞こえたり、武器を構えられたり、蔑む眼を向けられた。

 それでも、日向は歯をくいしばって、前だけを見て進んだ。


 隣の大きな壁のような隼がいなかったら、きっと、こんな簡単に進めなかった。

 隼は何も言わず、いつも通りの眠そうな目をしてただ黙って日向の隣を歩いてくれる。



 隼の部屋に着いたとき、ふぅーっと大きく息をついた。

 背後で鍵を閉めた隼が、うち履きを脱ぎながら、ついで、というように頭を撫でてくれた。

 途端に、目頭が熱くなった。

 俯いて、うち履きを脱いで、部屋の中央の机と座椅子にうながされるまま座った。


 部屋は、昨日の夜に入ったときとほとんど変わっていなかった、まだ解かれていない木箱や布をかぶった板などが壁に並んでいた。


 隼は浴衣の胸元を緩めながら、のんびりとお茶を用意してくれた。

 

 向かい側の座椅子に片膝を立てて座る隼は、くつろいでお茶を飲んでいる。



「……隼は、なんでそんなに、優しいの?」

 俯いたまま、聞いた。


 昨日のお昼も助けてくれた。お風呂も昨日も今日も一緒に行ってくれた。

 今日だって、もしかしたら阿修羅のときに隼を傷つけてしまっていたかもしれない。

 阿修羅の姿を見ても、態度を変えない隼に疑問がわくのは当然だろう。


 反応がなくて、ゆっくりと顔を上げると、隼は少し目を逸らして、考えるように眉をひそめた。

 その表情は、既視感があった。

 昨日のお風呂の後、撫でさせてほしいと言った時の顔だ。


 なんだか、急に心が和んだ。


 座椅子から立ち上がり、机の向かい側に座る隼の真横にちょこんと座った。


「ん?」

 不思議そうに、いつもの眠たそうな眼で日向を見る隼に、正座をして、その胸元に頭を突き出す。


「助けてくれたお礼。好きなだけ撫でて」

 自分で言うのもなんだか変な気がするが、これが隼へのお礼になるなら、好きなだけ撫でてもらおう。


「…………ん」

 長い間の後、大きな手が、日向の頭にのった。

 ぎこちなく、ゆっくり、ゆっくりと頭のてっぺんから、耳の後ろに何度も何度も手が動く。

 あったかい大きな手が、すごく落ち着いた。

 ぎこちなかった手が、どんどん慣れたように髪をすくように撫でられる。


 気持ち良くって、ふふ、と肩を震わせて笑って、眼を閉じる。


「……似てる」

 突然、わしっ と両脇の下に手がはいり、ふわっと身体が浮かんだ。

「え?」

 気づけば、隼のあぐらの上にすっぽりと入った。

「すごい、ぴったり」

「ああ」

 日向は、そのぴったり感に驚きながらも、撫でられる心地よさに完全に身を委ねた。

 頭撫でてもらうのは、久しぶりだ。

 ふふっと笑いながら、隼のお腹にもたれた。

 両親と司と別れてまだ二日しか経っていないのに、もう自分はこんなにも人のぬくもりに飢えてたんだ。と、しみじみと感じる。

 寂しかったんだ、と。

 抱きしめるように、日向のお腹の前に腕を回して、頭を撫で続ける隼に、自然と笑みがこぼれた。


「隼は落ち着くな、なんか、新しい兄ができたみたい」

「兄がいるのか?」

 眼を閉じて、ふぅーっと息を吐く。

「うん、勝手に兄貴って思ってる、幼なじみなんだ。司って言ってね、厳しいときもあるけど、たまに甘やかしてくれるんだ」

 夢の中で、励ましてくれた司を思い出す。


「ぼくを、ずっと守ってくれてるんだ」

 手首の御守りを撫でながら、ふっと微笑む。

 司のことを思い出すと、自然と笑える。


「そうか」

 隼も少し顔を綻ばせて頷いて、撫でるのを再開した。


「隼にも兄弟はいる?」

「……四人、姉と兄が二人ずつ」

「多いね、隼は末っ子なんだ!」

「ん」

 背後の隼の顔は見えないけど、なんだか寂しそうな気配がした。

 お腹に置かれた腕に手をのせて、日向は顎を上げて背中を逸るように上を見上げた。


「兄姉に会いたくなった?」

 そう聞くと、隼は遠い目をして、首を横に振った。

「いや、あんまり会わなかったから、それはないな」

「そうなんだ」

「ん」

 兄姉との関係はあまり良くなかったのだろうか?

 あまり深く聞くこともできない。

 でも、とてももったいないような気がした。


 何故、兄弟に憧れがあるのか自分でもわからない。

 もしかしたら、失った九歳までの記憶の中に、自分の本当の兄弟がいたのかもしれない。

 どうしても、兄、という存在を探してしまう。

 いや、兄じゃないかもしれない……温もりを気兼ねなく分け合える、安心できる存在がほしいのだ。だから、その温もりを無条件で与えてくれる、受け入れてくれる存在を無意識のうちに求めてしまう。


「ねえ、隼、ぼくの兄にならない?」

 半分冗談、半分本気で提案してみる。

 自分はいま、寂しいのだ。辛いのだ。しんどいのだ。


 日向を見下げて、ちょっと眼を見開いた隼は、ふっと笑って、

「ん」

 とうなずいた。


 どれだけ辛いことがあっても、良いことだってある。

 優しさと温もりを与えてくれる存在に出会えたことに、日向は、ふふっと笑って、また背中を隼にあずけた。




 コンコンッと扉が鳴った。

 日向が立ち上がって扉を開けると、夕食が運ばれてきた。

 カツ丼定食を受け取って扉を閉めて、鍵をしっかりとかける。

 とたんに、部屋にカツ丼の匂いが充満した。


「はぁぁー! 美味しそう!」

 机の上にお盆を置いて、両手を合わせる。

 ぐうぅぅと盛大にお腹が鳴る。

 なんてったって、昼ご飯も食べてない空の胃袋なのだ。


「ごめんね、人の部屋で勝手に食べさせてもらうのはなんだか図々しい気がするけど、許して」

「ん」

 気にしてなさそうに、立ち上がった隼は部屋の片付けをはじめた。


「隼って、意外と物が多いんだね」

 木箱をそのまま左の襖の中に運ぶ。

 襖の奥に、木箱がたくさん並んでいるのが見えた。


 物置に、そんなに積み上げて大丈夫?

 

 木箱が天井に届きそうなほど敷き詰められた襖の奥を、そっと見ないことにした。



「ばあちゃんが……」

「ん? ばあちゃん?」

「心配性なんだ」

 首の後ろをかきながら、木箱に触れる隼。


「ばあちゃん子なんだね」

 穏やかな笑みで、隼を見る。


 見た目からは想像つかないが、この壁のような青年はなんとも優しい穏やかな性格をしてる。

 その性格は、おばあちゃん譲りなのかもしれない。


 見たことのない隼のおばあちゃんを想像して、日向は和んだ。







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