第十一話 名隊の訓練場にて1
日曜の朝、まだ肌寒い風の吹く空の下。
太陽が光を強くする頃、五番隊の一班から五班の五十一人が訓練場の一角に集った。
若葉色の羽織を着た男たちがそれぞれの武器を携えて整列し、目の前の隊長の月桂と副隊長の桜屋敷楓を見る。
顔合わせとして、隊長と副隊長としての挨拶を行ったあと、それぞれの班長と副班長の挨拶を行った。
二班の班長の楓が副班長を紹介する。
「副班長の、藤さんです」
三十代後半の黒髪を後ろになでつけた藤は、がたいがよく、「いかつい」という言葉が似合う。
「藤だ、よろしくな」
口の端を上げて日向たちを見渡す。口数は多くなく、年を感じさせる目尻の深いしわが印象的で、巨大な斧を背中にかけている。
戦学制のいる二班は、平日は戦学と周囲の城下町を中心に巡回することが伝えられた。
まずは巡回で街の治安維持の任務から始め、少しずつ様々な任務に参加していく形になる。
「新人は、この通信機を携帯するように」
藤から渡された一センチ角の黒い薄板には、中心に黒いボタンと、一辺に回すと「一、二、三」と白い文字が現れる歯車がついていた。
「ボタンの長押しで電源が入る。任務中は常に電源を入れておくんだ、そうすればいつでも連絡が来る」
ボタンを長押しすると、歯車の部分が薄く光った。
「通話するときは、この中心のボタンを二回叩いて長押ししながら話せ、横の歯車の数字で相手が決めれる。一が班長、二が副班長、三が全員に向けて連絡できる。昇格すれば、もっと機能がいいやつがもらえるから、まあ頑張れ」
藤の説明に、日向はその黒いボタンを長押しした。
歯車を一に合わせて、
「楓」
と呟いてみる。
三メートル程離れた位置にいる楓が少しだけ顔をしかめた。
本当に聞こえてるんだ! すごい!
じっと薄板を見ている沖奈に、藤が言う。
「だいたいはピアスにして耳にはめてるやつが多いな」
藤の耳にもピアスがついている。
「かっこいい!」
今度、黒い板と接合するためのピアスを買うとして……問題は……。
日向は自分の穴の空いていない耳たぶに触れた。
見上げた、隼の耳には沢山のピアスがついている。
「隼、耳に穴開けるの痛い?」
「ん、そんなに」
「日向、おれにあけさせてよ!」
ニコニコと笑顔でのたまう沖奈は無視だ。
「隼、あけてくれない?」
「ん、夜な」
隼は頷いて了承してくれた。
これで通信機の準備は安心だ。
副班長の藤の口から、任務中の巡回の道順や報告方法、決まりなど細かい説明がされていく。
一通りの説明が終わり、十一人の顔と名前を覚えた頃、パンっと月桂が手を叩いた。
「じゃあ、残りの時間でそれぞれの実力を測ろう。一応、編入隊員の実績や、新入隊員の成績は知ってる。でもこれから、実戦で共に戦う仲間だ。どう使うのが一番効率的か、理解を深めないとね。」
ぐるりと五〇人を見回す。
「ここはいくらでも治療が無料で受けられるから、存分に戦ってくれ。訓練程度で死ぬくらいなら、実戦では要らないから」
月桂は笑ってない笑顔で辛辣な言葉を当たり前のように紡ぐ。
完全な効率主義の実力主義だ。
訓練場のかなり離れた場所には、四番隊も説明を行っている。
「四番隊は面倒くさい奴が多いから、迷惑かけないように気をつけてね。わたしは責任とらないから」
訓練場の一角に五番隊のそれぞれの班が場所をとる。
二班でも、副班長の藤が対戦相手を決めていく。
「新人は……」
十一人だから一人余る。
「三人で戦ってくれ」
藤の指示に、日向は、隼と沖奈を見た。
三人で顔を合わせる。
隼は相変わらず眠たそうな眼を向けてくるが、少し興味があるのか、ちょっと楽しそうに口の端を上げている。
沖奈はパァッと顔を輝かせて日向だけをじっと見ている。
日向はすぐに左腰にさしている黒刀の柄を握った。
「ルールは、正午まで相手を再起不能にした方が相手の食券を全て奪うことができる。」
ざわっとした。
まだ四月が始まったばかりだ。
今月分の食券は大事だ。給料日までまだまだ日にちがある。
戦学制の日向には、食券の追加なんて買ってられない。
負けられない!
「なに、負ければ、今後の任務で活躍して稼げばいい。それに、負けなければいい」
それぞれが、十分な間隔を空けて準備をするなか、隊長の月桂と副隊長の楓がそれぞれの班員の戦闘を見回る。
三角を描くように日向と隼、沖奈は向かい合った。
沖奈はニヤニヤと日向を見つめて、左手を腰の藍色の銃に添えている。
隼は口の端を上げて両腰についていた黒い鉄を手にした。そして、どこかボタンのようなものを押した瞬間、ガシャッと音がして、黒い巨大な手裏剣のようなものが隼の両手に現れた。
「すご!!」
自動で変形する武器のようだ。
かなり新しくて高いものなんじゃないか?
キラキラの眼でそれを見ながら、日向は黒刀の柄を握って構えた。
「日向、おれは本気でいくよ、この時間は許可された訓練の時間だ。阿修羅に会うためには、きみを半殺しにしてでも引き出すから」
ギラッギラに目を輝かせた沖奈を、日向はキッと睨んだ。
「きみみたいな非常識なやつに、二度とやられないから!」
「始め!」
月桂の声に、沖奈は左手に構えた藍色の銃を日向に向けて連射した。
くると思った。
地面を蹴って、沖奈の銃弾を避ける。
隼は……いない!
隼のいた場所を振り返った時、そこには砂利のえぐれた後しかなかった。
殺気!
しまった。
銃弾を避けた先、目の前に黒い刃が見えた。
その瞬間、身体中の血がそれを拒否するように、勝手に身体が動き、背を逸らしてその刃を避けた。
「ん」
金色の髪が見えたと思ったら、すぐにもう片方の黒い刃が日向を襲う。
嫌だ。
その武器に一瞬でも当たってはいけない。本能がそう言っている。
身体中が、その武器に拒否を示している。
ゾワゾワする身体を制御して、後方に下がる。
隼の動きは眼でなんとか追うことができる。でも、避けるだけでも一苦労だ。
その勢いも、速さも尋常じゃない。
隼は名隊の入隊試験で、一人で三十人を倒せるほどの実力と体力をもっている。大きな身体なのに動きも身軽だ。
すごいや。
これが、名隊員なんだ
日向は朝日奈道場では味わえなかった興奮を覚えた。
後方に跳んだ瞬間、殺気を感じて左に避ける。
先程いた場所に、沖奈の銃弾が跳ねた。
「うんうん、いいね、そうこなくっちゃ」
沖奈が後方で何かを用意する気配を感じながら、目の前の獣のような隼を避ける。
もう一度距離をとった瞬間、左頬に痛みが走った。
隼の短剣が日向の頰をかすめた。
「っつ」
そうだ、隼は中距離攻撃も褒められていたんだ。
その短剣は、そのまま後方の沖奈にも飛んで行ったが、簡単に銃で弾かれていた。
隼は日向と沖奈を同時に攻撃してる。
でも、まだ攻撃は荒い。
地面を蹴って間合いを詰めてきた隼に、ふっと笑んでみせた。
隼の眼が少し見開らかれる。
間合いを詰められた瞬間、抜刀した日向は地面に這う程姿勢を低くし、地面を蹴って隼の懐に入り、虹色に輝く刃をその首に当てた。
「つっ」
首の薄皮を一枚、撫でるように切った瞬間、怯むことを知らない隼は、日向の脇腹に肘を叩きつけた。
「うっ」
瞬時に間合いをとる。
パァンッパァンッ
後方から放たれる無数の不規則な銃弾を避けながら、まずは隼だ、と狙いを決めて再度見つめる。
首から赤い血を流し、面白いものを見るように日向を見つめる隼。
日向も脇腹を撫でて笑みを深める。
すごい、すごいや! 首を取られてもすぐに反応できる瞬発力まである。
日向は再度構えた。
同時に間合いを詰めようとした、その瞬間――
ガクッ 膝が折れた。
「え」
足に力が入らない。目の前の隼の金髪が、ぼやけた。
パァンッパァンッ
両手に激痛が走り、黒刀が地面に落ちる。
膝立ちも苦しくなり、崩れるように肘と膝でなんとか身体が地面につくのを防ぐ。
油断してた。
あの沖奈だ。
催眠薬と催淫薬を普通に使う沖奈だ。ただ銃弾を放つだけなわけがない。
隼に集中しすぎた。
顔をあげると、隼も口を塞いで膝をついていた。
「うん、風向きもいいね」
満足げに沖奈が近づいてくる。
周りを見ると、近くで戦っていた二班の隊員が口を押さえていたり、こっちを睨んでいたりする。
「……また薬でも撒いた、の?」
匂いはわからない。でも、身体が痺れて、視界がぼやけ、頭がグラグラと揺れる。
激痛が走る両手には、銀色の長い針が何本も刺さっていた。
手が痺れて、その針をとることすら難しい。
「身体の自由を奪うのを、ちょっとね。大丈夫、ここにいるような獣たちなら、数時間で元どおりだよ。おれ、食券とかは興味ないから」
日向の前に立ち、ニヤッと笑う沖奈を、キッと睨む。
「はぁ……この状態から阿修羅になったらどうなるんだろう、やっぱり人外的な動きを見せてくれるのかな? それとも身体は人間だから、このまま動けないのかな?」
ぼやけだした視界の隅に、隼がものを投げるのが見えた。
沖奈は背後を振り返ることなく、隼の投げた短剣を銃の側面で弾く。
周りから、薬への当て付けのように矢や短剣が気ままに投げられる。
それを視界に入れることなく弾くと、左手のように自在に操る銃で、一人一人打ち返し、再起不能にしていく。
その顔に感情はなく、ただ自分の興味を満たすための研究を、邪魔する者を排除するだけだ。
ああ、沖奈は、天才だ。
会ったのは二人目だ。
楓と、同じ存在なんだ。
沖奈は周囲を見渡すことなく、身体が震えだした日向の前に屈む。
「日向に向けた銃弾に痺れ、混乱を招く薬を含ませたんだ。その空気を吸うだけで、普通の人は瞬倒するんだけど、やっぱ、日向は面白いね。まだ意識があるんだ。」
風で流れた薬が周囲にも及んだようだ。
「針には、追加の麻痺とちょっとした毒も塗っておいたんだけど……どれだけ効いてるのかな?」
日向の左頬の血を指の背で拭うと、ぺろっと舐める。
「うーん、血の味は、普通……かな? ちゃんと調べないとな」
日向の目尻のあざを撫でながら好き勝手思考する。
「発動条件は、目元のあざかな? おれでも発動させられるのかな? やっぱり自分の意識が必要とか?」
沖奈の言葉を聞いているはずなのに、まったく脳内に入ってこない。
ぐるぐる回る視界は、もう意味を読み取ることができない。
どこか遠くで、低い声が聞こえた気がする。
ああ、また怒ってるんだろうな、楓……。




