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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第六話 名隊入隊式2



「愛知国首相、入場!」


 その声に、会場全体に緊張がはしった。

 舞台の右手から現れ、中央に立ったのは、灰色の混ざった黒髪を後ろになでつけた大柄な男だった。

 左頬に大きな傷があり、黒い瞳は全隊員を隙なく見ている。

 白いシャツに金色の刺繡が施され、若草色の下衣に皮の編み上げブーツ。

 戦学制の正装の何倍も質の良い服の上には、腰までの黒い上衣を重ね、金地に黒の刺繡で蛇の描かれた帯を締めている。

 その肩にかかっている若草色の羽織には名隊の象徴であり、中部州愛知国の国花である、秋桜が金に光っていた。


  鍛え上げられた身体は隼よりも大きく、男から出でる威圧が、舞台から離れている日向にも襲い掛かるほどだ。

 息をのんだ瞬間、ぶるっと身体が震えた。

 こんな人、いるんだ……。

 人間というより、野生の獣のような荒々しさをはらむ鋭い瞳に、日向は目をそらせなかった。

 日向だけでなく、会場の新入隊員は皆、息を飲み、体の震えを抑えようと拳を握って愛知国の首相を見つめた。


「愛知国首相に、敬礼!」


 ザッと空気が一つになり、全隊員が敬礼の姿勢をとる。

 右手を心臓に、左手を腰に、肩幅に広げた足で、真っ直ぐ首相を見上げる。

 舞台上の各部隊長と副部隊長も、中央に立つ首相に敬礼をする。

 この敬礼は、戦学で一番に教えられる。


「中部州愛知国の首相、織田(おだ)晃将(あきまさ)だ。皆、よく試験を乗り越えた」

 低い、心臓に響くような声に、日向は再び身体を震わせた。

 どこかで聞いたことがあるような、それでいて、聞いたこともないような、記憶がぐるぐると廻る不快感に奥歯を嚙みしめた。


「二週間前、四国・中国州を敗し、占領した大阪国が『天下統一』を宣した。大阪国の魔の手はすぐそこだ」

 ごくっとつばをのむ音が響く。

「中部州を死獅が闊歩し、民が襲われ、土地が奪われるような、五年前の愛知国を襲った『死獅の悲劇』を繰り返すことは許さぬ」

 低い声が轟く。


 『死獅の悲劇』?

 なんだろ、戦学でも習っていないよね?

 日向は五年前の出来事について知らない。新入隊員の中でも、はっと息をのむ者と、分からないような顔をしている者がいる。


「中部州を守るのは、其方等名隊の使命だ!」

 ビクッと新入隊員が震えた。

 織田の発する声が、身体を委縮させる。

「健闘を祈る」

「「「「はっ!」」」」

 各部隊長が応じて、最敬礼をする。


 その後、織田から各部隊長に若葉色の羽織が渡され、織田が会場から消えた。

 日向は、立っているのがやっとだった。

 巨大な蛇に睨まれ続けたような、獅子に牙を向けられたまま立っていたような気分だった。


 織田が会場からいなくなった後の意識は朦朧としていた。

 気づけば、入隊式は終わりに近づき、各部隊長の説明や、名隊の組織構成、寮についての簡単な説明が行われた。



「以上にて、第六十八回『名古屋専属戦闘部隊』入隊式を終了する」

 その声に、日向は身体の力を抜いた。

 約一時間の入隊式が、半日ほどの長さに感じた。

 それは日向だけでなく、織田の威圧に当てられた新入隊員たちは難し気な顔をして息を吐いている。

 これから寮へ案内され、各部隊に分かれ、改めて隊長と副隊長との挨拶と羽織の受け渡し、班分けが行われる。


「ふーっ すごかったね、首相さん」

 一番隊から会場を出ていく中、順番待ちで背後を見ていた日向に、沖奈がため息まじりに言う。

「本当に、蛇に睨まれてるかと思った」

 ほっと息を吐きながら同意すると、隼も難しい表情でこくりと頷いた。


「五番隊副隊長の桜屋敷楓です。五番隊員はこちらです」

 副隊長の楓が、簡単な自己紹介をした後、日向たちを一瞥して、そのまま出入口の扉へすたすたと歩いていく。

 慌ててその後ろに続き、三人は会場だった天守閣を出た。


 楓は名古屋城の説明をしながら進んでいく。

 名古屋城には、四つの敷地がそれぞれ四角い形で存在する。


 一つが、中央に位置する「本丸」。愛知国の首相の織田が住む本丸御殿や、政治を行う天守閣など、重要な施設が主に建てられている。周りを堀に囲まれており、守り堅く作られている。


「本丸」の東に位置するのが、「二之丸」。城下町からの入り口として主に機能し、歴史深い名勝二之丸庭園や、来客をもてなす二之丸茶亭が並んでいる。


「本丸」の北西に「御深井丸」。弾薬や武器を収める乃木倉庫や、名隊員や愛知国の政治家が会合する茶席などが並ぶ。


「本丸」の南西に「西之丸」。名隊員の寮と訓練場、会議室、簡易病棟など、名隊員の生活を支える施設が連立している。


 そして、「本丸」、「二之丸」、「御深井丸」、「西之丸」をぐるりと、大きな堀が青い水を揺らして囲んでいる。





「ここが、一番隊から五番隊の寮になります」


 連れてこられたのは、正方形の「西之丸」の北東、「本丸」への出入り口に最も近い場所だった。

 目の前に建つ巨大な長屋敷に日向は口をあんぐりとあけた。

 中部州の大金持ちが住むような立派な木造建築は、四階建てで、中央、右、左と渡廊下を繋げて巨大な屋敷ができていた。


「中央が一番隊、右の三、四階が三番部隊、東の一、二階が二番隊」

 階段が大変だから、三、四階は三番隊だ。


「西の屋敷の三、四階がわたし等五番隊です。一、二階が四番隊となります」

 日向は目を輝かせて、四階を見上げた。

 あそこから眺める愛知国は、どんな景色だろう。


「寮の案内はあとで、五番隊長とともに、羽織の授与と、寮の規則を説明するので、こちらに」

 楓は完璧な丁寧語で説明をしながら進んでいく。

 日向は小首をかしげた。

 いつも、もっと訛ってるのに……ちゃんと喋れるんじゃん。



「お待ちしておりました。どうぞよろしくお願いいたします」

 西の屋敷の玄関をくぐると五人の初老の男が正座をして頭を下げた。

「管理人です。この寮で分からないこと、不備があれば彼等に申し付ければ、だいたいのことは片付きます」

 若葉色の着物を着た男たちは、よろしくお願いいたします。と再び頭を下げる。

「先日届けられた荷物は、各自の部屋に置いてあります」

 簡単な説明を続ける楓に、日向は内頬を噛んだ。

 そっか、名隊員って、こうやって頭を下げられるような身分なんだ。

 大きな屋敷に、管理人がいて、生活の不満をすぐに解消できるようになってるんだ。

 玄関からすぐに立派な応接間があり、壁に沿うように隊員のげた箱が並んでいる。

「沖奈はここ、四守はここ、朝日奈はここです」

 すでに隊員の名前が書かれた下駄箱の棚を指す。

 すかさず、客用の内履きを用意され、それに足をつっかけて、

 あとで中履きを用意しないとな、と思いながら客用の少し歩きづらい中履きをつっかけて楓の後を追う。


「お待たせしました」

 楓が案内したのは、一階の共有部屋だった。

 会議室のように、長い机が中央に置かれ、椅子がそれを囲うように並んでいる。

 楓が、会議室で一人座っている男に声をかけた。


「やあ、待っていたよ」

 赤茶色の柔らかい髪を中央で分けた男性が、赤茶色の瞳を細めて振り返った。

 日向たちは男の前に座り、楓は男の隣に座る。

 男の手元には三つの若葉色の羽織が重ねられている。


「ありがとうね、楓くん」

 楓のことをくんをつけて呼ぶ男は、目じりに少ししわができる笑顔で楓をねぎらって、日向たちに笑顔を向ける。

「私は、五番隊長の月桂(げっけい)(いつき)だ、よろしくね」

 三十代前半くらいの月桂の笑顔は、まるで少年のようだ。

 正装のシャツの下に首元まである黒いタートルネックを着ているのが、柔らかい印象に大人びた雰囲気を足していた。

 良い人そう!

 日向もニコッと笑い返して、はいっと元気よくうなずく。

 その隣で、沖奈と隼もうなずく。


「それぞれの情報と試験結果は既に確認しているよ、みんな若いのにすごいね、期待してるよ」

 日向にも同じように笑顔を向ける月桂に、日向は反応に困る。

 しゃらり、と月桂の左耳の黒いピアスが揺れた。黒い四角い石に、細い鎖が四本垂れている。


「今年の五番隊は、先日の連日殺人鬼のせいで、隊員がガラリと変わったんだ」

 ゴクッと唾をのむ日向をチラッと見た沖奈がうなずいた。


「聞き及んでおります」

「そう。それで、私の部隊は実験的に、個性的な子たちを集めた部隊にしたんだ」

 突然の説明に小首をかしげる。


「個性的?」

「うん、まあ、俗に言う『問題児』を集めた部隊だと思ってくれればいい」


 一癖も二癖もありそうな笑顔で月桂は言った。






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