第〇話 虎が雨
序章
時は一八五三年(嘉永六年)。
政治は腐敗し、飢饉や天災が蔓延した日本。
【六師外道】と名乗る六人が突如現われた。
彼らは『日本大陸』を創り、北海道地方を除く、東北、関東、中部、関西、四国・中国、九州の六地域を州に分割した。
そして、州都を中心とした国家を生んだ。
六師外道は六つの国のそれぞれに人知を超えた技術を発展させた。
一年後、彼らはその姿を消した。
人々はそれを【改国】と呼んだ。
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第一章 一新紀元
第〇話 虎が雨
一八九五年 四月。
月の影すら見えない重たい曇天の夜。
桜のつぼみを切り落とすかのような鋭い雨が、中部州愛知国に降り注ぐ。
「『死獅』だ!」
「あっちだ、捕まえろ!」
ハァッ ハァッ
水たまりを踏みつけて、大きな影から逃れるためにひたすら街中を走る小さな影。
少年のような出で立ちの濡れた黒い髪に、紅い色が束をつくる。
身体中が熱い、痛い、紅い。
強い雨でも流しきれない紅をまとった少女は体を引きずって、夕刻の暗闇が支配する路地裏に身をひそめ、追跡者たちが離れるのを待った。
「見つけ次第、殺せ!」
「あの悪魔を!」
遠のく足音に、震える肩を抱きしめて、追跡者と反対側に歩く。
肩の位置で無造作に切られた髪が、冷たい雨をとめどなく流す。
(身体中が痛い、熱い……なんで?)
数分前のことを思い出す。
―― ぼんやりと霧の中にいるような感覚が解け、意識が戻った時、
目の前は真っ赤な血が雨によって広がっていた。
自分の右手には真っ赤に染まった刀が握られていた。――
(なんで、なんでわたしが……)
まだ九歳にもならない少女は、その身の丈に合わない刀を左腰に下げている。
黒い鞘に納まった刀は闇の中でもあでやかな艶を輝かせていた。
(……これ以上、思い出せない)
「あ、あれ?」
震える足に力が入らなくなってきた。
(なにも、思い出せない。)
意識は遠のき、体を動かすのは、本能だけだった。
「わたしは……だれ?」
限界だった。
薄くなる視界の中、何かが見えた。
人のような、温かい光をもつ何か。
◆
一八九五年 七月。
丸い月が赤く燃える夜。
全てを燃やし尽くす灼熱の炎が、関西州京都区を襲う。
「大阪国だ!」
「反逆者だ!」
大日本大陸の柱、帝の住む京都御所。
そこは、大阪国の戦闘部隊が火を放ち、地獄と化していた。
「帝様を御守りしろ!」
「帝様がおられぬ!」
大阪国の王の目的は、柱の喪失。
全ては、大阪国の世界を創るため。
「余はここである」
この日、帝は大阪国の戦闘部隊に拘束された。
翌日、大阪城の前で公開処刑が行われた。
大日本大陸の柱である帝は、その首とともに、歴史から消えた。
【改国】から約四〇年後、世は第二次戦国時代を迎えた。
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(表紙:AIツールmidjorneyで作成したイラストを加工したものです)