チャーム
両手両足を上から大人数で抑えられ動かすことが出来ない。それどころか抑えられながら、所々舐められたり指を咥えられたりしている。
ニマニマと笑みを崩さないジュリアンヌが余裕を持ちメイヴィスから目を離さない。彼は抵抗するが思ったより婬魔達の力が強く、ほどくことは無理だった。
「おやおや人気だねぇ。知ってたかい? お前を狙う婬魔がたくさんいるってのは」
「いきなりなんですかこれは! 理由を説明してくだ…痛っ!」
メイヴィスは解釈を求め叫ぶが痛みにより遮られた。視ると婬魔の長い爪で二の腕を引っ掛かれて赤い血がにじみ出ていた。
さらにその血を舌で舐めとる婬魔が一人。
「ペロッ………あぁ…濃厚なミツの味がするわぁメイヴィス様ぁ♪」
(ナターシャ……)
顔を火照らせ目をトロンとさせるナターシャは口回りを舐めている。続けて顔を近づけてメイヴィスの耳元で囁いた。
「もっとちょうだ~い。血だけでなくメイヴィス様の体液という体液の全てを…///」
「っ……」
ハムッとナターシャは彼の耳を甘噛みする。これにはさすがのメイヴィスも背筋がゾワッとした。
「おいナターシャお前、邪魔するんじゃないよ」
「あ?」
身勝手な行動をする彼女をジュリアンヌが止めた。彼女は水を刺され反抗的な返事を返す。
「分かってんだろぉなぁナターシャ」
「………ふん! もういいわよ!」
ジュリアンヌが睨んだことによりナターシャは愛想を尽かし、メイヴィスの上から退いて離れていった。
「ったく、我が強過ぎるんだよあいつは……」
魔族でもそれぞれ性格がある。ナターシャの行動にジュリアンヌは呆れる。だが、本題に戻るように「さて」とメイヴィスの顔を見る。
「私の目を視るんだね」
メイヴィスの頬を片手で掴んで強行させる。それは婬魔の個性『チャーム』。相手を魅力し己の虜とする婬魔の能力。
ナターシャは隅で静かに見守っているだけで邪魔はしようとしていない。
「……っ………………」
チャームによりメイヴィスは力無く抵抗力を失う。大勢で集らずとも少数で抑えられるようになった。
そんな様子をジュリアンヌは大いに嗤った。
「所詮チャームの前には誰も屈することなど出来ないのさ! 存分に私に甘えな、メイヴィスゥ」
彼の上に乗る婬魔達が降り、ユラリと立ち上がる。
(っ……!)
その時、ナターシャは気づいた。メイヴィスの目線が一瞬だけ左右を確認したのを……
実の所、この部屋に居るナターシャ以外の婬魔達はジュリアンヌによってチャームを受けていた。婬魔同士のチャームはあまり効果は無いのだが、ジュリアンヌの力は強く無理矢理にでも洗脳していたのだった。
ナターシャにも掛けたのだが彼女は我が強く不可能であった。
ただ、そんな事をメイヴィスが知っているはずはない。
メイヴィスは命令に従い、ジュリアンヌに近づく。
一歩、また一歩……
しかし、彼の足は止まった。ジュリアンヌは疑問に思う。
「どうしたのさ?」
「どうしたもありあせん。自分にはチャームが効かないようです」
「…はっ?! そ、そんなはずはない! あり得ない! 『霊呪の珠』を使ったんだぞ!」
チャームに掛かっているはずの者が反抗を示した。ジュリアンヌは驚愕を隠せず混乱する。
「なぜ効かない?!」
彼女は激昂してメイヴィスの胸ぐらを掴んだ。彼は無言で彼女の手に触れ服から剥がした。
さらに後ろへ大きく飛んだ。そこは扉の前で……
「っ! 待ちな!」
フッと笑みを浮かべたメイヴィスは扉を勢いよく開けて部屋から出ていってしまった。
その直後、逃がすまいとナターシャも続けて部屋を出た。
「ナターシャ! クソッ、お前たち絶対にメイヴィスを逃がすんじゃないよ! 必ずここへ連れて来な!」
支配下にある婬魔達に命令し残ったジュリアンヌは荒い息をたてていた。
◇◇◇
「…ん………んん…………あれ……?」
同時刻、静かになった家でリーチェは目を覚ます。誰も居ない事に不思議ながらこれまでの出来事を思い出していく。
(っ! ……そうだ………私…)
地面に落ちている包丁を手に取り、自分の行いを思い出した。
(このまま死ねば楽になれる……それに私が生きてたところで何にもならない……)
頬に汗が流れリーチェは思う。とは言え、死への恐怖はある。
彼女の実力についてや婬魔達の陰口が彼女の頭をグルグルと回る。何の役にもたたない落ちこぼれ。強者が生き残れるこの世界で力を持つことが出来ない者の末路は決まっている。リーチェはその段階に立たされている。
だがしかし、あまりにも回りが静か過ぎることに気がついた。目を覚ませばいつも隣にはメイヴィスが居るはずだった。それが今は居ない。ブランドルもリーチェを侮辱したナターシャの声も聞こえない。
(メイヴィス……? ………まさか!)
そこで一つの結論に至る。メイヴィスとブランドルの二人はリーチェの為に店に押し掛けたのでは、と。
リーチェは身支度して家を出た。
◇◇◇
上から足音が過ぎていく。おそらく婬魔達が町へと探しに行ったのだろう。
メイヴィスは店の中央階段の裏に隠れていた。ジュリアンヌと話しをするために来たのだ。逃げる理由は無かった。妨害されぬよう他者を離すための行為だった。
足音は次第に止んでそろそろ戻っても問題ないと彼は思い、表へ現れる。
そこへ視界が塞がれたと共に柔らかい感触がした。
「あんっ/// もうメイヴィス様ったらぁ強引なんだからぁ♪」
「な、ナターシャっ……」
待ち伏せていたナターシャから離れようとするが、頭を掴まれて胸から離れられなかった。
メイヴィスは「もういいだろう」と彼女の肩を押して離れる。
「気づいていたのですか?」
「ええ、メイヴィス様が吸血鬼だと知ってからね」
吸血鬼も、相手を魅力することが出来る魅力のプロフェッショナルでもある。なので吸血鬼であるメイヴィスにはチャームが効かなかった。
「まあいいです。では自分は行くので」
「あぁ待ってよぉメイヴィス様♪」
立ち去ろうとするメイヴィスの服をナターシャが掴む。
「いい加減にしてください」
「イヤよ。行っちゃダ~メ♪」
「ハァ、あまり言いたくはなかったのですがしつこいので言います。はっきり言ってナターシャ、付きまとわないでください不快です」
「っ――――」
掴まれた服を引っ張り彼女の手から取る。正面から言われその表情が固まった。
なぜナターシャが付きまとうのか理解できないメイヴィスだったが、それでいいと背を向け足を進める。
だが今度は腕を掴まれ再度足が止まってしまう。
「何をしているのですか、離してください」
「………」
振り向きもせずに忠告する。しかし彼女からの返事は無い。
メイヴィスはそろそろ腹がたってきた。手を振りほどこうと掴まれた腕を引っ張り、逆の手で彼女の腕を掴もうと振り向く。
「いい加減にっ! ……っっ!」
振り向いたその目先にはナターシャの指がちょうど待機されており、行動はキャンセルされた。彼でもとっさに反応するのがやっとのことだった。
「……めよ………」
ナターシャはボソッと呟いた。メイヴィスはあまり面へは出さないが、彼女の動きや、その正確さに驚きを隠せない。
二回目で彼女の声がはっきりと聞こえた。
「ダメよ………メイヴィス様はあたしとじゃなきゃダメなのよ」
狂人のセリフの如く、ナターシャはメイヴィスに入り浸りする。その勢いに彼は少し圧され気味だった。
「ジュリアンヌでもリーチェでもない……メイヴィス様はあたしとじゃなきゃダメ。あたしだからイイの。だってメイヴィス様はあたしをびちゃびちゃに出来るんだもん、これは紛れもない事実。もう絶対に離さないし逃がしもしない。思う存分愛し合いましょう!」
(ぅぅ! しまった……! っ………)
狂人に押し負けメイヴィスはチャームをまともに受けてしまった。
吸血鬼にはチャームは効かないはずだったが、彼は抗うことが遅れた。正確には抗えなかった。
「…………」
メイヴィスは先ほどの演技と同じように無気力に立ち尽くし、目の焦点が合わない人形と化す。
「ウフッ……ウフフフフフフッ………おいでメイヴィス様、私達の愛の空間へ♪」
メイヴィスの腕にナターシャはびっしりと張り付いて、階段裏に隠れてあった隠し扉を開き姿を消した。彼女のその腰にある装飾品にある珠らしきものが光っていた。