お世話やきの正体
時刻はそれほど経つことなく家に帰って来た二人。そこへ待っていたブランドルが駆けつけた。
「リーチェ! 良かった無事で………」
「………」
顔や服に血がそこらに付着しているメイヴィスに目がいき自然と黙ってしまう。
リーチェは苦笑いし、汚れたメイヴィスに視線を送る。
「メイヴィス、先にお風呂入ってきても良いよ」
「えぇ、何があったのか詳しくは知らないけどリーチェの言う通り気持ちを整理してきたら?」
リーチェの意見にブランドルも賛同する。メイヴィスのことを思っての意見なのだが彼は否定した。
「いえ、自分は後で結構です。お嬢様が先に入ってください……」
そう言うと彼は再び外へ出て行った。婬魔の二人は心配するように顔を見合わせた。
◆◆◆
家の風呂は大きくない。一般家庭によくあるごく普通の小さなバスタブがあるだけ。そんな小さな空間に二人の婬魔は浸かった。
「ふぅ……なんか私まで入らせてもらってごめんね」
「いいのいいの。今はちょっとできるだけ一人になりたくないから」
恐怖が完全に消えたわけではない。一人では心細いリーチェはあの時のメイヴィスを思い出す。
いつも名前を呼べば振り向いてくれた彼が。
いつも返事を返してくれた彼が。
いつも優しくしてくれた彼が。
あの時には一切感じられなかった。冷静になって考えてみれば最初に彼の異変に気づけたはずだった。
メイヴィス自身が戸惑っているのもリーチェには分かっている。どうにかして彼の手助けがしたいと思うリーチェだった。
(………リーチェ…)
不安は伝播する。ブランドルは考え込むリーチェもメイヴィスのことも心配する。
「リーィーチェッ!」
「キャアァッ!」
ブランドルはいきなりリーチェの背後から脇をくぐり胸を掴んだ。リーチェは慌てふためき声をあげる。
「あれ? なんだかんだ言って前より少し大きくなったんじゃない? 案外着痩せするタイプなのね」
「んぁっ………ちょ、やめてよ///」
リーチェは暴れて水面を叩くがブランドルは止めない。
「もう!」
今度はリーチェがブランドルに振り向きお返しをした。彼女より大きい弾力のあるものに指がめり込む。
「フフン♪ リーチェがこの大きさになるのは一体何十、何百年後かしら?」
「キイイイイ!」
ブランドルのどや顔にリーチェは完敗したのだった。
◇◇◇
風呂での出来事をいざ知らず、メイヴィスは一人暗い外の夜空を見上げていた。
気持ちを整理する、これにはもちろん賛成、というよりせざるを得なかった。
たった一滴の血であれだけの豹変。血への欲望。リーチェが拐われた焦りも少なからずある。
これだけ血の執着、血の依存のことを鑑みると記憶の無い彼でも自身の正体を推測出来る。
「ヴァンパイアだったんだねメイヴィス様」
何処からか声が聴こえてきた。
「その声、婬魔の店のナターシャですか…」
「ウソ! 初めて会った時のあたしの自己紹介を覚えていたの! さっすがメイヴィス様♪」
陽気な声でナターシャが見える所まで姿を現した。
「まさか見ていたのですか?」
メイヴィスは今ここに彼女の居る理由と最初の言葉で結論づける。彼女は笑って彼に近づき体を寄せた。
「もちろんよぉ、だってぇ、あたしの将来のお婿さんなんだもの♪ ただ者ではないとは思っていたのだけれどあたしを湿らせるんだもの。相手の事は知っておかなくちゃね♪」
◇◇◇
「ブランドルは知ってる? メイヴィスの正体」
とりあえず落ち着いた婬魔の二人はまだ浸かりながら話す。
「まぁあの様子からだいたいわね」
「うん。今までは私しか知らなかった事なんだけどこの際に話すね。メイヴィスはヴァンパイアなの」
メイヴィスの正体を正式に聞きブランドルは納得する。出ていく時の彼の形相を忘れることはできない。正体もそれくらいの衝撃がないとむしろ納得出来ない。
「やっぱり。でも吸血鬼ってあの『御三家』の一つの種族じゃなかったっけ? どうしてメイヴィスが……それにメイヴィスにその事は?」
「話してない………話したら私から離れて行く気がして話せなかった……」
「カンが鋭いものね彼は。おそらく知ってしまった、あるいは記憶が戻ったのかもしれない」
「ダメ! そんなのダメ!」
「え? ちょ、リーチェ!」
リーチェは突然顔色を変え、裸なことを忘れて出ていってしまった。
◇◇◇
メイヴィスの腕にナターシャの手が絡みつく。腕に柔らかい感触を押し付けられているが、彼の気持ち的にそれどころではなかった。
「あたしぃ~メイヴィス様の事をもっとも~っと知りたいのぉ。でもその様子は変よね。力を使いたくなかったとか?」
ナターシャが耳元で囁く。絡みつくメイヴィスの手を誘導させて彼女自身の下半身を触らせようとする。
だが直前で彼は腕を振りほどいた。
「自分でも混乱しています。弱みを見せるようですが自分は記憶喪失なんです。ですから先ほどの行動が本当の自分……だったのか………」
話しながらどんどん言葉が詰まっていく。知りたい、思い出したい。しかし本当の自分を知ればその後は?
「あはぁ~~~♪ きっと身近な人しか知らない弱みをあたしに教えたってことは求婚ってことでオッケ~?」
「………」(記憶が戻ったのか? ………だけどまだモヤモヤする…)
「あぁん無視しないでよ~~だけどそこがイイ♪」
もはや発情していると言ってもいいナターシャは完全に居ない者とされるが逆効果でもあった。
「メイヴィス!」
「お嬢様……」
頭に手をあて悩んでいると玄関が開けられ、そこにはリーチェが立っていた。裸で。しかし彼女の不安しきった顔が目に飛び込むと関係はなかった。
彼女は再び走りだし、メイヴィスの胸に抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい………だからどこにも行かないでメイヴィス……」
「どうしてお嬢様が謝るのですか?」
「それは私がメイヴィスの正体を知っていながら…教えなかったから………」
「………」
喋る度に涙ぐむんでいくリーチェ。彼女の悲痛の叫びであるとメイヴィスは理解している。
「教えたら…メイヴィスは居なくなってしまうって思ったから……でも、でも……自分で知っちゃった。そんなに悩むくらい苦しんでる………私がお手伝いするから…迷惑は掛けないから…だからどこにも行かないでぇ!」
彼女は的確に悩んでいる所を突いてきた感じがした。悩みはある、それでも一つの変わらない事実もある。
メイヴィスはリーチェに頭を優しく撫でる。
「言ったじゃないですか、自分はどこにも行かないと。約束もしましたよね」
彼はあの時に交わしたように小指を出した。「うん」とリーチェも目を擦りながら同じようにする。
「リーチェ! せめて布ぐらい被りなさいって!」
イイ感じの空気感の中にブランドルが大きな布をリーチェに掛けてきた。そこでようやくリーチェは今の自分の姿を思い出した。角と羽と尾だけであとは裸だと。
急いで体に布を巻いた時の顔は真っ赤。やって来たブランドルもタオル一枚体に巻いているだけだった。
「み、見た……でしょ………///」
リーチェは横目で問いかける。婬魔なのにどうして裸が恥ずかしいというのだろうか。
「でも…今日は許す……私が勝手に出てきただけだもんね///」
接し方が分からずメイヴィスはとりあえず目線を反らし頬を掻いた。
「あの~もしも~し、あたしのこと忘れてない?」
蚊帳の外にされていたナターシャが場に存在を示した。家の明かりに照らされてようやく他の二人も気がついた。メイヴィスの後ろに隠れてリーチェは理由を聞く。
「どういうこと? なんでナターシャさんが居るの?」
「確かに、こちらの問題もマシにはなりましたから……」
メイヴィスはもう用は無いから帰ってくれとナターシャに推進するが、彼女はなぜか彼の声を聴くと体をビクンと震わせ指をくわえた。
「んっ……されるがままに命令されるのもイイかも///」
「っ………?!」
ナターシャの謎の動きにリーチェとブランドルは二人して口を開け絶句している。普段の行動からは想像できないような状態だったようだ。
「……って、そういえば伝言を届けるために来たのすっかり忘れてたわ。リーチェ……あんた昨日限りでクビになったから。そこんとこヨロシクね♪」
「……? …………ぇ?」
さらりと言ってのけるナターシャとは別に聞いた三人の回りの時間が止まった。