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束の間の事件2

 魔界での正午、赤い月の光が最骨頂に到達する満月の日。高い丘の崖の淵に建ちそびえる立派な城に魔族達が集まった。緊張感が張りつめ どの魔族も依然として私語を発さない。

 だが彼らはただの付き添いにすぎない。彼らの代表者が城の一部屋に集結している。


 羽が黒く染まり他者を見下す者が二人。

 人ならざる顔と素肌をしたトカゲ姿の者が二人。

 ほぼ人の姿で鋭い目と牙が特徴の者が二人。


 ここでは魔界に影響を及ぼす種族達の会議の場。計六人で行われる会議、彼らは『六議会』と呼んでいる。

 静寂の空間を最初に破ったのは人ならざる者だった。


「皆集まったことだし会議を始めようではないか」


「勝手にやれば?」


 黒羽の一人がめんどくさそうに振る舞い、机の上で味を組んだ。その気にくわない行動に最初に喋った者が注意する。


「身勝手な行動をするでない! ここは種族同士の会議をする場であるぞ!」


「だからと言ってちゃんと話すと思ってんのか? 律儀なのはお前らだけだぞトカゲ野郎」


「我らはトカゲではない! 誇り高き龍人だ!」


「はいはい、誇りの高いトカゲ野郎さん」


「ぬぅぅ、こちらが下手に出てやっていると思えば好き放題………」


 この二人の間柄は最悪のようで早速会議が中断しそうになる。


「始めないのであれば私達は用事があるので帰らせてもらいます」


 喧嘩を見に来たのではないと人に近い者が二人して立ち上がった。


「な! まてまて! 始める、始めるから座ってくれ!」


 龍人の呼び止めに素直に従い再び座った。

 そして龍人が指揮をするように会議は幕を開けた。


「ゴホン、えー、これより悪魔と龍人と吸血鬼による()()()の六議会を始める。主な内容は決まっている。元御三家の一つ『ベネディクト家』が()()()半世紀が経ち『クローデン家』が御三家に加わったことによる現状の魔界の状況についてである」


 悪魔と龍人の視線が吸血鬼に向いた。吸血鬼の一人が説明を開始する。


「はい、私達『クローデン家』は長きに渡る同じ種族である『ベネディクト家』との戦争に勝利し早50年。御三家の名をいただいてからは魔界の安泰と平穏のために主力を尽くして参りました。なので会議をするまでもなく目的は果たされているのでご安心を」


「それはどうだかな」


 流暢に話す吸血鬼を未だ組んだ足を戻さない悪魔が遮った。


「安泰だ平穏だ言ってるくせして この前牢獄が破壊されちまったんだろ新参者。さっさとどうにかしろよ俺らまで巻き込んだら承知しねぇぞ」


「確かに、私達の予想を上回ったのは認めましょう。ですがご心配なく、すでに手は打ってあります。当然のことです」


「あっそ、間に合わなかったら分かってんだろうな?」


「やめないか! 今は吸血鬼の言葉を信じるしかない」


 このような適当な悪魔だとしても実力は確かなのでこの場に居る。実の所、この会議は百年に一度の周期で行われ、かつ各地を支配する御三家が集まる正式なものなのだが、龍人は会議が行われる度に疲労するのであった。



 ◆◆◆◆◆



「お嬢様……お嬢様!」


 メイヴィスは焦っていた。少し目を離した隙に大切なものが消えたのだ。


「ウソでしょ……リーチェ! リーーチェー!」


 同じく顔色を悪くして名前を連呼するブランドル。


(クソ! 自分はあの時確かにこの目で見たはずだったのに……)


 後悔する彼は怒りでリーチェが居たであろう台に指がめり込んだ。


(許さないぞ………あのオーガ……)


 メイヴィスはその姿をはっきりと捉えていた。鬼の形相で強靭な肉体を持った肉だるまを見かけていたのだった。


「メイヴィス、これ……」


 ブランドルが窓枠に着いた一滴の血に気がついた。

 今出来ることは何でもしたいメイヴィスは血を指先で拭き取り匂いを嗅いだ。あたりまえだが血の匂いがする。


 自分の体、自分のことは記憶喪失でもなんとなく分かるものだ。彼は本能に基づき指についた血を恐る恐る舐めた。




 ドクン……

(カッ…………カハッ!……………)


 舐めた直後から彼は体が燃えるように暑苦しい感覚に襲われた。高鳴る鼓動に全身を巡る血の流れが手にとるように分かる。


(なんだこれ?! 暑い……体が…あツい…暑…い………もっと血が欲しい……血が…血ィぃィィ!)


「メイヴィス?」


「ハッ…………」(一体何を……)


 ブランドルの声にメイヴィスは我に返る。顔色を伺おうとする彼女とは逆の方向を見た。今の顔を見られたくないというとっさの行動。


「と、とりあえず周りを探してみる?」




「黙れ」



「ぇ……?」


 口を開くだけで周囲を萎縮させる低い声。


()()に口出しするな」


 メイヴィスはそう言うと窓から飛び出て走り去った。残ったブランドルは目の前の恐怖に腰が抜けてしまった。

 だがその一瞬だけ彼女は彼の横顔を見ることが出来た。普段黒いその目の瞳が深紅の色だったという。



 ◆◆◆



 月は完全に沈み辺りは暗闇に包まれる。裏庭とも言える家の裏にある枯れ木をスイスイと避けて進む。

 なぜだか目は冴えきり暗い夜道でも関係ない。気分は高揚してもなお高まり続ける。


 求める()が、拐われた場所()が分かる。


 もはや己の制御が難しい目を赤くした愚か者(メイヴィス)が一直線で駆け抜けて行った。



 ◆◆◆



 暗い物陰に隠れる緑色の肌をした一人が嗤っている。


「へへ、辺境の地まで逃げてきてコレを手に入れることが出来るなんて逃げてきたかいがあったってもんだ」


 オグル、鬼とも呼ばれる人型魔族『オーガ』。知能は高い方ではない。だが人や動物に姿を変えることが出来、騙して襲うことがあるとも言われている種族。


「ちょっと返してよ! それに私を連れてきてどうするつもり」


 蔦で木に縛り付けられて動けないリーチェが叫ぶ。オーガの手にはブランドルから貰った魔力増強剤がある。


「今の俺様はある奴らから逃げててな、お前はもしものための人質だ。そしてコレはもちろんこうする」


「ああ!」


 彼女の願いも虚しくオーガは瓶の蓋を開け中身を口から流し入れた。


「お…おお…おおおお……分かるぞ、力が漲ってくるのが」


「ぁ……ぁぁぁ………」


「ハァァァァ、これで俺様はオーガの中でもトップクラスの強さを手に入れたってわけだぁ。どれ」


 オーガは手を振りかざし「フンッ!」と振り下ろす。爆音と共に先はきれいなさら地に変化していた。


「フ、フフ、フハハハハハハ! 魔力だけでなく力そのものも強化されるのか。素晴らしい」


 激変した目の前の圧倒的強者にリーチェは震えが止まらない。


(だ、誰か……メイヴィス………助けて……)


 婬魔の店のオーナー・ジュリアンヌとは違うベクトルの恐怖が彼女を襲っている。弱者の人質はこのままどうなるのかという不安が頭から離れない。彼女は誰にも聞こえない心の祈りをするしかなかった。誰か私を見つけて、と。



 ザッ……



 その時、一陣の風と地面を踏む音を感じられた。その後ろ姿が如何に逞しく彼女の目に映った。


「あ? なんだテメエ?」


「ぁ…ぁぁ………メイヴィス…」


 助けに来た勇姿に声を掛けるがこちらには振り向かない。だが来てくれたことだけでリーチェは嬉しくて仕方がなかった。


「フン、誰だか知らねぇが丁度良い。この力を得た俺様の踏み台になりやがっ………っ!」


 オーガは力を魅せるべく拳を握りしめたその刹那、オーガの首がふっ飛んでいた。首から上に血が吹き出しながら倒れる巨体はそれ以降動くことはなかった。


「………っっ」


 リーチェは一瞬の出来事に表情が固まる。メイヴィスがやったのは確実だった。証拠にメイヴィスの手からオーガの血が垂れている。



「………メイヴィス?」


 メイヴィスは倒れた巨体に近づいていった。すると彼は口を大きく開け肉にかぶりついた。




「えっっ! メイヴィス! メイヴィス!!」


 豹変した彼を止めるためリーチェは叫ぶ。


 彼女の声が届いたのか動きが止まった。赤色に輝く目も元に戻っていった。



「………………お嬢…様……」


 メイヴィスが我に返る。口の中の異変に気がつきオーガの血を吐き出した。


「ペッ…………いえ…違うのですお嬢様………これは……」


 徐々にこれまでの行為を思い出していく。身体が言うことを利かず朦朧とする中で意識はあった。




「帰ろうメイヴィス」


 自身の振る舞いや未熟さに押し潰されそうになるメイヴィスにリーチェは優しく声をかけた。


「…………はい」


 本当は彼女の方が怖かったはずなのに、今ではメイヴィスの方が子供のように泣き出したかった。

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