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約束

 部屋に充満した婬魔達がよく使う煙に意識が遠退きそうに感じる。通った扉は閉じられ逃げることを許されない。

 ランプ一つの明かりに目が慣れてくると部屋に居たということが四人でないことが確認できた。椅子に座る婬魔の左右に別の婬魔達が暗闇の中で立っている。それぞれが違う服装(格好)で見分けはつけやすい。


 後には引けないリーチェは両膝を地面に着け震えた声で謝罪した。


「お、お許し下さいジュリアンヌ様。私は頑張ったのです。でも、その、報告書のことはすっかり忘れてました……というか……書くことゴニョゴニョ……」


「はっきりと喋りな!」


「ひっ!」


 どんどん声量が小さくなりボソボソとなるリーチェにジュリアンヌが大きく被せる。

 ジュリアンヌとは、中央の椅子に優雅に座っている婬魔で、この店のオーナーをやっている。年は回りより少し上であろうが、若い者にも負けない魅力的な身体をしている。


「とりあえず出しな」


「………え…えっと……」


「どうした? 手に持ってるやつだよ」


「は……はい…………」


 ジュリアンヌはリーチェの持つ紙を指差す。腕に垂れかかった濃淡とした紫色の長髪が腕を上げたことにより、重力に従って垂れる。リーチェは恐れながら紙を両手で持つ。

 しかし彼女は持ったまま動かない。少し震えているようにも見える。ジュリアンヌは一人の婬魔に顎で指し、その婬魔が彼女へ近づいた。腰に装飾品が多くあり、毛先が跳ねている青髪が特徴の婬魔だ。

 紙を手に取ろうとしたがリーチェの手から離れなかった。


「ちょ、離しなさいよ!」


「ああぁ」


 力に押し負け紙を取り上げられる。内容を先に見たその婬魔の顔が突然ギョッとした。


「え? なんも書いて無いじゃん!」


 その声に婬魔達がざわついた。ブランドルも驚いた表情でリーチェを見る。

 ジュリアンヌに白紙の紙が渡され目を通す。


「頑張った?」


 低い声がリーチェに問いかける。彼女は怯えきり下を向き、近くに居れば目に見えるくらい震えて黙っている。


「書いてないのは結果が出せなかったから?」


 声がどんどん大きくなっていく。

 ここでリーチェが反論した。


「で、ですが業務はこなしました。お客様に怒られなかったので成功出来たのかと――」


「今日の早朝から一本のクレームが入ったんだよ。ひどい夢を見た、ここの店はどうなってるんだってね」


「……え……………」


「白紙なのはそのお客様から感想を聞いてないからだろう? おそらく黙ったまま帰ったんじゃないのかい? それは怒らなかったんじゃない、責任を上司に押し付けるためのことだったんだよ」


「っっ……!」


 事実を知り血の気が引いたリーチェは静かになる。


「またリーチェが……」

「白紙だとは思わなかったけど……」

「この前あいつのせいで私が怒られたのよ」

「ほんと邪魔よね…」


 また婬魔達の陰口を浴びる。今度は強めだった。


「出来損ない」「邪魔」「欠陥品」「消えて」


 言葉がリーチェの心をえぐる。


「下級婬魔でも生業は出来て当たり前。それも出来ないお前は本当に婬魔なのか、私の店を潰す気かいこの穀潰しいぃぃ!!」


 ジュリアンヌによるとどめにリーチェの体の震えが止まった。



 ◆◆◆



「……ぅ………ぐすっ…………ぅぅぅ…………ひぐっ……」


「さすがに庇えないわあの状況じゃ。ジュリアンヌさん怖すぎる」


 外に出てブランドルが涙を流すリーチェの背中をさする。


「只今戻りました」


 遅れてメイヴィスが店から出て来た。


「メイヴィスに用って……一体何話してたの?」


「少し今後について……ですかね」


 彼がジュリアンヌに呼び止められていたことにブランドルが疑問に思う。


「ハッ、まさかリーチェの罰をあんたが……?」


「え………メイヴィス…居なく……なるの………私のせいで…?」


 二人がメイヴィスのことが心配になり注目する。

 そんな彼は笑顔でリーチェの目下の涙を指で拭い、膝裏と背中を両手で抱き上げた。


「綺麗な目がこれでは腫れてしまいます。ご安心下さいお嬢様、自分はどこにも行ったりなんてしません」


 ◆◆◆◆◆


 ブランドルはまだ町でやることがあると言い別れて我が家へと戻ってきた。


「…ぅ……ぅう……うわああああああぁぁ!」


 町では相当我慢していた気持ちのダムが崩壊した。リーチェはメイヴィスに抱きつき泣きじゃくる。彼は優しく頭を撫でた。


「お嬢様、次を頑張りましょう」


「あああぁぁ………うぅぅ…………うん……で、でも、私には出来ない、よ………」


「お嬢様なら出来るようになります」


「無理だよ………どうせまた怒られるんだぁ」


「自信を持ってください。どこまでも自分がついて居ますから」


 メイヴィスの言葉にリーチェはようやく泣き止む。


「ダメな私にどうしてメイヴィスはお節介するの?」


 彼の服の中に顔を埋めたまま彼女が問いかける。


「お嬢様が自分を拾って下さった時から、お嬢様を捨てるような事はしません。あの日のことは絶対に忘れません」


「またその話……」


「何度だってします。たとえ記憶が戻ってもご恩は返しきるまで居続けます」


「もういっぱい貰ってる……」


 リーチェは泣く時の子供のように逆を言う。それでもメイヴィスは優しく答える。


「お嬢様に対する感謝と比べればそれでも足りないくらいです。なので自分はお嬢様のためにこれからも良くしますよ」


 顔を上げ彼の目を見る。その目は一切ウソを言っているようには思えない。


「本当?」


「はい、もちろん」


 彼の笑顔と言葉に勇気を貰える。リーチェは傷が少し和らいだ気がした。


「じゃぁ、指切りして」


 リーチェは目尻に溜まった涙を拭って、右手の小指だけ伸ばし顔前に出した。


「指切り?」


「人の世界の一部ではこうやって約束事をするの(ってこの前聞いた)。ほらメイヴィスも」


「はあ……」


 指切りを知らないメイヴィスは彼女に真似させられる。

 そして出した小指をリーチェは引っかけた。同じようにメイヴィスも指を曲げる。



「約束」


「はい」



 先ほどの不安も無くなりリーチェはとびきりの笑顔を見せた。


(必ず、自分がお嬢様を守ってみせる。面倒に巻き込まれたとしても……)


 彼女の笑顔を守るため、メイヴィスは一人決意を固めた。


 ◆◆◆◆◆


 少し前


「そろそろ狙いを言いなよメイヴィス。あの下級婬魔の底辺リーチェの何が良い? 財産でも狙って?」


 メイヴィスはジュリアンヌに呼び止められて話しをする。周りにはまだ婬魔達も居る。


「ほんとよ。あんなザコじゃなくてあたしの方が絶対良い思い出来るのに」


 リーチェから報告書を取り上げて読み、恥を晒した青髪の婬魔が腕で胸を持ち上げ誘惑する。さらに他の婬魔達も同じようにメイヴィスにずりずりと近寄っていく。


「お前達、今は私の前だよ。ナターシャ、それ以上布をめくるな」


「はーい」


 胸を持ち上げさらに肌を隠す服という布をめくり露出が多くなるナターシャや周りの婬魔達をジュリアンヌが止めた。


「こいつらで話しが逸れたね。で、実際どうなんだい?」


 椅子の取っ手に肘を置きその手を頬にあてメイヴィスから髪よりも濃い色の目を離さないジュリアンヌ。


「狙いなどありません。自分はリーチェお嬢様のために居るにすぎないのですから」


 彼は先ほどの婬魔の誘惑を全く気にしていない様子ではっきりと物申す。


「いつもの返答だね。それ以外無いのかね?」


「そうですね。事実ですし自分にはそれしかないので。ただ――」


 何かを思うようにメイヴィスは目を閉じる。


 するとその一瞬の隙を逃すまいとナターシャがジュリアンヌを無視して飛び出した。

 伸ばすナターシャの手がメイヴィスに触れそうになった時、彼は目を閉じているにも関わらず手を弾き勢いの止まらないナターシャを避けた。

 さらに閉じた目を開け、逆の手で弾いてない方を握りクルリと半回転、そのまま壁に押し付ける形になる。


「っっ?!!」


 メイヴィスの驚きの行動にナターシャが顔を赤くして戸惑った。

 彼は表情も顔色一つも変えずに手を離しジュリアンヌに再び向き直った。



「ただ、お嬢様を傷つけるようであれば、無事では済ませませんので」


 一言だけ置いてメイヴィスは部屋を出ていった。


「え? メイヴィスに壁ドンされるの?」

「むしろされたいんだけど」

「邪魔者も居なくなってウィンウィンじゃない」


 見てるだけの婬魔達が甘い声でざわついた。


「バカ言うんじゃない。あれは実力を見せ付けられたんだ。私達を潰すことなど造作もないってことを」


「「っ……」」


 本意を見抜いたジュリアンヌが婬魔達に警告する。意味を理解した婬魔達の空気がピリついた。




「ぁぁ…まさかあたしより速いなんて………サキュバスなのに少し濡れちゃった♪ ―――メイヴィス()ぁん///」


 腰の力が抜け座り込み、頬に両手をあて顔を火照らせるナターシャ一人を除いて。

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