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幕間 ゾルディアとロベリア


 ゴモリーの母であるロベリアは、ゾルディアに連れ去られたあと谷間の洞窟で出産した。

 ゾルディアはというと、ロベリアの出産や子育てには基本的に協力的であった。

 少し話してみて、彼女が恐ろしく聡明で様々な知識を持っている事がわかったからだ。

 ゾルディアはすぐに、この人間の雌から学べる事は多いと感じ、ロベリアを大切に扱う事に決めた。

 力だけではなく知恵もまた真の強者になるためには必要なものであると、彼は良く知っていたからだ。

 またロベリアも己の知識を売りに、ゾルディアにとって必要な存在であり続けようとした。

 最早、命を狙われている彼女には、帰る場所などないのだから……。

 具体的には兵法や軍学、様々な生物の生態や解剖学的見地からの肉体構造、各種族の気質や文化にいたるまで、片っ端からゾルディアに語って聞かせた。

 ときおりロベリアの命を狙う者たちに襲撃を受ける事はあったが、ゾルディアが圧倒的な強さでこれを退けるため、基本的には平和だった。

 そのうち、ロベリアたちの暮らすこの洞窟は近隣の者たちから魔神の洞窟と恐れられるようになる。

 

 ……ともあれ、ゴモリーが立ちあがり、言葉を口にするようになったころだった。

 いつものように洞窟の最深部で焚き火を挟んで食事を取っていると、ゾルディアがぽつりとこんな事を言い始めた。

「なあ。醜き女よ……」

「ちょっと、その醜き女っていうのいい加減にやめて。わたしこれでも、人間の基準じゃ、かなりの美人なんだけど」

 ゾルディアは、数回瞬きしたあと、何事もなかったように質問を続ける。

「人間は、日の光に当たらないと不味いのだろう?」

「おい。無視すんなよ!」

「……で、どうなのだ?」

「だから、何がよ?!」

「日の光だ。……人間は日の光に当たらないと不味いのだろう?」

 ゾルディアは淡々と同じ質問を繰り返した。

「え?! まあ……ああ、うん。それが、どうかしたの?」

 ロベリアは唐突な問いに、きょとんとしながら頷く。

 彼女は以前に何かで、長く日の光に当たっていない人間は、すぐに病気になったり、気を病んだりする傾向にある……という記録を目にした事があった。

 日の光に含まれる聖なる力が、病魔や鬱気に対する抵抗を高めるのだとか。

 そんな話を以前に、ゾルディアに聞かせた事を思い出す。

「……お前は、まだ良いかもしれない。だが、この子は……」

 そこで、ゾルディアは自らの膝の上にちょこんと座り、無邪気に笑う幼きゴモリーに目線を落とす。

「産まれてから、ほとんど日の光を浴びた事がない……」

 このとき、ロベリアは大きく目を見開いて揺らめく炎に照らされた緑の顔をまじまじと見詰めた。

 ゾルディアが苦笑する。

「何だ? 我が、この娘の将来を案ずる事がそんなにおかしいか?」

「別に……そういう訳じゃないけど」

 ロベリアは柔らかい微笑みを浮かべ、良く焼けた鹿の肉にかぶりついた。

「……でも、どうするの? わたしは結局、追われる身よ。その子もね。今更、お日さまの下でなんて暮らせないわ」

「我が守護まもる」

「ええ。確かにあなたは強い。うんざりするくらいね。でも……」

「でも、何だ? 我の強さを疑うつもりか?」

 ロベリアはゆっくりと首を横に振る。

「そうじゃないけど……それでも、不安なの」

 実際、彼女はゾルディアが負ける事などいっさい想像していなかった。

 それでも聡明なロベリアは万が一の事を考えてしまう。

 ゾルディアもそれを理解しており、

「……お前は少し考えすぎる」

 と言って、ゴモリーに冷ましてほぐした鹿肉の欠片を与えた。

「安心しろ。我は一度口にした事をたがえるつもりはない。我はお前の守護者であり続ける。我が身に代えてでも、お前とこの娘は必ず守護まもる」

「それじゃ……駄目なのよ」

 ゾルディアは確かに強い。

 しかし、いくら本人が闘争を望んでいるとはいえ、彼は光の種族にとっては討つべきモンスターなのだ。

 日の光の当たる場所に出れば、これまで以上に敵は増える……。

 そこまで考えて、この恐ろしい外見のゴブリンとの平穏な暮らしを望んでいる事に気がつき、ロベリアはふと苦笑した。

「どうした……?」

 ゾルディアが不思議そうに首を傾げる。

「ううん。別に……」

 以前のロベリアはとても裕福な暮らしを送っていた。

 しかし、そんな日々よりもここに来てからの方が幸せだと感じていた。

 彼女はその事を改めて自覚した。

 すると、そこでゾルディアは、ぽつりと言葉を漏らす。

「……ならば、こうしてはどうだろう」

「何?」

「お前を我の部族が住む場所に連れて行く」

「あなたの部族……?」

 ゾルディアは頷く。

「ここから、ずっと西の荒野に廃墟の町がある」

 ロベリアは頭の中に、以前目にしたことのある近隣の地図を思い浮かべながら答える。

「それって、ロジェ辺境王の町……ブラットコフィン?」

「そうだ。お前は何でも良く知っている」

 町の名前は知っていたが、そこにゴブリンたちが暮らしている事は初耳だった。

「そこに我の部族が暮らしている。そこなら人も滅多に来ないし、この娘も日の光の下で生きる事が出来るだろう」

「あなたは良いの?」

「そろそろ部族の元へ帰ろうと考えていた。良い機会だ」

「でも……あなたの同胞たちは、わたしたちを受け入れてくれるかしら?」

 その質問を受けて、ゾルディアはしばし洞窟の天井付近を漂う煙を眺めながら思案する。

 そして、再びロベリアへと向き直り、何て事ない風にその言葉を口にする。

「ならば、お前は我のつがいという事にすればよい。この子は我の娘だ」

「え……?」

 ロベリアは驚きのあまり言葉を詰まらせる。

 それは彼女にとって、あまりにも予想外の提案であったからだ。

「……あなたは、族長の息子でしょう?」

 そんな立場の者が異種族をめとるとなると、色々と問題なのではないだろうか。

 その疑問にゾルディアは、淡々と答える。

「お前の知恵は、我のみならず同胞たちにも多大な恩恵をもたらしてくれるであろう。お前を我が部族に引き入れる見返りは大きい」

「でも……跡継ぎとかは……」

「めかけでもとれば良いだろう」

 にべもなく言い放つゾルディア。

「まあ……それなら、それで構わないけど……」

 と、口にはしたが、本当に良いのだろうか……ロベリアは口内で言葉をさ迷わせる。

 すると薪のはぜる音と共に、その問いかけがゾルディアの口からぽつりと漏れる。

「不服か? 我が婿では」

 爬虫類のような瞳が瞬く。

 ゾルディアは黙ったまま、じっと答えを待っている。

 その様子がどことなく拗ねているように思えて、ロベリアはくすりと笑う。

 やがてロベリアは諦めた様子で溜め息を吐いて肩の力を抜いた。

「それじゃあ、お世話になろうかな」

「そうするが良い」

 ゾルディアが、そう言って鹿肉にかぶりつく。

 そして、ロベリアは少し冗談めかした調子で言葉を紡いだ。


「……ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 ……こうして、ひとりの人間と一匹のゴブリンはつがいとなったのだった。




 ロベリアは“何もない町”で暮らし始め、やはりゴブリンも人間と変わらず、話せば意思の疎通が可能な種族である事を実感する。

 ゴブリンにも文化や風習があり、同族の者たちと協力しながら集団生活を営む知性のある生き物であると……。

 彼らは決して不浄なるモンスターなどではないのだ。

 こうした偏見は、三百年も昔に光の神ルーカスの加護を受けた勇者により、闇の種族たちの信仰する“まつろわぬ神”が退けられた事が原因だった。

 これにより“まつろわぬ神”の眷族である闇の種族たちの文明は崩壊した。

 現在、数ある闇の種族で唯一国家を維持しているのは、大陸北部の大森林の東側に版図を広げる闇エルフだけだ。

 その他の多くの闇の種族は、人里離れた廃墟や古代遺跡、洞窟などでひっそりと暮らしている。

 彼らから文明を奪い、モンスターとして貶めたのは自分たちなのだ。

 そういった事への贖罪の意味もあったのだろう。

 ロベリアは“何もない町”のゴブリンたちに様々な知恵を授けた。

 畑の耕し方。作物の育て方。効率の良い狩や採集。様々な繊維や糸から布を作る方法。

 薬学や医術で、聖術の使えぬゴブリンも簡単な病気や怪我に対処できるようになった。

 更には冒険者に対する戦略や戦術なども、いくつか考案した。

 料理だけは不評で“不細工な上に飯のまずい雌”という不名誉を負ってしまったが、それでもゴブリンたちの暮らしは格段に良くなり、誰もがロベリアに感謝した。

 始めは良い顔をしなかったゾルディアの親族たちも彼女の事をすぐに認め、受け入れた。

 それほど、ロベリアが“何もない町”のゴブリンたちにもたらした物は多大だった。

 ゴモリーもすくすくと健康に成長しゾルディアの指導と、その血統・・・・によって、戦いの才能を開花させていった。

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