【02】冒険者たち
つむじ風が吹き抜け砂埃が舞う。
その廃墟の荒れ果てた石畳の通りを三匹の小柄な影が疾駆する。
全員がこの町に来たばかりの流れゴブリンだった。
毛皮や襤褸布を身にまとっている。それぞれ、緑、黒、茶と肌の色が違った。錆び付いた農器具を手にしている。
その三匹のうしろから砂煙を引き裂いて一本の矢が飛来する。それは茶色のゴブリンの背中へと吸い込まれるように突き刺さる。
茶色のゴブリンが膝を突く。
矢を射ったのは狩人の女だった。
「あったりー!」
と、子供のように明るく叫ぶ。
「……うごごっ」
茶色のゴブリンは力を振り絞り、すぐに起きあがろうとした。
すると、その背後から甲冑を身にまとった戦士が両手鎚矛を勢い良く振り抜いた。
その一撃が命中した瞬間、茶色のゴブリンの後頭部が肉片をまき散らしながら大きく陥没する。
戦士は両手鎚矛にへばりついた肉片を振るい落した。
すると戦士を追い抜き、聖衣姿の肥った僧侶が、長杖を振りあげながら、残りの緑と黒のゴブリンを追いかける。
二匹のゴブリンは慌てて、大通りから右手にある建物と建物の隙間に入っていった。
「待てよ!」
僧侶もあとに続く。路地は狭い。小柄なゴブリンでも一列に並ばないと通り抜ける事はできない。
肥った僧侶は、腹が引っ掛かってしまい、少しもたついてしまう。
「くそっ!」
緑のゴブリンが振り向き、その姿を見て、けけけっ……と笑う。
そして先を行く黒のゴブリンが、路地の出口へと差し掛かった瞬間だった。
右側の物陰から小剣が水平に払われ、その喉を斬り裂く。
盛大に血を吹き出しながら黒のゴブリンはもんどり打って倒れた。
その光景を目にした緑のゴブリンが呆然と立ち止まる。
路地の入り口に革鎧を着た斥候が、にやつきながら立ち塞がった。
ひとり残されたゴブリンは野良猫のような悲鳴をあげた。
うしろからは肥った僧侶が迫り来る。
鍬の柄を握り締め、前とうしろを交互に見渡す緑のゴブリン。
すると、その斥候と入れ変わり、黒い長衣を着た魔術師が姿を現す。
魔術師は呪文を唱えながら短杖を振るう。
すると、短杖の先を突きつけられたゴブリンは、目つきをとろけさせて鍬を足元に落とした。
催眠の魔法だった。
魔術師は、ほくそ笑む。
「さあて……お前の仲間のところに案内してもらおうか」
廃墟の町の裏通りをおぼつかない足取りで歩く緑のゴブリンの少しうしろに、五人の冒険者が続く。
斥候があくびをする。
「しっかし……やっぱり、“何もない町”だな。ここは」
彼の腰には、テグスに通されたゴブリンの耳が吊るされていた。
こうして、討伐したモンスターの身体の一部分を切り取った物を戦利品と呼ぶ。
「ゴブリンって一・五だっけ?」
その狩人の女の問いに、肥った僧侶が答える。
「いや。去年末の改訂で一ポイントになった」
モンスターはギルドによって、その危険度や稀少度を基準に点数が定められている。これを経験値という。
「マジかよ……糞雑魚じゃん。ゴブリン……うまみないわー」
と、ぼやくのは魔術師であった。
戦利品をギルドに持ち帰るとモンスターに応じた経験値がパーティに加算される。それによってランクが決まる仕組みとなっていた。
「あと何点で、星増えるんだったかな?」
と、斥候が誰にでもなく訊いた。それに答えたのは戦士だった。
「あと六」
それを聞いた斥候が目を丸くする。
「六? さっきの二匹を合わせて六?」
「そう。この催眠で操られてるのを入れれば、あと五ポイントだね」
と、肥った僧侶。
ランクは星の数で表される。
現在の彼らは二つ星である。三つ星まであと六ポイント……。
ちなみに最高ランクは七つ星である。
「はあー。マジたるいわー。どっかに怪我して死にかけたドラゴンでもいねーかな」
斥候のその発言に狩人の女が鼻を鳴らす。
「うちらみたいなのじゃ死にかけだってドラゴンなんか倒せないよ」
その言葉のすぐあとだった。
緑のゴブリンが右手の半壊した家屋の軒を潜った。
五人は顔を見合わせる。
埃っぽい地下室の奥の壁際には、蓙が敷かれていた。
そこには雌のゴブリンと、まだ小さなゴブリンの子供たちが三匹、身を寄せあってうずくまっていた。
催眠で操られていた緑のゴブリンは、すでに用済みとなったので処分されるところだった。
入り口の階段の近くで戦士が、緑のゴブリンの頭に両手鎚矛を振るう。
脳漿を撒き散らしながら、緑のゴブリンは床に伏してひくひくと痙攣する。
蓙の上のゴブリンたちが悲鳴をあげた。
緑のゴブリンの背中を踏みつけながら、狩人が剣鉈で右耳を切り取る。
「えっへへ……これであと五ポイントぉー」
狩人が指で摘まんだ血塗れのゴブリンの耳を、まるで宝石のようにうっとりと見詰める。
蓙の上のゴブリンたちが、再び悲鳴をあげた。
それを聞いた斥候が五月蝿そうに顔をしかめ、小指で右耳をほじる。
「しっかし、ポイントがぎりぎり足りねえな……」
残念そうに彼が言うと、子供ゴブリンのひとりが立ちあがり、斥候の足に掴みかかる。
ゴブリン語で必死に「お母さんには手を出すな!」と叫んでいたが、冒険者たちには理解できない。
……もっとも、理解できたところで彼らは特に何とも思わないだろうが。
冒険者にとってのゴブリンは一ポイントの経験値でしかないのだ。
「うざってえ……ゴブリンの分際で」
そう言って、斥候は子供ゴブリンの頭を両手で掴みあげる。そのまま右手の壁に放り投げた。
ぐしゃり……と、嫌な音が鳴り、子供ゴブリンが壁伝いに床へと落下した。
ひくひくと手足を痙攣させ、虚ろな眼差しで虚空を見あげている。
その首を踏み折りながら、狩人が子供ゴブリンの耳を剣鉈で切り取った。
「これであと四ポイントぉー」
狩人が無邪気に笑う。
「はははっ。じゃあ、そろそろ一気に片付けるかぁー!」
斥候が腰に差していた小剣を抜いた。蓙の上でうずくまる残り三匹のゴブリンに向かって剣を振るう。
悲鳴と共に三匹のゴブリンの血飛沫が藁を赤く濡らす。
虐殺行為はすぐに終わった。
「しっかし、あと残り一ポイントか……どっかに、もう一匹、ゴブリン落ちてねーかな」
僧侶は舌打ちをして藁の上でうずくまり、背を見せたまま息絶えた雌ゴブリンを蹴飛ばした。
すると、その身体の下に小さな緑色の赤子が、すやすやと寝息を立てているではないか。
「おい。もう一匹、落ちてたぜぇ」
僧侶が嫌らしい笑みを浮かべる。
狩人は、にやつきながら舌舐めずりをした。
「よーし!」
「こんな小さな赤子なんか、ポイントになるのかよ?」
斥候は苦笑する。
すると魔術師が軽い調子で答える。
「子供でもポイント入るんだから、いけるっしょ」
経験値として認められるのは、そのパーティが討伐したモンスターの戦利品だけだ。
一体のモンスターからはひとつしか戦利品を収拾できないし、自身が倒した訳ではないモンスターの戦利品では経験値を得る事が出来ない。
それらの判定には、ギルドにある魔導器“審判の眼鏡”が使われる。
しかし、この魔導器の判定には穴や欠点が多く、抜け道が沢山ある。
こうした戦う意思のないモンスターの戦利品でも経験値になってしまう辺りも、その抜け道のひとつと言えた。
審判の眼鏡では、その戦利品のモンスターに戦意があったかどうかまでは判定できない。
こういった仕様について、経験値と認められているのだからルールに反していない。ならば問題はないという者もいる。
しかし、戦う意思のないモンスターをわざわざ殺しても、経験値を得るほかにはあまり意味がない。
その事について冒険者は何の疑問も懐かない。
なぜならモンスターは討伐されるべき悪しき化け物であるからだ。
狩人が、まだ母の死すら知らないであろう赤子をまるで釣ったばかりの魚のように、左足をつかんで乱暴に持ちあげる。
ゴブリンの赤子が目を覚まし、ぴーぴーと泣き喚き始める。
魔術師が「きめぇ」とゲラゲラ笑う。
戦士も、僧侶も、斥候も笑っていた。
狩人はゴブリンの赤子の左足を掴んだまま、思いきり振りかぶる。
「五月蝿いっての!」
そのまま床に叩きつけた。
べちゃり、と音が鳴り、泣き声がやんだ。
「これで、私たち三つ星冒険者ぁー!」
五人はハイタッチをかわして喜びあった。