【16】毒矢
時間は少し前に遡る。
そこは外周区南東の通りに面した廃屋の二階にある部屋だった。
どん――と、爆発音が少し離れた場所から聞こえて来た。
広場で“青い鳥”の魔術師ポッサムが、爆発の魔法を使ったのだ。
「この前、来たときも思ったが……やはり、この町はおかしいな」
四つ星パーティ“渦巻く紫煙”の戦士ジョージ・マイルドは、自らが手に持った羊皮紙を眺めながら呟く。
「何が?」
と、首を傾げるのは床に腰をおろした格闘家のニック・キャビンである。
ジョージは、そんな彼の方に目線を移して答える。
「いや。ここは道なりに町の中心へ向かって進んでいるといつの間にか町の外側に向かわされている」
エルフの魔導師ユミナ・ラークが咀嚼していた干し肉を飲み込んだ。
「それに町全体が無駄にごちゃごちゃしているわね……」
「ああ。利便性がまるで無視されている」
と、ジョージ。
彼らが懐いている違和感は、当然ながらゴブリンたちの行った増改築による迷路化が原因である。
更に、彼らが所持しているロジェ辺境王の秘宝のありかを示した地図を見ても、農園区までは辿り着けないようになっていた。これはドグロの細工である。
「……なあ、ユミナ」
「何よ? ニック」
「お前の使い魔で何とかならないか?」
使い魔は小動物を使役し、五感を同期させる高等魔術である。
「例えば、鳥の目で町を空から眺めるとか……」
ニックの提案にユミナは首を横に振る。
「駄目ね。この町は全体に使い魔除けの軍用結界が施されているわ。多分、ロジェ辺境王の時代のものがまだ活きている」
そもそも、使い魔の魔法の効果範囲はそれほど大きくはなく、魔力の消費も大きい。
思ったよりも使い勝手は悪いのだとユミナは述べる。
そんな仲間たちの会話を狩人ガイ・ホープが窓際で見張りに就きながら静かに聞き耳を立てている。
彼ら四人は、“青い鳥”や“赤犀騎士団”のあとをつけて漁夫の利を狙おうとしていた。
二つのパーティがゴブリンたちを引き付けてくれたお陰で、彼らは安全に町中の探索を継続する事ができていた。しかし、まだ何の成果も得ていない。
「……それにしても、ここのゴブリンはいったい何なんだろうな……」
ふとジョージが、その疑問を口にした。
彼らは“青い鳥”や“赤犀騎士団”と戦うゴブリンたちの統率の取れた様子を目の当たりにし、背筋に寒いものを覚えていた。
ニックは水袋を呷ってから言う。
「下手な兵隊なんぞより、よほど訓練されている。あれで一ポイントでは割りに合わない」
「まあ、ゴブリンの相手は鳥と犀に任せましょ」
と、ユミナが再び干し肉を口にくわえた直後だった。
「通りの東から誰か来る! ……“青い鳥”の連中だ。三人だけだ」
「どれ……」
ジョージが窓際に駆け寄る。他のふたりも続いた。
すると廃屋の正面を横切る通りの右から、ミレーゼたち三人が必死の形相で駆けて来る。
そのまま彼女たちは、通りを挟んで廃屋の正面に見える細い路地へと駆け込む。
そして先頭のミレーゼが路地を反対側へと抜けようとした瞬間だった。
壁が砕け魔術師のポッサムが吹き飛ばされる。
その壁の穴から姿を現した巨体を目にして、“渦巻く紫煙”の四人は目を見張る。
「キングだ……」
ユミナが唖然と呟き、口にくわえていた干し肉を床に落とした。その間にも、ミレーゼが殺られて、ユルグが路地を引き返して来る。
「こっち来るぞ!」
と、ガイが慌てた様子で言った。
「よし。やるぞ。隙を窺って奇襲する」
ジョージが決意を込めた表情で指示を飛ばし始める。
「ユミナはでかいのをぶちかませ。ガイはここで狙撃の用意。とどめは俺とニックでやる。タイミングはガイに任せる。指笛で知らせろ。秘宝のお次は、キングも美味しくいただくぞ!」
三人は頷き、各々、配置についた。
それから四人は、すぐあとにやって来たゴモリーの姿を見て驚く。
赤いケープに蟇の仮面。
「何だありゃ……ゴブリンなのか?」
ガイは呟く。
……そして、彼の合図と共に、ユミナの氷嵐が放たれた。
ユミナの氷嵐が炸裂したあとだった。
廃屋の二階の窓際で戦況を窺うガイは、すぐにキングに向けて狙いをつける。
その巨体は真っ白い霜に覆われていた。
どうやら冷気にやられて、ろくに動けないようである。まだ生きてはいるようだが氷嵐のダメージは甚大だったらしい。
「ユミナのやつ、やり過ぎだ……」
ガイは麻痺毒の矢をキングに撃ち込もうか逡巡する。
もしかすると、殺してしまうかもしれない。矢尻の麻痺毒は巨体のキングにも効くようにと、かなり強力なものだ。
今の魔法で弱りきった状況では、下手をすれば心臓が止まってしまうかもしれない。
殺してしまったら報酬やボーナス経験値は半減だ。
しかし、キングは素手で鈑金鎧を引きちぎる怪物だ。麻痺毒抜きでは生け捕りなどできるはずもない。
そうしてガイが迷っているとゴモリーがよろよろと立ちあがった。
「お、ゴブリンの癖に、まだ生きてやがったか……」
「冒険者の癖に生意気な……」
ゴモリーが妖精銀の戦斧を杖がわりにして、よろめきながら立ちあがる。
頭や肩に乗っていた氷の欠片がぱらぱらと地面に落下した。
こちらもかなりのダメージを負っているようだ。
……どうせ、キングは動けない。
ガイはゴブリンたちから排除する事にした。
ゴモリーに狙いをつける。
「まずはこっちからだ! 死ねええええっ!」
放たれた一矢は真っ直ぐにゴモリーに向かって飛んで行く。
近くの路上で倒れていたココが、ゴブリン語で絶叫した。
次の瞬間だった。
通りの左手から物凄いスピードで駆けて来た狼乗りがゴモリーの前を過る。
狼の部族の戦士長ボルゾである。
ボルゾは肩に毒矢を受けて、狼の背から落下した。
「姫さまーっ!」
ボルゾは狼の足を速め、ゴモリーの前に飛び出した。
肩に矢尻が刺さる。傷は浅かった。しかし、その猛毒が瞬く間に彼の身体の自由を奪う。
ボルゾが霜の張った地面に落下する。
彼を乗せた狼が急停止して振り返る。地面に転がった主の元へと向かい、鼻を近づけた。
「……そんな。ボルゾ! ボルゾぉ!」
ゴモリーはボルゾに駆け寄り、その肩の矢を抜いた。しかし、彼の緑色の目蓋は閉ざされたまま、ぴくりとも動かない。
「ちっ……」
ガイは舌打ちをして新たな矢をつがえた。その瞬間、呪文を唱え終わったココが地面に膝を突いたまま長杖を振るう。
「良くもぉっ!」
杖の先から炎の矢が発射される。
その顔は、普段は冷静な彼女らしからぬ悪鬼の形相であった。
ガイの顔面に命中する。
「うぎゃあああ……」
蝋燭のように頭から火柱をあげたガイは、その場で地団駄を踏みながら暴れて二階の窓から落下した。
すると、ボルゾのあとからやって来たドグロが狼から降りる。ボルゾの肩を抱き起こした。
「これは……麻痺毒だな」
素早く毒消しの呪文を唱え始めた。
「お姫さま!」
そのキキの声で、ようやく正気に戻ったゴモリーの瞳に廃屋の入り口から飛び出して来た格闘家と戦士が映り込んだ。
ニックとジョージだ。
「……っ!」
ゴモリーは仮面の奥で歯噛みする。そして、妖精銀の戦斧を構えて立ちあがる。
「よくもボルゾをッ!!」
同時にニックの額にキキの放った矢が突き刺さる。
ゴモリーは、残ったジョージに向かって駆ける。
ジョージが大上段に振りあげた大剣を振りおろす。
「てえええいっ!」
剣先が石畳に衝突し、火花を散らした。
「え……?」
ジョージは完全にゴモリーの動きを見失っていた。
ゴモリーは大剣が振りおろされた瞬間に、その刀身を踏み台にしてジョージの頭を飛び越えていた。
そして着地の瞬間と同時にケープを翻らせ、妖精銀の戦斧をジョージの首めがけて振るっていた。
「ばっ、馬鹿な!」
ジョージも反転し、背後に目掛けて大剣を振るおうとする。
しかし、遅い。
大剣の刃がゴモリーに届く前に、ジョージの首は胴体から放れて宙を舞う。
血飛沫が撒き散らされる。
……その少し前だった。
魔導師ユミナは呪文を口ずさんでいた。ニックとジョージの能力を向上させる何らかの補助魔法のようだ。
しかし、その詠唱が完了する直前だった。
「ごふっ……」
突如、彼女の身体が大きく揺らぐ。
廃屋の裏口から回り込んだガマトーが、ユミナの後頭部に手斧を叩き込んでいた。
ユミナは大きく目を見開いたまま、自分に何が起こったかも解らずに床へと突っ伏した。
こうして“渦巻く紫煙”は全滅したのだった……。




