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レナルド(1)

王太子番外編です!

 真っ青な空が目に入った。先ほどまで座っていた木の枝は消えており、地面に強く打ちつけてしまった後頭部がズキズキと痛む。

「殿下!」と、乳兄弟の悲鳴じみた声が聞こえた。だけどそれに応える気力はなく、六歳の王太子、レナルドは呆然と空を見つめる。


「うそだろ……」


 ぽつり、と声が漏れた。そのとき、駆け寄ってきた乳兄弟がこちらを見下ろす。彼の瞳には大粒の涙が溜まっていて、ひどく心配げだが、返事をする余裕など相変わらずなかった。

 だって、どうして信じられよう?


 ――まさか、この自分が、乙女ゲームの世界に、あまつさえその攻略対象に転生していたなんて。



△▼△



 レナルド・ランティスターはランティスター王国の王太子だ。国王夫妻が長年切望してやっとできた一人息子で、多くの人々から愛されて育った。本人にもその自覚はあり、みんなの期待に応えられるような国王になろうと日々努力してきた。


 だけどやはり幼い子供で。勉強に耐えきれなくなって、乳兄弟のユールとともに城の庭で遊ぶことはよくあった。木登りも頻繁にし、そして今回、レナルドは乗っていた枝が折れて地面に墜落したのだ。



 夜。王太子としての威厳に満ちた――平たく言えば豪華な自室のベッドに寝転がりながら、はぁ、と、レナルドはため息をついた。ユールの叫び声が響いたからか、すぐに使用人らが駆けつけ、レナルドは強制的に、だけど丁寧に自室へと運ばれた。大至急医者も呼ばれ、今は安静を言い渡されたため大人しくしているところだ。容態に急変があった場合に備えて侍女が部屋の隅に控えているが、それよりも彼の頭を占めるものがあった。


 はぁ、と再度ため息をつき、文字通り頭を抱える。墜落して頭に衝撃が訪れた瞬間、ふと、自分がかつて地球と呼ばれていた場所で暮らし、生き、そして十七歳という若さで死んだ、という記憶がよみがえってきたのだ。正直こんなことが我が身に降りかかるのか、と思ってしまい、現状を理解するのを拒んでしまう。だって、誰が信じられよう? 姉に設定とか感想をぺちゃくちゃ喋られ、動画も見せられ、男のくせにストーリーを覚えてしまった乙女ゲームの、しかも攻略対象に転生してしまうなんて。どうせなら少年漫画の世界にしてくれ!


(いや、だけど、少年漫画とかだとすぐに死にそうだな……)


 元々体を動かすのが苦手な身。バトルだらけの少年漫画の世界を生き抜けるとは到底思えない。……いや、バトルがない作品もあるが、前世のレナルドがどハマりしたのは大抵戦闘描写のあるものだったから、それ以外の少年漫画の世界に転生しても……という気持ちだった。


(って、そんなことはどうでもいい)


 頭を振って、思考を切り替える。とりあえずは乙女ゲームの攻略対象に転生してしまった。その事実をしかと受け止め、今後どうするのかを考えなければ。


 確か……と、記憶を探る。この世界の元になった、と思われる乙女ゲームは初心者向けのものだった気がする。スマホのアプリで無料でできた、シンプルなストーリーのもの。やたらと明るい性格をしていた姉はこのゲームがきっかけで乙女ゲームという沼にハマっていった。


 ……あのおしゃべりな姉がひどく懐かしく思え、かすかな郷愁を抱いたが、それは心の底に押しやった。今考えるべきことではない。自分はもう、かつて地球で生きた青年ではなく、このランティスター王国の王太子なのだから。


 心を落ち着かせ、思考を深める。ヒロインはユリアナ・イシュタールという少女で、平民として暮らしていたが、ある日突然イシュタール子爵の養女となる、という出だしだった気がする。母が子爵の愛人で、その子供だから、というのが養女になった理由だったと思うが、そこらへんは今後特に話題にならないからあまり覚えていない。


 とにかく、ユリアナと呼ばれる少女が貴族となり、そして……そう、王太子の婚約者だったシェーラ・アルハイム伯爵令嬢と仲良くなったのだ。ちょうど同い年だった二人はすぐに意気投合する。

 ふと、ここまで全く男の気配がなくて萎えた、と姉が言っていたことを思い出した。確かに、ヒロインが知り合ったのはシェーラという少女だけで、全くもってレナルドがぱっと思い浮かべる乙女ゲームらしくはなかった。


 ……まぁ、そんなことはどうでもいい。そう思って、ストーリーを思い出すことに集中した。

 その後、ヒロインのユリアナはシェーラの屋敷に招かれるようになる。そこで、攻略対象――このゲームでは金銭面での都合上かは知らないが、たった二人しかいない――がどちらになるのかが決まる。その攻略対象は『王太子レナルド』と、シェーラの兄であるイアン・アルハイムだ。ここでイアンとの遭遇イベントがなければ、強制的に王太子ルートになるというシステムだった気がする。逆に言えば、ここで遭遇イベントが起こればイアンルートだ。


 なんとも親切設計だな、と思う。ノーマルエンドはなく、必ずどちらかとハッピーエンドになったはずだ。バッドエンドなんてものはもってのほか。その後多くの乙女ゲームで推しキャラのバッドエンドルートに入ってしまい、プレイしながら悲鳴を上げていた姉の姿を思い出した。本当にやかましかった。


(ああ、もう! 姉さんのことは思い出さなくてもいいのに! やたらと出てきやがって!)


 心の中で姉に怒鳴る。いっつもうるさくて勉強も邪魔ばかりしてきた姉なんて好きでもないのに! 郷愁か? それなら両親を思い出すはずだろ? そんなことを思いながら、頭の中で姉を叩く。だけど彼女はずっとへらへらと笑ったままで……。


 はぁ、と、三度目となるため息をついた。しょうがない。とりあえずは放置しよう。……脳内の姉がやたらとリアルに「えー!」と言ったが無視した。

 王太子ルートに入った場合、社交界デビューの夜会でユリアナがやけに王太子と親しくなり、どんどん仲を深めていく。そしてそれに嫉妬したシェーラが、夜会の場で彼女を辱めて……そして、それらの所業が問題視されて、婚約破棄。めでたくユリアナと王太子は結ばれました、という終わり方だった。


 対するイアンルートは、ユリアナとイアンが婚約し、密かに想いを寄せていた兄を奪われるのを恐れたシェーラが王太子ルートのときと同じく彼女を辱める。シェーラはユリアナと同じく養女で、イアンと血の繋がりはなかった。思えば、同じような過去を持っているから、二人は仲良くなったのかもしれない。そこらへんは分からないが、今度は落ち込んだユリアナを見てイアンが何かを勘づき、シェーラと絶縁する、という終わりだった気がする。


 つまりどちらのルートでも、シェーラが嫉妬し、そして婚約破棄やら絶縁やらをされて懲らしめられる、という話だ。

 不憫だ、と思う。どちらにしろシェーラは、突然親しくなったユリアナに婚約者か兄を奪われ、それに耐えきれなくなっていろいろとするけれど、そのせいで捨てられる。ヒロインと出会わなければこんなことにはならなかったのに。


(まぁ、そんなことは置いといて……)


 これからどうするか、だ。レナルド自身、王太子としての自分に誇りを持ち、国をより良い方向へ導いていきたいと思っている。それに、どうにか役立てることはできないだろうか? 確か乙女ゲームの中で『王太子レナルド』は二十一歳だった。それならば、十五年後、この国に乙女ゲームのような未来が訪れるのだろう。この知識を利用して、立派な王太子となりたい。


 ……考えるが、なかなか良い案は思い浮かばなかった。そもそも、今世ではまだ六歳。前世ではこんな、政治に携わる立場ではなかったし、難しいこともあんまり考えたことなかったから、どうすれば目指す『良い王太子』になれるのかすら、全く検討がつかなかった。


(とりあえずは……)


 今後この知識を利用できる事態に備え、乙女ゲームに出てきていたキャラクターを全員把握しよう。そう決めた。

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