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四章(6)

ローリー視点です。なくても良かったかな、とちょっとだけ思っています()

 ローリー・マドックは、父が平民の女性の元に通うのをいつも不思議に思っていた。しかも母というものがありながら、その女性に対して熱烈な想いを抱いている様子で、どことなく違和感が拭えなかった。

 だけどそんなことは彼にとっては些細なことで。それよりも父に連れられてその女性の元に行くと、いつも女性の一人娘であるシェーラと遊べるから、父が女性の元へ通うのを今か今かと楽しみにしていた。


 当時のシェーラはとても愛らしい少女だった。母親と同じ綺麗な黒髪はいつも下ろしており、風が吹く度にさらさらと揺れる。ほっそりとした体は適度に焼けており、儚さよりもある程度の力強さを感じさせた。

 そして何より、女性とは違う、豊かな森を想起させる深緑の瞳。ぱっちりとした瞼に彩られたそれが、ローリーは好きでたまらなかった。


 だから、彼がシェーラのことを好きになるのは当然のことだったのだろう。好きになって、彼女といられる時間が幸せで、ずっとずっと共にいたいと願った。

 けれど、幼心に、それは叶わないことだと自覚していた。暮らしぶりが見るに、シェーラは平民で、ローリーは子爵といえど貴族。彼女を妻に迎えることはできない。愛妾にならすることができるだろうが、そんなことはしたくなかった。


 だからシェーラの母親が亡くなって、彼女もどこかへ引き取られると、ローリーはほっとした。これで彼女を諦めることができる。そう思ったのだ。

 それゆえ、しばらくして父からシェーラたち親子は貴族で、今はアルハイム伯爵家に引き取られていると知らされたときはひどく驚き、同時に嬉しくなった。これで彼女を妻にすることができる。ローリーは神に感謝し、シェーラの社交界デビューの日を今か今かと待った。それとともに彼女に好かれる男性になれるよう、ダンスや作法、領地経営などの勉強も今まで以上に頑張った。



 それから一年ほど経った頃だった。当時二十六歳だったリウカマー侯爵が社交界でローリーに接触してきたのは。


「ねぇ、あなた、シェーラ・アルハイムと親しかったんですって?」


 マドック子爵家での夜会。テラスで一人、酔いを冷ましていると、彼が現れたのだ。

 ローリーは挨拶もなく、突然質問されたことに驚きながらも、その通りだったので素直に頷く。するとリウカマー侯爵はにやりと笑みを浮かべ、「じゃあ、協力して欲しいのよ」と言った。


「これから四年後、シェーラ・アルハイムは王太子の婚約者になるわ。だけどそれはユリアナ・イシュタールによって邪魔されて、叶わなくなるの。いい? 彼女は不幸になるのよ。親しい人としては見逃せないでしょ? なら、彼女を不幸にしないために協力してくれない?」


 その言葉に、ローリーは思わず顔を歪めた。何を言っているんだ、こいつ、と思ったのだ。しかもリウカマー侯爵は男にも関わらず女の格好をしている、頭のイカれた野郎だ。侯爵とはいえ、そんな話を誰が信じられようか。

 しかしその反応を予見していたかのように、リウカマー侯爵は言葉を続ける。


「まぁ、信じられないでしょうね。だったら、あなたに一つだけ未来を教えてあげる。それが当たっていると分かったら、あたしに協力しなさい」


 それだけ言うと、ローリーの反応など気にせず、リウカマー侯爵はある予言を告げた。

 ――もうすぐ、宰相派だったシェーラ・アルハイムの義兄、イアン・アルハイムが、父と対立して王太子につくわ。

 その突拍子のない言葉にローリーは目を(しばた)かせ、そして思わず笑みを浮かべた。そんなことありえない。そう呟くように言うと、リウカマー侯爵は「さて、どうでしょうね」と笑った。


 そして、リウカマー侯爵の言う通りになった。シェーラの義兄だから、と動向を密かに探っていたイアンが王太子の元に通い出したとの報告を受け、ローリーはすぐさまリウカマー侯爵の元へ書状を送った。侯爵はありえないと思われた未来をぴたりと当ててみせた。それならば、きっと彼が言っていたシェーラのこともまた、当たるのだろう。そう思うといてもたってもいられなくなった。


 手紙のやりとりをしながら会う日取りを決めると、ローリーはリウカマー侯爵邸へ向かった。リウカマー侯爵はいつも通り煌びやかなドレスを纏っていて、ローリーと二人きりとなる。もしかしたらこのせいで変な噂――ローリーがリウカマー侯爵の愛人だとかいう、不名誉なもの――が広がるかもしれないが、これもシェーラのためだ。ぐっとこらえると、ローリーは挨拶もそこそこに本題を切り出した。


「それで、どうして閣下は未来を当てられたのでしょう?」

「そんな呼び方やめて。リナって呼んでくれない?」


 リウカマー侯爵の戯言を右から左へと流してじっと見つめると、「もう、本気なのに……」と小さく不満を呟きながらも、彼は話し始めた。


「秘密よ。だけどこれで分かったでしょう? シェーラ・アルハイムは四年後に王太子殿下の婚約者となり、不幸になるわ。それはあたしにとっても不都合だから、なんとかしたいのよ。――協力してくれる?」


 ローリーはしばし考えた後、リウカマー侯爵の言葉に頷いた。そして国の南部にあるマドック子爵領に生えているアルーという花を集め、リウカマー侯爵に渡すことを命じられ、了承したのだった。


 しかし、彼の父はそれを良しとしなかった。アルーの花は決して摘み取ってはならず、見つけたら必ず捨てろ、というのがこの辺りの民に代々言い伝えられており、きっと摘み取ったら何かあると恐れたのだ。

 けれど、ローリーだって引くわけにはいかない。言う通りにしなければ、シェーラが不幸になってしまう。それだけは嫌だった。


 だから、――父を殺した。リウカマー侯爵に毒を手配してもらい、それを父の料理に混入させ、そうと知られないように暗殺したのだ。


 それからはもう邪魔する者はおらず、ローリーはずっとアルーの花をリウカマー侯爵に送り続けた。

 それが何に使われているのか考えることもせず。



 それから四年後、とうとうシェーラが社交界デビューをした。リウカマー侯爵の言っていたように、王太子の婚約者となって。

 そのことに不満を覚えながら、ローリーは五年ぶりにシェーラと会話をした。けれどすぐに無表情な王太子に邪魔をされ、会話を終わらせられる。まだ話したいことがあったのに、積もる思い出話もあったのに、これはあまりにも酷い。


 そうして、ローリーは王太子への不満を積もらせていった。彼がシェーラを不幸にする人物だと勘違い(・・・)したこともそれに拍車をかけ、しばらくしてローリーはリウカマー侯爵邸に向かった。シェーラを不幸にしないためのことに協力をするためだった。

 しかし――。


「……シェーラ?」


 何かを勘違いした使用人に、奥まった場所にある部屋へ連れて行かれ、ローリーはリウカマー侯爵を待った。空気は澱んでいて、甘ったるい香りに満ちているが、そこにある調度品は素晴らしいものばかりで、思わずそれらを眺めたり触れたりをして時間を潰していた。すると突然扉が開けられたから、咄嗟に物陰に隠れて――。

 そしてリウカマー侯爵と、彼に連れられて来たシェーラとユリアナを見たのだ。


 もしかして、シェーラに、これから不幸になるから王太子と縁を切れ、とでも言うのだろうか? そう思っていると、リウカマー侯爵がシェーラに命じた(・・・)のは、ユリアナを今後もいじめ続けることで。どういうことなのか分からず混乱していると、部屋の中に衛兵がやって来て、その後王太子らが入って来た。

 そして、王太子は告げる。


「――アルーの花の効果を知っているだろ? あれは麻薬と同じだ。それでも何もしていないと言うのか」


『麻薬』などという初めて聞く言葉があるから分からないものの、どうやらローリーの提供していたものがシェーラに害を与えたそう。その王太子の言葉にローリーは憤りを感じた。何せ、王太子はシェーラを(・・・・・)不幸にする(・・・・・)のだ。そんなやつが何を言っている。


 だから王太子がシェーラの近くへ行き、大丈夫かと尋ねようとした瞬間、ローリーは飛び出した。そして護身のために持っていたナイフをシェーラの首筋に当てると、口を開いた。


「――動くな、彼女がどうなってもいいのか」


 のろのろとシェーラが顔を上げる。


「ローリー……?」


 そんな彼女に、ローリーは笑いかける。全ては君を守るため。それならどんなことをしたって許されるよね?

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