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三章(3)

 前世の記憶。前に生きていた人生の記憶。それが王太子にはあるという。イアンはぽかん、と口を開けて王太子を見つめた。正直、何を世迷言を、と思ってしまったが、彼がこんな嘘をついたところで何の得があろう? それに、話の流れからして、信頼されたからこそ明かされたことだろうし……。


 イアンはちらりとルイスを見る。彼はニコニコと笑っていて、その真意は掴めない。改めてじっと彼を観察すると、一見どこにでもいる普通の少年だが、確かにどことなく嘘くさい雰囲気がある……気がする。イアンを試すことを王太子に提案して、それが実行されたことから、きっとこの年の少年としてはかなり頭がよく、王太子から信用もされているのだろう。もしかしたら、今まで王太子が議会で提案してきた法案とかも、彼が思いついたものだろうか? ふと、そんな疑問が湧き上がったものの、今はそんなこと考えている場合ではないと首を振る。イマイチ二人の関係性を理解できていないが、また今度尋ねれば良いだろう。


 そう思いながら、王太子の方を見る。どうやらイアンが冷静になるのを待っていてくれたようで、彼は頷くと、ゆっくりと説明を再開した。


「前世で、この世界のことは乙女ゲーム――物語として伝えられていた。主人公はユリアナ・イシュタールで、二通りの終わり方があった。それが主人公が友人兼ライバルのシェーラ・アルハイムの婚約者である王太子――つまり俺と結ばれるものと、義兄であるおまえ――イアン・アルハイムと結ばれるものだ。それで――」

「ちょっと待ってください」


 たまらず、イアンは王太子の言葉を遮る。無礼だとは理解しつつも、いかんせん、理解が追いつかなかった。――この世界が物語。それはたいそう衝撃的なことであったし、正直、信じられない。何とか理解しようと一生懸命頭を働かせるが、なかなかできそうになかった。

 うう、と思わず呻き声を漏らす。

 そんなイアンを見かねてか、王太子が「とりあえず」と言った。


「物語で伝わっていたから、俺はものすごく大雑把とはいえ、未来が分かる。それだけ理解しろ」

「それくらいなら……分かりました」


 イアンはこくりと頷く。何やら色々言っていたが、本質的に言いたいことはそれらしい。この世界は物語の世界だとか、そういうのは頭の隅に追いやり、王太子に先を促す。王太子もイアンが理解したことを分かってか、再度口を開いた。


「だけど俺は、ストーリー通りにユリアナ嬢やシェーラ嬢とは結ばれたくない。――他に、愛する人がいるからな」


 その言葉に、イアンはまたもやぽかん、と間抜けな顔を晒した。今まで――王太子の側についてからもそんなことは聞いたことなかったし、全くそんな気配がなかったからだ。それに、失礼だが、彼が誰かに恋をしている姿というのも想像できない。……愛を囁いたりするのだろうか? 笑ったりするのだろうか? いったいどんな態度でその人に接するのか、疑問だった。

 だけど今はそんなこと考えている場合ではないと疑問を打ち消すと、ふとある思いが湧き上がってくる。


 ――シェーラ以外の女性と結ばれるために、シェーラを利用した。

 ――シェーラは利用するだけされて、いずれ捨てられる。


 そのことを理解し、苛立ちが徐々に心を支配していく。言い方は悪いが、そんなこと(・・・・・)のために愛する人のことを利用するなんて、イアンには到底許せることではなかった。

 それを顔に出していたのか、それともイアンがそう思うだろうと察していたのか、王太子が「まぁ、落ち着け」と言う。


「シェーラ嬢を利用していたのには間違いないが、目的はそれだけではない。言っただろう? 俺には大筋の未来が分かる、と。だからあえて(・・・)ほとんど(・・・・)その通りにし(・・・・・・)次に(・・)起こることを(・・・・・・)予測して(・・・・)宰相の権力を(・・・・・・)削ぐことに(・・・・・)したのだ(・・・・)


 イアンはハッと王太子の方を見た。確かにかねてより、王太子は宰相の権力を削ぐために行動している、と言い続けていたが、どうやらそれは本当だったよう。イアンは表情を引き締める。わざわざ意中の相手と結ばれたいがためにしては、明らかに仕掛けが大掛かりすぎた。イアンの知る王太子はそんな無駄なことはしないはずなのに、そこに思い至らなかったのが情けない。

 ……と言っても、その計画を立てたのは王太子本人なのか、それともルイスなのかは分からないのだけれど。


 真剣な表情を浮かべるイアンを見て、王太子は頷いた。


「ということで、これから動き出すぞ。今回の舞踏会の襲撃はゲーム通りに(・・・・・・)宰相が計画したものだと分かった。支度を整え、数日後に宰相の屋敷に乗り込むぞ」

「分かりました」


 そうイアンは返事をする。きゅっと身が引き締まり、自然と声も硬くなる。

 王太子は目元を和らげ、告げた。


「これが終わったら、俺とシェーラ嬢の婚約も、おまえとユリアナ嬢の婚約も解消させるつもりだ。……今まで利用していたことは申し訳ないが、それも間もなく終わる。そうなったらシェーラ嬢に告白しろ。それが成功してもしなくても、おまえが前を向くきっかけになるからな」

「殿下……」


 その言葉に、じんわりと胸が温かくなる。――確かに、そうだ。恋をちゃんと終わらせるには、せめて告白しなければならない。そうやって、キリをつけて、人は新たな恋へ向かうものなのだから。

 だけど、イアンは拒絶されるのが嫌で、告白もせずに想いを抑え込んでいた。だからこれほどまでに初恋が長引いて……。


 ぎゅっと手を握り込む。王太子がその後のことまで考えてくれていたことが、ひどく嬉しかった。


「まぁ、そもそも、婚約させる必要もなかったのですがね。その『ゲーム』でも、イアン様がユリアナ様と婚約していたわけではないのでしょう?」


 ルイスがぽつりと呟くように言う。そちらに顔を向ければ、どことなく不機嫌そうな顔をしていた。どうやらイアンとユリアナの婚約に関しては、王太子の意見だったよう。しかも、あまり意味のない。

 どういうことなのかよく分からなくなって首を傾げると、「だが、」と王太子が口を開く。


「それで宰相を混乱させれたのは事実だろう? イアンがユリアナ嬢と結婚したことによって、アルハイム伯爵がこちらについたと思わせ、だけど伯爵は今でも宰相側についていて……」

「その程度のこと、やらなくても計画は遂行できた、ということです。事実、伯爵が意味不明なのは以前からですし……」


 それに、王太子は押し黙る。イアンも頷いて同意した。父は確かに昔から意味不明だ。今回も、宰相側についていながら、イアンと王太子派のユリアナとの婚約を認めるし……息子でも理解できないんだ。きっと他の誰にも理解できないに違いない。

「まぁ、とりあえず」と王太子が言う。


「今度、宰相の屋敷に乗り込むぞ」



△▼△



 イアンは王太子から説明を受けたあと、仕事を終え、屋敷に戻ってきた。すると、何故だか屋敷の中が慌ただしい。そこらの侍女を捕まえて尋ねれば、どうやらシェーラが急遽二日後の夜会に参加することになったらしい。珍しいな、と思いながら、イアンは自室へ向かう。夜会に参加する人物たちはあらかじめ決めてあり、急に参加が決まって準備に奔走することがないよう、ひと月から二週間前には招待状が送られているものだ。


 それが、二日前になって決まる。もしや招待状が間違って別の貴族の元に届けられたりしていたのだろうか。そんなことを疲労感の滲んだ頭で考えながら、自室につくと、イアンは億劫げに着替え始める。ふと、昨夜、シェーラにキスしてしまったことを思い出し、うう、と呻いた。


(いったい、どう思われているだろう?)


 気持ち悪いと思われているに違いない。そう思うと、ひどく心がざわついて、その場に崩れ落ちてしまいたくなった。王太子にはちゃんと告白をしろと言われたが……これは無理かもしれない。何しろ、義理とはいえ妹を好きになってしまったのだ。シェーラはきっと避けるに違いないし、イアンもあわせる顔がなかった。

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