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二章(4)

前の話で方向を忘れていましたが、王太子とイアンの髪色を逆にしました。遅れてしまい、すみません。

 シェーラと王太子が会場入りして婚約の発表が告げられた後、二人は一度だけダンスを踊り、そして多くの貴族に挨拶をすることとなった。まずは国王と王妃。緊張で心臓がバクバクと跳ねる中、なんとか失敗をせずに挨拶が終わった。けれどほっと息をつく暇はなく、次は宰相との挨拶だ。

 宰相とその隣にいる娘のラヴィニアに挨拶しながら、シェーラはふと思い出す。


(そういえば、宰相閣下は殿下と敵対しているんだっけ……?)


 確か、そのようなことを待合室で口にしていたはず。王太子と宰相は意見が合ってなくて、それで……。


(――あれ?)


 シェーラのいるアルハイム伯爵家は宰相側だ。王太子は何故、シェーラを婚約者としたのだろう? 宰相側と友好を結ぶための第一歩なら、シェーラではなくラヴィニアを婚約者にすればいい。それに――。


(なんで、お義兄様は殿下と親しいのかしら?)


 イアンは宰相側のはず。なのにどういうきっかけで王太子と距離を縮めることになったのだろう? それに、イアンは宰相か王太子、どちらに忠誠を誓っている? もし宰相ならば、王太子を裏切るつもりなのだろうか――?


 今まで当然のように受け止めていたこと。それらがたった一つの情報を与えられただけで当たり前ではなくなる。理解できなくなる。そう思って、シェーラは改めて恐ろしくなった。イアンのために良かれと思って王太子と婚約したけれど、もしイアンが宰相側ならば、これはむしろ迷惑なのではないだろうか? それに、もしイアンと王太子の友好が建前で、本当は敵対していたのだとしたら、シェーラは人質に取られたことになるのでは……?


 ――分からない。知らないことが多すぎて、不穏な想像がどんどん膨らんでいく。胸が張り裂けそうになっていく。


「シェーラ嬢? 具合が悪いのか?」


 声をかけられて、シェーラは慌てて思考の海から浮かび上がった。王太子がいつも通りの無表情で、だけどどこか心配げにシェーラを見つめている。彼の正面にいる宰相はにこにこと仮面のような笑みを浮かべていて、ラヴィニアは相変わらず厳しい瞳を向けてきていた。

 話を止めてしまったのかもしれない。そう思って、シェーラはすぐに謝罪をした。


「申し訳ございません。何でもありません」


 すると、クスクス、という笑い声が微かに耳に届いた。ちらりとそちらを見ると、何人かの令嬢が固まって、シェーラの方を見て笑っている。……まるでシェーラを嘲笑うかのように。

 少し嫌な気持ちになって、シェーラはつい、と顔を宰相たちの方へ向けた。すると。


「殿下の婚約者候補はアイリーン様かラヴィニア様でしたのにねぇ。あの方、恥ずかしくないのかしら? あの御二方と並べるほど美しくもないのに」

「きっと自分が一番美しいとでもと思っているのですわ。ああ、アイリーン様とラヴィニア様がとてもおかわいそう」

「それにしても見まして? 王太子殿下の横に立っていながらぼうっとして! なんて間抜けなのかしら」


 クスクス、クスクス。シェーラに聞こえるギリギリの声量での言葉に、呆然とする。――なに、それ。なんで私が悪く言われなきゃならないの? 確かに、王太子殿下の婚約者になれて喜んだ。だけど、そんな、悪く言われるなんて……。

 胸が痛い。きゅ、と右手でドレスを握っていると、宰相との話が終わったのか、王太子が手を引いて歩き出す。シェーラはとぼとぼと彼について行った。

 すると、微かに声が届く。


「――絶対に許さないんだから」


 それは恨み、憎しみ……シェーラに対する多くの負の感情がこもった声だった。慌てて声のした方を見ると、ラヴィニアが相変わらず射殺さんばかりの瞳で睨みつけてきていた。ゾッと悪寒が走り、恐ろしくなって、シェーラは慌てて王太子について行った。

 だけど、ラヴィニアの視線はずっと刺さったままだった。




 その後何人かの貴族と話をし、さて次へ……と思ったところで声がかけられる。


「シェーラ!」


 シェーラは声のした方に視線をやる。そこには赤い髪に緑の瞳を持つ少年がいた。知らない人……のはずなのに、その髪と瞳に何故か既視感を覚えて、首を傾げる。するとそれを感じ取ったのか、少年が口を開いた。


「もしかして覚えてない? 俺だよ俺、ローリー」

「え、あ、……ローリー? 本物?」

「本物に決まってるだろ! 昔よく遊んだだろ!」

「うん、そうだね」


 ふふ、とシェーラは笑う。

 ローリーはシェーラより六歳年上の、アルハイム伯爵家の親戚筋にあたるマドック子爵家の一人息子だ。昔、シェーラが伯爵家に引き取られる前、マドック子爵はよく母の元を訪ねてきていて、そのときによく遊んでいた。

 ……シェーラが伯爵家に引き取られてからは、何も関わることがなくなったけれど。


「久しぶり。……そっか、国中の貴族が集まるんだもの、あなたも来るわね。お父様はお元気?」


 シェーラがそう尋ねると、ローリーはあからさまに顔を歪めた。沈んだ表情で、重たい口を動かす。


「四年前――シェーラが引き取られてから一年後に亡くなったよ」

「そう……だったの。ごめんなさい。何も知らなくて……」

「いいんだよ。当時聞いたら、多分おまえ落ちこむどころじゃなかっただろうし」


 その言葉に、シェーラはゆるりと笑みを浮かべた。その思いやりが嬉しい。じんわりと胸に染み渡る。

「ありがとう」とシェーラが告げると、別の方向から声がかかった。


「シェーラ嬢、話は済んだか?」


 王太子の声だった。シェーラは慌てて王太子に「申し訳ございません」と謝罪する。ローリーとの再会に興奮して、王太子のことを放ったらかしにしてしまった。不敬すぎる。

 シェーラの謝罪に王太子は頷き、ローリーの方を見た。


「マドック子爵だな。これからシェーラ嬢と挨拶回りがあるので、失礼する」

「――はい。王太子殿下、シェーラのことをよろしくお願いします」


 王太子という滅多に関わることのない人物と相対したためか、ローリーは僅かに強ばった声でそう告げた。王太子は雑に「ああ」と答えると、すぐさまシェーラの手を引いてその場を離れた。すると、一秒ほどで次に挨拶をするべき財務大臣が現れる。彼はどこか苛立ち紛れに「ご婚約おめでとうございます」と告げた。


(あ、もしかして……)


 シェーラはふと、王太子がローリーとの会話を止めたのは、財務大臣が怒っていたからなのでは、と思った。挨拶をしようとしたらローリーという小さな貴族に邪魔をされて、財務大臣は苛立っていただろう。そんな大臣にローリーが目をつけられないように、ローリーとの会話を最低限で済まさせたのかもしれない。


(王太子殿下は優しい方ね)


 だけど……。シェーラはそっと目を伏せる。そんな彼が味方である保証はない。イアンの敵かもしれない。そう考えると、王太子の行動の理由が別にあるのでは、と勘ぐってしまう。王太子を信じれなくなる。


(屋敷に帰ったら、お義兄様に聞きましょう)


 王太子は敵なのか、否か。彼を信じていいのか。



 ――だけど、そのことを尋ねることはついぞなかった。




 侯爵位以上の貴族、あるいは国の重鎮に対する挨拶回りが終わると、シェーラはほっと息をついた。正直、ちゃんと挨拶できていた自信はない。ふとする度に王太子の疑惑やクスクスとした令嬢方の笑い声に意識をとられて、気持ちが沈んで、なかなか笑顔を保てなかった。


「シェーラ嬢」


 呼びかけられて、シェーラは王太子の方を見た。王太子はいつも通りの無感動な顔立ちでシェーラに言う。


「ここからは別行動にしよう」

「分かりました」


 特に異論はなかったので、シェーラは頷く。すると王太子は珍しく口元を緩めて、「では」と告げて去った。

 呆気にとられたのはシェーラだった。初めて見た王太子の感情。それが、離れるときなんて……。


(殿下の方から、私を婚約者にって望んできたのよね?)


 なのに、シェーラといたくないなんて……。どういうことなのか分からなくて、途方に暮れるしかなかった。

 しばらく呆然としていると、クスクスという笑い声が耳についた。そちらを見ると、令嬢方がシェーラを見て笑っている。話の内容は分からないけれど、明らかにシェーラの悪口を言っているのだろう、ということは察せられた。

 気分が悪くなって、誰か知り合いを見つけようと、シェーラは辺りを見回す。会場をぐるりと見て、ある人影が目についた。


(あれって……)


 それは煌びやかなドレスを着た背の高い女性……いや、男性(・・)だった。女性と同じように長い髪を結い上げ、扇で口元を隠して楽しそうに他の夫人と話している。

 へぇ、とシェーラは思わず声を出した。あんな人もいるなんて、初めて知った。

 物珍しそうに思いながらも気持ちを切り替え、シェーラはもう一度会場を見渡す。今度は義父を見つけた。宰相と何やら話をしているそうで……。


(ちょっとやめておこう……)


 義兄にとって敵か味方なのかも分からないため、宰相には近づきたくない。それに、個人的にもお近づきになりたくもなかった。彼の顔を見ると、その隣にいたラヴィニアのことも思い出してしまうからだ。彼女の視線は痛くて、苦しくて、できるなら二度と見たくない。

 すっと目を伏せ、テラスに目をやる。少し外の空気でも吸おうかしら……。

 ゆっくりと人混みをかき分け、テラスへ向かう。扉を開けると、冷たい空気が飛びこんできて……。


「え……?」


 同時に、目にしたくない光景も飛びこんできた。大好きな銀色の髪が、ピンクゴールドの髪に触れている。二人の目は閉じられていて、イアンの指はユリアナの顎に添えられていて、唇と唇が触れあっていた。

 シェーラは慌てて扉を閉めた。ずるずると座りこみたくなる足を叱咤して、ホールの外へ向かう。

 胸が張り裂けそうなほど痛くて、泣いてしまいたかった。

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