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新山陽実の場合 5


 それから二人で過ごした二年という時間はあっという間だった。


 隣に住んでいる二人だが、近所にアパートを借りた。

 何をするにもできるだけ二人で居た。

 パワースポットに居た方が魔力の向上にいいかも、そんな陽実の呟きから何度か内地に旅行もして。

 その際、ファンタジー小説を読んだという高嗣が指環を贈った。小説を読んだっていうのが照れ隠しなのはバレバレで、実際そこまで触媒に効果はないのだけれど、陽実はとても喜んだ。

 昼間、陽実が実家の喫茶店を手伝う間はもちろん高嗣も父を手伝い、笹田家の何でも屋の依頼は着実に増えていった。

 夜になって陽実が魔法の研究をする時間、高嗣はブログを始めていた。元より大の読書好きだった高嗣がアウトプットに興味を持つのは時間の問題だったと陽実は笑う。


「そんなに根を詰めて書かなくてもいいんじゃない?」

「いちばんの理解者が居るうちにたくさん書いとかないとダメだろ、こういうのは」

「嬉しいこと言ってくれるようになっちゃって」

「タイムリミットがあるから。出し惜しみはやめたんだ」

「だったらもうちょっと、しょうもない口喧嘩を減らしたいなーって私は思うんだけど?」

「どっかのお姫様のために心を痛めて言ってやってるんだ」

「まあ、なんて口の減らない理解者さんでしょうか」

「そのエセお姫様口調はなんとかならんのか」


 じゃれあうような、くすぐったい応酬が何よりも特別な時間で、宝物だった。その分高嗣の言うタイムリミットが重く感じられるけれど、敢えて二人は口にすると決めていた。


 覚悟が揺らいでしまわないように。

 いつか来るその日に流す涙が、少しでも少なくなるように。

 最後の瞬間までお互いの顔を見ていられるように。


 最初から終わりが決まっているこの恋を、どうしてももて余してしまうこの気持ちを陽実は抱き締めて潰してしまわないように。


 好きも愛してるも、最後まで言わないでと陽実は高嗣に願っていた。口にして頼んだことはないけれど、聞けば帰れなくなってしまうから。高嗣もそれをわかっていて、だから二人は言葉の代わりに体を抱き締め合った。


 愛しい人の温もりだけを形見にするつもりだった。


 そして。

 あの日と同じ、太陽がこれでもかと存在を主張する夏の満月の夜。

 とうとうその日が訪れた。


「じゃあ、確認するけど問題はないんだな?」

「うん、理論上は問題ない。この魔方陣に立って魔力を込めれば、転生じゃなくて転移できるはずだよ。私がこっちに来たときは魔力の量も足りなくて、魔方陣の構成も甘かったから、飛ばされたときと同じ歳になるまで記憶が戻らない中途半端な転生になったんだと思う」

「意識だけ向こうに飛んで、脱け殻になったハルだけ残るとかマジでごめんだぞ」

「そうなっちゃったときの話もしてあるでしょ、心配しすぎだよコウは」

「させてくれよ、心配ぐらい」


 思い出の重なった小さな部屋の中、思わず口を突いて出た弱音に、続けて「すまん」ってコウが謝る。ううん、いいよって返す私はどこか明るくて、きっとそんな私の様子を空元気だとコウは思ってるんだろうけど、実はそうじゃなくて。


 この二年、ただ頑張ってただけじゃない。ものすごく頑張ったんだから。私の最後のわがままを聞いたらコウはどんな顔をするんだろう。


 聞いてくれるだけでもいい。

 でも、できるなら私の願いが叶ってほしいっていうのも嘘のない本音だ。


 だから私は伝える。たぶん最後かもしれない、このときに。


「ねえ、コウ。私の最後のわがまま、聞いてくれる?」

「何だよ、俺がハルのわがまま聞かなかったことあるか?」

「ふふ、そう言えばなかったね」


 そう言って陽実は魔方陣の真ん中に立ち、高嗣の手を取った。頼りなく繋ぐ指は名残り惜しそうに、高嗣の体温を感じている。


「私のことは忘れてほしいんだ。こんなわがままな女、忘れて自由に生きてほしい。まだ人生は長いんだから」


 一瞬の空白を置いて反論しようとする高嗣を陽実は、絡めた指に力を込めて止める。まだ最後のわがままを言い終えていない、これからだと言わんばかりに。


「でもね、それでも私のために振り回されてくれるんなら。私は、コウの人生がほしい」


 今まで見せたことのない穏やかな笑顔で、これ以上ない真剣な声色で陽実は告げた。


「……実はね、何とか二人で向こうに行けないかなって、頑張ってたの。やっぱり私、コウが居ないとダメだってわかったから。それでやっと、イケるって手応えを掴めたから。でもコウにはお父さんが居るし、すっごい無理言ってるってわかってる。向こうからこっちに帰れるかはまだわからないし、だから、これは本当に私のわがままなの。それで……どう、かな」


 陽実は思う。何て自分はズルい女だと。こんな状況を作って逃げ道を塞ごうとして、今も涙だって我慢できそうになくなって。


 それでも、何をしてでも高嗣がほしいと陽実は思ってしまった。この二年で、高嗣がどれほどかけがえのない存在か痛感した。


 この絡めた指を、離したくないと思った。


「……だから言ってるだろ、お前のわがままなんて聞き飽きてんの、こっちは」


 その指を、けれど高嗣はほどいてしまう。


 ――ダメ、泣いちゃう、でもそれはもっとダメ、やっぱり無理だったか――


 瞬きほどの時間で陽実の涙腺は緩くなり、せめてもと下を向いて抵抗した。するとほどかれた指を取られ、目尻に雫の浮かんだ陽実が高嗣を見ると、その手を取った本人が陽実に跪いた。


「この命尽きるまで、あなたの隣でぼやき続けます、姫様」


 魔方陣の真ん中、高嗣は陽実の手の甲に触れるだけの口付けをした。


「え……ふふ、何、それ。あははは! そんなカッコ悪いプロポーズある!?」


 一拍遅れて理解の追い付いた陽実は、嬉しくて、どうしようもないほど嬉しくて笑った。


 すごい、やっぱりコウはすごいよ! 一瞬で私を嬉しくさせて、嬉し涙に変えてくれてこんなの、どんな魔法よりもすごい!


 堪らず抱き付いた陽実を立ち上がってしっかりと支える高嗣は、せっかくの台詞を笑われて憮然とした表情だ。一世一代のプロポーズを爆笑されたら仕方のないことではあるが。


「ほっとけ。それにな、お前と会ってから、俺の時間なんてほとんどハルのものだったろうが。知ってろ、それくらい」

「うん、うん! 私、絶対コウを幸せにするから!」


 だからそれも俺の台詞だと早速、高嗣がぼやこうとした瞬間。


 足下の魔方陣が輝いた。


 魔方陣から放たれた光は見る間に二人を包み込み、どんなタイミングだよと戸惑った高嗣が陽実を見ると、陽実は更に困惑していた。


「嘘、ちょっと待って、これ私の魔力じゃ――」


 焦った陽実は対抗して自分の魔力を注ぎ込むが、既に発動している魔法を覆すには時間が足りない。

 成す術もないまま狼狽える二人を嘲笑うかのように、最後にその光は一層強く輝いて、


 魔方陣には高嗣だけが取り残されていた。


「……嘘、だろ……」


 残された高嗣の頭は朦朧として、ただ目の前に陽実が居ないことだけがわかり、


「……ハ、ル……」


 愛しい人の名前を呼んで、ついに意識が落ちた。



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