笹田高嗣の場合 3
――私、異世界人なんだ。
その告白が、大事な話があると呼び出されて浮わついていた高嗣の頭をまっ白にした。
「ごめん。急に言われても困るよね。私もさ、本当ならもっと色っぽい告白がしたかったんだけど」
この秘密を話さなきゃ、次には進めないと思ってたから。
陽実は真剣な眼差しで高嗣を見ている。
秘密。秘密ときたか。そうか、ずっと黙ってたのか。だったら俺はどうしたらいい。これから教えてくれるであろう秘密を、聞いたら俺は何と言えばいい。異世界人だなんて突拍子もない告白に対して、どう答えるのが正解なんだ。
それに次と言ったか。次に、進むと。それは良い方に進むのかそれとも――悪い方なのか。俺はどうしたら、陽実の背負っている何かに応えられる。
どうしたら、俺自身が納得できる。
どんなに言葉を探しても見付からない高嗣を見て、陽実の方が口を開いた。高嗣は待ってくれという言葉すら言えずに黙って聞くことしかできない。
「この島に来たときからちょっとずつ、前世って言えばいいのかな、記憶が戻ってきたの」
「私は前世で、地球じゃない違う世界のお姫様だった。笑っちゃうよね、こんな私がお姫様とか。蝶よ花よ、なんてもんじゃないぐらい、目一杯わがままに育った。何をしたって、どんなに酷いことを言ったって許される。そんな環境で育ったの」
「だからって、ここで私が取ってた態度は許されるものじゃない。ちゃんと今は気付いたから、コウのお陰でわかったから、そこまで思い上がらない。あの頃は本当に、ごめんなさい。どんなに謝ったって足りないってわかってるけど、ごめんなさい」
「それで、まずは私が異世界人だっていう証拠を見せたいの。種も仕掛けもない、私の前世を証明するもの」
――それは魔法。
見てて。そう言って陽実は長さを測るように、三十センチほど間隔を空けて、両の手の平を胸の前で向かい合わせる。
「火よ」
その呟きに応じて、手の平の間の空間に火が。否、炎と呼ぶにふさわしい勢いでそれは渦を巻いた。
「氷よ」
次いで蛇のような形状の氷が、まるで自らの尻尾を喰らおうかとするように表れては消えていく。
「雷よ」
最後に小さな雷が手の平の間を幾筋も、激しい音を立てながら行き来する。
呆気に取られるなんてものじゃなかった。これほどの超常現象を高嗣は知らない。表情が抜け落ちたような顔で陽実を見ると、魔法を使った本人は顔色ひとつ変えずに高嗣を見ていた。陽実の両目に高嗣が映るのがわかる。
『信じてくれた?』
とどめとばかりに高嗣の頭の中に声が響く。それは父親を除けば誰よりも聞き馴染みのある声で、なのにその声の持ち主は目の前で、口を真一文字に結んでいる。
やがて陽実はその、やけに整った形の口を開いた。
「信じてくれたら、嬉しい。……私は、だから、単純に頑張ったからここまで来たんじゃないの。ズル、してたんだよね」
「記憶が戻ってくると同時に、ちょっとずつこの力の使い方も思い出した。そしたらどんどん、できなかったことができるようになった。わからなかったことがわかるようになった……軽蔑していいよ、私はみんなに、コウに認められたくて、コウの隣に居るのに相応しい女になりたくて、ズルしてたんだから」
こんな力があれば、人は何を望むだろうか。
高嗣は考える。
これは確かに人智を越えた力だ。そんなものに目覚めたら、例えば犯罪だって容易くできるだろう。もしかしたら他人を操ったりとか、想像の遥かに上を行くような悪い使い方だってあるだろう。
それでも今、対面に座っている陽実は、泣くのを堪えて肩を震わせている陽実は、力に溺れることなく自分を磨くことにしか使ってこなかった。誰にも迷惑を掛けず、それのみに専念して。それすら恥ずべきことだと、自分は糾弾されるべきだと唇を噛んでいる。
だったらもう、言うことなんて決まっている。
初めて出会ったときから、陽実を認めることが高嗣という存在だったのだから。
「ハル」
陽実のことをいつからそう呼ぶようになったかなんて思い出せない。けれど間違いなく、高嗣の声で呼ぶ陽実の名前はいつだって特別に彩られている。
「ズルなんかじゃない。全部、信じるよ。これがハルにしか許されない力だっていうんなら、たぶん、神様がハルにだけくれたご褒美なんだ。ハルなら間違わないって、神様はちゃんと知ってたから、だからハルにくれた。色んなことができるようになっても、人に優しくすることを忘れないハルだから」
一度言葉を切って、深呼吸をする。正しく伝わるように。余すことなく伝えるために。そして高嗣はまた告げる。
「ハルのことは、俺がちゃんと見てるから」
それがダメ押しだった。決壊したのは陽実の涙腺で、高嗣は優しくその身を抱き寄せ、あやすように言葉を紡ぐ。
――ごめんな、今まで言えなくて辛かったよな、わかってあげられなくてごめん、ハルはちゃんと頑張ってたから――
――ううん、いいの、謝らないで、でもやっばり怖かった、コウなら信じてくれるって信じてたけど、それでも怖かった、私の方こそごめんなさい――
とても長い時間、二人はお互いを抱き締めて泣いた。窓から差す太陽だけがその光景を見ていたけれど、やがて唯一の傍観者が姿を隠しても、二人は決して背中に回したその両腕を離そうとはしなかった。




