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新山陽実の場合 3


「私? 行かないよ、内地とか。ここ好きだし」


 そりゃまあ嘘になるけどね、色々と。

 そんな質問をされることも薄々わかってたし、この島を出ることに魅力を感じないわけでもない。


 でも陽実は高嗣と一緒に居たい。だから他でもない高嗣から島を去ること前提の聞き方をされたのが不満だし、もしも高嗣が島を去るのなら自分も付いて行くつもりだった。


「コウだって残るんでしょ?」

「出て行く理由がない」

「私もだよ。そりゃあ大人になって、たまに旅行に行くとかさ、そういうのは全然アリなんだけど。この前なんか原田のおばちゃんに、ここを出て行ってもこの島のこと、忘れないでね! とか言われて。待って私出ていくとか一言も言ってないって思って」

「そういうとこあるよな、原田のおばちゃん」

「あるよねー」


 出て行くんなら出て行くで、「俺に付いてこい」とか目の前の男に言われるんなら、きっと私は尻尾を振って付いて行くけど、と陽実は表情を変えずに胸中で思うも、顔に出さないのだからそれが高嗣に伝わるはずもなく。


 営業時間の終わった陽実両親の経営する喫茶店で二人は話している。カウンターを挟んで陽実の淹れたコーヒーを高嗣が口に運び、その味にほんの少し口角が上がるのを陽実は見逃さない。こうしたところにも陽実が化けた成果が如実に出ていた。


「でもハルにとって、ここに残る理由があるとも思えんぞ」

「じゃあ教えてくれる? 私がここを出て行った方がいい理由とやらを」


 喫茶店の制服であるエプロンを学生服の上から着た陽実がカウンターに身を乗り出す。近くなる距離感に高嗣は内心ざわつくものの、動揺を態度に出したら負けだと思って澄ました顔だ。こんなところは実にかわいくないと、知らず二人とも考えているのが今の陽実と高嗣の関係だった。


「都会の方が、色々充実してんだろ。基本ジジババしか居ねえし、ここの本屋なんかちょっと文句言ったらネットで買えって言われるんだぞ」

「あははは、コウは本好きだもんね、お父さんの影響で。でも電子書籍とかあるし、言うほど困らないじゃん」

「だーから、紙媒体の良さってもんが……まあこれは堂々巡りになるから言わんけど」

「まず一個、私の勝ちだね」


 人差し指を立てて得意気に高嗣を見ると、いつもそうするように少しだけ悔しそうに唇が形を変える。あの日から、心から変わろうと思って陽実がちゃんと高嗣を見るようになって知った高嗣の表情だ。高嗣のお父さん以外には誰も気付かないだろうと思うと陽実は嬉しくて、さっき気に入らない質問をされた意趣返しをする。


「あと何か色々イベントがあるだろ、都会は。クリスマスとかそんなの、華美な装飾で」

「華美って、口頭であんた」

「ほっとけ、ハルには伝わるからいいんだよ。それでだ、去年のクリスマスなんて覚えてるか? 迷子の年寄り探す放送が流れたんだぞ、町役場から。現代日本において牧歌的が過ぎる」

「牧歌的てあんた」

「だからほっとけって」


 歳を重ねてだんだんと知識も、語彙も増えた。それが顕著なのも当然陽実の方だっだが、高嗣はときどきこういう言い回しをするようになった。いや、実は幼い頃からしていたのを陽実が拾えるようになっただけなのかもしれないが、それだけのことが陽実にはとても嬉しい。


「それも私には魅力だよ。のどかでいいじゃん。確か種田のおじいさんだったっけ? コウのお父さんが見付けたんだよね」

「二ヶ月ぶりの三回目だな」

「ふふ、そういう裏話を聞けるのも好きだよ。ちょっと不謹慎だけど」

「不謹慎になるのも仕方ない。ジジババしか居ねえんだから。あいつら俺を掴まえてもやれ腰はどうだ目はどうだって、こっちゃあまだ十五だってぇのに。高齢化バンザイだよまったく」

「好かれてるね、お年寄りに」

「誰でもいいんだよ、話を聞いてくれりゃ誰でも」


 救いようがないほど愚かだった私の話も、あんたはずっと聞いてくれたもんね。


 いつでも胸に秘めている感謝の気持ちをなぞりながら、陽実は余り物の食材で拵えた野菜炒めをテーブルに置く。今日は高嗣の父が夕方から夜中にかけて、近所の畑を荒らす猪対策に出掛けている。こんな日はこうして陽実が晩御飯を提供することも最近では珍しくない。


 この事情の裏側にも、あまり高嗣の父から覚えの良くなかった陽実の奮闘があるのだが、当の高嗣は知りもしなかった。


「おばさんの味と似てきたな」

「それは美味しいって言ってくれてる?」

「さて、一勝一敗で最後になるわけだが」

「いや二敗でしょコウの」


 くすぐったいようなこんな話を、当たり前みたいにできるようになることをあの日以前の私に自慢したい、そんな風に陽実は時おり考える。きっと幼い私は惚気話なんか端から聞かないだろうなと思うと苦笑してしまうけど、どうしようもないほど生意気だった自分が聞きたくないような惚気ができる今を、手放すなんて選択肢は陽実の頭にはなかった。


「……こうやって俺に飯作るのもいい加減面倒だろ。内地に行けば俺が居ない。メリットその三だ」

「じゃあ言うけど、内地に行ったらコウが居ない。私にはすっごいデメリットだよ、それ」


 それなのに高嗣はしばしばこんなことを言う。隣の家に住んでいるだけのただの幼馴染みならば、そもそも陽実は島を去る選択肢が出てくるほど化けていないのにだ。尤も、島から追い出したいという意味でなら出てきたかもしれないが。


「私の全勝だね。じゃあ食べ終わったら今日の宿題、やろっか」

「昔は俺が教える立場だったのに……」

「ほっといたらお父さんの手伝いするコウが悪い。ほら、ちゃっちゃと食べる」


 こうして二人は何の問題もなく島の高校に進学し、何の問題もなく卒業した。


 何故陽実がこれだけ化けたのか、それがただ純粋な努力だけではなかったことを、卒業式の日に陽実はカミングアウトした。


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