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笹田高嗣の場合 2


 忘れもしない、高嗣が父さん以外の人前で泣いた日。あの日から四年の月日が経ち、高嗣も陽実も中学三年生になった。


 あの日を境に明確に陽実は変わったと高嗣は認識している。むしろ変わりすぎたと言った方が正しい。


 傍若無人、無恥厚顔、そんな言葉を並べてもまだ足りないクソ生意気女だったはずなのに、今やどうだ。


 挨拶をしてくるようになった。

 こっちから挨拶をすれば、ちゃんとした挨拶で返ってくるようになった。

 人の目を見て話すようになった。

 人の話を聞くようになった。

 暴言を吐かなくなった。

 暴力を振るわなくなった。


 まだまだ改善したところはあるし、いやそもそも以前が酷すぎるだろと言えばそれまでだが、真っ当な人間に変わっているのだ。


 その上で恐ろしいのは、まだ変遷の途中だと思われること。


 クソ生意気な癖にスペックはポンコツで、勉強も運動も社交性もてんでダメだったあの陽実が、島でも一目置かれる才媛に化けた。


 今年の体育祭ではリレーのアンカーを務め、中間試験ではついに一位を取った。先日の選挙で後輩に生徒会長の座を譲ったが、陽実以上に職務をこなせる人材は向こう十年は出ないだろうと学年主任の先生が誇らしげに語っていた。


 あの新山陽実がこうなることを誰が予想できたか。


 陽実が島に来て三年ほどは、間違いなくいちばん傍で見てきたと自負している高嗣でさえ、お前は誰だと問いたくなるほどに陽実は変貌を遂げた。


 これをサナギが羽化したなんて高嗣は思わない。猫が虎になるとか、鯉が龍になるとか、そんなレベルで変わったのだから。はっきり言って詐欺だと呆れるばかりだ。


 ――でもまあ、これで俺の役目も終わったな。


 ままならない悔しさに、自分の不甲斐なさにあれだけ泣いたのが嘘のようだと高嗣は振り返る。


 結局、俺なんて要らなかったんだ。だって今、結果として陽実は誰よりも輝かしい存在となっている。きっかけさえあればきっと遅かれ早かれこうなっていたはずで、だったらたぶん、俺じゃなくてもよかったんだ。ちょっとだけ、家庭の事情で人より我慢強かった俺がたまたま隣の家に住んでただけで、陽実の相手をできる奴なんかいくらでも居たはずだ。


 もう進路を決めなきゃいけない季節がやって来ている。狭いコミュニティで、ずっと同じメンバーで育ってきた仲間たちは今、島にひとつだけある高校に進むか、島を出て内地の高校に進学するかの岐路に立たされ、校内の雰囲気はそわそわと浮き足立っていた。


 妙な縁でこれまでやってきたけど、あれほどの成長を見せた陽実は間違いなく島を出るだろう。それは高嗣だけでなく、島の住人の全てが考えていることだ。


 寂しくないと言ったら嘘になる。それでも、陽実がこれから歩んでいくきっと素晴らしいであろう道のりを思えば、笑顔で送り出してやるべきだ。


 それは高嗣だけでなく島の住人の総意であった。


 はずなのだが……。


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