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笹田高嗣の場合 1



 笹田高嗣は思った、貧乏くじを引いたと。


 子供心にいつも綺麗な格好をしていると思っていたあの女とそれに比べて地味な格好しか見たことがない父が別れて、そんな父と一緒にこの島に移って来たのが一年前のことだ。


 柔和な笑みを絶やすことのない父は、常から「誰か人の役に立つことができて、それで暮らしていけたらこれ以上の幸せはない」と言っていた。それと同じくらい「ごめんな、高嗣。お母さんと一緒に居たかったかもしれないけど、ごめんな」と高嗣に謝っていたが、元よりあの女に付いていく考えなんて高嗣にはなかったし、いつでも自分のことを思ってくれている父と二人で一緒にいられる今の暮らしが、高嗣には何より嬉しかった。


 だから母親に捨てられたなんて気持ちは一切なかったのだが、娯楽の少ない小さな島で二人の境遇はちょうどいいスキャンダルだった。


 曰く、母親に捨てられた可哀想な子供。

 曰く、妻に逃げられた哀れな男。


 憐憫なんて言葉を当時の高嗣は知らなかったが、それでも向けられる視線にそういった意味合いが込められていることはわかった。


 不愉快だったし、悔しかった。


 自分がいるせいで父に負担を掛けていると思うと自然と笑わなくなったし、それがまた高嗣の父に気を遣わせる結果となり、笹田親子の再出発の日々は決して平坦な道から始まったものではなかった。


 それでも一年を過ごし、高嗣たちが島に馴染めたのは二人の努力と人柄があったからだ。


 いわゆる何でも屋という仕事をしながら隣近所の人たちと手を取り助け合い、何よりも直接ありがとうと言ってもらえることに生きていく価値を見出だせる父と、その父のことが大好きで幼いながらに支えている高嗣を、島の住人はやっと受け入れてくれた。


 父と二人、笑って暮らしていければ娯楽の少ない島でも何の不満もなかった。細やかな喜びを見付けられるように育っていった高嗣が新山陽実と出会ったのは小学四年生、十歳になる年のことだった。


 同じように島の外からやってきたことと、家が隣だということ。他に理由はなく、それだけで高嗣は陽実の面倒を見る羽目になったのだが、これが想像以上に厄介な仕事だった。


 口を開けば暴言の嵐で、何でそんなことを言うんだと聞いても真っ当な理由なんてない。ただ気に入らないから、そしてわたしの方がえらいから。父とはどんなに些細なことでも話をして理解を深めていた高嗣にとって、陽実はもはや同じ人間には思えず、手懐けるのが非常に困難な珍獣でしかなかった。


 あるときは町の外れにだけ咲く薬草があるはずだと言って引きずり回し、あるときは山の祠に伝説の剣が刺さっていると山登りを慣行し、あるときは海の主を倒してこの島に莫大な富を築くと息巻いて、これでもかと鞄に石を詰め込んで怪獣退治に出掛けた。


 このどれもが遭難一歩手前の事態に発展し、それでも大人に怒られるのは高嗣の役目だ。


 やってられるかと高嗣は思った。それはもう真剣に思った。だが、父に直談判することは躊躇われた。やっと笑顔で暮らせるようになって、なのに自分のわがままで父を困らせてはいけないと。


 それに高嗣自身、陽実のことをどうしても嫌いになりきれなかった。都会から友達もいない島に引っ越して来た陽実の境遇は自分と同じで、島に馴染むまでに味わうであろう苦労を減らせるのは自分しかいないと思ってしまったから。


 半強制的に引かされた貧乏くじでも、引いたからには責任を取らないといけない。嫌なことは何でも投げ出すあの女を見て育った高嗣は、最後までやり遂げることに誇りにも似た強いこだわりを持っていた。


 自分が我慢していれば、きっといつか報われると。



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