第十節 継承と新生①
花園に合流した翌日の不死鳥の月二十日。
午前一時過ぎに戻ってきたリョウはなかなか起きないギルガメシュを揺すっていた。
「ギル、おいギル」
「う……あと五分……」
「霊薬を飲ませるべきだったかな」
移動中はどれほど疲れていてもすぐ起きていたが、疲労困憊なところに久しぶりのベッドとあって完全に心身が休息状態になってしまったようだ。
今夜の相談は認識合わせだけなので彼は不参加でも構わないが、家族の安否を伝えたかったリョウが少し考えてから耳元に囁いてみると。
「エリアンヌ様やリィナちゃんの情報が手に入ったぞ」
「それは本当か!?」
効果はてきめん、がばっと身を起こしたギルガメシュは食い入るように声の主を見つめており、微笑んだリョウは本当だと頷いた。
「ああ、やっぱりブライアン様から話を聞いていたらしい。いち早く危険を察したエリアンヌ様はみんなに暇を出すと、マリーさんに手紙を持たせてアトゥムを出たそうだ」
地方領主の中でダイアナ公だけが領地に戻れたのには理由があるはず、と考えたリョウが娘であるハニトゥーラ侯爵夫人の屋敷に行ってみると、警備と言うには物々しい数の衛兵が敷地のまわりをうろついているではないか。
これは何かあると少し離れたところから見張っていたら、驚異的な視力で窓辺に立つマリーを見つけだしたのである。
余裕で侵入して本人から情報を得た彼はそのまま手配書や酒場の噂を調べて回り、まだ捕まっていないのだろうと結論づけていた。
「手配がでているが、解除されていないと言うことは俺達同様捕まっていないんだろう」
「そうか……そうか……」
「ギルモア様のご家族も同様にアトゥムをでられたようだな。リィナちゃんの隣に夫人と息子さんの手配書が並んでいた」
「騎士の誓いと大切なもの両方を守るために、父上たちはきちんと考えていたんだな」
正直ギルガメシュは、母がとっさに王都から脱出できるなんて思っていなかった。
自分もアトゥムを出たから身に染みているが、貴族の暮らしと野外生活では天と地の差があって便所一つとっても難儀するのである。
(でも、気持ちの問題なのかもしれない。死ぬ訳じゃないし、冒険者達はそれが当たり前だ)
すでに父の処刑を耳にしているかは分からないが、きっと騎士の妻として覚悟していたのだろうなと改めて両親の心構えに感じ入っていると、ちらりと扉に視線を向けてリョウが言った。
「もうアル達も戻っている。これから認識あわせをするがギルも参加するか?」
「……もちろんだ」
深呼吸を二度してからぎしぎしと悲鳴を上げる体をなんとか持ち上げる。
これも乗り越えれば強くなれるはず、と気合いで立ち上がったギルガメシュは戸口で待っていたリョウの後に続いた。
◇
魔法を使いすぎてふらふらになっているにも関わらず、回復を続けようとして強制的に休憩させられた―――リョウが問答無用でベッドに押し込んだ―――レオナ以外の、主立った者が顔を揃えた夜半すぎ。
濠の横で別れてからの動きをそれぞれ説明しあった王女側と花園側は、忙しく手帳に書き留めるリョウの手が止まるのを待っていた。
「……ははーん、ぜーんぶ姫様の作戦だった事になー?」
「確かに、既存戦力ですみやかに城を奪還できればそう信じる者は多いでしょうな」
ワール公を始めとした主犯格の処刑や禁書の処分だけでなく、王家の求心力を維持させるとなると対案が思いつかないアーレニウスとカッツは感心したように呟いている。
ゴライアスや小隊長たちは何か言う立場ではないと口を閉ざしているが、視線は隅に積み上げられた魔法の武器や備蓄品に釘付けだ。
作戦説明の際に根拠の一つとしてリョウが提示したのであり、システィーナが微笑んでいるのは初見の全員が顎を外しそうなほど口を開けていたのが面白かったからである。
「アホみたいに魔法の武器や備蓄が出てきちゃあよ、俺らだってやれねーとはいえねーし。……だよな、ゴっさん?」
「はっ。第二の数減らしがうまく行けば、より姫様の勝利は確実なものとなりましょう」
湯飲みにのばした指先が震えているとは言え、すらすらと答えられたのはさすが副団長と言うべきか。
ほかの小隊長などはまだ声が出ないようで、担当メイド代表としてこの場に参加していたガーネットも苦笑いのまま硬直してしまっている。
「しっかし、黄金の魔法騎士だっけか? 連中、うまく引っかかってくれっかね?」
「盗賊ギルドは今夜から動くそうだし、バラック達も第二への報告と平行して何人か町に散っている。酒場で話してるのを見かけた」
まさか彼らも虚像を吹聴して回るように指示した本人が、姿を変えてすぐそばにいたとは思いもしなかっただろう。
話していた内容も予定通りで特に破綻や矛盾はなかったように見受けられた。
「私はかなり期待できると考える。学院の協力が得られない以上、魔法使いの増加は大きな驚異と受け止められるはずだからな。……しかし、肝心要の駅馬車協会に問い合わせが入っても大丈夫かね?」
「アトゥム支部が他地域の賞金稼ぎを把握しているとは思えません。協会本部に問い合わせをしたところで、返事があるころには決着がついているでしょう」
決戦を年内と予定しているのも噂が十分に広まり、裏をとるには時間が足りない期間を見越しての事になる。
なるほどと納得したカッツが疑問はほかにないと頷いたので、リョウは次の議題に移ることにした。
「戦力を含め、向こうの動向は常に最新の情報を得るようにしよう。それから―――」
そこでアーレニウスを見て、桜花の情報をゆっくりと口にする。
「桜花さんは葛葉侯爵に対する人質としてワール公に囚われているらしい。救出できれば大きな戦力になるし、侯爵に恩を売れるはずだ」
「なっ……おいリョウ、そいつはマジか!?」
椅子をはね飛ばしてテーブルを叩いたアーレニウスのあまりの剣幕に、思わずシスティーナやギルガメシュは仰け反ってしまったが。
落ち着け、と静かに言ったリョウは出所について触れた。
「テンペでダミアン……ポールの息子から仕入れた情報だ」
「桜花は無事なんだな!? 裏切ったワケじゃねーんだな!?」
「フォートから同様の情報を得たレオナさんも、囚われているらしい塔の警備が厳重なのを確認したそうだ」
「アァン!? あの裏切りもん、いったいナニやってやがる?」
どうやら想い人は無事らしいと安堵したのもつかの間、フォートの動きに眉が跳ね上がる。
彼が親衛騎士としてきちんと動いていればギルモア達は死ななくて済んだかもしれないと、裏切り者への思いは同じらしくゴライアスやほかの小隊長達の表情もあからさまに険しい。
「レオナさんに禁書が使われたことを教えたのもフォートらしい。バストゥークの護衛をしているそうだが、本心は別のところにあるのかもしれない」
「そんなん知るか。見つけたら剣のサビにしてやらぁ」
雑な手配書のこともあって完全にワール公の手先になったとは思えないリョウが言うも、周囲の反応はかなり厳しく、隣のギルガメシュから歯ぎしりが聞こえたので不確定要素扱いだと締めくくった。
「フォートについては分からないことが多い。きっかけがあれば向こうからの離反が期待できるかも、程度の認識でいいだろう。今はこんなところかな」
「念のため確認させてくれ。導師と俺らは陽動の継続、司祭とメイドはみんなの体調管理、ゴっさんは城とのやりとり、ギルは姫様の護衛だなー?」
「俺が居ないときに何かあったらギルに伝えておいてくれ」
「りょーかい」
「わかった」
あれこれと動き回るリョウが護衛兼伝言役だと言うと、アーレニウスとギルガメシュは同時に頷いた。
ほかに何かあるかと全員を見回しても特になさそうなので解散が告げられ、ばらばらと出ていく背中に向かって声がかけられる。
「そうだ、アル」
「なんだー?」
呼ばれて振り返ったアーレニウスは脇を通り過ぎる小隊長達を見送ってから、もう一度声の主になんだと問いかけた。
「あんだよ?」
「一人で突っ走るなよ。桜花さんが心配なのは俺達も同じだ」
リョウが居るのなら、自分は桜花を助けに行ってもいいのではないかと言う迷いを見抜かれ、はっと表情を険しくさせた彼は俯いてしまう。
「くそっ……!」
(ああ、桜花の事が好きなんだっけ……)
侍女達の噂話を思い出したシスティーナは自分が立派な後継者だと思えなかったので黙っているが、本来騎士が主君へ捧げた忠義は家族や想い人より優先されてしかるべきだ。
頭では分かってる彼は拳を震わせて黙り込み、いらつきを隠そうともせずに床石を蹴りつけている。
すると、咎めるつもりではなかったリョウが勘違いしないでくれと言った。
「諦めろってわけじゃない、時期とやり方を考えようってだけだ。今の段階で人質を傷つけるとは考えにくい。葛葉侯爵が完全に敵対したらいろいろ回せなくなるからな」
「……分かってんよ、桜花一人のためにこの国の未来を投げ捨てるようなマネはしねー」
俺は騎士だからな、と震える拳を開いたアーレニウスがいつもの調子を取り戻したのは、騎士団を頼むというギルモアの言葉を思い出したから。
無力感に苛まされていた昨日までの自分が桜花を助けられるかもと希望を持てたのは、リョウ達の合流によるものだと思い出したからである。
差し迫って危険はないだろうと言う判断も気休めでなく、モニクからの情報によれば侍女やメイド、執事達もほぼこれまで通りの行動が認められているそうだ。
彼らが居なくなれば城の生活がままならなくなる上、王女代理を建前にしているからには一斉放逐や粛正も出来ないのだろう。
ただ、さすがに入退城管理と身体検査は厳しくなって一部区画の立ち入りが禁止になっているほか、政務はほとんど停止されて文官らは自宅待機を申しつけられているらしい。
「ったく、オットーのこと言えねーや。そんだけなら俺ぁ寝るぜー?」
「それだけだ。お休み」
数日前の騒ぎを見てたのになと苦笑いを浮かべながらアーレニウスは部屋を出ていった。
ほかに残っているのはシスティーナ、カッツだけであり、情報の整理や検討をするつもりだったリョウは疲れているはずの王女に声をかける。
「休まないのか? 移動で疲れているだろう」
「さっき少し寝たから大丈夫。それに、みんなの話を聞いていたら眼がさえちゃった」
「頑張り屋なのはいいけど無理はしないようにな」
「ん」
希望は生まれたが、確実な勝利や安全が保証されたわけではない。
油断せず最善を尽くさねばと気を張る騎士達の前でお飾りになっているわけにもいかず、話ぐらいはしっかり聞かなくちゃと集中していたせいで目がさえてしまったのだ。
(無理して倒れたりしたら嫌われちゃうよね、気をつけないと)
彼に頼りない主君と思われたくなかった王女は自己管理もしっかりやらなきゃと気合いを入れ直し、それがまた眠気を遠ざける一因となっている。
「カッツさんも。魔石があったとは言えお疲れでしょう」
「確かに走り回ってくたくたではあるのだが、君に聞きたいことがあってな」
「なんでしょう?」
カッツは懐から取り出した干し肉のかけらをエリザベスに乗せると、椅子に座り直してリョウを見る。
「剣ではブルーシップ卿をしのぐほどの君が魔法騎士だったとは驚いた。自己変化を無詠唱で使えるからにはかなり修練を積んだのだと思うが、いったいどこの学院の誰を師事したのかね?」
東部のみならず、それなりにやりとりのある大陸内の学院にこんな少年が居たのなら耳に入っていてもおかしくない。
ほぼ間違いなくその国や貴族から誘われたり囲おうとされるはずで、無名の冒険者だったこと自体が不思議だったのだ。
「俺の師は親父です。親父も魔法騎士だったので」
「なに? お父上にも魔力が?」
魔力を遺伝する血脈があった古代魔法文明期ならともかく、文明ごと神竜に滅ぼされた現在は突発的な先天性の才能であり、地域差や強弱はあれど数百人から千人に一人生まれれば良い方だと言われている。
二世代続けて発生したのはとても珍しいが、たしかに父親も魔法騎士なら学院に身を寄せずとも学ぶことは可能だろう。
それでも超一流の魔法騎士は希有であり、噂ぐらい聞いたことがあってもおかしくない。
ここ二十年ほどの記録を思い返してみても引っかかるものがなかったカッツは、干し肉を吸収して光るエリザベスをぶにぶにと揉みしだきながらふーむと唸った。
「ふーむ? しかし君に教えられるほどの魔法騎士となると、学院の記録に残っていても不思議ではないのだが」
「親父は祖父に教わったらしいのでどうでしょうね?」
「なるほど、お父上は……ん?」
三代続けてなんて奇跡か偶然はあり得るのかとカッツが固まってしまったところで、そういえばと口を挟んだのはシスティーナだ。
「リョウは剣術も使えるからいいけれど、もし魔法と体術だったら職は何になるの? 魔法拳士とか?」
「魔法騎士と言うのは、理力魔法と近接戦闘技術の両方を身につけた者の総称だよ」
「どうして魔法戦士じゃないの? 騎士と言うからには何かに誓いを立てるわけ?」
近接戦闘技術者の総称なら戦士のほうがしっくりすると言う彼女の疑問はもっともであり、着眼点も悪くない。
さすが王女様と答えたのは硬直から立ち直ったカッツである。
常識外のリョウなら親や祖父だって非常識だろうと、ギルガメシュ的諦めで思考を投げ捨てたのだ。
「その通り、『理想の導師』の教えを守る者ならば戦士より騎士の方がふさわしいと呼び方が変わっていったのです」
「理力魔法が物理魔法と呼ばれていた時代は、システィーナの言うとおり魔法戦士だったそうだ」
見習いから始まる階位もあるが、魔法使いは思想や行為で呼び方が変わる。
それで腑に落ちたシスティーナは補足したリョウをじっと見つめて素敵ねと微笑んだ。
「悪い魔法使いが妖術師と呼ばれるように、善い魔法使いにもそれなりの呼ばれ方があるってことか。魔法騎士リョウ=D=イグザート……うん、素敵ね」
「善いかどうかは知らないけどな」
「はははははは! リョウ君は冗談がお好きなようだ!」
「ふふふ、ほんとね」
眉を動かしたリョウは至って本心から言ったのだが、目を丸くした二人はひどい冗談だと笑い出してしまった。
別に良くあろうとか正義を貫こうとか思っているわけではなく、信念に従ってやりたいようにしているだけの彼は、冗談のつもりはないんだけどなぁと背もたれに寄りかかる。
「……思い切り笑ったらなんだか眠くなってきちゃった、私は先に休むわね」
「ああ、お休み」
「ごゆっくりお休みになってください」
久しぶりに心から笑って緊張がとれたのか。
目の端の涙を拭っているうちに睡魔が襲ってきたシスティーナは席を立ち、彼女の退室を見送ったカッツもエリザベスを持って立ち上がる。
「では私も失礼するとしよう」
「お疲れさまでした」
まだ残るらしいリョウのために魔法の明かりを浮かべ、ほどほどにと言い残して導師は出て行った。
しんと静まりかえる作戦室には時折通路を行き交う足音と、近くの水路を流れる水の音が伝わってくるのみ。
そこへ混じったのは、先ほどのカッツの反応を思い出した呟きである。
「やっぱり三代続けて魔力持ちって珍しいんだな」
曾祖父やさらに前の先祖まで魔力を持っていたかは聞いていない。
今となっては精裂病で言葉も満足に発せなくなっていく父が伝えきれなかったのか、特段何もなかったのかは確かめようがなかった。
ただ三代でも一国の宮廷魔導師長が驚くことらしく、遺伝性などと思われたら研究したい学院に付きまとわれてしまうのではなかろうか。
「……俺のことはどうでもいいか」
異常なほど課せられる修行とあわせて疑問に思うことはあったが、常日頃から自分を踏み台にしてゆけと繰り返していた父が語らなかったのならそう判断してのことだろう。
息子が自由に道を選べるようにとあえて伏せていた節もあるし、血脈信仰の強い世間と違ってリョウが興味を持たなかったのも確かである。
それに自分は何もしていないくせに先祖の功績を鼻にかけたり、血筋の良さを自慢げに語る連中が好きではなかったし、霊獣の血を引いていたがゆえに苦しんだ女性を知る今となっては、よけいなものはない方が良いと思うのだ。
自分のことだと無頓着なところがある少年は、休憩らしい休憩をとらないまま手帳を開くと、朝になって町の調査に出るまでずっと情報の整理や作戦の検証を繰り返したのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます(´・ω・`)
10/1 メアリ→マリー




