第九節 成そうとする者達⑩
蛮勇ではなく確信があると、雄弁な瞳に魅入られた騎士達の背中を得も言われぬ感覚が突き抜けた。
手足が粟だった者もいれば、ぶるっと身体を震わせた者もいる。
「ど、どうやってだろう…?」
「いくらイグザート様でも……」
「けど、もしかして……」
レオナに対する反応で騎士達の心に火種が残っているのは見て取れたので、自分が焚きつけとなって燃え上がらせてやればいい。
まだまだ弱気の騎士達を見回したリョウは行き過ぎにならないよう気をつけながら、彼らの恐れを一つ一つ取り除きはじめた。
「第二騎士団の部隊数は増えているが、中身は傭兵、貧民、ならず者をかき集めた統率も取れない烏合の衆だ」
「確かにそんな感じだけどよ、数の暴力ってのは侮れねーぜー?」
騎士の全員が操気技術を身につけているわけではないし、身につけているからといって体力が無尽蔵なわけでもない。
他の騎士達の面倒を見ていたせいもあるが、実際に何十人という相手に囲まれて手傷を負わされていたアーレニウスは人海戦術を甘く見ていたと厳しい表情だ。
「その数を減らすべく、接触した元傭兵団を使って離間の種をまいた。このあと盗賊ギルド、できれば瓦版も使って非正規を逃げさせよう」
「リ、リカン?」
ぴんと来なかったアーレニウスがリカンってなんだと慌てていると、隣のカッツが心理戦で内部崩壊を促すことですなと補足する。
「地方はシスティーナが抑えたし、まだ雇われていない者にも噂が出回れば向こうは大幅な増員ができなくなるだろう。うまくいけば今日、明日を境目に減っていくはずだ」
「なるほど、まずは搦め手からなんだな……」
悪いことばかり想像していた騎士達の中には、いきなり城に突撃して全面衝突だとか言われなくて良かったと息を吐いた者もいた。
「地方が動かないというのは向こうに対してもなのか」
「それなら援軍を呼んだ方が良かったんじゃ」
「敵であれ味方であれ、あちこちが動き回ると予想もつかないことが起きやすくなるからな。俺は分かりやすくていいと思う」
「それは有利な場合だろ。いまはとにかく戦力じゃないのか」
「なぁ、噂ってなんだ?」
「分かりませんが、とにかく続きを聞きましょう!」
これが反応なしなら方針を変えなければならなかったが、閉塞感の中に新しい情報を与えることで始まった討議は、彼らが希望を見いだそうとしている証拠である。
近くの騎士達はあれこれと囁き合い、聞き取りづらかった通路の奥への伝言もひっきりなしに繰り返されていた。
「……個別の詳細は時間のあるときに説明する。それに第二の正規騎士だって話が分からないはずはない。今はただ、ワール公の発表とポールの指示に首を傾げながら従っている者が大半だろう」
所属は違い反目しあう間柄だったとしても、同じ騎士のはずなのだ。
鼻男やダミアンはともかく、テンペで彼らの反応を見ていたリョウが正規からの離反もあり得ると言うと、第二経由で親衛騎士になったアーレニウスは確かにと頷いた。
「確かに荒っぽい奴らばかりだけどよ、あいつらだって王国の騎士だわな」
「しかし、魔眼種はどうするのだね」
カッツが人相手の小競り合いよりもっと大事な部分が未解決だろうと説明を求めたので、ごもっともですと頷いたリョウは部屋の隅で彼を手招きする。
「俺が一人で相手をします。勝算もありますが、これは流出させたくない情報なのでカッツさんだけに教えます。聞いて実現性の有無を判断してください」
「むっ、良いだろう」
相性最悪の魔法騎士が、たった一人でどうするのか聞かせてもらおうと彼もそこへ向かい、大勢が注目する中で耳打ちが始まってしばし。
「……リで…………を……」
「なんだと!? カ―――むぐっ!!」
驚きに目を見開くカッツは叫びかけた口を自分の手で塞ぎ、途中まで出掛かった何かの名前をもぐもぐと飲み込んだ。
「……で、………です」
「……………」
内緒話が終わってリョウは元の場所に戻ったのだが。
腰が抜けてしまったのか、壁を背にずるずると座り込んだカッツはそんな馬鹿な、いやしかしを何度も何度も繰り返している。
「導師ー? ポタス導師ぃ~?」
「……か、可能性は、ある…と思われる。少なくとも、理屈は……理屈は、分かる。広めない方がいいのも、同意だ……」
アーレニウスが大丈夫かと声をかけてやっと、杖を頼りに立ち上がった彼は気が気ではない騎士達に向けて自分の判断を絞り出し、対上位魔眼種の歴史が変わると言われて今日一番のどよめきが花園を包み込んだ。
「うっそだろ……」
「上位魔族を何とかできるかもしれないのか? 一人で? ど、どうやって……」
「凄すぎる……」
「イグザート様は伝説の勇者か何かなのか?」
謎の赤黒い霊薬を使うと言われていたものの、それがどんな毒なのかまでは聞かされていなかったシスティーナも、カッツが可能と言ったのでほっと息をついてしまう。
(本当に凄い毒なのね。確かにそんな毒の作り方が広まって水源にまかれたり戦争に使われたら大変だもの、内緒が良いわ)
可能なら召喚される前にバストゥークを何とかするのが本筋だ。
しかし居なかったことにするため、本当に魔眼種を倒してもリョウは違う魔族だったと説明することになっていた。
(どうやら期待できそうだ、ぐらいになってくれたかな)
あれこれと囁き合う周囲の志気と認識を確認する彼が討伐経験があると言わなかったのは、戦いが避けられない以上自分頼りの空気にしたくないからである。
本当は誰も危険に巻き込みたくないが、現状一番と思われる策でも彼らの手を借りなければシスティーナの望む未来に届かない。
その背反の苦しみをおくびにも出さず、己の未熟さと飲み込んだ少年は王国の未来のために力を貸してほしいと声を張り上げる。
「フォレスト団長の意志を継ぐ王国の騎士達よ、今日までよく無事でいてくれた!」
突然始まった演説を聞き取ろうと騎士達は一斉に口をつぐみ、再び注目が集まった。
「未だシスティーナ様を王女と慕い、成すべき事を成そうとした忠義は無駄ではなかった! その証拠に今、貴君らの目の前に正道の証明、王国の象徴ともいえる正統後継者がいる!」
やや低いが良く通る声は部屋に、通路に響きわたり、騎士やメイド達の身体を震わせる。
騎士達を見据える眼差しは早朝訓練の時と変わらずに真っ直ぐで、訴えかける表情は真剣そのものだ。
「これは無謀ではない! 魔眼種の対応策はすでにある! しかし―――」
そこで一呼吸置いた彼は何かあるのかと不安げな騎士達を見回し、この作戦は自分だけでも、騎士団だけでもうまく行かないのだと告白した。
「―――戦いは避けられない。魔眼種を処理するための状況を作り出し、逆賊を討ち、城を取り戻すには貴君らの力が不可欠だ」
当たり前だ、と呟いたのはアーレニウスだったのか。
迷宮内なら自由に動き回れる番人と、召喚者の命令に縛られる召喚獣という違いはあれど、単独で上位魔眼種を相手にすることだけでも異常であり、実現できたら大陸史に名前が残る偉業である。
少しでも有利な状況を作り出すために周囲が協力するのは当然で、そうでもしなければとても成り立たないのは説明されなくても分かる話だ、なのに。
「騎士よ! 鋼の魂に不屈の忠義を宿す王国の騎士達よ! いま一度その力を王女に貸して頂きたい! 平和と笑顔を再び国民の手に取り戻すために、その剣を取って頂きたい!」
なのに、たった一人でもっとも危険な相手を引き受ける者が深々と頭を下げた。
王女の為にならもっとも強い権限をもつはずの者が、命令するではなく協力を願った。
その場の多くはなぜ彼が頭を下げているのか理解できずにきょとんとしていたが、なんと隣に立つ王女まで頭を下げた。
「私はまだギュメレリーのためになにもできていません。あなた達に忠義を捧げられるほど立派な後継者ではありません。ですが城を取り戻し、女王に即位した暁には国民が笑って暮らせる未来を目指して尽くすことを約束します。ブライアンやギルモア達の汚名を濯ぎ、彼らが真の騎士だった事を知らしめます。ですから、皆の力を貸してください」
「なっ……姫様……!?」
「お止めください!」
自分のために死ねと命令して当然の王族が、黒と言えば白も黒くなるはずの正統後継者が頭を垂れるなんて前代未聞もいいところ、何人かの騎士やメイドが軽率ですと声をあげたほど。
しかし道を選んだことでシスティーナの自覚は急速に育ちつつあり、考えた上での事だった。
(彼らの利益を先送りにする以上、一方的に命令はできない。それにリョウが、皆の自主的な行動を期待しているみたいだし)
まだ父王から統治のための教育を受けておらず、手伝いもあまりしてこなかった彼女は自分で自分なりの主君像を作らねばならなかったのだが、そこに此度の経験やリョウの存在が多大に影響していたことは疑いようもないだろう。
絶対王政の主権者でありながら権力に胡座をかかず、国民の利益実現を決して忘れない。
性別や身分、前例にとらわれない実力重視の登用の傍らで、派閥争いに夢中な貴族は『持てるもの』としての立ち振る舞いを忘れぬように襟を正させる。
独りよがりな統治をせず、有能な臣下の意見と自主性を尊重するシスティーナは得難い交友と知己をもとにギュメレリーをこれまで以上に発展させていき、後の史書にて『賢女王』と記される事になる―――
「もとよりこの剣は王女様に捧げております。リョウ、教えてくれ。僕はなにをすればいい」
決して暗愚な王にはならぬと。
忠義に相応しい主君になると、自らを戒める言葉に最初に応えたのはギルガメシュだった。
「しゃーねぇなぁ。後輩様にコキ使われてやっから失敗すんじゃねーぞー?」
「我らの忠誠は姫様のものです」
次いでアーレニウスとゴライアスが敬礼し、カッツとレオナは杖を手に頭を下げる。
「正当なる戦いに我が理力魔法をお使いください」
「邪神の手先を罰し、真実を明らかにするため。魔族の驚異をこの国から取り払うために、私の命と信仰をお預けします」
「わ、私も戦えます!」
「私も!」
「俺もいけます!」
「自分だって!」
あちこちから声が続き、騎士達に伝播していく熱気が周囲の温度を上げていく。
それを目の当たりにしたガーネットは中心に立つ妹のご主人様を見つめてそっと呟いた。
「絶望が、希望に変わっていく……」
果たしてあそこに居るのは本当に騎士なのか。
もしや自分は、とんでもない物語が生まれる瞬間に立ち会っているのではなかろうか。
「……これから紡がれる英雄譚……なんてね」
「ガーネット? 何か言った?」
「ああいえ、何でもないです」
そんな願望とも直感ともつかない考えが浮かんでしまった彼女はまさかねと頬を掻いていたのだが、隣のアイーダが不思議そうな顔をしているのでえへへと笑ってごまかした。
―――次々に敬礼する騎士達の眼には、確かに希望の光が宿りつつあったと後のガーネットは語る。
その場に居なかった妹には未だに羨ましがられる事や、後出しの物資や魔法の武器に騎士達がひっくり返った事も。
「とんでもない話ですよ。最初から全部種明かしをしないんですから」
そう言った彼女はいきなり物でつらないで、気分を高めるだけ高めてから贈り物の方がぐっと来るのは女心も同じでしょうか、と意味深に笑ったのだった。
「皆の忠義に感謝します。後のことはリョウの指示に従うように」
王女のご指名に、自分も顔を上げたリョウはレオナを振り返る。
「王女の合流を悟られないように陽動はもう数回継続する! レオナさん、魔石をあげますので今日の担当と重傷者から優先的に回復させてください!」
「はいっ!」
お任せくださいと意気込む司祭は魔石袋を受け取ると、通路で騎士達を呼び集めて命の女神に奇跡を祈り始めた。
淡い光に包まれた怪我はたちどころに回復し、痛みの消えた騎士の感謝はきっと女神に届くに違いない。
担架を持った数名が通路を走っていくのは重傷者を運んでくるかららしく、どの部屋の誰がどんな症状かの声が飛び交っている。
「ポタス導師にも魔石を補充します! アルは現場でうまく差配してくれ! 細かい相談は戻ってからにしよう!」
「助かる、これなら騎馬隊が多くても大丈夫だ。それから私のことはカッツで良い」
「ひひっ、はしゃぎすぎねーようにぐったりダラダラ、今にも死にそうなツラでやらせとくわ」
魔石が十分な魔導師の援護があれば、残り数回の陽動なら問題なくこなせると思われた。
むしろ急な回復を悟られないように全員包帯はつけたままの方がいい、と頷き合った二人も回復待ちの列に加わり、気合いを入れるなと普段とは逆の指示を与え始める。
「オットーはシスティーナに一部屋、俺とギルで一部屋、レオナさんに一部屋準備してくれ! 他の伝令はこの場には居ない者に状況の展開を!」
「「はっ!」」
「立ち番はどうされますか!?」
「王女の部屋だけでいいだろう、小隊長に何人か選出してもらってくれ!」
「かしこまりました!」
飛び出していった伝令達があまりに高揚していたので寝込んでいた者やここに来なかった者は揃って目を丸くした。
しかし王女合流の知らせに部屋を取びだすと作戦室を覗いてシスティーナの姿を確認し、回復を受け、周囲のやる気に当てられて志気を取り戻すこととなる。
「ガーネット! メイド達で手分けして食事、衛生、雑務の状況および備蓄残を明日の昼までに報告してくれ! それから裁縫が得意な者は居ないか!?」
「かしこまりました! 裁縫ならこちらのアイーダが一番得意です!」
「アイーダ! 道具や素材を渡すのでレオナさんの服を仕立てて欲しい!」
そこでレオナをよくよく見たアイーダは、ローブの下は何も着ていない様子にこれは大変と目を丸くしてしまう。
「足りないものは問題なさそうな範囲で管理者に仕入れて貰ってくれ、着替えも何着かあると助かる」
「かしこまりました!」
手直し用の子供服に裁縫道具、それから金貨数枚を受け取ったアイーダは早速レオナの身体を採寸し始めた。
ただ、回復の邪魔にならぬよう合間合間に手を出すのは良いのだが。
ローブの上から計り紐を巻き付ける度に身体の線が顕わになってしまい、集団生活の続く若い騎士が辛抱たまらなくなってしまったのはこの際仕方がない事か。
「ゴライアスさんはあとの回復順を調整してください! 狭い地下暮らしで身体が堅くなっている者には柔軟や運動を!」
「はっ、ただちに!」
全員を即応状態へ復帰させるよう指示を出したリョウは、少し考えてから城への連絡も頼むことにした。
「……密偵に、魔法使いが何人城に詰めているのかを探らせてください。常駐者がいるなら人数や部屋の場所も」
「かしこまりました」
囁きに敬礼を繰り返したゴライアスもゴツゴツと具足で石床を鳴らしながら部屋を出ていって、花園の中はどんどん活気に満ちていく。
そんな中、システィーナは指示を出し続けるリョウの横顔をじっと見つめていた。
(本当に凄いわ。あっという間にみんながやる気を取り戻して一つになった)
任せっぱなしでは良くない、自分も頑張らなければと思うのだが、どうしても覇気を帯びる瞳から視線がはなせない。
しかし心から信頼している微笑みを向ける王女の態度も、彼が指揮官であることを皆が認める一因になっていた。
(大丈夫。きっとリョウは、約束を守ってくれる)
とてつもない重圧があるはずなのに微塵も感じさせない少年はあれこれと指示を出し続け、冷え切っていたはずの地下はいつしか汗ばむほどに暑くなっている。
「伝達は以上! 各員行動を開始せよ!」
「「「はっ!」」」
いまはまだ扇動に近いけれど、ここには彼らの集う旗がある。
ここには彼らを未来へ導く者がいる。
団長達を失い、上位魔眼種という手に負えない相手に濡れそぼっていた騎士達の魂はこの日再び燃え上がり、いままで以上に強固に合わさる事となった。
ただの後継者の殻を破り主権者として輝き始めた少女と、期待と信頼を力に変える、英雄の道を選んだ少年の手によって。
「よし、俺も出てくるから二人は休んでいてくれ。アル達が戻ったら作戦会議をしよう」
「待ってくれ、いったいどこに?」
「管理者に挨拶して盗賊ギルドに行ってくる。ついでにいろいろ聞き込んでくるよ」
「町へ出るのか!? さすがに危険じゃないか?」
ただでさえ君は目立つからとギルガメシュが心配すると、片眉を動かしたリョウは大丈夫と微笑んで通路に出て行ってしまう。
「……そうか、魔法で変身すればいいのか」
ついさっき別人に化けるのを見たんだったと納得し、あてがわれた部屋に行ったギルガメシュは鎧を脱ぎもせず倒れ込むように寝入ってしまった。
緊張から感じていなかっただけで思考は鈍りに鈍っており、途中からあまり声も出せなくなっていたのはテンペからの無茶な移動がよほど堪えたせいだろう。
そして立っているのもやっとだったのは隣室のシスティーナも同様だった。
せめてもと敷布を何枚も重ねられてはいるが、しょせん簡易なベッドに飛び込んでしたたかに鼻を打ってしまったが。
「いったぁ…ぃ…」
危うく鼻血がでるところだった痛みにも眉をしかめただけで、あっさり意識を手放すこととなる。
新年まで残すところ十日あまりとなるこの日、アトゥム住民のほとんどが復活祭の準備も忘れて俯く足下で王城奪還の準備が始まった。
花園や元暁の傭兵団以外でそれを知るのはまだ、盗賊ギルドと二人だけになる。
「わかりました、すぐにお調べします」
「……はい。奥様とお嬢様は屋敷を引き払ってアトゥムから脱出されました」
ゴライアスから連絡を受けたモニクと、ハニトゥーラ侯爵夫人の屋敷に身を寄せていたところをリョウに見つかったマリーが、まわりに気づかれないように振る舞うのが大変だったのは語るまでもない。
いつも読んでくださってありがとうございます(´・ω・`)
次回より第十節に入ります。




