第九節 成そうとする者達⑨
「わっ、私は、本物よ!?」
偽物のわけないじゃないとシスティーナが言うも、杖をリョウに向けたままのカッツはすぐに分かると呪文を唱えてしまう。
「万能なるマナよ、すべての魔術を取り去りたまえ―――ディスペル・マジック!」
しかし、あらゆる魔術効果を打ち消す波動はリョウの魔法抵抗を突破できずに霧散してしまった。
「おのれ、抵抗するとはこしゃくな! 貴様、ビカルドかっ!」
やはり同じ魔導師である副学院長が絡んでいるかとカッツは疑念を強め、周りの騎士達も敵に魔法使いが混じっていると知っていつでも飛びかかれるように目配せをしている。
「どうする?」
「大丈夫、本物と証明する手だてはある」
魔剣の柄に手をかけつつも、抜くべきか迷っているギルガメシュに言ったリョウは、確証がなければたとえ王女の姿をしていてもちゃんと警戒できる騎士達を頼もしそうに見回した。
「カッツさんなら俺の装備を見て分かると思うのですが、本物から奪ってきたと言われたらしかたありませんね」
「その通りだ!」
自己変化や他者変化では、装備に付与されている魔法を強度で上回らないと変化させることができないし、変化させられたならば固有の魔力周波数も一時的に上書きしてしまう。
一度見たら忘れようのない両手剣が放つ力はかつてと同一のため、剣は本物だと分かるのだが。
だからといって装備者が本物の保証はない。
(……リョウ君がここに姫様を連れてくる無謀を犯すとも思えぬ。しかし、偽物となると彼や姫様は……)
カッツにも本物の可能性があることぐらい分かっていた。
しかしこの圧倒的不利な状況に、聖地を動かしたとは思えない短期間で合流する自殺行為を周到な少年がするとは思えなかったのだ。
リョウがやられてしまったのならシスティーナも敵の手に落ちている可能性が高い。
最後の詰めとして花園の殲滅にかかったのではないかと考える彼の額には脂汗が滲んでいる。
姿を変えるような魔法が存在する以上、たぶん本物、おそらく本物、きっと本物では駄目で、確実なる証明をしなければ疑念は晴らせない。
それが分かっていたリョウは、論理的に変化を使っていないと証明するために『自己変化の魔法』を使った。
「でも変化系に変化系は重ねられない、ですよね。―――ポリモルフ・セルフ」
彼の身体が光に包まれたと思ったら、背が縮み、ぶかぶかの鎧に身を包んだカッツの姿が現れる。
「なっ―――」
「ポタス導師になった!?」
一瞬だがマナが動いて魔法の成立を感じ取ったカッツの目が、別人に姿を変えるという、考えようによっては恐ろしい効果を生み出す魔法に大勢の目が見開かれた。
「た、たしかに変化系を使っていなかったようだが……魔符も使わずにどうやって!?」
答えは簡単なのだが、簡単だからこそ素直に受け入れられなかった。
魔導師位でも使える者は多くない魔法を無詠唱で使われては当然で、ビカルドにはできないはずだし、カッツでも集中にそれなりの時間を要するのである。
「どこかの魔導師を雇ったか……? いや、しかし……」
困惑する魔導師は一つ一つ事実を積み重ねて飲み込もうとしているが、どうしてもリョウが魔力持ちだったところで引っかかってしまうようだ。
「どうなんすか、導師!」
「お、おい、本物なのか?」
「いやでも、魔法使いなんだろ? イグザート様がなんで?」
マナの動きや魔法の正否を知れる魔法使いしか判断ができないため、大勢が二人のカッツを忙しく見比べている。
装備に付与された力だけではなく、魔力待ちが素でまとう抵抗力も加わってのこととなれば先の魔術解除が抵抗されたのも不思議ではないのだが、絶対に判断を誤ってはならないと眉間に深い深い皺を刻むカッツがぐむむと唸っていると。
頼もしそうに二人目の肩を叩いた王女が胸を張った。
「実はリョウは魔法騎士だったの。だから理力魔法だってお手の物よ」
「はぁ!?」「へ!?」「なっ!?」
大いなる混乱と戸惑いが室内を飲み込み、殺気と憎しみを上書きする。
その瞬間を待っていたリョウは、変化を切って元の姿に戻ると大きく息を吸い込んだ。
「傾注ーーー!!!!」
踵を鳴らし、敬礼とともに命令が下される。
この国で二番目に強い権限の、そして地上にまで漏れ聞こえてしまうのではないかと心配になるほどの大声は地下室をびりびりと震わせ、立ち尽くしていた騎士たちは敬礼を返すどころか武器を手放して両耳を押さえねばならなかったほどだ。
「うるせぇぇ!!」
「み、耳が死ぬ!」
「きゃっ!?」
アーレニウス、ギルガメシュはもちろんシスティーナまで例外なく悲鳴を上げていると、ふらついているレオナの腕を引いて前に立たせたリョウは敵を間違えるなと強い声で言った。
「エンサイド司祭はワール公およびハーヴ高司教の企みに気づき、危険をおして単身離反した王女の協力者である! 彼女を疑うことは同行を認めた王女を疑うことと心せよ!!!」
この迫力は、言葉に宿る力は、決して偽物に真似できるものではない。
変化の魔法がどうこうという理屈ではなく、訓練で触れあってきた時間と経験が騎士達に本物の到来を直感させる。
それに言葉では王女の権威を盾にしているが、文句があるならまず俺に言えと言わんばかりの眼光に射抜かれては、急激に敵愾心を鈍らせて縮こまるほかになかった。
「レオナさん」
「……はい」
そこでそっと肩を叩かれたレオナも自分の言葉で語らなければならないと、さらに一歩前にでて騎士達に頭を下げる。
「私が高司教を盲信し、今日まで荷担していたのは揺るがざる事実です。今もなお多くの司祭が同じようにワール公に……魔族を扱うような者に協力しています」
司祭の全員が全員、本心から従っているとは思えない。
王都の中央神殿代表の持つ権力を畏れて目をそらし、口をつぐんでいる者が殆どだと信じたい。
だが上の命令に従っていただけだと、集団に居ただけだからと言って許されることではありませんと彼女は唇を震わせた。
「王女様が復権された暁には、私を含めたアトゥム神殿所属の全司祭がしかるべき処罰を受けるよう、包み隠さず聖地に報告すると我が大地の女神と愛と美の女神に誓います」
えっ、と言う顔をしたシスティーナが何かを言う前にリョウの手がそれを遮った。
呼び出されてしまえば多くの経験豊富な検査官を抱える聖地に偽りは通じない。
彼女はもとからその覚悟で王都を出たのだと彼は分かっていたのである。
システィーナが復権すれば派遣先の王族として口添えはできるだろう。
上位魔眼種についてはすみやかに処理できれば、あり得ない非常識としてレオナの勘違いや思いこみだったことになるはずだ。
しかし逆賊が何かしらの魔族を使ったことや、神殿の代表者がワール公に協力していることまでなかったことにはできないと思われる。
「ですから今は、みなさんの敬愛するフォレスト子爵やブルーシップ伯爵を、大切なお仲間であるシタデル子爵や大勢の騎士達を傷つけてしまった罪滅ぼしをさせてください。どうか、お願いします……」
最後は涙ながらの懇願だった。
保身など皆無。
ただ王女のために、王女に協力する人たちに尽くし、償いたいと言うレオナの言葉に、ようやく取り乱していたことを自覚したカッツやアーレニウスが頭を下げる。
「……これは失礼を。許されよ、エンサイド司祭」
「わりぃ。状況が状況でよ、気が立ってたわ」
「すみません、アーニーが行方不明でつい」
「失礼いたしました、司祭」
続いて周りの騎士達も武器を納めて謝罪し、全員の剣呑とした空気が和らいでいくのを目の当たりにしたシスティーナは感服していた。
(凄い迫力。まるでお父様が本当に怒ったときみたい)
王女には、王者の威厳に似た存在感をなんと表現すれば良いのか分からなかったが、大声を出せば真似できるものではないことぐらい知っている。
(……格好良かったな)
正直、胸が高鳴った。
彼女の理想の男性観は父親と、王女と言う立場による部分が殆どを占めていたものの、夢見る少女な部分がなかったわけではない。
物語にあるような白馬の王子様は貴族や平民の娘向けのあこがれであり、王族の自分にとって対等な相手なのでときめくものはなかったが、救国の英雄となれば話は違う。
超一流の力を持つ誠実な男性が、見返りも求めずに自分と自分が大切にしたい国のために尽力してくれる姿に心を打たれないはずがないのだ。
もともと同年代の貴族とはまったく異なるリョウに興味を持っていたシスティーナは、ここしばらくの経験でだいぶ彼に惹かれていたのである。
「ま、立ち話もなんだなー? 取りあえず座ろうや。姫様はそこにどうぞ」
促されて空いた上座にシスティーナが、ほかの空きにリョウたちが着席するなり、背もたれに寄りかかったアーレニウスは天井を見上げる。
「姫様が無事だったのは良かったけどよ。ラピスはダメだったかー」
「いや、ちゃんとテンペに来てくれた。アルからの伝言も受け取った」
リョウが、だから花園の場所も分かったんだと言うなりである。
彼に向き直ったアーレニウスが自殺行為だと真意を尋ねた。
「んじゃなんでこんなヤベー場所に!? 俺らはまだバストゥークの野郎をなんともできちゃいねーんたぞ!?」
「それとも聖地に助力を願えたのかね?」
レオナがやったか、テンペで王女が直接連絡したのだろうか。
しかし向こうが要請に応えて上位魔眼種を討伐できるような精鋭を数十名集め、ギュメレリーへ送り込むには時間がかかるはず。
どちらにせよここへ来てしまったのは早計だとカッツが苦い顔をすると、殆どの騎士も同感らしく暗い表情で俯いてしまった。
「……失礼しますっ。本日の陽動ですが……ひ、姫様! イグザート様にフォレスト様、エンサイド司祭まで!?」
そこへ扉を開けて入ってきたゴライアスは昼過ぎまで居なかったはずの四人を見て驚いたものの、アーレニウスが問題ないと頷いたので開け放しの扉から覗く大勢の顔を振り返る。
「聞いての通り、姫様らが合流された」
「おお……!」
「システィーナ様! よくぞご無事で!」
「姫様!」
「さすがは近衛騎士のお二人だ!」
「おい皆! 姫様が戻られたぞ!」
どうやらほかの部屋にいた騎士たちが、先ほどの大声を聞きつけて何事だと集まっていたらしい。
王女合流の報は瞬く間に立ち並ぶ数十人に広まっていき、怪我や積み重なった疲労で顔色の悪かった騎士たちに若干の生気が戻っていく。
「みんな、無事でなによりだ」
「ガーネット、怪我はないか!? ラピスもテンペで無事だぞ!」
立ち上がった三人が通路に出てみると騎士たちは一斉に最敬礼し、混じっていた担当メイドも恭しくひざを突いた。
その中にガーネットの姿を見つけだしたギルガメシュが大声で言うと、一度顔を上げて彼を見た少女は涙目で深々と頭を下げる。
「この通り私は怪我一つありません。皆には心配と苦労をかけましたね」
「王女様、良くお戻りに!」
「第一騎士団一同、心よりご無事を信じておりました!」
「ありがとう。皆の忠義、とてもうれしく思います」
今もなお、自分を心から王女と呼んでくれる者が居ることにシスティーナは目を潤ませた。
名ばかりの騎士を見てしまった後だから。
見せかけの忠誠心ではない、苦境に立たされても、絶望的な状況にあっても成すべきことを成そうとする者達こそが騎士そのものだと信じることができるから。
「んでゴっさん、表はどーなのよ?」
下っ端は気楽でいいやなと肩をすくめたアーレニウスが割り込むと、壁際のゴライアスは厳しい表情で首を振る。
「どこも足の速い騎馬隊が多くでており、疲弊した状態で出れば逃げ切れぬ者が出ると思われます」
魔石を使い果たしたポタス導師の援護では難しいでしょう、と締めくくられた報告に室内と通路の空気が冷え込んだ。
指揮官であるアーレニウスとカッツは予想通りの状況に顔を見合わせ、揃って椅子を立つとシスティーナの前に跪く。
「姫様に申し上げます。フォレスト卿の意志を継ぎ花園に潜った我々は、敵の切り札である上位魔眼種、その召喚者であるバストゥークを排除しようと陽動を繰り返しておりましたが……結果はごらんの有様です」
「姫様にお尋ねします。こちらの伝言を受け取りながら、なぜ花園に来られたのですかな?」
「状況については分かりました。私がここにきた理由ですが―――」
そこで室内と通路を見回した王女は最後にリョウと視線を合わせ、彼が頷くのを確認してからテンペで選んだ思いの丈を口にする。
「反逆者を罰し、魔族を使う不利益を防ぎ、皆の笑顔を取り戻すためです」
「ど、どうやって? 地方の連中とか来るんすか?」
「聖地へは連絡がついたのですな?」
すぐに地が出るアーレニウスと、魔眼種相手では役に立てないカッツが援軍のあてがあるのかと尋ねると、騎士達もそれならと期待した視線をシスティーナに向けた。
だが、縋るような視線を集めた王女ははっきりと首を横に振ってしまう。
「地方は地方でやることがあるから応援は断ったの。聖地にも連絡はしてないわ」
「無茶苦茶だ! 司祭が一人増えたところで焼け石に水っすよ!?」
花園には魔石の備蓄も多少あったのだが、連日の陽動に使ってしまってもう残っていない。
一人が使える回復の回数など高が知れており、溢れかえる負傷者を満足に癒せると思えなかったアーレニウスは頭を掻きむしる。
「リョウ君が魔法騎士だったとは言え、絶対魔法防御を持つ上位魔族には手も足も出ないでしょうな」
博識な少年が知らぬはずはない、と王女の無謀を許したリョウを睨むカッツの視線にも力が残っていない。
「分かっています」
二人に答えたシスティーナは口の中で小さく、分かっていたと繰り返す。
何の力もない、実績もない、王家の血しか持っていない今の自分では、彼らに希望を届けることはできないのだと。
だから未来を担保に力を借りた。
だから自分の人生をかけた約束をして、英雄候補の助力を得てきたのだ。
「―――でも、何とかできるのよね?」
「ああ、できるとも」
自信満々な返事が部屋と通路に響き、あちこちから正気や真偽を疑うどよめきがわき起こる。
「おめっ、いくらヒジョーシキの塊だからって無謀にもほどがあんだろ!?」
「そうか? 俺はみんなの顔を見てシスティーナの復権はなせると確信したぞ」
「地方や聖地の力を借りずに、かね」
「はい。当然冒険者や傭兵の手も借りません」
ただ元傭兵で現騎士は使っちゃいますけれど、と少しおどけたリョウは笑みを浮かべながら全員に言い切ってみせた。
「それでも王城を奪還し、システィーナを復権させる道筋が―――ここにある」
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