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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第九節 成そうとする者達⑧

 いくつかある花園の出入り口の中でもっとも近い場所に向かう途中。

 左腕でシスティーナを背負い、右腕で自分を抱きながら走るリョウにレオナが声を出した。


「お、重くありませんか?」

「いえ、まったく」


 振り落とさないように紐で補助しているし、小柄だとはいえ片腕に一人ずつである。

 大変ではないかと心配する彼女に背中側の王女が問題ないと笑った。


「リョウなら大丈夫よ」

「そうですか…」


(そう、二人抱えていても僕より速いんだ! ……それより、何か聞きたいことがあったような?)


 後ろを走るギルガメシュから見ても彼の足取りは安定している上に、自分がついていけるぎりぎりの速度を保っている。

 声を出す余裕のない彼は必死に駆けながら、リョウに何か聞きたいことがあったようなと首を傾げていた。


「神殿は表だってワール公に協力していますが、魔法学院、錬金術協会やほかの小規模ギルドは中立を保っています。あっ、盗賊ギルドは分かりません」


 王都の最新情勢が知りたいというリョウに答えたレオナはお役に立てず申し訳ありませんと俯くが、そんなことはないと彼は首を振る。


「いえ、重要なのは魔術師や魔具関係なので問題ありません、助かりました」


「ねぇ、予定通りいけそう?」

「第一騎士団の状況をみないと確約できないが、どちらにせよ何とかする」


 耳元で尋ねてくる王女に答えた彼は、暗闇の中から姿を現した水門を見ながら盗賊ギルドには早めに連絡を取ろうと優先度をあげた。


 と、もう一つ思いつくことがあったので、器用なことに走りながら作戦に組み込めるかの検討を始めてしまう。


(接触する相手を増やすと危険だが、瓦版も抱き込めるだろうか)


 彼は文官よろしく情報戦の大切さを知っており、武官としてとてつもない力を有すからと言ってそちらを軽視するつもりはなかったのだ。

 

 

 ―――おそらく、ワール公らはそこを読み違えたのではないだろうか。


 文官派閥の足の引っ張り合いなら当然のことも、まさか武官の集まりが、どこの派閥にも属していないあんな小僧が、裏から手を回して情報戦を仕掛けてくると予想できなかったのではと詠い手は考えている。


 だが、混じっていたのである。

 情報戦も丁寧に、隙のないように時間と金をかけるべきであり、その前さばきが戦いを制御しやすくし、己の立ち位置を含め戦後の展開に多大な影響を与えると知っている少年が。


             ◇


「よし、着いたぞ」


 途中見かけた哨戒部隊を難なくやり過ごし、しゃがみ込んだ彼が紐をといて二人を下ろしていると、荒い息を整えていたギルガメシュが急に声をあげた。


「思い出した! リョウ、君は理力魔法を使えるんだな!?」


「あ、そうよ! 私たちには教えてくれても良かったんじゃないの!?」

「えっ。王女様もご存じなかったのですか」


 そう言えばと思い出したシスティーナも加わったので、左右を挟まれるリョウを見上げたレオナは王女も知らなかったのかと目を丸くしている。


「使えるよ。別に聞かれなかったし」

「聞かなくても私には教えて!」


 事も無げに答えられ、彼に隠し事をして欲しくなかった、彼のことをもっともっと知りたいと思った王女は腰に手を当ててご立腹の様子だ。


 しかし片眉を動かす彼は周辺の気配を探りながら、口を尖らせるシスティーナににやりと笑った。


「切り札は取っておくものだ。それに、秘密は男の財産だからな」

「誰の言葉だ?」


 少し、響くものがあったギルガメシュが過去の傑物の言葉かと尋ねると、しれっと出てきたのはとても良く知った名前である。


「リョウ=D=イグザート氏」

「あなたじゃないの……」


 突っ込む気力が萎えてしまったシスティーナはそれで離脱したのだが、三人の中で一番非常識に慣れていたギルガメシュがこの際だから気力の続く限り聞いてみようと継続を試みた。


「もう隠し事はないだろうな?」

「うーん? 基本武器は一通り使えるとか」


「それは騎士の誓いの時に聞いた。……さっきの戦いで弓技を使っていたことから推測するに、剣以外の戦技も使えるんだな?」

「ああ、一通りは」


 断言するが非常識極まりない話だ。

 たとえば剣と槍の二系統の戦技をそれぞれ修得するだけでも並大抵の才能や努力では成し得ない。


 それを一通り、しかも魔法も含めてなんて才能と時間と努力と教育と感性と相性がどれほどあれば到達できるのか答えられる者など居ないだろう。


 一を聞いて十を知る、と言うのは確か三神国のことわざだが、リョウは十どころか百、千を知ることができるのではないかとギルガメシュは思ってしまった。


「そうだな、君だものな。ああ、聞いた僕が馬鹿だったさ!」


 そもそも父親からの訓練内容も常識の範囲を二歩、三歩どころか十歩以上超えている。


 こうなれば理力魔法の他にも神聖魔法に精霊魔法、白魔術どころか、遺失である風水術やシアード大陸ではほぼ見かけない召喚術まで使えたってもう驚かないぞとやけくそになってしまった。


「……他にも魔法が使えるんじゃないのか?」

「理力魔法以外は使えないぞ、暗黒魔法や黒魔術を含め知識としてはあるけどな。理力魔法だって剣に比べて手つかずもいいところだよ」


「まぁ、あれだけ業務や教育、剣の修行に没頭していればそうなんだろうが」


 初めて彼から否定的な答えを―――質問自体がおかしいのだが―――聞いた気がするギルガメシュは少し冷静になれた。


 しかし、リョウは技能面の可否を答えただけで、知識なら本職顔負けだとか、父から教わった特殊技能に触れていたら多少面倒なことになっていただろう。


 そして彼の父、ハスラム=D=イグザートは事あることに息子に言って聞かせたそうだ。


 切り札の次には奥の手を。

 奥の手の次には裏技を。

 裏技の後にも手を用意しておけ、と。


「良いか息子よ。切り札は容易に見せてはならぬ。

切り札を見せる時は奥の手を持て。奥の手を全て出し尽くしたならば裏技を用いよ」

「裏技も使っちゃったら?」


「お前の得意な合わせ技をやってみるが良い。切り札を同時に二枚、三枚、奥の手を絡めた常人には想像も付かない手、常識に囚われぬ発想でな」

「分かった、頑張ってみる!」


 そうやって幼い頃から多角的な視点をたたき込まれ、常識にとらわれない発想を心がけた結果の一つが『古代の弾もどき』なのかもしれない。



             ◇


「……そろそろ時間かー?」


 王都の地下水路を改造して作られた、ブライアン達の言う『花園』の一室に疲れた声が響いた。


「ですな」


 しかし言ったアーレニウスは立ち上がろうとせず、答えたカッツもテーブルの上でぼんやりと光るエリザベスをなで回しているだけ。


 ここが『花園』と呼ばれているのは掃除や点検、備品の補充や交換などを手がける管理者の代表がとある花屋なためで、食事処だった時は『厨房』、油屋だった時なら『工場』など時代とともにその名を変えている。


 内部は百人以上の人員が中長期に渡って潜伏できるだけの設備や備蓄が用意された基地であり、町の内外に出入りできるようになっているためほとんど地下迷宮と化していた。


 慣れないと迷子になったり下水側に出てしまったりするが、あちこちの井戸に通気孔があるために空気はよどまないし、管理者の家の暖炉につながる竈がいくつか用意されているため僅かながら火が使える。


 常に水場と隣り合わせのためじめじめしているし、たまにスライムが紛れ込んでガーネット達を驚かせたり大事な保存食を食べられたりしているのが悩みの種だが、水は上水道から取り放題、汚れ物その他の問題も下水道に流せるとあってあまり不衛生でないのは大きい利点であった。


 風呂はないものの冬の今なら身体を拭くだけでもだいぶ違うし、水は冷たいものの洗濯もできる。

 カッツなどは下水道から捕まえてきたスライムを詰めた樽に飛び込んで汚れを食べさせていたが、さすがに真似をするものはいなかった。


 だが、そんなふうに考えられた基地でも先の見えない状況、いかんともしがたい戦力差からくる焦燥感や騎士達をじわじわと蝕む諦めの空気を取り払うことはできないらしい。


 上位魔眼種(グレイト・ゲイザー)という戦略存在、その召喚者を何とかしようと陽動を繰り返しているが、バストゥークが出てくる気配はないし、第二の戦力は増える一方なのにこちらは消耗するばかりとなれば当然か。


「……ゴっさんは?」

「副団長はどこから出るかの確認に行っています。……っつ、もう少し緩く巻いてくれ」


 まだ戻らないのはどこも厳しいからなのでしょうと俯いた小隊長の一人は包帯をまき直す痛みに顔をしかめ、すまないと答えた別の騎士が今度は自分の番だと左腕を差し出した。


「やれやれ、みんなボロボロだよなー?」

 

 重苦しい空気を入れ替えようとアーレニウスはいつもの調子で言ってみたが、反応する者は誰もいない。

 この作戦室に居るのは彼とカッツの他に小隊長格の者が八名、伝令役の騎士が三名であったが、全員がどこかしらに怪我を負っているのだ。


 花園には長期保存の利く応急手当の道具や薬草などが備蓄されていたものの、即効性はあるが高価で保存の利かない霊薬などの魔具がない。


 せめて宮廷司祭の一人でも居れば良かったのだが、地上の管理者達からもたらされる情報からしてワール公に組みするハーヴ高司教配下を頼る選択はあり得なかった。


(まとまった金がありゃ冒険者の司祭を……ツテもねーし、難しいか)


 一部の冒険者などは報奨金目当てに反乱軍の潜伏先を探しているらしく、市場や道具屋で大量の食料や物資を買った者はいないかと聞き込みもあったらしい。


 国がお抱えとするような、信用できる一流パーティーのつてもない彼らはおいそれと知らない相手にもうけ話を持ちかけるわけにもいかず、負傷者の回復が満足にできていなかった。


「……遅いですな」


 げっそりと頬がこけたカッツの顔色が悪いのは、青白く発光しているエリザベスに下から照らされているからだけではない。


 精神的な疲れがほとんどの彼も有効な打開策を思いつけず、内心では今日の陽動が中止になってほしいと思っていたのだ。


(姫様……奪還への道筋をつけられない無能な家臣で申し訳ありません) 


 休息も惜しんで策を練り続けているものの、状況はラピスに持たせた伝言の後者になりつつある。


 行方不明者も何人か出始めており、陽動に出たアーニーが戻らなかったと知ったときのオットーの動揺は凄まじかった。

 兄を探すべく花園から飛び出そうとする彼を三人がかりで取り押さえ、落ち着かせるのに一晩かかったほどである。


(アーニー……生きてるよな? 不戦勝なんて幕切れ、俺は許さないからな)


 敵に捕らえられて潜伏場所を吐かせようと拷問を受けたりしていないだろうか。


 実家に対するご近所の風当たりが強まったり、両親や姉、妹に捜査の手が伸びてひどい目に遭わされたりしていないだろうか。


 血を分けた双子が側に居ないと言う初めての経験も不安を加速させているらしく、立っている伝令役の中で一番そわそわしているのがオットーだった。


「副団長、遅いですね……」

「最近、見回りの数が凄いからな……」


 皆が皆、口にしないだけで限界を感じている。


 まだ向こうは近隣の村に潜んでいると考えているようだが、いつ花園の存在がばれてしまうかも分からない不安は日に日に大きくなっており、弱音や諦めが喉から出掛かっていたのだ。


 今後、加速度的に増えるであろう犠牲者の数が破綻の引き金になることは目に見えており、分からないのはその数がいくつかと言うことだけ、だから。


「失礼します」


 だから、会議室の扉を開けて黒髪の少年が顔を覗かせたとき、とうとう幻覚が見えるようになったと目をこすった者も一人や二人ではなかった。


「……あン?」

「アル、ポタス導師、無事で良かった。第一の皆も」


「リ、リョウ君……?」

「僕も居ますよ」

「私もね」


「フォレスト様? ひ、姫様まで?」

「姫様がなぜここに!?」


 背の高い彼を避けるように右からギルガメシュが、左からシスティーナが現れて室内の空気はますます混迷を極めていたが、最後にレオナが入るなり場が凍り付く。


「負傷者が多いようですね。すぐに治療を―――」

「チイィ、司祭だ!! すぐに殺せ! 生かしてここから出すなっ!」


 ぽかんと口を開けたり目を白黒させて戸惑うばかりだった騎士達が、アーレニウスの声で一斉に立ち上がると武器を抜いて殺気を漲らせた。


「くそっ! お前らのせいでアーニーはなぁ!」

「よくも団長を……!」

「ペテロの手先め! どのツラ下げて来やがったァ!」

「切り刻んで磔にしてやれ!」


 大勢からの明確な殺意、そして溢れんばかりの憎しみに怯んだレオナは一歩、二歩後ずさり、魔剣を抜いたアーレニウスの、武器を構えた騎士達の表情を見て不意に思い出す。


(ああ、私は彼らに許されたわけではないのでした)


 花園に潜んでいる者からすれば、司祭は逆賊に組みするハーヴ高司教の配下であり、彼らが敬愛してやまなかった団長達を死なせた敵なのだ。


 本来ならば検査官を筆頭に真実を明らかにし、言われなき冤罪を防ぐのが役割だと言うのに、ブライアン達に汚名が着せられるのをおめおめと見逃した虚偽の邪神の手先なのだ。


 いまさら高司教に反抗したからと言って騎士達が納得するはずもないと、言葉のないレオナが壁際で俯いていると。


「その姿も『自己変化の魔法(ポリモルフ・セルフ)』か! すぐに化けの皮を剥がしてくれる!」


 『魔術解除の魔法(ディスペル・マジック)』を唱えようとするカッツが先頭のリョウに杖を向け、室内は一触即発の空気に満たされた。

いつもお読みいただきありがとうございます(´・ω・`)

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