第九節 成そうとする者達⑥
「ちいっ! せっかく見つけた大金が!」
さすが王族、捕まって辱めを受けるぐらいなら自ら命を絶つか。
自分も切り札となる魔符を持っていた団長は、一瞬それを王女の自決と考えてから違和感に眉をしかめる。
(だが待てよ? 魔符があるなら攻撃に使ってもよかったんじゃないか?)
第二騎士団長様の情報になかったせいもあるが、自分や近くの部下、今は炎に怯える馬をなだめるのに手こずっている六人は王女が魔符を持っているなんて思っていなかった。
その隙をついて固まってるところをねらい打ちにし、生き残りを近衛騎士に叩かせたならば相当な痛手を被ったはず。
とっさにそこまでの策を思いつかなかったとしても、今の今まで使わずに自決を選ぶ必要があったのか。
王族が魔符を使う訓練を受けているというのなら、なおさら手持ちが一枚だけとも思えない。
(―――ヤベェ。なんか分からんがとにかくだ)
そもそも近衛騎士は二人のはずだ。
では、もう一人はいったいどこに。
あの不遜で大仰で品性の欠片もない髭団長が、真面目な顔でくれぐれも気をつけろと言った黒髪の少年は、護衛対象から離れていま何をしていると言うのか。
傭兵としてそれなりに経験を積み、それなりに成功してきた直感が危機を叫んでいる。
こんなことは妖魔退治に向かった廃村で死霊に出くわした時以来、いやそれ以上だ。
「お、おい」
「ああ。なんか妙だ」
冷たい刃物で首筋を撫でられるような悪寒を感じたのは一人だけではなかったようで、腕の立つ何人かは茫然自失のギルガメシュを囲みながらも周囲を警戒している。
「団長―――」
後方から迫ろうとした六騎が指示を仰ごうとこちらに注意を向けた瞬間。
撃ち込まれた一本の矢が後半戦開始―――ではなく、元暁の傭兵団終了の合図となった。
◇
「きゃああああっ!」
突然炎に包まれたシスティーナも悲鳴を上げていた。
しかし熱くもなければ痛くもなく、よくよく見れば淡い光を放つ膜が自分を包んで炎を遮断してくれている。
そして地面を抉るほどの衝撃波をまき散らしながら撃ち込まれた矢が六騎をはね飛ばしたのを見て、希望に顔を輝かせた。
「もしかして……!」
先ほどの会話を思い返した彼女が視界の悪い中から周囲を見回してもその姿は確認できなかったが。
すでに三百メートルほどの場所まで戻ってきていたリョウは、光る弦が溶けるように消失しあっという間に畳まれた魔法の複合弓を道具入れに放り込むと、両手剣を抜き放ち一気に間合いを詰めていたのである。
◇
「……少し突っ込みすぎだ。また裏が見えてないな」
背は低いと言え一人を抱きながらも地面を強く蹴りつけて跳ぶように駆ける。
一歩一歩の歩幅は数メートルにもなり、馬の襲歩よりも速い、体術の達人にしかできない走り方で合流を目指していたリョウは、敵集団に突っ込むギルガメシュと回り込もうとする六騎を見て足を止めていた。
このまま走っても向こうの方が先にシスティーナへ到達すると思われる。
後のやりとりを踏まえ、いま手を出した方が良いと判断してレオナを下ろしたそこは残り三百メートルほどの場所だ。
普通の戦士には遠い遠い百メートルを撃ち抜く『雷撃弾の魔法』を射程三倍まで拡大してやっと届く場所であり、操気技術で身体能力を強化していないと引くこともできない強弓の有効射程距離も似たようなもののことから、戦闘の超長距離とはこのあたりを指すことが多い。
しかし、魔導師のポニータが絶対有利を疑わなかったその距離はすでに彼の間合いでもあった。
「レオナさんはここで待機してください」
「はい」
なにをするのかは分からないが、きっと考えがあるのだろう。
逐一説明を求めたりする愚は犯さず、数歩下がったレオナが邪魔をしないように黙っていると最初に魔石を取り出したリョウはシスティーナを中心とした『火の壁の魔法』を放った。
「……ファイア・ウォール!」
(射程の拡大が十倍は必要なのに……)
理論上不可能ではないものの、跳ね上がる消費や魔石の値段もあり、威力、射程、範囲の拡大と言ってもせいぜい二倍から三倍の話である。
もしかして、『火の壁の魔法』が大好きでこの魔法だけに傾倒してとてつもない訓練を積めば、これだけなら五倍ができるようになるかもしれないが、そんな偏執的な修行をする魔法使いなど聞いたことがない。
同じ壁系、火属性には多少技術転用が可能だとしても、特定の魔法で射程五倍を身につけたからと言ってほかの魔法でも容易に五倍が繰り出せるわけではないからだ。
(あの魔石の使い方に秘密があるのかしら?)
単なる勘だが、彼はあらゆる魔法をあらゆる方向に、かつ大幅に拡大できる秘術でも会得しているのではなかろうか。
通常、手に持つなどして術者と接触していると精神力消費の代替となり、内包する分を使い果たすと粉になってしまう魔石を握りつぶしてから魔法を行使するのを見たレオナがなんとなくそんなことを思っていると。
気を通すことで折り畳まれた状態から自動展開する魔法の複合弓を取り出した彼は、付与されている『自在綱の魔法』で生成された弦にミスリル銀製の矢をつがえた。
「パージ・インパクト!」
五人張りどころか十人張りの強弓から繰り出される弓技の威力はすさまじく、直撃しないようやや上を狙ったにも関わらず衝撃波が地面を抉っている。
そして撃った本人は武器を交換しながら、逃げ出そうとしている集団に向かって突っ込んでいった。
◇
弓技によって放たれた―――弓が銘有りの超級品で矢もミスリル製ではあるが、ただの士技だ―――矢は草原にひとすじの傷跡を残しながら飛ぶと、炎の前で馬をとめた六騎を真横から吹っ飛ばす。
炎に驚いていたその場の全員は完全に不意を突かれた形になり、戦闘中だということをすっかり忘れて次々に戸惑いの声をあげた。
「何だ!?」
「弓技だ! ……見ろ、あんなところに誰か居るぞ!」
間合いの外から一方的な攻撃にさらされている恐怖に加え、団長様がくれぐれも気をつけろと忠告してきた存在がいまさら脳裏をよぎる。
「まさかイグザートか!?」
「バカいうな、イグザートは剣士だろ!? なんで弓技まで使えるんだよ!?」
「化け物ってことだろ!」
「そんな非常識があってたまるか!」
「お前はやべぇ怪物相手にも常識を求めるのか!?」
「そんなんと同列に扱わなきゃなんねぇイグザートってなんなんだよ!」
「だからバケモンだっていってんだろ!!」
「うるせぇ! とにかく逃げろ!!」
すでに統率もくそもない。
人質なんかとったらよけいに怒りを買うだけだと、立ち尽くすギルガメシュから離れた男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「烈風剣!」
「「「うわあーっ!」」」
しかし、背後から範囲戦技を撃ち込まれてなぎ倒され、右方向に逃げた連中はあっという間に制圧されてしまう。
「ファイア・ウォール!」
「「「あちちちちち!!!」」」
左に逃げた集団は眼前に炎の壁を作られて急停止を余儀なくされた。
勢い余った後ろに押されて何人かが火傷をしたが、致命傷にはほど遠いだろう。
仲間達がやられている間に後ろに逃げた十名程度はそれなりに距離を開けられた。
もしかして逃げきれるかも、と淡い期待を抱いた彼等の頭上に撃ち上げられた矢が炸裂し、無数のエネルギー弾が雨霰と降り注ぐ。
「アロレだああああっ!!」
「ちくしょう! 奴に逃がす気はねーぞ!」
「どどどどうすんだ団長!? イグザートの方はガチでやべー!」
「まだ威嚇だ! 降伏しよう!」
「降伏賛成!」
「賛成!」
「了解!」
地面に穴を穿つほどではないので即死級の威力はないだろうが、物理的防御を貫通するエネルギー弾に当たればかなり痛いはず。
こちらの逃げ足を見誤って外したのではなく、見切った威嚇なのだと分かった団長の号令に全員が賛成し、武器を投げ捨てて平伏―――三神風に言えば土下座だ―――した。
「どうやら投降してくれるみたいだ。二人も無事で良かった」
「あ、ああ……」
『アロー・レイン』、『アロー・スコール』、『アロー・シャワー』、『時雨矢』など読み換えも多い弓技を軽々と繰り出す背中と、陽炎のように消えた炎から現れた王女を見比べたギルガメシュがへなへなと座り込んで戦いは終わる。
リョウが参戦してからの死者はゼロ。
時間にして一分も経っていないあっという間の出来事である。
「システィーナも大丈夫か?」
「う、うん……」
手を触れているわけではないのにガシャガシャと勝手に折り畳まれていき、道具入れに突っ込まれる魔弓を不思議そうに見つめるシスティーナの顔は赤い。
「顔が赤いが大丈夫か? まさか防壁に穴があいていて火傷とか」
「ううううううん! 全然平気! 大丈夫だから!」
「本当か?」
何しろ自分の魔法に自信がないリョウである。
女性に火傷なんか負わせていたら大変だとグローブを外して手を伸ばしたのだが、頬に触れられる前にますます赤くなった王女はぶんぶんと腕と首を振ってそれを遮った。
「ほんとほんと! びっくりして興奮してるだけよ!」
それならいいがとグローブをはめ直していると、安全なのを見て取ったレオナがとことこやってきてシスティーナの前にひざまづく。
「王女様、よくぞご無事で」
「レオナも無事で良かったわ。……って、なんだかひどい格好だけど……」
白い肌の裸足は泥で汚れ、寒さに赤くなっている。
見慣れた神官の法衣姿とは似ても似付かない、ローブに毛布を羽織っただけの彼女が襲われていたことを思い出した王女は小声で大丈夫だったのと囁き、レオナははい、と頷いた。
「ああああ、あそこで待っていてくれれば迎えに行くのに!」
裸足のまま放置してしまったと反省するリョウがあわててブーツを取り出すと、立ち上がって受け取ったレオナは気にしないでくださいと微笑み、そして眉をしかめる。
「お気遣いありがとうございます。ですが、本来あなたは王女様のそばを離れてはならないのですよ?」
一つ間違えば自分を助けるために王位継承者が殺されたりさらわれたりした可能性だってあるだろう。
司祭はいかに超一流の魔法騎士とは言え立場というものを考えるべきだと諭そうとするが、苦笑いの英雄候補はラピスに言ったのと同じ言葉を繰り返すだけだ。
「大切な誰かを守るために他の大切な誰かを、何かを切り捨てるなんて出来ません。俺は守りたいものを全部守ると決めたんです」
「えっ……あっ、あの。ありがとう、ござい、ます」
いきなり大切な人と宣言され、真っ赤になってしまったレオナは俯いてもじもじと体をくねらせているがまんざらでもなさそうである。
(きっと仕事仲間とか、その幼なじみだからとか、システィーナ様の役に立つって意味よね?)
身長の事もあり自分に自信のない彼女だから、こんなすごい少年に好かれるわけがないという先入観で齟齬を防いだが、これが夢見がちな少女や自信の塊のような女性だったならころっと騙されていただろう。
大切の範疇がどこまでかなんて、つきあいが深くなければ主観での受け取りになるわけで、家族も恋人も親友も主君も仕事仲間も大切な人でひとまとめにしてしまうあたりリョウの言葉選びには少々問題がありそうだ。
ただどんな困難にも迷わず立ち向かうのに見返りを求めないので、男女問わず危機から救われた相手は感銘を受けるだろうし心を動かされても不思議ではない。
守れて良かったと微笑んでいる少年にふわふわした様子のレオナは尊敬の眼差しを向けていたが、そこに割り込んだのは二人の雰囲気がなんだか気に入らないシスティーナだった。
「で、彼らをどうするつもり? それにリョウならレオナに合う服も持ってるんじゃないの?」
「ああ、えっと、子供服が無くはないんだが」
いまだ平伏している彼らの処遇については案があるものの、さすがに胸のとても大きい子供服なんて持っていなかったリョウが言葉に詰まっていると。
「私はほとんど仕立て品しか着られないので気になさらないでください。それよりリョウさん、宜しければ負傷者を癒しましょうか?」
「すみません、魔石をあげますのでお願いします」
頼むつもりだった事を先に申し出られた彼は、白めのオパールに似た魔石をいくつかレオナに手渡した。
「任せてください」
にぱっと微笑んだ彼女はそれで負傷者を集め始めたのだが、どうして癒してもらえるのか分からない男達は不気味そうにしており、残念ながら命の女神の糧は得られそうになかった、と言うのは一息入れるための余談である。
いつもお読みくださってありがとうございます(´・ω・`)




