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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第九節 成そうとする者達②

「なっ!? 我らの力は必要ないと!?」


 テンペ中央にある執務館の会議室で西方騎士副団長の大声が響いた。

 同席している補佐官や主要な文官たち、騎士団の小隊長らも驚いた様子で王女の二の句を待っている。


「騎士団の気持ちは嬉しいけれど、地方が手薄になるような真似は不要なの。そういう仕込みをしてきたわ」


 長方形のテーブルの一番上座、いつもなら領主が居るはずの椅子に寄りかかったシスティーナは大勢を見回しながら淡々と続けた。


「最近、この辺りにもプテロニアから多くの野盗が流れてきているそうね? 西方の守りが薄くなったと知られたら奴らの略奪が活性化するのは必死。私としては手が足りている王都よりも領地の安全を優先して欲しいわけ」


「せ、僭越ながら申し上げます! ダイアナ公からの情報によりますと、第二騎士団の数は倍以上に膨れ上がっているそうで―――」

「五倍までは想定内。けれど、各地に連絡したからにはもう地方から人を集めることもできないはずよね」


「五ばっ……!?」


 補佐官に被せてぴしゃりと言うと、王都の状況が芳しくないことを知っている文官達の額に脂汗が滲む。

 目を見合わせる彼らが硬直しているので、システィーナは間を取るために視線を外してやる必要があった。


「ずいぶん汗をかいているみたいだけれど、執事が薪をくべすぎたのかしら?」

「い、いえ、そんなことは……」


「お父様を毒殺された責任を取ると言うブライアン達を説得できなかったのは私が拙いせいですが、それでも彼らが残してくれた戦力は城を取り戻して逆賊を討つに十分よ。第二の中にも騙されている者が大勢いるでしょうし」


「彼らに真実を伝えれば戦力は逆転すると仰るわけですか」


 正規の騎士や衛兵ならそうかもしれないが、金や後の身分でワール公についた連中はその限りではないだろう。


 ダイアナ経由のまた聞きや、王都から移動してきた者達からの聞き取りになるが、葬儀の日の戦いでは遺物らしき強大な魔具が使われたという噂もある。

 見込みが甘いのではと唸る副団長を見て、畳みかける頃合いだと感じたシスティーナはにっこり微笑んだ。


「端から数で押すつもりは無いわ。向こうの手の内も分かったし、こっちにはまだ親衛騎士や魔導師が残っている。もちろん他の切り札もね」


 夕べの騒ぎは耳にしているでしょうと視線を向けられたラピスが、その節はお騒がせいたしましたと頭を下げる。


「ブライアンのおかげで城の状況は筒抜けの上、彼はギルモア達と協力して王都学院から持ち出された召喚術書の上位巨人も撃破してくれた。もちろん油断はしないように気をつけるけれど、今のところ予定外のことは起きていないわ」


「城に内通者が居るのか……」

「彼女は王都からの伝言役だったのだな。どうりで向こうが必死になるわけだ」


「しかし、いくら情報を得たところで手勢が不足していては奪還が難しいのでは」


 魔具は失われ、自分たち以上に鮮度と確度の高い情報を得ているのだと知って文官達の態度が多少軟化したのだが、副団長は食い下がる。


 しかし文官には情報を、武官には戦力を見せてやればいいと分かっていた王女は予定通り、彫像のように控えている彼に見せてあげなさいと言った。


「リョウ、少し見せてあげなさい」

「はっ」


 一歩前にでた彼が魔法の道具入れホールディング・バッグに手を入れる。

 見せるというのはなにをだとテンペの者達が首を傾げる中、次々に取り出される霊薬に魔石に魔符、そして高額貨幣。


「なっ―――!?」

「これは……!」


「どどどどどれだけ魔具と魔法の武器があるんですか!?」


 横に動いた彼はさらに十ずつの魔剣、魔弓に魔斧や魔鎚を並べると、包帯に薬草など大量の救急用品を取り出したところで硬直する大勢を見回した。


「王都に備蓄がありますが、別途百名三ヶ月分の食料や水に装備の補修用具も用意してあります」


 シアード大陸広しといえど、一騎士団に対して四十もの魔法の武器を与えられる国などそうはない。


 魔法の武器を持ったところで使い手のレベルが急激に変わるわけではないが、鋼鉄の武器とは根本的に切れ味や耐久性が異なることだけでも戦闘では大きな意味を持つのだ。


 このことが他国に知られたらギュメレリーに戦力増強の動きあり、と警戒されるほどのものを見せられて悲鳴を上げた魔法使いは目の前の非常識と記憶の中の非常識を結びつけ、もしかしてと言った。


「あっ……先日学院に来た金持ち冒険者ってもしかして」


 残念ながら再生の霊薬や高品質の白符など、王都でも入荷数が限られるものは手に入らなかったものの、学院でも補充した彼による『在庫の半分』という前代未聞の注文に受付が腰を抜かしたのは護衛の耳にも入っている。


 半分なのは他に必要とする者への配慮であり、その数がいくつであってもかまわない注文なんて大商会や腕のいい冒険者でもあり得るのかと議論になっていたが、王女の使いなら分からなくもない。


 なお穀物や肉、塩、野菜、果物といった食材のほか、花園で火を使ったり料理ができるか分からないので携帯食料や出来合いの弁当、応急用品などを集めてくれたのはタッシュが懇意にしている商会だった。


 最初はあまりの期間のなさと大口すぎる注文に商人達も難色を示していたのだが、金貨を積み上げるなり態度を豹変させて馬車馬のように働いてくれたのである。


             ◇


「携帯食料の在庫数は間違いないのか!?」

「品質も問題ありませんでした! 野菜と果物の足りない分は魔法の道具入れホールディング・バッグもちの商会を当たってみます!」


「弁当の手配は私に任せてください! 普段取引のある食堂や屋台に掛け合います!」


「救護品は!?」

「治療師や雑貨屋から卸している薬草師や村の一覧をもらってきました! これから馬を出します!」


「それにしても、こんなに買い込んでどうするんだろう? 貧民に炊き出しでもするのかな?」

「お客様の事情に立ち入るんじゃない! タッシュが信用している相手ならひどい事には使わんだろう!」


 テンペの中心からやや外れた場所にあるセイムス商会はてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 指令室になった会頭の部屋には数字や書類が飛び交い、何人もの事務員が目を血走らせながらアバカス―――三神国で言う算盤―――を弾いている。


「いいか! 商会の看板にかけてなんとしてもこの取引をものにするぞ!」

「「はいっ!」」


 徹夜が三日目に差し掛かった会頭、ジム=セイムスが何度目になるか分からない檄を飛ばしたのも当然だろう。


 そもそも、支店も出していない中小商会の資産など高が知れており、保有する現金では注文の品を仕入れられないはずだった。


 もちろん他の売り物や借金の証文、貴族の手形などもあるが、売って現金に換えたり取引に使うにはどうしても時間がかかってしまう。


 テンペに定住するようになってから腹周りが太くなる一方のジムが一メートルは飛び上がった大口の注文も、本来なら当商会ではご対応できませんとお断りするところだった、ところが。


「大きめで構わないので見積もりを出してください。共通貨幣で前払いします」


 分かっていますと頷いた黒髪黒目のお客様はなんと、共通貨幣の先払いで構わないと仰ったのだ。


 一に現金二に宝石、三、四が現物五に信用と言うのは多くの商会の標語であり、貴族すら落ちぶれて身売りや夜逃げする事がある昨今、紙屑になる危険性をはらんだ手形や証文などの信用取引はなるべく避けたいものになる。


 同じ規模の商会でも資産の内訳が現金中心なのと、借金の証文や価格変動の激しい品物が中心なのでは基盤力が圧倒的に異なるわけで、健全で自由な商売の為に現金はあればあるほど良いとされていた。


 もちろん貴族の手形などは情報や優遇を引き出したりと使い方次第で大きな武器になるものの、引き出したものを有効活用するためにはお金が必要になる。


 その現金を、しかも地方通貨ではなく古代魔法文明が通貨統一に用い、価値が普遍で世界中で使われているために商取引において最強の共通貨幣で前払いと言われては、看板にかけてでも物をかき集めなければならないと商人達が必死になったのも当然だった。


 利益の大きさといい、資本力の向上といい、この取引がうまく行けば商会がふた周りは大きくなるはずなのだ。


「……よし、なんとかいけそうだな! みんなよくやってくれた!」


 店を構えてから一番の大商いになんとか目処をつけられた会頭が疲労困憊の部下達をねぎらっていると、盗賊ギルドへ使いにやっていた見習いが困り顔で戻ってきた。


「会頭……」

「おかえり。いくら取られた?」


 先日から違和感のあったタッシュの注文の裏に、あのお客様が隠れていたのだと察したジムは部下には立ち入るなと言いつつも、盗賊ギルドへ調査を依頼すべく使いを出していたのである。

 しかし。


「その人の調査は受けられないそうです」

「は?」


 見習い曰く、黒目黒髪の背の高い少年と言い掛けるなりぶんぶんと首を振った受付に追い出されてしまったらしい。


 自他国の王家、聖地の大神殿、駅馬車協会の本部、裏社会の大物などちょっかいを出すと盗賊ギルドのほうが吹き飛びかねない相手だと身辺調査を断られることがあるというが、それほどの相手と知ったジムの背筋が寒くなる。


(いや……あのお客様から裏社会の気配は感じられなかった)


 先払いで構わないと言われて感じたのは、今までに嗅いだことがないほど濃厚で純粋な金のにおい。

 金あまりの貴族や大商人とは格が違う、金貨の池で泳がされ、白金の延べ棒で家を建てろと言われるような圧倒的金満力だ。


 もとは東部でも有名な巡回隊商の一員であり、独立して店を構えてからも繋がりのある会頭の勘は上客中の上客と告げている。

 敵対されたら中小商会など吐息一つで吹き飛ばされてしまうが、御用聞きになれれば大成長が見込めるに違いない。


 そのため納品時に今後ともご贔屓を、獣人が隊長の隊商を見かけたときは是非ご利用くださいと何度も何度も頭を下げておいた彼は、のちに王女の手の者だったと知ってもう一度飛び上がったのだった。


             ◇


「た、確かに入念な準備をされていたようですな……」


 所狭しとテーブルに積み上げられた魔具や武器を見て言葉を失った副団長も、王女は前々から動いていたのだと思うほかに無かった。


(……備蓄を見せるって言ってたけれど、いくらなんでも見せすぎでしょう?)

(改めて君が味方で良かったと思うよ……)

(さすがリョウ様です)


 システィーナとギルガメシュも内心では、一人で戦争でも始めるのかと思わせるほどの備蓄に心底あきれ果てている。

 事前に聞いていたものの、補佐官達を驚かせるために数字を盛っているのだとどこかで常識が期待していたのを見事に粉砕されてしまったのだ。


 とはいえこちらが惚けては説明にならない。

 気を取り直したシスティーナは会議を閉めるべくぱんぱん、と手を叩いて補佐官達の気を引いた。


「出るものも出そろったし、新年はお城で迎えようと思っているわ。こっちも領主が戻らなくて大変だと思うけど、復活祭の準備はしっかりね。楽しみにしている者も多いでしょう」

「は……はいっ!」


 今日が不死鳥(十二番目)の月十七日になる。


 疲弊する第一騎士団との合流を急がねばならないなどの裏事情もあるのだが、半月以内に決着をつけるという王女に補佐官や騎士達はただ頭を下げたのだった。



             ◇



 南側はダミアン達が邪魔なので、東側の出入り口に向かう途中。


「……本当にあんな感じで良かったのかしら……」


 馬車の中で身軽な格好に着替えていたシスティーナは、行きとは別のため息を吐かずには居られなかった。


「お見事でした。これで城を取り戻せば王女様のご威光はますます強まることでしょう」

「鍍金が剥がれる前に実力を付けなきゃと思うと気が重いわ」


 今回の事件で一時的に足場が固まったとしても、老獪な貴族達をずっと押さえつけることなどできはしないだろう。


 大臣をはじめとした役職の入れ替えはもちろん、爵位の上げ下げも相当数発生するので、しばらく続くはずの混乱をどう乗り切るかも肝要なはずだ。


「ま、全部城を取り戻してから考えればいいことね」


 ただ、いまその後の事を考える余裕はない。

 まずは王座の奪還からだ、ととっくに停まっていた馬車の扉を開くと両手剣を腰に吊したリョウ達が待っていた。


「ラピスのことは彼らに頼んである。赤髭亭に戻ったらタッシュさん達によろしく言っておいてくれ」

「はい」


 すでに花園への入り方は伝えてあり、役目を終えたラピスは赤髭亭で結果を待つのみとなる。


 見送りのために彼女も馬車を降りると、見物客と彼らの間に整列していた騎士達が踵を揃えた。


「システィーナ様! イグザート様! フォレスト様! ご武運を!」

「「「ご武運を!!」」」


 副団長の最敬礼に遅れること半秒、見事一つになった最敬礼に答えればいよいよ出発だ。


 行きと違って変装はしておらず、深紅のサーコートを羽織る二人が眼前に広がる草原と、まっすぐに延びる街道を見て気合いを入れていると。


「えっ? まさか走っていくのか?」

「ハハ、そんな馬鹿な。王都まで何百キロあると思ってるんだ」

「外で馬を買っていくんだろ?」

「来たときはどうしたんだ?」


 彼らの移動手段が分からない見物人達は口々に囁き合うが、リョウが王女を背負ったところでざわめきが漏れる。


「おい、まさか本当に!?」

「王女様を背負って走るとかなんの冗談だ!?」


 その傍らで実現性について考えていたのは見物に来ていた三人の冒険者だ。


「エリネド、私を背負って王都まで走れる?」

「怪物から逃げるぐらいはしてやれるが、数百キロは勘弁してもらいたい」


「だよねー? 司祭は居ないみたいだし、やっぱり霊薬(ポーション)飲みながら行くのかな?」

「少なくとも彼の方は体術も修めているだろう。しかも私たちに見切れないレベルでだ」


 反対側からのつぶやきを聞きつけたエリネドは、魔法使いの娘から視線を外すと私たちもまだまだだなと同意を示す。


「同感だ。……匠位(マスター)の二技術使いとはな」


 剣術については実際に目にしたわけではないが、あれほどの業物を持っているからには腕も見合ったものなのだろう。

 もしかしたら、戦力だけなら数カ国に一人居れば良い方とされるその上(豪位)の可能性だってあるかもしれない。


 士位(マイナー)匠位(マスター)の間であり、一流の仲間入りを果たしていると自他ともに認める自分たちが裏拳をとらえられなかった以上はそう言うことのはずだ。


「剣士のエリネドじゃ絶対勝てないね! 私なら遠距離から魔法でどっかーんできるけどー。アッキーはどう?」

「不意打ちでも当てられる気がしない」


 直感だが正しいはずだ、と首を振った弓士の(アキラ)は、魔法使いの優位を信じて疑わないポニータでもどうだかなと思ってしまった。


 冒険者は彼らの他にも何組か来ていたが、一番腕が立ち、彼の力の片鱗を感じ取ったのはエリネド組だったのである。


「じゃあ、俺たちは行くよ」

「……ご武運を」


 システィーナを背負ったリョウが最後にラピスを見ると、祈るように手を組んだ彼女はいろいろな思いや不安をすべて飲み込んで一言だけを伝える。


 すると、決して私情を挟もうとしない彼女に二人の騎士は分かっていると言ったのだ。


「ガーネットのことは任せておけ」

「僕もだいぶ世話になっているしな、いろんな意味で」


 無理矢理ピーマンを食べさせるのだけは勘弁して欲しいがとギルガメシュが冗談を言うので、口にしないだけで姉の事が心配だった妹は目に涙をためて深々と頭を下げる。


「いくぞ!」

「ああ!」


 そして彼女が頭を上げたときにはもう、三人の姿はだいぶ遠ざかっていた。



 ―――ところで。

 目立つだけ目立っただけあって、彼の剣やシスティーナに目を付けた考えなしの小悪党が何組か居たのだが。

 町の外で襲おうにも、街道を外れて最短距離を行こうとする三人に振り切られたり、怪物と遭遇したりで追いつくことすらできなかったそうだ。


 リョウはその後も同様に両手剣や金の臭いに釣られた野盗や悪徳商人、無能貴族の手先や調子に乗った冒険者、荒くれどもに狙われたり絡まれ続けることになる。


 ただ結構な件数だったにも関わらず、揃って反省を促されたり追い返されるだけで特筆すべき点が皆無だったためほとんど詩には残さなかった。


 他の誰かの冒険譚なら野盗団が消えて周辺が多少安全になったとか、評判の悪かった貴族や商人が突然おとなしくなって暮らしやすくなった事を讃えても良かったのだろうが、数が多すぎる上に主要な事件だけで十分だったから、と言うのは余談である。

いつも読んでくださってありがとうございます(´・ω・`)

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