第九節 成そうとする者達①
冬晴れを予感させる青空の下、早朝だというのにテンペ東の繁華街は詰めかけた大勢の平民や貴族の馬車、殺気立つ衛兵でごった返していた。
「くっそ、なんてぇ人出だよ! ぜんぜんみえねーぞ!」
「私も王女様見たいな……」
「赤髭亭ってセラスねーちゃんが居るとこだろ?」
「そーなんだよ。だからねーちゃん誘拐じゃないって知ってたんだよな? 俺ら騎士さんけなしまくったけど大丈夫なんか?」
「し、知らなかったんだし仕方なくね?」
もちろん大勢の子供もいるのだが、最前列を取れなかった背の低い子などは肩車をしてもらったり街路樹に登ったり、たまたま道沿いだった友人宅の二階に押し掛けたりしてなんとか視線の通る場所を確保しようと大騒ぎだ。
「こちらは西方騎士団です! ここから先へは立ち入らないでくださーい! ……こらそこの君! 気持ちは分かるが詰め所にしょっぴくぞ!」
「うわ、すみませーん!」
「先頭が見えたらかならず膝をついて右手を胸に当て、左腕は背中にまわしてください! 両手にはなにも持たないこと!」
「あのー、先頭ってどんな人?」
「国旗を掲げた騎馬が目印です! 私たちもみなさんを不審者として取り締まりたくはありませんので順守おねがいしまーす!」
「護衛や冒険者など、武器を携行している方! 当ギュメレリーでは御成時に武器に手をかけた時点で重罪になります! 他国から来た方も対象になりますのでくれぐれもご注意ください!」
時刻は六時を示す鐘が鳴ったばかりで、普段なら平民が起き出す時分。
通り道には一定間隔で警備が立っており、王族が来るのはトリオーン王が北部と西部を見て回った三年前ぶりとあって、噂を聞きつけて時間のある住民のほとんどが出てきているようだ。
「見られるったってどうせ馬車しか見えねーんだろ? 俺は遠慮するね」
「遠慮って俺らは仕込みがあるからだろ。負け惜しみ言うなって」
「ああそうだよ! 店長が出店で一儲けだなんていわなけりゃ……」
「臨時手当くれるんだから我慢しようぜ。商売上手たぁ、ああ言う人の事を言うんだな」
人混みを狙って飲み物や食べ物を売り出す出店を出そうと、夜中だというのに申し込み書を片手に詰め所に飛び込んだ商人が何人もいたほか、確保した場所を出遅れた貴族に売りつけようと考えた貧民がひとかたまりになって縄張りを主張していたりする。
「ちょっと、ここは私たちが先にとったのよ! 割り込まないで!」
「なんだよ、ちょっと詰めてくれてもいいじゃないか」
「お姫様の乗車がよく見える場所、売りまーす!」
「言い値で買おう」
「まいどありー!」
「父上、本当にシスティーナ様が居られるのでしょうか?」
「あの貸し馬車を見なさい。この町でも同じ作りの物はテンペ公とライーゼリック侯爵しか持っていないほどのものだよ」
赤髭亭の前にはすでにきらびやかな装飾を施された馬車が停まっており、入り口から踏み台までは緋色の毛氈が敷かれていた。
とある子爵が言うように白馬二頭立ての馬車は揺れを極力抑える技術が使われているほか、広い車内の内装も怪物毛皮の座面や超一流の職人によるレース編みのカーテンなどがふんだんに使われている、町中を歩くなどとんでもないと考えているお金持ち向けのものだ。
上級貴族や大商人などこの町に住んでいるお金持ちであれば自分の馬車ぐらい持っていて当然なのだが、町中用の馬車は長旅や危険な町の外での利用に向かないため、よそから来たお大尽様が使うための貸し馬車屋なんて商売もある。
もちろん利用料も目玉が飛び出るぐらいに高くて半日借りるだけで金貨が何十枚も必要になり、敷物を敷いたり花をまいたりすればその分値段も跳ね上がるが、王族が使うには相応しいと言えるだろう。
「ねえ、なんで姫様がこんなところにいるの?」
「大臣の謀反を察して行方をくらませたんだそうだ。これを機に反抗的な貴族を一網打尽にするため、わざと城を明け渡していたんだと」
「じゃあ、あの手配書は偽物だったんだ?」
「そう言うことだな」
まことしやかな会話を聞きつけた周囲がそう言う事だったのかと囁き合う中、その場から離れて同じやり取りを繰り返すのは盗賊ギルドに所属する男女だ。
同じ役割の者があちこちに散っているほか、夕べの騒ぎやいまだに広場で待機の愚連隊を見ていた住民が黒髪の近衛騎士の話をばらまいており、どこから出た情報なのかと確認する間もなく住人達の認識は誘導されていく。
「タッシュの店に姫様が居たなんてなぁ。どんな繋がりだったんだ?」
「あとでしっかり話を聞かせてもらわにゃならんな」
「羨ましいってもんじゃない! うちだって歴史のある冒険者向け宿なのに……王女様に来ていただきたかったよ!」
「そう言うなって。おかみさんとこは宿付きがいつも居るから隠れるには不向きだったんだろう」
すでに西方騎士団の副団長ほか十八名の騎士が馬車の隣に整列しており、王女の出発を今か今かと待ちわびていた。
「わわわわわ私なんかで良かったんでしょうかかかかか」
「落ち着け! 王族の護衛実績は聖地の評価に繋がる! 絶対に不格好な真似をしてはならん!」
「いきなりの転移施設封鎖は驚いたが、こういう事だったのか」
「他の町も突然姫様直筆の手紙が届いて驚いただろうな」
その後ろには緊急時の治療や対魔術のためにテンペ神殿所属の司祭と神官戦士が一名ずつ、さらに学院の魔法使いも二名控えている。
これが宮廷司祭と宮廷魔導師ならば御成時における正式な護衛体制となるのだが、まだ若い司祭などは突然の代役でかなり緊張しているようだ。
「あっ!」
「くるぞ!」
六時半を告げる鐘が鳴り響くと同時に赤髭亭の扉が開かれる。
水を打ったように街路が静まりかえる中、まず最初に現れたのは深紅のサーコートを羽織った少年だ。
周囲を確認し、踵を揃えて最敬礼する副団長達に答礼したギルガメシュは丁寧に馬車の安全を確認してから緋毛氈を挟んで御者の向かいに跪く。
「あっ、セラスさんだ!」
「静かに……!」
続いて執事服に身を包んだタッシュと三人のメイドが出てきて向かい合わせに膝をつくと。
「ギュメレリー王女、システィーナ様の御成である! 一同、頭が高い!」
「お、おい! どうすれば!?」
「バカ、突っ立ってんなって! 攻撃の意志ありと見なされて捕まるぞ!」
全身から声を張り上げたギルガメシュの号令で警護の者を除いた近くの全員が一斉に跪いた。
目上の者に対する礼儀もだが、攻撃可能な体勢から遠ざかる事で敵対の意志がないことを示さねば、貴人が見える範囲には居られないのである。
そして。
純白のドレスに身を包み、真後ろにもう一人の近衛騎士を引き連れた王女が現れる。
(なんと見事な……)
(素敵……!)
早朝から身を清め、ラピスに髪を結ってもらい、薄く化粧もしているシスティーナのドレスは仕立屋が工房総出で徹夜しただけのことはあり、とても急拵えとは思えない仕上がりになっていた。
少女に相応しい清楚さを持つ髪飾りや首飾りともよく合っていて、このまま戴冠式が行われても不思議ではないほどである。
(あっ、夕べの人! ほんとに近衛騎士だったんだ!)
(あそこの綺麗な髪のメイドさん、殴られてた子だろう? もう大丈夫なのかな)
住民達は誘拐されていたとは思えない出で立ちに嘆息し、毛氈の上を歩んだ王女は頭を垂れているタッシュの前で足を止める。
「赤髭亭店主及び従業員、面をあげよ」
リョウの声に三人が顔を上げると、一度かがみ込み、タッシュの手を取って立ち上がらせたシスティーナは今日までありがとうと礼を述べた。
「あなたたちの協力に感謝します」
「もったいないお言葉、恐悦至極にございます」
(これからしばらく大変そうね。この際だからロナを正式に雇ったらどう?)
(ええ、そのつもりです)
他には聞こえない囁きに答えたタッシュは、もう一度手を握ってくれた王女に深々と頭を下げて再び膝をつく。
内々の別れはすでに済ませてあった。
村の復興を目指すというセラスをリョウは応援し、初耳だったタッシュも頑張りなさいと時が来たら快く送り出すことを約束したのだ。
◇
「ロナも今日までありがとう。落ち着いたら、必ずテンペの貧民対策に力を入れるから」
「いいいいえ、そんな! 姫しゃま、どうかお気になさらじゅ!」
「王女様、復権が成るよう心よりお祈り申しあげます。フォレスト様にもご武運がありますように。リョウさん、いろいろと本当にありがとうございました。えっと……」
言い悩むセラスは勉強が一段落したらギュメレリーを離れるつもりであり、革命返しが成功したら王都から離れる余裕などなさそうな彼らと今後会う機会はなさそうだ。
名残惜しいが別れを言うべきかと迷っていると、気づいたリョウは微笑んで首を振る。
「セラス。出会いはいつだって偶然の風の中だから、再会を願うのならさよならはいらない。またどこかで会おう」
「は、はいっ! また会いましょう!」
なんて気障な、と思ったけれど。
絆を未来へ繋げる言葉がとても嬉しかった。
距離は離れても繋がっているというその気持ちが心を温かくしてくれた。
「セラスさんもダンセニア村の復興頑張って。私にできることがあったら連絡してくれてかまわないから」
「そ、そんな! 王女様に頼みごとなんて!」
さようならと別れるより素敵ねとシスティーナが微笑むと、他国とは言え王族からの協力の申し出にセラスは大慌てになってしまったが。
彼女らも、何年もあとこの縁がダンセニア村のためになり、周りまわってギュメレリー王国のためになるとは夢にも思わなかっただろう。
「良い言葉だな。冒険者の風習か?」
「ワハハハハ、『また組もう』と言われるのは腕の立つ証拠じゃよ」
感心するギルガメシュにそんなに甘くないわいと笑ったタッシュは、精魂尽き果てて向こうのテーブルに突っ伏している仕立屋の職人達を横目で見ながら声を落とした。
「リョウ君、預かっていた金の残りじゃが」
「ああ、そのまま受け取ってください。このあともラピスがお世話になりますし、いろいろとご協力いただきましたので」
「……しかし、まだほとんど残っているぞ?」
何となくそう言われる気がしていた主人もだいぶ染まってしまったようである。
別にいまも食うに困るわけではなく、身体が動く限りは続けようと思っている商売なのだ。
いきなり大金が転がり込んできたところで引退する気にはなれず、贅沢をする気にもなれず、彼が宝物庫を見つけたときもこんな気分だったのかと考えてしまう。
「西方騎士団にもお願いしてあるので今更ここに危険が及ぶようなことはないと思いますが、念のため腕利きの護衛を雇ってくれても構いませんし―――」
そこでロナと話している背中をちらりと見た彼は、先駆けるものも必要でしょうと主人にだけ囁いた。
「―――セラスに持たせてくれても構いません。俺の荷物で眠らせておくより、彼女に使ってもらった方がよほど有意義です」
「なるほど」
そう言うことなら預かろうとタッシュも快諾し、当面の活動資金という一番の悩みどころは復興が始まる前から解決されてしまうことになるのだった。
◇
畏まる西方騎士団に頷いたあと片手をリョウに預け、立ち上がったラピスにドレスの裾を持ち上げさせた王女はしゃなりと馬車に乗り込んだ。
御者に一礼したラピスも一つ前の列に乗り込んだので、扉を閉じたリョウが高らかに宣言する。
「これより執務館へ向かう! 周辺の警戒と案内は西方騎士団に任せる!」
「「はっ!!」」
手早く緋毛氈と踏み台を回収した御者が手綱を握り、立ち上がった騎士や魔術師たちもそれぞれの騎馬に跨がった。
先頭の護衛に旗竿が渡されて国旗が翻る。
結構な重さになると言うのに、片手で手綱を操る騎士の動作が見ている者に安定感を感じさせるのはしっかり訓練を積んでいるからのようだ。
最後に二人の近衛騎士が用意されていた馬に跨がって馬車の左右につくと、周囲を見回した副団長が出発の号令を下す。
「今こそ西方騎士団の忠誠を示すときである! 各員は一層奮励努力せよ! 出発!」
騒ぎを聞きつけた住民が増え続ける街路を馬車は進んでいった。
弾力性に富みながらも耐磨耗性に優れた怪物の革を車輪に巻いているだけあって、石畳での走りも滑らかで普通の馬車に比べて揺れや騒音の少ない車内には表の声が良く届く。
「姫さまーっ!」
「システィーナさまーっ!!」
「すごい盛り上がりですね」
カーテンの隙間からラピスが覗き見てみれば、非番の騎士や衛兵までかり出しているだけあって通り道が塞がれていたり立ち見の者は居らず、平民はもちろん野次馬の冒険者や馬車を降りた貴族も揃って膝をついていた。
「二人とも若いのに立派な騎士さんだねぇ」
「なんだあの剣! 銘のある聖剣とか異界産物か!?」
「ぜんぜん野菜じゃないじゃん」
「誘拐犯だなんてとんだデマだったな」
「お母さん! 姫様、これからお城を取り戻すの!?」
「きっとそうよ。悪い奴をみーんな退治してくれるのよ」
凱旋のように堂々と馬を駆る二人の近衛騎士は崖っぷちに追いつめられている悲壮感など感じさせず、ばらまかれた噂との相乗効果でどんどん歓声は大きくなっている。
その一方では、背中に冷や汗をかく王女がふうと息を吐き出していた。
夕べ西方騎士団や盗賊ギルドに根回ししてきたリョウは補佐官の人となりを聞いて、君の口から自信満々に話した方が効果がありそうだと説明役にシスティーナを指名したのである。
「……緊張するわ」
王族としての振る舞いは身体に染み着いているとはいえ、すべて作戦通りと思わせるには演技力や臨機応変な受け答えも要求される。
時限性や見せ札として何を開示するかについてはリョウと認識合わせをしてあるものの、基本好きに言ってくれて構わないと任された彼女は今の今になっても書き写した情報を読み込む羽目になっていた。
「吹き散らして負けたら亡国のほら吹き王女として大陸史に名が残っちゃうね」
「ご安心ください。リョウ様が居られれば王女様の勝利は揺るぎません」
あるいは、立場を忘れてラピスのように心酔してしまえばいいのかも知れない。
そのためにも雑魚相手ではまったく分からなかった彼の強さを、どこかで実感したいと思ってしまった王女の要望はわずか数日の内に実現してしまうことになるのだが。
「よしっ! せいぜい余裕ぶらせてもらいますか!」
ともあれ、古典の時代から見ても希有な逆転劇の幕はこうして上がったのである。
いつも読んでくださってありがとうございます(´・ω・`)




