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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第八節 選択⑨

【鬱回を飛ばしてきた人向けのあらすじ】

 運悪く王都を出るときに見つかってしまい、ダミアン達に先回りされてしまったラピス。

 汚点続きのダミアン達はリョウ達や第一騎士団の情報を吐かせようと暴行を加えるが、彼女は決して口を割ろうとはしなかった。 


 あまりにもひどい拷問に住民や、駅馬車で一緒だった護衛の冒険者、多少は王都の事情を察している西方騎士団が目を背ける中、いつかの鼻男達の行為はますます激しくなっていく。

 セラスが走り去ってからまだそれほど経っていない。

 しかし、見るに堪えない住民たちには長く苦しい時間だった。


(誰か! 誰か、あの子を助けてあげて!)


 拷問を大衆の面前で行うことがどう言う意味を持つか、ダミアンに考えがあったかはわからない。

  

 ただ、値するような明確な大罪を犯した者ならともかく、なにをしたのかも分からぬ少女が一方的に痛めつけられている。

 ましてや無抵抗な相手を大人数で囲んでいるのが見た目も怪しい愚連隊ともなれば、制式装備の騎士が混じっていたところで少しずつ反感が高まるのも不思議ではない。


 地面に倒れてぴくりとも動かない少女は素人目に生きているのかさえ分からないというのに、大鼻男は執拗に攻撃を加え続けている。

 涎を垂らす豚鼻男は手足を切り落として壷で飼いたいなどと常軌を逸した事ばかりを叫んでいる。


 恐怖と狂気、困惑と怒りが混濁して広場を覆い、息苦しささえ感じさせる重圧が人々にのし掛かっていた。


 逃げ出す者が増え始め、見物していた貴族の馬車も離れていこうと馬を返した、そのとき。


「おい、水ぶっかけろ水―――うっ!?」


 ゴウッと吹き荒れた突風が土埃を舞い上げた。


 それまでそよ風すら吹いていなかったため、不意を突かれたほとんどの者が目を閉じる中、有無を言わさぬ絶対者の命令が響きわたる。


「王族近衛騎士イグザートの名において命ず。王国民および滞在者を含め全員その場から動くな。動かなければ一切の危害を加えないことをシスティーナ王女および愛と美の女神に誓う」

「な、何者だっ!?」


 剣を地面に突き刺したズゴッという音に驚いて何とか涙目をこじ開けた者の声に答えはなく、いつの間にか円陣の中心に立っていた人影は倒れている少女のそばにしゃがみ込む。


「ラピス……!」


 そっと手を取ってみれば弱々しい脈拍が伝わってくる、まだかろうじて息はあるようだ。

 もし彼女の命が失われていたらその何倍、何十倍の報いが愚連隊に降りかかったかもしれないが、まだ間に合うはず。

 

「ひ、ひぇっ!?」


 ようやく視界が回復し、左手を魔法の道具入れホールディング・バッグに突っ込む少年を見つけて恐慌したのはダミアンだった。


 人垣と円陣に守られているはずの中央部、二メートルも離れていないすぐそこに殺気丸出しのリョウが出現したとあっては自然な反応であるのだが。

 先ほどまでの態度はどこへ行ったのか、暴れん坊の飛竜(ワイバーン)(ドラゴン)の前に座らされたかのように大人しくなってしまう。


「リ、リ、リョウ! 俺の目を奪ったリョウだぁ!」


 代わりに狂気の豚鼻男が動いた。

 ここであったが百年目、左目の恨みを晴らしてやるとばかりに、防具もなしにしゃがみ込む彼の真後ろから斬りかかろうと短剣に手をかけ―――た刹那、ぱんっと乾いた音をたてて首から上が消失する。


 瞬き一つの時間すらもったいないリョウは霊薬を取り出しながら右手を軽く振るい、生み出された衝撃波が男の頭部を粉砕したのだ。


「動くなと言ったはずだ」


 吐き捨てながらラピスを優しく抱き起こすと、数秒もしてから自分が死んだことを理解した死体が崩れ落ちる。


「―――み、見えなかった……」


 驚愕するように呟いたのはエリネドの仲間だ。

 目の良さには自信のあったと言うのに、黒髪の少年がいつ攻撃したのかよく分からなかったのだ。


 薄暗いことを加味してもここしばらくそんな経験の無かった弓士が隣を見ていれば、頬に冷や汗が伝わっているリーダーも同様の反応をしているので拙く見逃したと言うわけではない。


 人ひとり以上の存在感を放っている両手剣を鞘ごと地面に突き刺し、防具もなしに敵の目の前で少女に注意を向けていられる余裕といい、先ほどの体術といい、彼が一流を超える存在なのは疑うべくもないだろう。


 そのころになってやっと驚くことができたのは円陣の愚連隊やその外で見ていた西方騎士団、住民たちである。


 雷光のように現れた少年が正気だったとは思えない片目の男を倒した事も、王女の名が出たこともすべてが突然すぎて訳が分からない。


 ただ分かるのは、どうやら少女の味方らしいことと、動いてはならないと言う事だけだ。


(おい、どうする?)

(姫様に誓うと言う以上、俺たちは動くべきじゃない)


 しかも彼は契約を司る愛と美の女神にも誓う、と言ったのである。


 愚連隊に十二人だけ含まれていた正規の騎士たちは即座に傍観を決め込み、凄惨な光景に怖じ気付いていた荒くれ達も命が惜しいので背筋を伸ばして直立不動の体勢だ。


(いた! 本当にいたぞ!)

(姫様が隠れているのはダイアナかテンペじゃないかって団長は言っていたが、こっちだったのか!)


 逆に、団長からの連絡でうっすらと事情を感じ取っていた西方騎士団の者などは、とうとう希望が現れたと歓喜に拳を握りしめたほどである。


(まだ息がある! ならこの霊薬を飲ませれば―――!)


 最小限の犠牲―――あるいは報い―――でその場を掌握し、よけいな混乱を封じたリョウは左手の霊薬を飲ませようと瓶を口に近づける。


「てめぇ! いったいどこから現れやがった!?」


 そこに突然の登場を理解できなかった大鼻男が割り込んだので、両手の塞がっている彼は口で外した瓶の蓋を左手に持ちながら言った。


「喋るなという条件も追加する。お前達の耳障りな声をこれ以上聞かせたくない」


 先ほどまで恐怖と怒りに沈んでいた住民達の目の色も変わっている。

 動いても声を出すのも駄目なので歓声を上げたりはしていないが、顔を見合わせるその目は興奮と期待に輝いているほどだ。


(すげぇ! なんか強そうなのが現れたぞ!)

(近衛騎士っつったか!? ってかどこからどうやって現れた!?)


 もしも少女の味方が力任せに愚連隊を皆殺しにしていたら、それはそれで恐怖の対象になりえただろう。

 しかし颯爽と現れて圧倒的な強さを見せつけつつも、不要な殺戮はしない自制心を持ち、容赦しないときは自らの手が血に塗れる事も厭わぬあり方は、伝説にあるような英雄そのものだ。


「ラピス、ご主人様からの命令だ。霊薬を口に入れるからなんとしても飲み込んでくれ」


 意識は失われていようとも彼女なら、この言葉ならきっと届くと祈るように囁き、金色に発光する霊薬を口移しに流し込む。


 数秒の後。

 やはり意識は無いままだというのに喉がかすかに動いた。


「よくやった。お前は最高のメイドだよ」


 他にほめ言葉が見つからない。

 騎士でもない彼女の覚悟と忠誠心は、絶対に裏切ってはならない尊く一途な想いなのだと今更ながらに思い知らされた。


 その気持ちを受けていると感じるだけで体の奥底から燃えるような力が湧き上がる。

 システィーナがどんな道を選ぼうとも、絶対にラピスが平和に暮らせる国を取り戻さねばならない。


 命の炎が消えてしまう前に少女の全身が薬効の輝きに包まれると。

 高位の司祭職でも才能のある者にしか啓示されない『再生の奇跡(リジェネレーション)』と同等の効果をもたらす光が全身の打撲や骨折は当然、焼かれた顔や失われた歯すらも再生し、痛みも疲労も欠片すら残らない。


「……ご主人、様……? ああ、なんて…素敵な、夢………」


 ゆっくりと覚醒し、ぼんやりとした頭でご主人様の顔を見たラピスは最初、ご褒美過ぎる情景はきっと夢だと勘違いしてうっとり呟いてしまったが。


「……ラピスは最後、まで…………えっ、現実!? …えっ? あれ? えっ!?」


 薬効もあってはっきりしていく意識は現実であることを嫌でも実感させる。


 リョウの腕に抱かれていると知ったときの彼女の戸惑いようと言ったら、心配していた住民達が思わずにやにやしてしまうほどだった。


「再生の霊薬だと!? そんな豚にのませ―――」


 その霊薬があればこの鼻だって治るのに、と憤りの声を上げた口に霊薬の蓋が飛び込み、そのまま肉と頭蓋を貫いて夜空に消えた。


 リイナを襲った時とは逆になるが、彼が放つ拳とは、指弾とは、本来これほどの威力を持つのである。


「喋るなと追加したはずだ」


 ラピスを侮辱しようとした口はそれ以上言葉を発せず、ぐるんと白目を剥いた男が倒れ込んだところで裁きの理由を告げたリョウはゆっくりと立ち上がる。


「あ、あ、あ……」


 振り返ってみれば震えるダミアンはすでに失禁していた。

 湯気を立てる下半身の感覚もないのか、定まらない視線で左右の死体を見比べている。


 だが、ラピスを救うことができた今、リョウにとってこの男に価値はない。

 人質にする意味もないし、逆らえば反省を促す程度のものだ。


 王都の事も何日かかけて移動してきたこいつらから聞き出す必要はない、アマレットの情報の方が鮮度もよく確実だし第一騎士団についてはラピスから聞くことができるだろう。


「ダミアン。俺の質問に素直に答えれば、このまま立ち去ってやる。分からないことは分からないで良いが、嘘は許さない」


 だが、なにもなしに立ち去るのも違う気がしたのでそう言うと、刷り込まれた苦手意識と恐怖で意識を失いそうになっていたダミアンはがくがくと頷いた。


「ブライアン様達が処刑されたと言うのは本当か?」


 考え込んだ相手が口をぱくぱくさせているので、言葉が足りなかったなと反省したリョウはもう一度問い直す。


「ギルモア様やアントンもだが。死因は別で、政治利用目的で処刑したと発表したんじゃないのか?」


 すると、ダミアンが答えるより前にラピスが袖を掴んだ。


 なにか情報を持っているのかもしれないが、それを知られることは内通などこちらの手札を感づかせる事にもなりかねない。

 小さな手を覆うように手を重ねると、はっと気がついた少女は小さく頷き、大きな背中に隠れてダミアンから表情が見えないようにする。


「な、なんで死んだかはしらねぇ。ただ、親父は死体を磔にしておけと命令していた」


「フォートと桜花さんについて何か知っているか?」


「ル、ルースは一度も見てねぇし知らねぇ。葛葉は―――そうだ、ワール公が捕らえてると聞いた」

「捕らえている?」


「葛葉のジジイに対する人質、だと親父は言っていた」


 なるほど、とリョウは内心でつぶやいていた。

 ワール公が強引に主権を握る場合、共和制ならばと同調していた別派閥に対する牽制をどうするのかと思っていたのである。


 文官長である葛葉侯爵にとって桜花は遅くにできた一人娘であるし、角部屋を使わせろと言いこんできたことからして、表向きは女だてらに騎士なんぞになってしまった親不孝者と言いつつ溺愛しているのだろう。


「なぜラピスを追ってくることができた?」

「……町中で見かけたってタレコミがあった。駅馬車を洗ったら、テンペ行きに乗ったと」


「それは上に報告済みか?」

「してねえ。俺たちは第一の連中を捜索している事になってるはずだ」


 自分の失敗で第一騎士団の隠れ家まで見つかってしまったのではないかとラピスが震えているので、腕を回して抱き寄せたリョウは大丈夫だと背中をさすってやった。


 もし西方騎士団の駐屯地であるテンペに王女が潜伏しているとワール公が知ったならば、ダイアナ公への圧力が増しているはずだ。


 アマレットの情報にそのような動きはなかったし、第一騎士団の陽動も終息していないので本当にダミアン達は上に黙って出てきたのだろう。


「分かった。嘘を言っているとは感じられなかったのでこのまま俺は立ち去ろう」


 それを聴いて円陣から漏れた安堵のため息が、ほうっと大合唱になった。


「ただし、おまえ達は明日の日没まで一歩たりともここから離れるな。いいな?」

「め、飯とか、便所とかは……」


 町からの脱出を邪魔されたら面倒だと命令するリョウに、防寒具はあるものの丸一日近くも行動禁止は辛いとダミアンは言ったのだが。


「垂れ流すのは得意だろう? 一日食べなくても死にはしないだろうが、おまえ達の行いがよければ哀れに思った人たちがなにか恵んでくれるかもな」


 濡れて冷えた股間を横目で見ながら肩をすくめた彼は自分たちの行動を省みるんだなと笑い、これにはダミアンだけでなく愚連隊の面々も顔を青ざめさせてしまう。


 一方、第二騎士団とのやりとりが一段落したらしいと察した住人達はこのあとどうなるのかと固唾を飲んでいた。


 この場には西方騎士団も居るので彼らの出方が正式な対応になるだろうと、少年と固まっている騎士達に多くの視線が注がれている。


 すると。

 息を殺し、正体を隠して潜伏する時間はもう終わりとばかりに取り出した真紅のサーコートを羽織った彼は引き抜いた両手剣を背中に装備すると、ある程度事情に通じていそうな西方騎士団に向かって声を張り上げた。


「西方騎士団、集合!」

「「は、はいっ!!」」


 突如指名されて飛び上がった西方騎士団は反射的に駆け足で少年の前に整列したのだが、その様子に驚く一人が思い出したように言った。


「ありゃあ近衛騎士のサーコートだ!」

「えっ!? じゃあ、本当に誘拐犯なの!?」


「でもよぅ? どっちが悪もんなのか、オラもうわかんねぇよ」

「騎士達はどうすんだ……?」

「姫様は無事なのか?」


 事態が動き始めれば、ざわつく住民達にもどちらが逆賊なのか伝わっていくだろう。


 いや、今この場からそう分かるように振る舞わなければならない。

 大勢に対して必要なのは説明ではなく行動であり、後ろめたいことややましいことなど何一つないという態度なのだ。


「こちらもこれ以上テンペで事を荒立てたくない。明日の午前七時に執務館に行くので、住民達の混乱を防ぐと共に補佐官に待機するよう伝えてほしい」

「畏まりました!」


 やりとりが聞こえた住民達は朝っぱらから補佐官を呼びだして待たせるなんてと目を丸くするが、本来王族近衛騎士は補佐官はもとより、この町で一番偉い領主ですら早朝待機を命じられるほどの権限を持っている。


 ギュメレリー王国法によれば爵位の上げ下げは出来ないものの公的な役職を動かす権利はかなり強く、王位継承者の安全や立場を守るためならば領主を罷免して補佐官なりを後任に据えることすら出来るのだ。


 あえて人前で強権を振るい、サーコートが伊達ではないことを証明した彼は他に指示するべきはことなかったかとこれまで重ねてきた予測と対応を思い返して。


「また、今から五日の間テンペ魔法学院の転移施設を封鎖。王女の署名無き文書の送信を禁じる。これはすぐに取りかかってくれ」

「畏まりました!」


 王女がどのような道を選ぶとしても、動くならば補佐官や他の町への説明は必要になるだろう。


 その動きよりも早く王都に情報が流れるのは困るので、学院へ走っていく騎士を見送ったリョウは最後にもう一つと転がる死体を正しく埋葬するように言った。


「死体の処理も頼む。俺を恨むのはかまわないが、アンデッドになってテンペに迷惑をかけられたらたまらない」


 これには騎士達も苦笑いを浮かべながら了承の意を伝え、それでは明日七時にと答礼をした彼はラピスを抱き上げる。


「ひぁっ! リョウ様、なにを!?」


 真っ赤になって驚く少女には答えず、地面を蹴った少年はサーコートを翻して円陣と人垣の上を飛び越えると夜闇の中へ消えていき、残された者達は突然の退場を見送りながらただ嘆息したのだった。


             ◇


 屋根を蹴り、夜空を跳んで赤髭亭に向かう途中。


 腕に抱くラピスの体温を感じ、生きていることを再確認したリョウは本当に間に合って良かったと息を吐いてしまった。


 セラスの報告が単純にダミアン達がテンペに現れたと言う内容だけだったなら、相手の狙いを見極めようとして後手に回っていたかも知れない。


「よくテンペに居ると分かったな」

「は、はいっ! キンディ様がおそらくここだろうと……」


 血糊や泥にまみれた全身を恥じての事か、メイド故の事か。

 申し訳なさそうにもじもじとしている彼女を抱く腕に力を込めたリョウはもう一度、心からの言葉でねぎらった。


「よく頑張った。ラピスが俺のメイドで良かった」

「―――は、はい!!」


「みんなも心配してるだろう。急ぐからしっかり掴まってくれ」

「はいっ!」


 これ以上の喜びはありませんと満面の笑みを浮かべたラピスは、おずおずと手を伸ばしてたくましい首にすがりつく。


 細く小さな手は熱を帯び、心臓は早鐘のように脈打って、高揚で呼吸すら怪しくなってしまう彼女であったが決して力を緩めようとはしなかった。


 きっとこれは頑張ったご褒美なのだと。 

 今だけは良いのだと、夢のような時間を心に刻みつけるように。

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