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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第八節 選択⑧

【ご注意】

鬱展開、胸糞展開、残酷回です。


次話の前書きに簡単なあらすじを書いてありますので苦手な方、耐性のない方は一話飛ばすこともご検討ください。

 時間は少し戻る。

 赤髭亭のそばまでアマレットを送っていったセラスが南の広場に戻ってきてからしばし。


 ようやく本命を見つけだして肩の荷が降りた彼女が、そろそろ人通りも少なくなるし最終便の駅馬車が到着したら酒場に戻ろうと思ったときだった。


 急にあたりが騒がしくなったので何だろうと見回してみたら、町の中心につながる通りから松明を手にした武装集団が現れたのである。


(えっ、なに?)


 きちんと隊列を組んでいるのが二班十二人のみのために確実ではないが、六班三十六人からなる一小隊規模は居ると思われる。


 その後ろには西方騎士団に所属する騎士や衛兵も十名ほど続いているが、我が物顔で道の中央を歩く先頭集団がよほど気に入らないのか炎に照らされる表情が憮然としているのが見て取れた。


「止まれ!」


 かつての経験もあって本能的に物陰に隠れていたセラスは、先頭で声を出した赤髪の少年が二度と見たくないダミアンだったと知って硬直してしまう。


(やだ……! なんであいつがテンペに? 嫌だ、

せっかく自由になれたのに―――!)


 日常的に暴行を受け、洗脳まがいの言葉を浴びせられていた時の記憶、マッセ男爵家に囚われていた過去がじくりと体を締め付ける。


 震える足は今すぐにでもここを離れようと一歩目を踏み出していた、しかし。


 胸の奥底に焼き付けられていた解放されたときの記憶が、幸せを取り戻して欲しいという願いが彼女を呪縛から解き放つ。


(わ、私はもう奴隷じゃない! 光のあるところで幸せになれるように頑張るって約束したダンセニアのセラスだ!)


 幸い、集団の目的地は広場ではなかったようだ。

 そのまま南、町の出入り口へ向かっていくので暗がりに乗じて見張りを開始する。


(話し声が聞こえるといいけど……)


 きっとこんな時のために監視を依頼されたに違いない。

 目的がわかり次第報告に向かおうと様子を窺っていたら、ダミアンの後ろ、大鼻がねじ曲がっている男が大声で言った。


「いいかー!? 南からの駅馬車だ! 青い髪の女を徹底的に捜せッ!」

「へーい!」


「おいおい、何事だこりゃ?」

「迂闊に近づくなって!」


「なあ、いったい何事だよ?」


 突如現れた集団に町の住民や通りすがりの冒険者も緊張を露わにしている。


 一人が同行している西方騎士団の衛兵に尋ねると、口を尖らせた男は横目で連中を見ながら囁くように言った。

 彼の頬が赤いのはどうやら殴られたかららしく、東の入り口で一悶着あったらしい。


「王都からきた第二騎士団だ。反乱分子がテンペに向けて移動したとの情報を掴んだんたと」

「騎士団!? これが……?」


 装備もてんでばらばら、がやがやと私語だらけのやかましい男たちは痰を吐き捨てたり、たまたま見に来ていた町娘に嫌らしいことを言ったりと素行が最悪で、騎士団と言うより愚連隊そのものだ。


 頭の両側を刈り込み、たてがみのように髪を伸ばした者や虎の毛皮を羽織っている者、革鎧の肩当てに棘を生やした者などもおり、三分の一ほど混じっている制式装備の騎士たちは居心地が悪そうにしている。


 それから十五分ほどして。

 今日最後の八つの鐘に遅れること十分、ダイアナの町につながる街道から九人乗りの駅馬車がやってきて、入り口のすぐ外にある停留所の前にとまった。


「四、五、六班でかかれ!」


「おう!」

「ヒャッハーー!」


「うわ!? なんだおまえら!?」


 号令一発、駆け出した十八人に馬車を取り囲まれて御者の男は驚いた。

 護衛で中にいた冒険者らも無事に仕事が終わったと気を抜くなりの包囲網に戸惑ってしまう。


「ちょっと、やめなさいよ馬鹿! いまどき駅馬車に手を出すなんて正気なの!?」


 金切り声を上げた護衛の言うとおり、今では大陸法で守られている駅馬車に手を出す野盗などはかなり少なくなっている。


 乗っているのはだいたい平民で大した実入りはない上に怪物向けの護衛がいるし、そのときはうまく行っても駅馬車協会が面子にかけて叩き潰そうと高額賞金の広域手配をかけてくるため本当に割に合わないのだ。


「うるっせぇぇ! こちとら第二騎士団様よ! 文句は国に言いやがれ!」


 しかし国という後ろ盾を得ている荒くれ共は止まらず、乱暴に開かれた扉から護衛の三人が叩き出されてしまい、残りの六人のうち二人が下ろされたところで声が上がった。


「いたぞ! 青い髪の女だ!」


 むしり取られたショールの下から現れたのは青ではなく瑠璃色の髪。

 逃がすまいと腕を捕まれ前に引きずり出された少女は、第一騎士団と共に城を出たラピスだったのである。


 抵抗する素振りは見せず、かといって恐怖に震える様子もなく。

 ただ周りの男たちを一瞥した彼女を確認したダミアンは、ほんとに居やがったと満足げな笑みを浮かべた。


「くくっ、見つけたのはバルサ子爵の娘だったか。ツキのある女は良い、愛人の一人にしてやろう」


             ◇


 今はマッセ様攻略会となった、もとはリョウを狙っていた貴族令嬢がラピスを見つけたのはほんの偶然だった。


 夕暮れ時、また反乱軍と巡回していた第二騎士団との戦闘が発生したらしいので急ぎ帰ろうとしたところ、すれ違った馬車の荷台に座っていた者の、頭に被ったショールから覗いた特徴的な髪の色に見覚えがあったのである。


「―――今のは、瑠璃色の悪魔……?」


 俯いていて顔はよく見えなかったが、イグザート様の部屋の前で幾度となく立ちふさがった担当メイドに似ていたような気がした。


 第一騎士団とともに逃げた担当メイドたちも王都の中では反逆者として指名手配されており、第二騎士団は通報者に褒美を出すとしている。


 うまくすればダミアン様に取り入れると考えたバルサ子爵令嬢は、にんまり笑うと詰め所に馬車を急がせた。


 連絡を受けたダミアンは即座に王都すべての出入り口と駅馬車の停留所を洗い、その風体の少女がダイアナ経由テンペ行きの駅馬車に乗り込んだことを掴んだ、だが。


「おい、このことは誰にも言うんじゃねぇぞ」


 勘違いや空振りだった時はさすがに後がない。

 大した経験も実績も才能もない七光りの小僧が愚連隊を率いていれば当たり前なのだが、ダミアン部隊にこれと言った実績はなく、むしろ失敗だらけだったのである。


 フォレスト子爵家の者を取り逃がしたり、ティフィン女史を暴行死させたり、第一騎士団の陽動部隊を取り逃がしたり返り討ちにされたり。

 その他もろもろの失敗を挽回しようと周囲に黙って部隊を動かした結果、北回りの強行軍で大当たりを引き当てたと言うわけだ。


             ◇


「うほぉぉ! ツンツンのかわいこちゃんじゃねーか! 隊長さんよぉ、用が済んだら俺にくれよ!」

「おい待てよ! 今度は俺だ!」


「リ、リ、リイナちゃんじゃない! 殺そう!」

「独り占めしようとすんなよ! みんなでまわせばいいだろ!」


「だーっはっはっはっ! だから町をでる前に娼館に行けっていったろ、このサルどもが!」


 女っ気に縁のない男らは目をぎらつかせながら少女を取り囲むが、反乱後からよりどりみどりのダミアンは余裕の表情で盛った連中をたしなめる。


「慌てるな、事が終わればくれてやる。広場で円陣を組め」

「うっひょおおお!」


 歓声をあげる男に腕を引かれ広場に連行されるラピス。

 だが、その胸中にこれから自分の身に降りかかることへの恐れや密使として名乗りを上げた事への後悔は欠片もない。


(ご安心ください、リョウ様。この身が汚され、命を失おうとも。私は絶対にあなた様を裏切りません)


 そこにあったのは暴力や薄汚い欲望には決して砕けない意志。

 鋼の乙女の覚悟だったのである。


             ◇


 そのころには騒ぎを聞きつけた近辺の住民たちが次々に広場に現れ、愚連隊の様子を遠巻きに見つめていた。


「おい、何事だよ!?」

「第二騎士団が王都から逃げてきた反乱分子を捕らえにきたんたと」


「あれが騎士団だってぇ?」

「でも見ろよ、まだ若い娘さんじゃないか」


「お父様、何事でしょうか?」

「分からんがいい雰囲気ではないな。巻き込まれないうちに離れよう」


 貴族を乗せたほとんどの馬車はやっかいごとは勘弁とこの場から離れていったが、物好きのお嬢様や護衛の力量に自信のある子爵などは遠いところから様子を窺っており、野次馬の数はどんどん増え続けている。


 一方セラスはと言うと、諜報に向いた場所を探して移動中だった。


(ダミアンが来たって報告だけでも良いのかもしれない、だけど……)


 速やかに撤収して報告を急ぐ選択肢もある、しかし。

 単なる勘なのだが、彼の判断を狂わせないためにあの少女が何者なのかも調べた方がいいと感じたのだ。



「ふん。まさか待ち伏せされているなんて思わなかっただろう」


 第一騎士団の潜伏先や王女たちの逃亡先を吐かせれば大殊勲だと、もう勝ったつもりのダミアンは居丈高に言った。

 しかし、まっすぐに立つラピスは反応を示さない。


「おい、なんとか言えよ。素直に吐けば痛い目に遭わなくてすむぞ」

「……………」


 もともと家名とポールの役職により過大過ぎた自己評価をリョウとギルガメシュによってへし折られ、逆恨みを募らせていたガキ大将である。


 反乱で親の七光りを倍増させて部隊を率い、周囲からは常にご機嫌を取られ、貴族の令嬢からちやほやされるようになって醜く歪に増大した自意識は、何の力もない小娘の無視を許さなかった。


「なんとか言えってんだよ! 殺されたいのか!?」


 全く手加減のない、本気の平手打ちが振るわれて広場に鈍い音が響く。

 だが、弾かれた上半身をゆっくりと戻したラピスの表情は変わらないままだ。


 平手打ちと言っても、金属の篭手を付けての一撃は大の大人だって悲鳴を上げてもおかしくない。

 その証拠に殴られた頬は赤黒く変色し始めていると言うのに。


「おい大将、俺にやらせろよ!」


 ダミアンが答えるより早く、たまんねぇぜと嗜虐の表情を浮かべた大鼻男が前に出る。


 氷のような眼差しに興奮した男は手加減なしの拳を振り下ろし、鈍い音が夜空に吸い込まれて鮮血が散った。


 大きな血管が破けたのだろう。

 ふらつきながらも立ち上がったラピスは異常なほど鼻血を垂らしているが、それでも反応を示さない。


「はっはっはっ! 良いな、最高だ!」


 彼女の忠誠心に敵対するかのごとく狂気が膨れ上がった。


 もとより嗜虐的性癖をこじらせて、暴力と欲望のみで生きてきた輩である。

 王都でもこうして大勢を傷つけ、その中にはティフィン女史も含まれていた。


 繰り返すことでより強い刺激を、興奮を求めるように肥大化した狂気は今や気位の高い女や性根の座った女の心をへし折り、泣き叫ぶ相手を犯す事に喜びを感じるケダモノと化している。


「そらっ! おらっ! どこまで耐えられるか見せてみろよ!」

「……ケッ。口を割らないお前が悪いんだぞ」


 恍惚とした笑みを浮かべる大鼻男はどんな悲鳴を上げるのかと期待と股間を膨らませながら鉄拳を顔に二度、腹に三度埋め込み、ダミアンはその様子をただ愉快そうに見つめるだけだ。


「イッヒヒヒ! 寝ちゃ駄目だよぉ!」


 吹き飛ばされる度に豚鼻男が無理矢理に立ち上がらせ、また拳が振り下ろされる。

 たまらず倒れ込むラピスの横顔を鉄板入りの軍靴が蹴り飛ばし、ぱくんと乾いた音を立てて首をねじ曲げた少女は折れた歯をまき散らしながら地面に転がった。



(どうしよう、どうしよう! リョウさんに知らせれば助けてくれるかも! でも―――!)


 円陣の外では見てられないと顔を背けたセラスが葛藤し、あまりの残虐さに住民たちの怒りも膨れ上がっていた。


「あそこまでしなくたっていいだろうに!」

「ひでぇ……あれが騎士のすることかよ……」


 その声にうつむき、目を背ける西方騎士団の面々のすぐ側で、冒険者たちも拳を震わせている。


「ねぇエリネド! 助けてあげないの!?」

「反乱分子には見えなかったがな」


 杖を握りしめる魔法使いの少女と隣の弓士に問われ、騎士団と事を構えるのはと迷うのは、きな臭い王都からの脱出がてら駅馬車の護衛をしてきたエリネドだった。


 王都からここまでの移動を共にしたあの少女は好事家の依頼でテンペに珍しい苗木を仕入れにいく花屋だと言い、野営の時も率先して働き、他の乗客にも気を配るような良い娘だったのである。


「しかし……!」


 近く魔導師に昇格すると思われる魔法使い、一つだけとは言え匠位の弓技を修得した弓士、そして一流と自負する剣士の三人ならば、あの小隊を相手に少女を助けることはできるだろう。


 しかし冒険者は町中のいざこざに関わらない、騎士や衛兵に対応を任せるという不文律に反することになる上に、相手はこの国を牛耳ろうとしている第二騎士団だ。


 迷うエリネドが周囲を見渡せば、広場には他にも騒ぎを聞きつけた冒険者とおぼしき集団がいるものの自分たちと同じように動けないでいるようだった。


(無理だ……! 私たちはただの冒険者だぞ!)


 この場を切り抜けたところで神殿に駆け込むことは出来ず、かといって仲間に司祭はおらず、虎の子の霊薬を使ったところで得られるのは自己満足だけなのに、家族でも仲間でもない少女一人を助ける為に一国を相手にする事が出来るのか。


 その問いにはいと答えられる冒険者など常識的には居るはずがなく、彼らを責めるのは筋違いというものだ。


 だが救いの手がなければ少女が死ぬまで絶望の宴は終わらないだろう。


「寝てんじゃねぇよ! 立てよ! 立てってんだよ!」


 血と土でどろどろの髪を掴んで無理矢理引きずりあげた大鼻男が逆の手で平手打ちを浴びせる。


 顔中が腫れ上がり、もうまともに瞼も開かない女がうめき声をあげたので手を離してみると、なんと自分の足で立ち続けるではないか。


 それで、単純な暴力では駄目だろうと考えた大鼻男は側に立っていた騎士に手を伸ばした。


「やり方を変えるか。おい、そいつをよこせ」

「えっ、なにを?」


 周りの騎士や荒くれ達も顔や眉をしかめている中、半ば奪い取るように振り上げられた松明がゴオッと燃えさかる音を響かせる。

 

「顔を焼くんだよ。これで折れなかった女なんかいねぇ」

「!」


 火は容易に人を傷つけ、命を奪う力だと知る者が恐れてなにがおかしいものか。


 ましてやラピスは女だ。

 女が、顔を焼かれる事に恐怖を感じて体を震わせる事に何の罪があろうか。


「お、いまビビったな。リョウのメイドなんてしょせんその程度か」


 それをめざとく見つけたダミアンがあざ笑い、相手への怒りではなく、揺らいだ自分を恥じたラピスは拳を震わせる。


「俺様は優しいから、第一の連中やリョウの居場所を話せばお前は逃がしてやるぞ」


 だが、忠誠を捨てろというダミアンに対して彼女の出した答えは明確だった。

 やるならやりなさいと顔を上げ、松明の前に進み出たのである。


「くそが! 殺すわけにはいかねぇって足下見てんのかてめぇ! さっさとリョウの居場所を吐けよ!」

「あの人、リョウさんの―――!」


 壮絶な覚悟を見せつけられた負け犬の遠吠えが広場に響きわたり、ようやく少女がリョウの関係者である事を知ったセラスは身を翻して赤髭亭へと走り出したのだが。


 その背に届いてしまったのだ。

 野次馬たちの悲鳴、息をのむ音、そして。


「―――ア゛ア゛ァァァァァーーーーーッ!!!!」


 それでも数秒は耐えた、少女の悲鳴が。

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