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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第一節 冒険者の少年と貴族の少年⑥

6/26 改行位置の調整をしました

2/12 推敲

 三人は九つの鐘が町中に響きわたるころに王城を訪れていた。


 また休暇にも関わらずブライアンは鎧を着込み帯剣していたが、部外者は武器を預けなければ入城できないため、少年達は揃って手ぶらである。


「おはようございます!」

「うむ、しっかりやってくれ」


 立場のある騎士が同行しているので速やかに手続きに移れるが、本来は通いの者や住み込みの者、御用達として認められている者など定期的、恒常的に用事がある者以外は通行証を発行してもらえず、事前の申請やそれなりの紹介状がなければ入れないのが王城だ。


 壕の外にある受付所でああだこうだとやっている魔法使いや、裏門に回される商人などを横目に許可証を受け取った二人は、待っていたブライアンと共に夜には上がってしまう跳ね橋を渡る。


「団長! おはようございます!」

「おはようございます、フォレスト子爵」

「おはようございます、今日も良い天気ですね」


 三方を城壁に囲まれた中庭を進む間にもすれ違う部下達が足を止め挨拶をしてくるほか、城内に入れば立ち番、巡回の騎士や衛兵のほかにメイド達まで笑顔で挨拶してくるので、良好な職場関係を感じたリョウは感心してしまった。


「すごいな、ブライアン様は人気者だ」


「ふふふ、そうだろう」

「メイドさん達まで事務的な挨拶じゃないものな」


「総務……侍女や執事、メイドとかを総括する部門だけど、そっちとの連携は重要らしい」

「連携?」


「騎士団も総務もおたがい大勢城に詰めてるから、きちんと意見を交わして問題点があれば改善しようって声をかけたんだそうだ」

「ふむ」


「それで王城警備担当の装備の手入れを見直したり浴場を作ったら、臭いの苦情がだいぶ減ったとか。宮廷魔術師長がセッケン復活を急いだのもそのあたりが背景にあるらしい」

「確かに鎧は蒸れるからなぁ」

 

 リョウは臭いを気にするため、体を保護するための綿入れをこまめに洗って干すしたまに買い換えている。


 人の何十倍もの嗅覚をもつ怪物や動物の場合は仕方がないが、少なくとも人を相手に身を隠しているのに、体臭で気づかれましたでは笑い話にもならないからだ。


 鎧も丸ごと洗っているため大丈夫なのだが、普通の鋼鉄の装備を使う者は錆を気にしてなかなか洗えなかったり、手入れで油を塗ったりと大変なのを知っていた。




 ―――板金鎧(プレート・メイル)でも関節部分や下地に革を使っている品はさらに手入れが大変で、臭いをごまかすための香草汁を塗ったり、乾燥させた花や香辛料を詰めた袋を携帯する者もいるが焼け石に水である。

 

 さらに、安物の綿入れなどは洗うたびに崩れたりほつれたりするため、血と汗と涙と泥と埃とその他もろもろが染み込んでいるのにそのままにしている者も少なくない。


 体温と夏の日差しで熱を持った鎧に温められて、おぞましい悪臭を放つ前衛職などは『鼻曲がりの』とか『腐敗臭の』といった不名誉な二つ名をつけられることもあるようだ。


 だいたいの傾向ではあるが、そう言った悩みがでるのは劣化、変質しやすい安物や量販品が中心で、錆びない魔鋼製品や強い魔法を付加されたものは手入れがしやすかったりそもそも汚れがつきにくい。


 世知辛い話だが、風呂同様に清潔さを維持するのにも金がかかるのである。


 そんな中、手入れをしやすく、綿入れを不要に、そして何よりも臭わずにという方向性を突き詰めた結果、防御力を犠牲に大胆に肌を露出させた女性向け鎧が生まれたという説もある―――というのは余談である。




 さて。

 もともとブライアンは剣の腕というより管理能力や人柄をかわれての第一騎士団長就任であり、その才能を遺憾なく発揮しての王都治安向上、陞爵なのである。


 別の派閥の貴族からは第一の団長殿は剣ではなくペンの方がお似合いだとか、事務処理にて最強などと揶揄する声もあったが、第一騎士団内だけでなく城内の侍女やメイド達からの人気も高い。


 これは彼女らを敵に回さず見下さず、良好な関係を築きましょうという妻エリアンヌの助言もあってのことだが、本来貴族と平民には立場にも権力にも意識にも大きな隔たりがあり、最初はそれなりに反発があった。


 衛兵はまだいいのだが、騎士爵を授爵し貴族の仲間入りを果たした元平民の騎士のなかには、昨日まで同じ平民だったメイドなどを見下して横柄な態度を取り出す者も少なくない。


 青き血、貴き血などとも呼ばれる生粋の上級貴族の足下にも及ばないとはとはいえ、特権階級への仲間入りというのは人を変えてしまうだけの魅力があるのだ。


 それを引き締めたのがブライアンだった。


 騎士は国王に忠誠を誓い、国王の資産を護るものである。

 国王の資産とは領土と国民にほかならないが、領土を護るのが剣ならば国民を守るのは何だ、と団長就任挨拶で騎士達に問いかけたのだ。


 当然、ほとんどの者が剣の腕ですと答えたが、彼はそれだけでは足りぬと続けた。


 我々は国民の命だけではなく、心の安寧を、毎日の生活を守らねばならない。

 国民の安定が国を富ませ、国王の資産を増やし、ギュメレリーはますます発展していくだろう。

 第一騎士団はそのために何ができるかを皆で考え、実行していこう―――と。


「諸君らは自分が騎士になる前に、不快な言動の騎士を見かけなかったか? ああはなるまいという気持ちを胸に抱かなかったか?」


 その言葉に多くの者がうつむき、そこから第一騎士団の意識改革が始まった。


 話を聞いた多くの貴族や他の騎士団は第一の活動を馬鹿にし、どうせうまく行くわけがないとあざ笑ったのだが。


 総務と連携し、切れ者と名高い侍女頭や情報通のメイド、貴族の奥様方に人気の高い執事たちと忌憚のない意見交換を行って少しずつあり方を変えていくと、それが城の者やアトゥムの住民に伝わり始めたのである。


「……なるほど、メイドさん達に人気があるのもわかる話だ」

「ただ、予算のやりくりが大変らしいけどな」


 いろいろやろうとするとお金が必要になり、財務を管理する主計が頭を悩ませているのだが、大臣が税率変更を提案しても国王が首を縦に振らないのだそうだ。


 第一騎士団の活動がアトゥムを活性化させ、人を呼び込み、税収に跳ね返ってくるのには長い時間がかかるが、国王はそれを待っているのではと母から聞いたことを話して聞かせる。


 貴族の奥方達とお茶会と言う名の情報交換会を繰り返し、時に助言をし、時に表に出ぬ噂などを手に入れてくるエリアンヌは、世が世なら有能な政治家として名を馳せていたのではなかろうか。


「言ってはなんだがうちで一番強いのは母上だ。父上も頭が上がらない」

「そんな雰囲気あるなぁ」


 そんな事を話しながら城内を行くと。

 

 休暇の団長が連れている二人にも視線が向けられ、父譲りの栗色の癖毛であるギルガメシュはああ、あれがという少し生暖かい目で見られてしまっていた。


「あれ団長? 今日は休暇のはずでは?」

「後ろを見ろよ、息子さんだぜ」

「ああ、あの残念な出来とかいう……」


 詰め所に行ったときのような居心地の悪さを感じるギルガメシュは、僕なんかより隣の方がよっぽど目立つじゃないかと思ったのだが。


 リョウは普段から『合わせ』の時のように自分の見た目能力を低下させ、目立たぬようにと気配を消し気味だったため、一人で視線を集めるはめになったようだ。


 と、さりげなく周囲を観察していた彼が小さく声をだした。


「……ん?」

「どうした」


「いや、なんか腕の立ちそうなメイドさんが居るなと」

「メイドが? どういうことだ?」


「さすがリョウには分かるか。だが機密だ、触れるでない」


 ギルガメシュは気のせいじゃないかと疑ったのだが、二人のやり取りを聞いたブライアンが知らぬ存ぜぬで通せと小声で囁いてくる。


「わ、分かりました父上」

(護国三家のお庭番みたいなものだろうか)


 その圧力に、やはり城となるといろいろあるのだなとギルガメシュはかくかく頷き、リョウはかつて対峙した三神の暗部を思い出してしまうが。


「―――!」


 こちらに気がついて頬を染めたそのメイドは、髪が乱れていないかと右手で手櫛をし、左手でほこりを払うようメイド服をぱたぱたと叩いてから深々と頭を下げる。


 ブライアンも少し微笑みながら手で答えており、それが他の者への反応とは異なるものだったので、少なくとも暗殺や諜報を目的とした後ろ暗い存在ではなさそうだなと思った。


「二人とも、こっちだ」

 

 中央の大通路を左へと曲がり、訓練場のある西棟へ行くための渡り廊下に差し掛かろうとしたときだった。 


 不意に、悪意を感じさせる声がブライアンを呼び止めたのである。


「おやぁ? これはこれは、フォレスト子爵ではないか」


 甲高いと言うかなんというか、非常に耳障りでキイキイとした声の主をよく知っているブライアンは、面倒なのに見つかったとため息を吐き、二秒ほど無視して行くかどうか悩んでから、本当に仕方なく振り返る。


「……マッセ男爵」

「ご子息を連れて見学会ですかな? せっかくの休暇だというのに余裕のないことだ」


 そう言ってちょび髭をつまんだ中年の後ろ、赤い髪を短く刈り上げた少年に気づいたギルガメシュの顔色が悪くなった。


 ニヤニヤと笑う相手と、だんだん視線が下がってしまうギルガメシュはどうやら顔見知りらしい。


 しかし良好な関係じゃなさそうだと察知したリョウはとりあえず、さらに空気に溶け込みながら周りの出方を見極めることにする。


「かく言う卿は、大臣詣での帰りと見受けられる」

「なぜワール公が出てくるのであろう?」


「出てきて不思議はあるまい。卿と公は大層仲が良いと評判ではないか」

「ふん。耳ざといのは間者気取りの奥方の影響かね」


 男は自分のことを棚に上げ、演技がかった様子で肩をすくめたが、国内中央地域の外敵対応担当である第二騎士団団長ポール=C=マッセ男爵が大臣であるマルコス=G=ワール公爵の腰巾着だというのは城内の常識であり、親衛騎士団長や宮廷魔導師長の派閥であるブライアンとはお世辞にも良い関係とは言えなかった。


 正直相手にしたくないのだが、ポールは個人的にも事あるごとに絡んでくる厄介者で、同期入団の二人の間には殺気とも言える妙な気配が漂っている。


「あのちょび髭は?」

「マッセ男爵、第二の団長だ。父上の同期らしいが、差を付けられてかなり悔しかったらしく、いつも足を引っ張ろうとしていると母上が言っていた」


 肘で軽くつついてきたリョウにそっと囁き返したギルガメシュはもう、完全に床を見る形でうつむいてしまっている。


「あそこにいるの、うちの団長とヒゲ男爵だよな」

「またか。ヒゲ男爵も飽きないよな」

「さきに子爵になられたのがよほどしゃくにさわったんだろう」


 火花を散らす両家のやり取りに気づいてか、足を止めて遠巻きにみている者が増えたのを見計らったポールは、ギルガメシュの髪をちらりと見てから声高に言った。


「そう言えば昨日町で妙な噂を耳にした! なんでも栗髪の少年が冒険者に絡んで抜剣騒ぎを起こしたとか! 王都警備の第一騎士団長殿は当っ然っ! ご存じでしょうなぁ!?」

「!」


 弾かれたように顔を上げたギルガメシュは悔しさに唇を噛んだ。


 しかし、昨日のことは自分の未熟が招いたと分かっているから、ただ拳を震わせることしかできない。


 また、昨日の今日で情報を握られているとは思わなかったブライアンも、息子を王城に連れてきてしまった己のうかつさを呪った。


「卿は何が言いたい」


「そこに居合わせたのがどこの馬の骨とも分からぬ出来損ないではなく、この私の息子だったならば冒険者ごときに後れを取らなかっただろうと言うことだ。そう言えば卿とは初めてだったかな? 紹介しよう、一人息子のダミアンだよ」


「ダミアン=K=マッセです」


 ちょいちょいと指先で合図された少年が一歩前に出て形だけ頭を下げたのだが、父親がキイキイと軋むような声ならば、息子は息子で粘つく不快な声だった。


 細身のポールと異なり、リョウほどでもないにせよがっしりとした体格をしている。


 頭頂部が薄くなった茶髪とも色が違うため、本当の父子なのか疑わしいと囁く声もあるほどだ。


「卒業式ぶりだな、ギルガメシュ」

「あ、ああ……」


 二人は貴族学級で同学年であり、ギルガメシュは何年ものあいだダミアンとその一派に馬鹿にされ続けていた。


 しかも、出来損ないという蔑称を言い出して広めたのも、口を半開きにしてニヤついているこの少年なのである。


 刻み込まれた苦手意識や運動ではまったくかなわなかった劣等感で身動きが取れないでいると、にやりと笑ったポールが渡り廊下と彼らとを見比べて大仰に手を広げた。


「ちょうど我々も鍛錬の間へ向かうところでね。そうだ、息子同士に試合をさせるというのはどうかね。募集試験の前哨戦というやつだよ」


「いや、それは……」

「それとも無才を自覚させるのが怖いかね―――おっと、これは失礼。ワハハハ」


 息子を標的にされて、人間のできたブライアンもさすがに言葉を詰まらせていた。


 もちろん彼はギルガメシュが貴族学級でダミアン達から執拗に攻撃されていたのを知っているし、今の顔色を見ればまだ苦手意識を持っているのも分かる。


 分が悪いのは確かだが、周辺では知り合いの貴族や部下達、メイドなどが自分達を取り巻いており、主導権が奪われたまま無視して立ち去るわけにも行かなかった。


 最悪、自分が情けないと思われるのは構わない。


 人の噂など長続きしないものだし、仕事っぷりでいくらでも挽回してみせる。


 だが、親同士の戦いでも負けたと息子に思われるのだけは避けねばならなかった。


 ここで引いたらギルガメシュは一生苦い記憶を抱えて生きていく事になるだろうから。


(ククク……さぁ、どう出る?)


 対照的に、ポールは口角を釣り上げ余裕の笑みを浮かべていた。


 大勢の前で自分が上なのだと見せつけるのもよし。

 かっとなったフォレスト親子が誘いに乗ってくるのもよし。


 どう転ぼうとも負けはないとほくそ笑み、棒をしごくように手を動かしながらとどめの一言を放つ。


「それとも卿は、息子にペンの握りかたしか教えていないのかね」

「―――ッ!」


 自分の事はいくら蔑んでも構わない、出来損ないなのも騒ぎを起こしたのも事実なのだから。


 だが、尊敬する父親を馬鹿にされることだけは我慢ならなかったギルガメシュが口を開きかけた瞬間、彼の視線を遮るように前に出たリョウがさらりと言った。


「あの、ブライアン様。この程度の未熟者と、試験のために特訓を重ねてきたギルを戦わせても時間の無駄だと思います。むしろ下手くそすぎて悪影響が出るのでは?」


「アァ!? 誰が未熟者だって!? っていうか誰だお前!!」


 でかい口をと憤るダミアンも、ぴくりと髭を動かしたポールも、騎士もメイドも、今まで目に入らなかった三人目が突如口を開いたので、そう言えばもう一人居たんだったと彼を見る。


「構って君がお遊戯会をしたいというのであれば、今日は私がダンスの相手を務めますが、いかがでしょう?」

「構ってじゃねぇ!! おい! 聞いてんのか!?」


「あ、カマセ君か。これは失礼」

「カマセでもねぇ! K=マッセだ!」


 ぶち殺すぞ平民、と言わんばかりのダミアンは憐憫の視線を向けられ目を剥いていた。


 なにしろ今まで同世代にこんな態度を許したことはない。


 町でも気に入らない平民は暴力や貴族の権威で黙らせてきたし、学級でも教師に金を握らせ、ほかの貴族の子らを従え、一大派閥を築いてやりたい放題してきたのだ。


「ですが、このままお父上が言われるように試合となると、噛ませ犬になってしまうと思うのですが」

「誰が噛ませ犬だ!」


 けれど。

 小さな子供のわがままにつきあう大人のような、仕方ないですねという苦笑を浮かべている相手は自分の威圧を意にも介しておらず、それがますますダミアンを苛つかせる。


 簡単に沸騰してしまった彼の気持ちも少しは理解できなくもない。


 階級が絶対の指標である貴族社会においては実力を隠す意味などない。

 貴族同士の戦いとは基本、肩書きと派閥で殴り合うものだからだ。


 それがどうしてもかなわない場合は決闘で決着を付けることもあるが、どちらにせよ、ダミアンがこれまで王を気取っていた猿山にはこのような異分子が居なかったため、煽り耐性が皆無だったのである。


「……まぁ、そうですね。どうしてもと言うのであれば募集の試合で遊んでやれば良いのでは? ああでも、余裕の雑魚を意図的に選んだと言われてしまうかも知れませんね」


 ブライアンもギルガメシュも、真面目で礼儀正しい奴だと思っていたリョウの見知らぬ一面に完全に毒気を抜かれていた。


 普段の彼が素なのは疑う余地もないが、慇懃無礼な演技をこなせるのもまた、冒険者ゆえの強かさに違いない。


(彼はこの場を引き受けてくれようとしている。問題の先送りかも知れんが乗るしかない)


 この場の対戦を避けたいブライアンは最初から、ダミアンがギルガメシュよりもよほど強いことを見て取っていた。


 事実、ポールが作戦の根幹とするだけあって町中の同世代で考えれば五指に入る、ある程度なら相手の力量を感じられるレベルのはずだ。


「お前! 口だけじゃないって証明できるか!?」

「ええ、ダンスなら一通り踊れます」


 だが先にも触れたとおり、肩をすくめたリョウは普段から自分の見た目能力を著しく低下させている。


 貴族や獣、魔族の世界とかなら上位者であることを見せつけることはとても有効だが、なにも強さをひけらかすだけが交渉ごとではないし、冒険者の場合はその強さが厄介ごとを呼び込むことの方が多くなるからだ。


 ただ、その欺瞞を看破できない者からすれば初見殺しなこと甚だしい。


 事情を知るものからすれば、この場は哀れな山猿の親子が竜のねぐらに踏み込もうとしているようにも見えただろう―――が。


 残念ながら、マッセ親子は竜の尾を踏んでしまったことに気づけなかった。


 間者を放ったり盗賊ギルドに金を握らせてつねにフォレスト家を監視させているポールは、これまで登場していなかった少年に何か思い当たることはないかと髭をつまんでいたが。


(なるほど。出来損ないのために同年代の護衛を雇ったか)


 昨日の抜剣騒ぎ、そこに割り込んで酔っぱらいの相手をした黒髪の小僧がこいつだと思い至り、そのまま雇われたのだろうと考えた。


 無才を守る手としては悪くない、腕の立つ者を雇って身の回りにおく貴族は多いからだ。


 一流の冒険者を護衛や決闘代理人として囲うことが貴族としての箔になる部分もあり、たしか現フォレストの家令であるシーバス=チャンとやらも元はそれなりに腕の立つ冒険者だったと調べにはある。


 貴族のくせに門番を立てていないことも考えればそれは事実と判断すべきだろう。


「そやつが代理と言うことでよいのか」

「どうしてもと言うのであれば仕方がなかろう。喧嘩を売ってきたのは卿なのだからな、今更止めたでは済まぬぞ」


 小僧の実力は大したことはなさそうだが、まかり間違ってダミアンが負けたとしても、本番で目的を達成すればよいと考えたポール。


 息子の友人を当家のごたごたに巻き込んでしまったことに口惜しさを感じ、この助力に報いなければならぬと決意するブライアン。


 また二人の間にバチッ、と火花が散った。


「随分な大口を叩いたものだが、そやつの腕は確かなのだろうな。平民を仕立ててすぐに降参したら卿の名誉に傷がつくぞ」


「その言葉、卿に返らぬことを祈るといい」

「っ、ぬかせ!」


 何か刺さる部分があったのか、ポールは余裕綽々の表情を一変させ、代わりに獲物が増えたと残虐な光を目に宿すダミアンが言った。


「ただし、募集の時は私とギルガメシュが試合を出来るようにしてください」


「マッセ男爵の方が構わなければな」

「ほざけ。これは契約だぞ」


 ここには人目もあるし、おそらく断ったところでポールが手を回して実現してしまうだろう。


 ならば、と考えたブライアンはとある一つの希望を見いだしながらはっきりと頷き返す。

 これで逃げることはできなくなったが、逃がすこともなくなった。

 

「……決まりだな、行こう」


 もはや言葉も必要あるまいと打ち切った彼を先頭に五人が渡り廊下を歩き始めたので、休憩中だったとある騎士も続こうとしたのだが。

 くいくいと腕を引かれて見てみれば、羨ましそうなメイドたちからの情報収集指令が下った。


(マーカスさん! あとでどうなったか教えてくださいね!)

(私も聞きたいです!)

(じゃあ、今日の昼飯大盛りな!)


 第一騎士団第三小隊、第六班所属のマーカス=タウンゼンは承りました、と頷くと適切な報酬を要求して今度こそ渡り廊下を走っていき、残されたメイド達は口々にどうなるかを囁き合う。


「……どうなると思う?」

「私はあの黒髪の人が勝つと思うな! だってカマセ君より断然素敵だもん!」


「ぷっ! 赤猿の新しいあだ名、それに決定?」

「あー、私も私もあの人が勝つと思う!」


「……いっけない、そろそろ戻らないと怒られちゃう!」

「「「キャー!?」」」


 一人の声に飛び上がった彼女達。


 一瞬顔を見合わせるとお昼に食堂で、と頷き合ってそれぞれの方向へ散っていき、そしてその場には誰もいなくなった。

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