第八節 選択⑦
「あのー、ご無沙汰でーす……」
遠慮がちな小声に入り口を振り返ったタッシュであるが、ボサボサの髪に覆われてほとんど顔の見えない相手が誰なのか一瞬本気でわからなかった。
「……なんじゃい先生、酷い格好で」
「うん、まあ、ちょっといろいろありまして」
「まぁいいや、入んな」
普段なら追い返したかもしれないが、今だけは貧民だろうが薄汚い酔っぱらいだろうがすべて百周年を祝う客である。
しかもリョウの言う本命だったので逃がすものかと手招きすると、顔だけ覗かせていたアマレットは引き札をひらひらさせながら入ってきて酒場の中を見回した。
「スカンピンなんだけど、これがあればただで飲めるって聞きましてー。でも満席かなー?」
「一人ならここに座りな。上着はついたてにひっかけとくといい」
「はーい!」
タッシュが直角に曲がるカウンターの奥、以前は酒樽や木箱が積まれていた階段の裏側を指さすと、手を挙げて答えた彼女は三十路には少々無理のあるスキップでやってくる。
異臭のする上着を脱いだところでその一角と中央を仕切るようについたてが置かれ、わずかに喧騒が遠ざかった。
「えっへへへ、ただ酒ただ酒うっれしっいな~♪」
少し高めのスツールにぽんと飛び乗り、カウンターを両の手で叩きながら無料のエールを待っていると、忙しく動き回る銀髪の少女に出来立ての料理を渡したタッシュがやってきて言った。
「そういや先生。うちのセラスちゃんを可愛がってくれてるんだって?」
「うへへへ、セラスちゃんは見所あると思いますよー? 少し陰のあるきれいなお姉さんとして男子にも人気者ですよ、胸もおっきいしー」
本人か聞いたら赤面して立ち尽くしそうなことを平気で言うが、アマレットにお世辞を言っているつもりはない。
むしろ社交事例やらお世辞やら、貴族の世界では常識の会話術を含め、興味のなかった部分はほぼ残念な部類になるために良くも悪くも裏表がない。
幼少の頃から読書に傾倒し、大人になってからは酒に溺れて交友関係のほとんどない、子爵令嬢として社交界に参加するのを失敗しただけのことはあるのだが、それも彼女が生まれもっていた類い希な記憶力と想像力の影響が少なくなさそうだ。
「そのお礼っちゃなんだが、こいつはワシのおごりだ」
「おっ! オヤジさん話せる~! いやぁ持つべきものは優秀な生徒だねぇ―――」
さらに増えたただ酒に浮かれるアマレットは、何の疑問もなく目の前に出された琥珀色の液体を口に含み、そして硬直する。
「……!? ………!」
ぴんっ、と伸びた猫背と見開かれた両目が受けた衝撃を物語っていた。
危うく噴き出すところを酒好きの矜持で堪えたものの、驚きと美味さのあまり反射的に飲み込んでしまったのが心底もったいない。
後味や立ち上る優雅な芳香からして生半可な酒ではないのは確かで、真価を味わえない状態で飲んだのが酒に失礼とすら思えた。
「……うぉぉぉぉぉぉ……!!」
小刻みに震える彼女はそのまま二分ほど固まっていたのだが、突然ポケットから何かを取り出すと口に含み、かみ砕いてゴクリと飲み干した。
「~~~っっぱぁぁぁ……!」
どうやら食べたのは酒抜きの実とも呼ばれるケコの実だったようだ。
即効性で二日酔いにも効果があるが、一つでも美男崩壊、美人台無しに顔が歪むほど酸っぱい上にものすごく利尿作用があるため、スツールを降りた彼女はそのまま便所へと駆け込んでしまう。
その様子を見送ったタッシュは気配を消して隣に座っていたリョウと苦笑いを浮かべると、半分ほど残っているグラスの隣にブランデーの瓶を出しておいた。
便所の扉が閉じてから十分ほどして。
しばらくぶりに酒の抜けたアマレットは出てくるなり、喧噪の満ちる酒場を見回してやられたと呟いた。
(今の状況であえて人を集めている理由は……)
国王の葬式からまだ半月ほどしか経っていない上に、王都では反乱があって王女が誘拐されている。
先行きは不安、よくない噂と自粛の雰囲気が蔓延する町でこのお祭り騒ぎには違和感があったのだ。
誰かが作り出した状況に違いないと伸び放題の前髪の隙間から視線を走らせれば、居た。
あろうことか、自分が案内された隣に一人だけ空気の違う剣士が座っていたのである。
(うわっちゃあ。わたし、釣られてんじゃん!)
一応、黒髪の少年の前には飲み物の入ったグラスが置かれているものの手を着けられた様子はなく、ほかの客には見えないように体と壁の隙間に立てかけられている両手剣は素人でも分かるほどの業物だ。
最初、アマレットは国内の情報を集めていたために目を付けられたのだと考えた。
文官は特に、知識と情報は剣と魔法に勝る武器だと考えるため、ワール公側が知りすぎた自分を消しにきたのだと震えてしまう。
(けど、待てよ……?)
だがそれだと、主人から出された酒の意味が分からない。
彼女の舌と記憶が確かなら、あのブランデーは酒造が盛んなダンボルト王国が誇る銘柄の中でも通好みの逸品であり、こんな場末のおごりで出てきて良いものでは無いはずだ。
泥酔して馬鹿になった舌で味わうのは失礼だとケコの実まで食べてしまったが、冷静になって考えてみれば消したい女に銘酒を振る舞う意味はない、何か用事があって呼び出したと考えるべきだろう。
(殺されないのならまぁいっか。全部飲みたいもんね)
なので、今なら知らん顔して逃げることも可能だったが、まだ半分ほど残っている酒に釣られる形で席に戻ってしまう。
(……やっぱり。テールグレープの八十二年)
置かれていた瓶が思った通りの銘柄だったので、小さく咳払いをした彼女は探るように呟いた。
きっと向こうはこちらの出方を窺っているに違いない、最初のやりとりでお眼鏡にかなうかどうかを見極められると思ったのだ。
「……百周年記念としても、ちょっと不釣り合いなお酒だね。こんなのが出てくるなんて、特別良いことでもあったのかな?」
「王女誘拐犯でも捕まえたんじゃないですかね」
しれっとした返事に思わず天井を仰ぎ見る。
やがて肩の力を抜き、大きく息を吐いた彼女はこのやりとりが心底楽しみだとでも言わんばかりに口角を釣り上げてしまっていた。
「ふふふ、それはないよ。なぜならワール公はまだ躍起になって王女を探しているし、君もここにいるじゃないか」
左手でカウンターに頬杖をつき、ペンを持った右手で手帳に飛び交う噂話を書き留めていた相手もにやりと笑い、傑物同士のさぐり合いが始まった。
「では王女が見つかって城に戻った場合、ワール公は素直に退くでしょうか?」
「ワール公の発表がすべて事実であれば引かぬ道理はない。けどもし、そうでないのなら―――オヤジさん、水ください」
間を取るために手を挙げたアマレットは背筋を伸ばして答えを待つ少年と、自分たちを喧騒から切り分けているついたてとを見比べる。
「……正統継承者は目の上のたんこぶだよ。のこのこ現れたところで消され、罪は誘拐犯なりダイアナ公なりに着せて終わり、だね」
「俺もそう思います。正直、この軍事的簒奪ってもう成立してますよね?」
それは王都からの公式発表を根底から覆す、しかし現在ギュメレリーで一番の情報通であると言ってもよいアマレットにとっては至極納得のいく一言だった。
やはり親友は反乱分子などでは無かったのだ。
正統継承者の下でこの国の未来をよりよいものにしようと重責を背負う覚悟をした結果、既得権益や権力の喪失をおそれる者達の悪意に飲み込まれてしまったのだ。
しばしの沈黙のあと。
拳を震わせていた一人が、せっかくの機会なんだしもっと有意義な場にしないかと持ちかける。
「それを答える前に、なんでこんなことをしているか教えてもらえるかな? 知っていると思うけど私はアマレット=ディッサロニア、貴族崩れの教師だよ」
「俺は……ダイ=コン、とでも名乗っておきますか」
ぶうっ、と噴き出したのは二人のやりとりに耳をそばだてていたタッシュである。
階段横の掲示板には二人の手配書が張られていて、いやでも大根とジャガイモが目にはいるのだ。
「目的は情報集めですよ。ここまで成ったワール公の主権簒奪を、王女はひっくり返すことができるのか。あるいは、ギュメレリーを忘れて別の国に亡命するべきなのか」
その見極めをしたいんです、と言って琥珀色の液体に口をつけた彼は、システィーナが選べる道を可能な限り増やしたいと思っている。
(つまり王女の安全は確保できている。けど、情勢は悪く、方針を迷っていると言ったところか)
亡命か復権か。
大まかではあるが、瀬戸際に立つ彼らの状況を把握できたアマレットは久しぶりにすっきりした脳を全力で回転させる。
結論を出すために必要な情報はもとから揃っていた。
王女とワール公の立場が明確になった今なら、答えを出すのにそう時間はかからない。
「言いにくいけど。ほぼ成った、と考えるべきかな」
「正統な継承者が残っている、その一点を除いて?」
「うん。これを見てほしい」
そういって懐やあちこちのポケットからぐしゃぐしゃの束を取り出したアマレットは、紙やら羊皮紙やら木簡やらをカウンターに置いた。
「酒代といっちゃなんだけど。ティーちゃんの力が集めさせた情報だよ」
「これは……そうか、ティフィンさんが地方のことに詳しかったのは独自の情報網を持っていたからか」
一つ一つに素早く目を通し、重要な部分は手帳に書き写す少年がやはりティフィンのことを知っていた様子なので、目を閉じたアマレットは睫毛をわずかに震わせる。
「……反抗的な文官は反乱分子として粛正され、議会は掌握されている。軍事力は、もはや第二騎士団とはいえない巨大な集団。ハーヴ高司教および神殿はワール公より。魔法学院はぎりぎり中立ってとこだけど、もう王都に転移文書は送れない」
「ダイアナの町以外、地方は似たり寄ったりですね。やはり領主を抑えられるというのは辛いですか」
そのダイアナもワール公の圧力に今後どう転ぶか分からない。
領主も騎士も所詮国王に雇われた公務員であり、忠誠だけで腹は満たされないのだから仕方がないといえば仕方がないのだが。
血は血で大事だけど彼らの身分を保証できなければ国主に能わないのだとアマレットは頷いた。
「そうだね。次の支配者の覚えがめでたければ、引き続き立場と権力を維持できるかもしれない。……冷たいようだけど、二つ目から下は自分の生活を保証してくれれば一番上が誰だっていいんだよ」
「そして王都貴族のすり寄りもあからさま、と」
「少し前までは親衛騎士見習いのイグザート様を狙ってたってのに、手のひら返しすぎだよね。ダイ君もそう思うでしょぉー?」
第二騎士団長のマッセ男爵も陞爵が確実視されているそうで、ダミアンに近づくご令嬢の数も日に日に増えているそうだ。
からかうような、少し意地の悪い問いに苦笑いの少年はそうですねと頷きつつも読み込む速度は変わらない。
やがて。
忙しく資料を確認していた彼の手が止まったので、急に教師の顔になったアマレットはカウンターを指でつつきながら問いかける。
「で、ダイ君には王女が選べる道はいくつ見えた?」
彼女の答えは二つだった。
亡命か、ダイアナ領主とともにワール公こそが逆賊であると表明し、支持勢力を集めて復権か。
ただし後者の場合、勢力を集める時間と反比例に血の求心力は低下してロシュディ家の統治は長続きしないだろう。
そしてここまで傾いた力関係を対等以上に戻すには、かなりの時間が必要だ。
―――これは後に歴史学者や政治学者などが、見えている情報で常識的にという条件で検討した結果も概ね同様であることから、本当に歴史の天秤はワール公に傾いていたはずなのである。
ところが。
腕を組み目を閉じて考え込んでいた少年は、さらにもう一つの道があると言ってのけた。
「三つですね。亡命と、奪還後の退位と、もう一つ」
「……三つ目をきいてもいいかい」
いや、アマレットにも三つ目が王女の真なる復権だと予想はついていた。
ただそこに至るまでの筋道が、短時間に用意できる戦力のあてがどうしても見つからなかったのである。
「ただ教えるのはつまらないので、賭けをしませんか」
「賭け?」
「ええ。もし王女が三つ目を選び、成すことができたら。貴女はティフィンさんの後を継いで大臣になり、この国のために働いてくれませんか」
しばらくぽかんとしていたアマレットはやがて、心底おかしそうに笑った。
「あははははは、はははははっ! なかなかの無茶をいうね!」
じっと見つめてくる少年が至って本気のようなので、ひとしきり笑ってから視線を外した彼女は惚けるように肩をすくめる。
あまりにも雄弁で、黒曜石のような瞳の底が知れなくて、このまま向き合っていたら吸い込まれそうに思えたのだ。
「なるほど、私が見通せない道を成したら確かに負けだね。じゃあ、私が勝った場合は?」
「王女がほかの道を選んだら引き分け。復権が成らなかった場合は俺の負けということで、酒浸り本浸りのための資金を提供しましょう」
それは確かに彼女にとって人生を賭けるに値する対価であった。
魅力的な提案に微笑むアマレットはしかし、王女ではなく彼が勧誘する理由は何なのかと問いかける。
「大きく出たね。そんな剣を持っているからにはお金がないだろうなんて言わないけど、どうしてそんな条件を?」
そこで掛け金として高価な宝石がたくさん入っている革袋をカウンターに置いた彼は、中身を確認させてからそうですねと考えて。
「この国の人たちと未来を信じているから、です」
「ふふふ、言うねぇ」
漠然とした言葉であったが、なぜかアマレットはいたく気に入ってしまった。
読んだ本の内容はそらで言えるほど記憶力がよく、想像力が豊かで様々な事柄の先を見通せてしまうために毎日がつまらない。
だから常に新しい刺激として本を求めていて、自分が想像できないこと、未知のことに対する好奇心が強いせいかもしれない。
逆に同じことを繰り返すのが苦手で、形式ばった貴族の暮らしやただの文官に向いていないのは自分が一番よく分かっている。
そういう意味ではこの状態から王女が真に復権する道筋には興味をそそられたし、そのあとを支える大臣なんて、前例どころか類似例すらなくてどれほど問題が山積みになるか想像もつかなかった。
そしてなにより、自分の知識と常識の外に居るらしき少年が気になって仕方がないのと、ティフィンが見ようとした景色を知りたかった。
「おもしろいね。もし君が勝ったら大臣になってもいいよ。こんな貴族崩れが任命されるとは思えないけど」
「そこは禁酒をお願いしたいのですが……」
「えぇー? 禁酒は無理かな」
「なら俺も、賭けるのは読み放題だけにして飲み放題はやめますか」
痛いところを突かれてむぐぅ、とうなり声が漏れた。
酒が泉のように湧いてくる図書館を熱望していた彼女にとって、片方だけでは意味がない。
「た、たまには良いじゃない」
「身なりにも気を配るならいいですよ。二日酔いで仕事に差し支えるようなら無理矢理ケコの実を飲ませるよう、メイドに申しつけますがかまいませんね」
「ええええ。あれ、気が遠くなるぐらい酸っぱいんだよぉ」
「飲み過ぎなければいいんです」
「ああ言えばこういう。ティーちゃんみたいだなぁ君」
子供のように頬を膨らませるアマレットであるが、その目は楽しそうに笑っている。
結局、人付き合いは面倒くさいと言いつつティフィンと付き合っていられたのは、論文を誰かに送りつけるのをやめなかったのは、同じレベルで会話できる相手を求めていたからなのかもしれなかった。
「これはここの主人に預けておきますので、貴女が勝ったときは好きに使ってください」
「おー、太っ腹!」
「負けたときは支度金として準備を整え、城に来てくださいね」
「いやいやいや、支度金っていくら何でも多すぎるよ」
「余った分はこっそり国庫に放り込むか、予算が付けにくい施策に使ってください。俺の予想では、ワール公らはかなり国の金に手をつけているはずなので」
「あー、確かに」
それについてはアマレットも同感だった。
手勢を多数集めている奴らの無茶にはそれなりの金がかかっているはずで、それが公爵の私財のみで賄われているとは思えない。
あるいは大臣派の貴族からも徴収しているのかもしれないが、のちのち犠牲者に対する保証を出したり反抗的な者を追い出して新人を登用するのにも金がかかるはずだ。
ただそれを、個人が補填するのはどうなんだろうと思うのだが。
「ふふふ。本当に君はこの国の未来を信じているんだね」
アマレットはそう笑って残っていたブランデーを一気に飲み干すと、染み渡る灼熱感を追い出すように息を吐き席を立つ。
少年の切り開こうとする未来を味わってしまった今は、きっとどんな酒を飲んでも物足りないように感じたのだ。
その証拠に、先ほどは魂まで震えたブランデーの後味にも大した感銘や興奮を覚えなかった。
「おや先生、もうお帰りかい?」
「うん。せっかくのお酒もこの席じゃゆっくり味わえないし」
「そいつはすまんね、ワシも出資者にゃ逆らえないんだよハハハハ」
「いいよ。今度来たときはゆっくりさせてもらうから」
賭けの結果を楽しみに待ってるよ、と言い残して出て行った背中を見送っていたリョウは、残された紙束などに視線を戻してすごいなと呟いてしまう。
「……すごい人ってのはどこにでも居るもんだ」
ティフィン女史が素面の本気は凄まじいと言ったのも当然、自分がどんな力を持っているかを伝えていたならば、彼女も三つ目の道を見つけだしたことだろう。
「タッシュさん。時々これでお勧めの酒を差し入れてあげてください」
「リョウ君は優しいな。君を見抜けなかったのは先生の落ち度だろうに」
引っかけてしまった気のするリョウが掛け金とは別の革袋を取り出すと、すぐそこの厨房から出てきて両方を受け取った主人は、文字ばっかりの頭でっかちに人を見分けるのは難しいがなと笑った。
「これで目的は達成かい?」
「ええ、思わぬ大収穫でした。あとはいくつかの仮定を確認できれば―――」
なんとかできそうです、と言い掛けた彼の首筋をいやな予感が突き抜ける。
(この感覚!?)
「お、おい! どうした!?」
剣を掴んだ彼がカウンターを飛び越え表に飛び出していったので、タッシュだけでなく接客中だったロナや騒いでいた客らも何事だと振り返っていた。
いつもは首筋をなでられる程度しか感じないのに、まるで火花が散ったようだった。
あまりの剣幕に驚いた通りすがりに頭を下げつつ左右の街路を見渡すと、北へ遠ざかっていくアマレットの背中とは逆方向、南の方から走ってくるのは息を切らせたセラスではないか。
「大変、大変です!」
「どうした!?」
「南の広場に入ってきたダミアン達が、あなたの知り合いらしい女性を捕らえて―――ご、拷問を!」
「緊急事態の二で待機!」
「は、はい! 気を付けて、相手は大勢です!」
せっぱ詰まった言葉を聞くなり、表情を険しくしたリョウはそれだけを言い残して消えていた。
すぐ見えなくなった背中に叫んだセラスも酒場に飛び込み、タッシュへ合図をしながら階段を駆け上がる。
「失礼します! 緊急事態が発生しました!」
緊急事態の二なので、客を全員帰して隠れている二人がすぐ逃げられる体勢を整えねばならない。
ノックの返事を待たずに王女たちの部屋に入ると、俯いてベッドに座り込んでいたシスティーナと戸口に立っていたギルガメシュは不安そうに顔を見合わせた。
◇
「誰だ!? ―――いや、そんなことは関係ない!」
この町にくる自分の知り合いなんてアーレニウスからの使いとしか思えない。
重要な役割を担う密使がよりによってダミアン達に捕らえられたとなると、どんな酷いことをされてもおかしくないのだ。
「くそっ!」
あの感覚は護りたかった人を失ったときの予感に似ていた。
いやな記憶が蘇ってしまい、振り払うように頭を振った彼は町を駆け抜ける。
「何だ!? ……人だったのか?」
「きゃっ!?」
町ゆく人の目には何かの影としか映らないほどの猛烈な速度のまま地面から飛び上がり、魔法の明かりの灯る街灯のてっぺんを蹴って町並みの上に上がると、屋根づたいに広場までの最短距離を突き進む。
痛みを堪えるように胸を抑え、間に合え、間に合えと祈るような呟きを漏らしながら。
次回、一部胸糞残酷展開のためご注意ください。
苦手な方、耐性のない方は一話飛ばしたほうが良いかもしれません。
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