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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第八節 選択⑥

 リョウ達がテンペに来てから二週間がすぎた。


 落ち込むシスティーナとギルガメシュは少しずつ食事を取るようになったものの、会話はなく声をかけてもあまり反応がない。


 ただ、惚けていると言うより何かを考え込んでいるふうなのでリョウはそっとしておこうと言い、タッシュもそれに同意している。



 その間には幾度か補佐官からの情報公開があり、王都や近くの町から移動してきた旅人や隊商、冒険者も現れ始めたとあって噂話が入り乱れるテンペに混乱が広がっていた。


 混乱の背景にはおもしろおかしくでたらめを吹聴し場を混乱させて楽しむ者、噂話に尾鰭をつけてあらやだあらまあを繰り返すおばさん達など様々な要因があったが。

 一番大きいのはダイアナの町だけが王女誘拐犯の手配書を張り出さず、王都の状況についても住民に対して沈黙を保ったことだろう。


 西方騎士団は駐屯する町の領主および補佐官の意向に添うらしく、ダイアナだと個別の対応を行っていないがテンペでは入り口の検問に人を増やしている。


 ただあまり本気になっていないのか大根とジャガイモが通らないかを眺めているといった程度で、検問と言うより人探しのような空気が漂っていた。



 九人の補佐官から公開される情報も最初の数日はワール公や第二騎士団が体制側で、王女を救い出すために尽力している内容であった。


 ところが、唯一領地に帰還したダイアナ公が他の町に『大臣派によるトリオーン王毒殺の疑いあり』と暴露したことに加え、相変わらず領主達と連絡が取れないことから、王都から新しい通達があっても対応がまちまちであることが国内全体の混乱に拍車をかけている。


 なにやら怪しい大臣がこのまま主権を奪うのか。

 それとも行方不明の王女が復権するのか。


 王女が姿を見せないのは各町の忠誠を試しているのではと言う意見もあり、補佐官が旗印を鮮明にするのは責任が重すぎるため、九つの町では王女がこのまま失権しても復権してもいいように、どっちつかずの静観を決め込もうと言う空気が流れ始めていた。



 一方王都では。

 ダイアナの領主が確保の手を逃れて帰還してしまったことと、王女達はダイアナに逃げたらしいという情報が偶然にもかみ合ったことから、再起はダイアナの町から西方騎士団を伴って行われるとワール公は考えたようだ。


 ダイアナ公の方にも、もし王女が現れてワール公こそが反逆者であり再起に手を貸してくれと言ったならば協力するつもりはあったものの、実際には王女達が無事なのか、どこにいるのかも分からない。


 そんな中、態度を保留するダイアナ側に先駆けたワール公が、ダイアナ領主と西方騎士団長こそが王女誘拐犯の首謀者であると発表。

 速やかに王女を解放しない場合は第二騎士団の戦力を増強し、町を攻め滅ぼしてでもシスティーナ様を救い出すとしたのである。


 前後して急速に膨れ上がる第二の人員に、傭兵や貧民だけでなく野盗といったならず者まで含まれていると噂されているのは、王都を守るはずの騎士団による住民への暴行や店舗への迷惑行為が多発していることが背景と見られた。


「うへへへへ。パン屋ちゃんよぉ、久しぶりだな!」

「なんであんた達が王都に!? アトゥムから追い出されたって!」


「うっとうしい第一もフォレスト子爵様ももういねぇんだ。今の俺たちゃ第二騎士団様よ!」

「あんたたちが騎士だなんて冗談じゃない……!」


「あのー、横からすみません。私、流れの詩人なのですが。今後、あなた達の活躍を歌にするにあたりちょーっとだけお話を聞かせてもらえませんかね。少しばかりのお礼もしますので」

「ああん? なんだァ小娘ェ……」


「私、このリュートを相棒に各地を流れる詩人なんです! 第二騎士団様の活躍を詩にして、他国で広めたいなーと!」

「俺たちを詩人が詩にするだあ?」


「そうですそうです! 何十年、何百年経っても人の記憶に残り続ける伝説に!」


 一応、住民の中には城からの発表に則って、第一騎士団と親衛騎士団のことを反乱軍と呼ぶものも居たが、第二騎士団を略奪軍と呼ぶ者のほうが多いのではないだろうか。


「ふむふむなるほど、城から逃げた第一騎士団は近辺に潜伏して陽動を続けていると」

「おうよ。夕べもかり出されてこちとら寝不足だっつーの」


 逃げた第一騎士団は町のそばで神出鬼没の陽動活動を続けており、巡回する第二騎士団との小競り合いが何回か発生していた。


 向こうに親衛騎士―――ワール公が解体したので元ではあるが―――のアーレニウスや役職をすべて剥奪されたカッツが混じっているせいもあって第二騎士団側の被害は馬鹿にならないが、頭数で圧す形で少しずつ向こうの人員に怪我を負わせることはできているらしい。


「時々、夜中に騒がしいのは追っかけっこをしてるせいなんですねー! すごいですね、お疲れさまですー!」


「おう。あいつら死にものぐるいで抵抗するから捕まえるのもホネでよ」

「うちんとこの小隊長は住民が匿ってんじゃねーかっつってたぜ。一昨日なんか町中に逃げ込んだ奴が煙のように消えちまったからな」


「……なるほどぉ、住民がー。王都を守る騎士様の手を煩わせるなんてとんでもないですねー」


 彼らの目的については王都から誰かを逃がすための陽動だとか、隠れ家を絞らせないためなど様々な意見があったらしいが、とにかく潜伏先を探し出すことが先決と近辺の村やひと気の無いところへの捜索部隊が多数派遣されているようだった。


「いろいろとありがとうございます。これ、差し入れのお酒なんですが、みなさんで分けてくださいな」


「おっ、お前なかなか分かってんじゃねーか」

「もう少しいいですか? 三神の干物をおつまみにつけますよ」


「うほっ、鎖国で手に入らなくなった奴じゃねーか!」

「俺ぁこいつで一杯やるのが好きでよぉ!」


「今のところ、公的機関は意思統一ができているのですか? 神殿とか、学院とか」


「うーん、難しいことぁわかんねぇけどよ。手伝いに来るのは司祭だけな気がするなぁ」

「んだな。魔法使いはとんと見ねぇや」


 ワール公にとってさらに誤算だったのは、魔法学院に所属する魔法使い達が『理想の教えは内乱にも適用される』との見解を示して中立を宣言したことだろう。


 これには学院内でも様々な意見があったのだが、売るためと持ち出された禁書が、まるで初めから反乱が起こることを知っていたかのように使われたという噂が決め手になった。


 持ち出した張本人が、貴族でもないのに宮廷魔導師長に任命された副学院長だったため、疑念を抱いた者が売り買いが許可されている友好国すべてに問い合わせてみたところ、買い取りの打診を受けた学院などなかったのである。


 よけいな情報が出入りすることを危惧したワール公は強制的に転移文書の検閲に乗り出すこととなるが、それよりも早く国内の情報をかき集めた者がいた。


             ◇


「くっそぉ~~……まさか、転移文書を検閲してくるとは。ワール公めぇ……ヒック」


 薄暗い路地で壁にもたれ掛かりながら呟いたのは行方不明になっていたアマレットだった。

 どうやら泥酔しているらしく、右手にはドワーフの火酒と言う大陸でも二番目に強いと言われる酒瓶が握られている。



 ―――では一番目は何なのかと言うと、大陸北部、アマトリア王国のアス村で作られる『スピリット・アス』という、飲むより消毒に使われる方が多い酒だそうだ。


 売り出された当初、動く酒樽とも呼ばれるドワーフ族は部族ごとに差はあるものの、自分たちの作る火酒こそが一番だとアス村に乗り込んだのだが。

 では飲み比べてみましょうとなった時に潔く負けを―――何の負けかは分からないが―――認めたという曰く付き、というのは余談である。



「ティーちゃんさぁ。わたしら女なんだから……あまり気が強いと反感を買いまくるっていったじゃんよぉ……うっ!」


 こみ上げてくる吐き気を堪えきれず、胃液と酒が混じったものを吐き散らかした彼女は怒られる前にこの場から離れようとあちこちにぶつかりながら千鳥足で歩き出した。



 第二報のあった朝。

 ティフィンが処刑されたとの発表を見つけるなり、魔法学院へ駆け込んだ彼女は転移文書を使って王都の学友に連絡を取っていた。


 割高になるが向こうの見習いがすぐに届けにいく速達を頼んで数時間。

 大学に残って教授をしていた者からの返事で、本当にティフィンが犠牲になってしまったと判明する。


「ティーちゃんが殺されちゃうなんて……この国の未来は……真っ暗だよ……」


 酒と本さえあれば満足な自分になにかと突っかかってくる面倒くさい奴、と思っていたはずなのに。

 死んだと知った時の衝撃や、学生時代の思い出が浮かんで消える度に流れる涙からして、実は大切な親友だったらしいと今さらながらに気づいたのだ。


 そもそも、同世代の中でも選りすぐりの者達を集めた情報網は大臣の内示を受けたティフィンの呼びかけにより構築されたものだ。


 前段となる文通網―――実際には研究や論文の投げ合い―――があったとは言え、報酬に釣られたテンペ担当のアマレットを除けばみな領主の執務館で働いたり、地方の一部を拝領した貴族の跡取りだったりと地方の未来を背負って立つ者ばかり。


 初仕事として地方の情勢を報告してから一月も経たずに立ち上げた本人が死んでしまっては、何のために暗号を決めたり細かい調整をしたのか分からないではないか。



 怒り任せに王都の状況を展開し、返事で地方の情報をかき集めてみれば、事実上国内はほとんどワール公に抑えられてしまい、唯一領地に戻ることができたダイアナ公と西方騎士団長も対応に苦慮しているのが浮き彫りになった。


 いったい王女たちはどこへ消えてしまったのか。

 これからこの国はどうなってしまうのか。


 戦う力などない、状況に従う他にない彼女はそれでも、何か光明はないのかとさらに数日かけて情報を行き来させていたのだが。

 情勢の悪化ばかりを伝えてくる王都担当から『まもなく王都学院の転移文書に検閲が入るようになる。履歴を洗われる可能性もあるから各位警戒されたし』との連絡があり、あえなく身をひく羽目になったのである。



 自分の無力を嘆き、嘲り、親友の死を悲しんだ彼女は安酒を飲み散らかし、酒場が終わったあとは商店で手に入る一番強い酒を片手に路地裏を放浪していたと言うわけだ。


「……なんだ、もう、のこってないじゃん」


 直接瓶に口を付けてあおる姿に貴族のお嬢様だった面影などかけらも残っていない。

 異臭のする浮浪者そのままのアマレットは、いつの間にか空になっていた瓶を街路のくずかごに放り込むと、うぼろろろろと一発おまけをつけてから薄暗くなってきたテンペをさまよいだした。


             ◇


 十二番目になる不死鳥の月も半ばを過ぎている。

 あと十日あまりで新年が訪れるというのに、今年は復活祭に向けた準備もなく、浮かれた空気もない。


 そんな町中のいやな雰囲気を吹き飛ばすように、南の入り口近くで景気のいい呼び声が響いていた。


「こんばんはー! 東の赤髭亭では現在開店百周年を記念しお客様感謝祭を行っていまーす! エール一杯無料のほか、二時間制限でお料理もすべて半額となっておりまーす!」


 白地に赤い髭の描かれた前掛けをして引き札を配っているのはセラスである。

 先ほどまではロナも一緒になって呼び子をしていたのだが、そろそろ開店時間とあって先に戻ったのだ。


「随分気前いいじゃないの。あとで覗いてみるか」

「ありがとうございます! この引き札をお持ちいただければおつまみが一品無料です!」


「お疲れさまです! お仕事帰りに赤髭亭で一杯いかがですかー!」

「昨日行ってみたけど、満員で入れなかったよ」


「大変申し訳ありません! 感謝祭終了後も今月末まではこの引き札をお持ちいただければ三割引きとなりますのでどうかご利用ください!」


 手持ちの引き札が半分ほどなくなり、今日も空振りかな、と思ったところで視線に気がついた。


 振り返ってみると、いつの間にか広場の隅に座り込んでいたみすぼらしい格好の者がじっと自分を見つめていたのである。


(また貧民かな?)


 一杯無料、料理も半額とあって噂を聞きつけた貧民が引き札を貰っていくことはこれまでに何回もあった。


 普段は不潔な客にうるさいタッシュも感謝祭の間だけは黙認するようなので、くれと言われたら渡すつもりだったセラスは、あちこち染みだらけの上着に見覚えがあってまさかと二度見してしまう。

 

「―――えっ! せ、先生!?」

「やーやー、セラスちゃーん」


 小走りに近づいてみると全身からは異臭が漂っており、しゃべるたびに酒のにおいがもわっと広がった。


「学級にもこないでどうしてたんですか!? まさか何か事件に巻き込まれていたとか……」

「あー……いや、大丈夫、うん。ちょっと、いろいろあってさ」


「とにかく、オヤジさんの店に行きましょう。水も飲んだ方がいいでしょうし」


 怪我などはしていないようだか、酔っぱらっている彼女を誘ったところでちゃんとたどり着けるかあやしいものだ。

 なので近くまで送っていく道すがら、感謝祭のことを伝えようと考えたセラスは座り込んでいるアマレットに手を伸ばして言った、ところが。


 耳ざといのか意地汚いのか両方か。

 彼女はこんな有様だというのに迷わず酒が欲しいと言ってのけたのだ。


「水よりぃ、お酒が欲しいなー? セラスちゃん、なんか言ってたよねぇ? 無料がどうとかさー」

「と、とにかく行きましょう」


 やはり真っ直ぐ立てない様子のアマレットを誘導しながらそっとため息を吐いたセラスは、こういう大人にはなるまいと強く心に刻み付けるのだった。


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