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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第八節 選択⑤

「おいっ、知ってるか!? アトゥムで反乱があったってよ!」

「えっ、なにそれ!?」


「聞いた聞いた! 姫様さらわれちゃったんだろ!?」

「今朝手配書が出たんだってさ! 犯人は近衛騎士のリョウとギルガメシュだって!」

「大根とジャガイモだったぞ。あれ、本当なのか?」


「王様が殺されちゃうだなんて、これからどうなっちゃうのかしら!」

「大臣がいるからへーきじゃねー?」


「えー、大臣って確か一般学級の廃止派だろ? 平民に教育は不要だとかいっちゃって」

「オラ、勉強嫌いだから、学級なくなっても、いい」


「静かに! しーずーかーに!」


 バンバン、と教卓を叩いたアマレットは朝から落ちつきなくざわついている生徒達を見回すとこりゃあ駄目だねとため息をついた。


「だってせんせー! 王都で反乱が起きて姫様が誘拐されたって!」


 何人かの子供が手配書が張り出されて騒がしい詰め所前を通ってきたせいで、時間が経つにつれてこの教室だけでなく一般学級全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。


「アマ先生は大臣がどうとか言ってたけど、王様を毒殺したのは第一騎士団長だってさ!」

「ん~~……」


 ボリボリと頭をかきむしったアマレット自身は信憑性がどうなんだろうと思っているのだが、公式発表を鵜呑みにするなとも言いづらい。


 昼休み前に学級に配られた手配書は見たし、衛兵からの話も聞いてはいるのだが、なまじっか王都の状況に通じていただけあって裏が透けて見えてしまうのだ。


バストゥーク(息子)はぼんくらだったけど、ワール公(父親)は切れ者だからなぁ)


 彼女にとっては一応、大臣の息子も大学時代の同期にあたる。


 成績面ではティフィンという大学の歴史の中でも指折りの才女の陰に隠れてしまった有象無象の一人という印象でしかなく、生活面も親の派閥をほぼ反映する形だった集団の一つで偉そうにふんぞり返っていた記憶しかない。


(ティーちゃんはだいじょぶなんかしら。連絡、取ってみるかな……)


 転移文書の利用料は決してお安くないが、大臣の内示を受けていた彼女のことが心配だ。


 ついでに王都や各町に散っている大学時代の学友達を通じて国内の状況を聞いてみるのも悪くない、と考えた先生はぎゃーすか騒がしい教室の中で、一人俯いて黙り込んでいるセラスに違和感を感じつつ静粛にと声を張り上げ続けたのだった。


             ◇


(町も反乱の話で持ちきりだ。リョウさんは指名手配されることは予想済みだって言ってたけど……)


 まったく身にならなかった授業がやっと終わり、鞄をひっつかんだセラスは赤髭亭へと急いでいた。


 何も知らない生徒達は大切な王女様を誘拐した極悪人としてリョウとギルガメシュの事を罵り続けており、早く捕まって処刑されてしまえと言う声だらけで居心地が最悪だったのである。


 やっぱり今日は休んだ方が良かったんじゃないかと、騒がしい街路を駆け抜けて店の前まで戻ってくると。


「あれ、なにこの張り紙? ……きたる開店百周年のお客様感謝祭準備により本日はお休みします?」


 開店記念日が近いことや、感謝祭があるなんてことはタッシュから聞いていない。


 朝、出るときには無かったはずの張り紙に首を傾げた彼女が中に入ってみると、一階には様々な食材の入った箱や壷や酒瓶、花などがずらりと並んでいた。


「ただいま戻りました―――って、うわっ、なにこれ!?」

 

「……ああ、おかえりセラスちゃん。まだまだ運び込まれるから、着替えて手伝っとくれ」


 厨房から髭面を覗かせたタッシュはそれだけを言うと仕込みに戻ってしまい、セラスは目を白黒させつつも着替えるために階段を上がる。


 と、夕べと今朝まで廊下に座り込んでいたリョウの姿はそこになく、着替えて降りる前に王女達の部屋の前で耳を澄ませてみたのだが、特に話し声などは伝わってこなかった。


「オヤジさん、リョウさんは?」

「引き札の作成依頼と買い物に行っとる。出来上がり次第、セラスちゃんに呼び込みを頼むそうだ」


「それは構わないのですが。あの、いったい何がどうなっているんですか?」


 状況が飲み込めない彼女が説明を求めると、ちょうど芋の皮むきが一段落したタッシュは包丁を置くと真剣な表情で向き直る。


「王都でのことはもう耳に入っているかい?」

「ええ、学級でも騒ぎになっていました」


「それでリョウ君から情報集めの協力を依頼されてな。急遽開店百周年感謝祭をでっち上げてその準備中というわけだ」

「ばれたりしません?」


 適当な嘘はまずいのではとセラスは心配したのだが、実際にはもっと長いわいと主人は笑った。


「うちはこの町ができてすぐここに店を構えとる。実際にはもっと長いんじゃから構うもんか。万一当時を知るエルフなんかが来ても、親からはそのぐらいに開店したと聞きましたと言い張れば良い」


             ◇


「―――なるほど。人の集まるところには情報も集まる、か」


「騒ぐための理由はそれっぽければ何でも構いませんし、そのための費用もすべてこちらが持ちます。貴族しか飲めないような高い酒、高級食材、飾り付けの花など金に糸目をつけず考えられる限りのことをやってください。人手が足りないようなら臨時で雇ってもいいでしょう」


 そう言って共通金貨がたくさん入っている革袋をいくつもテーブルに並べた少年の表情は、手配書が届いた朝とは全く異なるものだった。


 そこに深入りするつもりはないが、少年のまとう雰囲気の変化は、長年多くの冒険者の成長を見てきたタッシュにとっても驚くほどのものだったのである。


 戦う力が強い、弱いという軸ではない。

 いうなれば人としての存在感とか、印象と言う部分に何かしらの変革が始まったのだとはっきり分かるほどの違いが見て取れた。


「手配書がひどいので俺が外に出ても大丈夫でしょう。セラスに配ってもらう引き札の作成ついでに先ほど頼まれた買い物と、他の酒場を回ってきます」


「大体のことは知り合いの商会に仕入れの依頼をかけようと思うんだが。品質は信頼できるが手数料をとられるぞ。本当に予算は気にしないでいいんだな?」


「ええ。ぼったくり商会を使ってドラゴンステーキ食べ放題でもポルトのロマーネ飲み放題でも構いません」

「ドッ……!?」


 念のためと確認した返事のおかしさに開いた口がふさがらない。

 美食の頂点、究極至高の怪物食材であり王侯貴族でも垂涎の品である竜肉は、部位にも寄るが下位種のものでもキロあたり金貨数千枚はくだらないはずだ。


 シアード大陸南西部のリュシュハー諸島にあるポルト王国は、ワインの生産で大陸のみならず世界的に有名なのだが、ロマーネといえばその中でも超高級銘柄であり、年代によらずやはり金貨を山と積み上げねば手に入らない。

 空き瓶だけでも価値があると言われており、上級貴族でも滅多にお目にかかれない代物なのに。


 ―――後にこの話を聞いたギルガメシュが『超金満作戦』と名付けた、多少の無理は財力で押し通す無限の財布伝説の始まりである。


             ◇ 


 その話を聞いて、奴隷の脚輪を壊してお金を渡された時のことを思い出したセラスは彼らしいなと微笑んでしまった。


「じゃあ、明日から大変なことになりますね。オヤジさんが料理やお酒にかかりっきりですと、呼び込みと接客と片づけを私ひとりで大丈夫でしょうか」


「それなんだが、彼の言うように臨時で皿洗いを雇った方が良いかもしれん。急いで神殿前に立て札を出すとしよう。経験者が捕まると良いが……」

「……あっ!」


 閃くものがあり、突然大声を出したセラスは目を丸くするタッシュにおずおずと聞いてみる。


「……あの、そのお手伝いなのですが。経験者じゃないと思うのですが、一人、誘ってみたい子が……」

「うん? 学級のお友達かい?」


「いえ、その……」


 貧民です、とは言えずに俯き言葉を濁していると、口ひげを触った主人はふーむと唸った。


 セラスに故郷の復興という夢がある以上、いつかは世話になっているここを出て行くことになる。

 そのとき、あの女の子を後任にできたら良いのになと思ってしまったのだ。


 やっぱり無茶かな、と思ったところでタッシュが言った。


「……二階には決してあがらせず、ちゃんとその子の世話ができるのかい?」

「えっ? ……は、はい!」


「リョウ君に確認は必要だろうが、もともと人を増やしても良いと言ったのは彼だしな」


 今の赤髭亭には秘密がある。

 それを詮索させずに黙々と働かせるには、立場の弱い者の方が言うことを聞かせやすそうだ。


 それに新たに人を雇うという隙を作ることで、やましいことや隠したいことなどないと思わせるのもありだろう。

 

「じゃあこれで身支度をさせて連れてきなさい。リョウ君の準備金だから遠慮しなくていいじゃろ」

「はいっ! ありがとうオヤジさん!」


 金貨を一枚受け取ったセラスは満面の笑みでお礼を言うと、暗くなり始めた町に飛び出していく。


「ワシも丸くなったもんだ」


 見送ったタッシュは何となく、子供が動物を拾ってきたらこんな感じなんだろうかと呟いてしまった。


             ◇


「なんじゃ、ガリガリではないか」


 一時間と少しして。

 共同浴場と服屋経由で連れてこられた銀髪の少女を見るなり、眉をしかめたタッシュは恐縮する彼女をテーブルにつかせると先ほど二階に持って行ったのと同じ食事を二人分並べた。


「とにかく食べなさい。話はそれからだ」

「あっ、あの……私は、ロナと―――」


 まずは自己紹介から、と教えられていたロナが言い終わらない内に暖めたパンのたくさん入った籠をおいた彼は厨房に引っ込んでしまい、あとには料理と少女二人だけが残されてしまう。


「ど、どうすれば……?」

「とりあえず食べましょう。いただきます」 


 求人募集の立て札を見た自分が来たときも、有無を言わせずご飯を食べさせられたっけ、と微笑んだセラスは手を合わせて大地の恵みに感謝する。


 なお、弱肉強食が教示の大地の女神は、この食事に対する感謝の気持ちを糧の一部としている、というのは余談である。


「い、いただき、ます……」 


 急展開についていけず、不安げな瞳を巡らせていたロナであったが、目の前に並ぶ湯気を立てた食事に空きっ腹が耐えられるはずもない。

 夢中になってがっつく横顔にセラスが微笑んでいると、入り口からリョウが入ってきた。


「ただいま。タッシュさん、言われた酒を買ってきましたよ」

「おお、済まないなリョウ君。随分渋られたんじゃないかね?」


 厨房から出てきた主人はカウンターに取り出されたブランデーを見て、大変だっただろうとリョウを労ったが。

 値をつり上げようとする相手の口に金貨を詰め込むような豪快さで即決を引き出してきた彼は、至って簡単でしたよと笑うだけだ。


「いえ、交渉は至って円満でした。この銘柄、聞いたことは無いのですが有名なのですか?」


「酒好きの間では隠れた銘酒の一つとされている。君もそのうち飲んでみると良い」

「そうですね、機会のあるときに」


 そこでテーブルの皿がすべて空になってるのを見たタッシュが足りなければ遠慮するなと声をかけた。


「二人とも、おかわりがいるんじゃないかね?」

「ひぇっ! だだだ大丈夫です! おいしかったですありがとうございます私はロナですよろしくおねがいします!」


 立ち上がったあまりの勢いに椅子が倒れ、深く頭を下げすぎたせいで皿に頭突きまでしてガタンガシャンと騒がしい。


「彼女、しばらく前に住んでいた村が野盗団に襲われてしまったそうで。何とかテンペに逃げてきたけれど、身よりもなくて貧民街に居たんだそうです」


 椅子を直してやったセラスが暗い表情で先ほど聞いた話を伝えると、噂は耳にしていたタッシュは気の毒にと眉をしかめる。


「最近プテロニアから流れてきたって奴らの仕業か? そいつは大変だったなぁ」

「このあたりだとナジンカタベの村かムーランスニの村だろうか」


「ムムムーランスニでしゅっ!」


 近辺の地図と野盗被害の情報を照らし合わせたリョウが言うと、ぶんぶんと頷いた少女は少し噛んで赤くなってしまった。


「ムーランスニなら認可村だ、被害者には見舞金が出るはずだよ。テンペ公の執務館に行ってみると……いや、今はそれどころじゃなさそうだけど」


 領地内の認可村なら税金を支払う代わりに戸籍が管理されているので、国からの補償がうけられる。


 このあたりが手厚いのも王家の方針であり、他国に比べて認可村の比率が高いのは、それだけ税金を納めても良いと思わせるだけのことをしている証明でもあった。


 黒牙団とか名乗っているらしい結構大人数な連中の手配書やら賞金の手続きをしたのが、フォートの補佐についての初業務だったため特に覚えていたのだが、確かまだ討伐されていなかったなと顎に手を当てる。


「神殿前の立て札に出る仕事はだいたいやりました! 呼び子でも皿洗いでも洗濯でも水くみでも便所掃除でも汲み取りでも何でもします! どうかよろしくお願いします!」


 どうやら町中の日雇い仕事―――と言っても女子供向けのものは少ないし、出たところで取り合いだ―――でなんとか日銭を稼いで生きていたらしい。


 やる気と逞しさは期待できそうなので、了承するようにセラスに頷いたタッシュはさっそく食べた分は働いてもらうとロナを手招きする。


「じゃあ早速皿から洗ってもらおうか。そのテーブルを片づけて食器を持ってくるんだ」

「かしこまりました!」


 二人が厨房に消えたあと。

 魔法の道具入れから感謝祭の案内と赤髭亭の場所がかかれた紙束を取り出したリョウは、セラスの向かいに座ると小声で言った。


「感謝祭のことは聞いた?」 

「オヤジさんから聞きました。私は引き札を配って呼び込みをすれば良いのですね?」


「うん。それと合わせて二つ頼みたい」

「なんでしょう?」


「一つは張り込みだ。特に町の南と東の入り口で、武装した集団や怪しい者を見かけたらすぐに教えてくれ」

「王都につながる街道の監視ってことですね、分かりました」


「二つ目。一人、特に話を聞いてみたい人がいるんだ。その人をここに誘導してほしい」

「えーっと、相手によってはすごく大変そうな気がするのですが。手がかりはあるのですか?」


「酒好きらしいから何とかなると思う。セラスは学級でディッサロニアって教師を見たことがないか?」


 ディッサロニアという名に覚えがなかったセラスはうーんと考え込んでしまい、他に情報のなかったリョウも貴族学級かなとこめかみに手を当てる。


「アマレット=ディッサロニア、年はたぶん三十ぐらいの女性で……」

「あーあーあー! アマレット先生!」


 家名持ちが一般側に居るとは思わずぴんと来なかったが、それなら話は簡単だと頷いたセラスは自信満々に胸を叩いた。


 まだ入学して日は浅くとも、いつすれ違っても酒臭い彼女がどれほど酒に溺れているのかぐらい分かる。


「大丈夫です。先生なら良いお酒が安く飲めるって言ったら絶対にほいほいやってきます」

「そんなに酒好きなのか」


「火を近づけたら燃えるんじゃないかって言われてますよ。なんでもお酒と本のために身持ちを崩したって噂まであって」

「今日買いに行ってみて分かったが、ほんとに高い酒は値が張るからなぁ」


 書物も古代魔法文明や、それ以前の古文書、他大陸のものなど物によってはとんでもない価格で取引されることがある。

 もともとあまり裕福な貴族ではなかったのだろうが、それにしたってすごい話だと苦笑いを浮かべ合った二人はそれなら大丈夫そうだと思ったのだが―――


 翌朝に公開された第二報にて、処刑された反乱分子の中にティフィン=ライーメシュミッター子爵令嬢の名を見つけたアマレットは学級を無断欠勤、行方が分からなくなってしまったのである。

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