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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第八節 選択③

「オヤジさん、いま戻りました! すぐ支度します!」


 東の繁華街はずれにある冒険者向け宿屋兼酒場の『赤髭亭』。

 駆け足のセラスが準備中の札がかかった入り口から飛び込むと、カウンターにいた初老の主人は気にするなと笑った。


「おかえりセラスちゃん。なぁに、こんな場末に開店直後から来たがる物好きなんていないだろうさ」


 もともとこの店は夫婦で営んでいたのだが、数年前に妻が他界してしまい、人手不足から日中の営業を取りやめている。

 宿付きの冒険者もいまは一組のみで、しかも大きな仕事のために長いこと顔を見せていないのだ。


 夜のみ営業する酒場の客と言えば、二流から三流の傭兵や町のごろつき、二軒目三軒目として飲み歩きながら情報を集める冒険者ばかり。

 時々、空いている場所がいいと繁華街の中心から流れてくる工房の見習いなどもいるが、とにかく荒っぽい連中が多かった。


 王国独立の直後、この町が出来たときに移住してきた先祖が始めた宿のため歴史は長く、冒険者向けの依頼や手配書は配られるし、ここから巣立ってもっと良い宿に付くようになった冒険者達も時々顔を見せるのだが、繁盛していたころに比べてうらぶれてしまった感は否めない。


 衰退には夫婦の間に子供が出来ず跡継ぎがいなかった事が大きいが、そのせいか主人のタッシュは雇ったセラスを娘のようにかわいがっている。


「最近、荒くれ共も雁首そろえてどっかに行っちまってるようだしな。……なんかよくねぇ事でも起こるんじゃないかってヒヤヒヤもんさ」


 それでも仕事なのだからと階段を駆け上がったセラスはあてがわれている自室で着替えると、六つの鐘と同時に降りてきて学級でのことを言った。


「そう言えば先生が言ってました。アトゥムの方が何だかきな臭いって」

「ふむ。酔っぱらい共はプテロニアから流れてくる野盗が増えたと言っていたが……」


 場末に飲みに来るような傭兵連中はがさつで乱暴者だらけだが、不思議と儲け話には鼻が利く。

 てっきり野盗や賞金首を狙って東のヤンシュルやエゼルーンの町か、北のプテロニア王国に流れていったと思っていた主人は何事もなければよいがと立派な口ひげに触れた。


「六つが鳴ったし開店しますね」


 とにかく開店を、と準備中の札を返しに行ったセラスが戻って一分。

 テーブルの拭き掃除を始めようと布巾を持ったところで、実に数週間ぶりの宿泊客とおぼしき人物が扉を開いて現れる。


「三人、泊まれますか?」


 青いフードで顔を隠し、後ろに魔法使いと神官らしき二人を引き連れている客をみた瞬間にタッシュは訳ありだと思った。


 男の声は若いが装備はみな一級品以上、鎧などは明らかに超級品と一目でわかる。

 主要武器とおぼしき剣に布を巻いているのはおそらく目立ちたくないからで、盗品など曰く付きの物か隠していない鎧よりもすごい品と言うことだろうか。


 後ろの魔法使いのローブも高品質で杖には使い込まれたあとが見受けられるのだが、足運びはそれなりに腕の立つ戦士のものだ。


 二人に挟まれている神官風の娘だけが物珍しそうに酒場を見回しており最初は新人かと思ったが、立ち振る舞いがあまりに先頭の男とかけ離れているので、護衛されている箱入りの貴族かも知れない。


(こりゃあ、やっかいもんだ)


 冒険者と酒の目利きならばこの町でも一、二を争うタッシュだからこその判断であるが、だからこそ泊めるわけにはいかないと考えた。


 少なくとも先頭の男は超一流の冒険者に違いない。

 金は腐るほどあるだろうに、銀貨で泊まれるような場末に来たのは何か事情があってのことだろう。


 多少の面倒ごとなど慣れっこなので自分一人なら構わないが、最近は酔っぱらいにも可愛がられて看板娘になりつつあったセラスをよけいな騒動に巻き込むわけにはいかん、と口を開きかけたとき。


「いらっしゃいませ!」

「……セラス?」


 振り返って声を出した少女を見て、戦士風の男が驚いた声を出したのだ。


「えっ? ……その声、もしかして」

「ああ、俺だ。奇遇だな、こんな所で」


 やや低いがよく通る声、その背の高さに覚えのあったセラスもまさかと息を呑み、下ろされたフードから出てきた顔との突然の再会に言葉が上手く出てこない。


「や、や、やっぱりリョウさん!? どうして………その、テンペに?」

「なんだ、セラスちゃんの知り合いか? そんなら大歓迎だぞ、ぜひ泊まっていっとくれ」


 命を狙う者と狙われる者だったなどというぎすぎすした雰囲気などはなく、二人の様子がまるで旧友との再会だったので、セラスの知り合いなら話は別だと即座に断りの言葉を飲み込んだタッシュは愛想のいい笑顔を浮かべた。


「あ、いや。ちょっと事情があって知り合いがいる場所には………」


 しかし、潜伏するのに知り合いがいてはまずいと逆にリョウの方が首を振る。


 まだ手配書が出ていないようなので何ともいえないが、偽名を使い質の悪い手配書で人相がかけ離れていたとしても、知り合いは名前で反応してしまうからだ。


(リョウ、知り合いか?)

(以前、ポール関係だった子なんだ。今は大丈夫と思う)


(悪い人じゃなさそうよ? でも確かに巻き込みたくはないわね)


 妹が襲われたときのことは、鼻男達の話しか聞いていなかったギルガメシュにささやき返すと、聞きつけたシスティーナもそれに混じってくる。


 と。

 やはり事情がある様子の三人を見ていたタッシュが、神官に扮している少女に王女の面影を見つけて驚いた声を出した。

 妻が生前に珍しく城の復活祭に行ってみたいとおねだりしたため、しばらく店を閉めて王都で年越しをしたことのある彼はシスティーナの顔を知っていたのである。


「そこのお方………もしやシスティーナ様?」

「えっ!? 王女、様?」


 王女の名前は知っていたが、実際に拝見した事の無いセラスも自分よりもすこしだけ小柄な少女をまじまじと見つめた。


 あっ、と呟いたシスティーナは慌ててフードを深くかぶり直すが時すでに遅し。

 微妙な沈黙が酒場に流れたあと、客が入ってこないようセラスに表の札を外して来るように言ったタッシュはカウンターから出てリョウの前に立つ。


「……話だけでも聞かせてくれんか? 落ちぶれちゃいるが冒険者を相手にしている店だ、秘密は守るし悪いようにはせん」


 相当な理由がなければ国王の死去直後に唯一の王位継承者が王都を離れてこのような所に居るはずがない。

 青いフードの下から出てきた顔が予想よりも若かったので内心驚いたものの、事件を感じた主人は事情を話してくれるよう願った。


 だが、王族近衛騎士としては誰を巻き込み、なにを犠牲にしてでも王女の安全を守るべきだとしても、己の理念が許さないとリョウは首を横に振る。

 特に順調に新しい人生を歩き始めているらしいセラスをまた、面倒ごとに巻き込みたくはない。


「お気持ちは有り難いのですが巻き込みたくありません。ほかを当たってみます、このことは忘れてください」


「待って!」


 それで宿屋から出て行こうと、戸口を向いた背中を制止したのは当のセラスだった。


 注目を集めた彼女はうまく言葉にできずに口をぱくぱくさせていたが、全力でマッセ家での記憶を呼び覚ます。


「―――もしかして、大臣とか…第二騎士団が動いたの? その……この国を支配する、とかなにかで」


 彼女はまだ軍事的簒奪(クーデター)という単語を知らない。

 ただ、今なら少しは奴らの会話の意味がわかるのだ。


「おいセラスちゃん! そいつはどういうこった!?」


 立ち止まっていたリョウは再び振り返ると苦い表情で頷き、当然驚いたタッシュに彼女は関係しているんですと頭を下げる。


「ごめんなさい、オヤジさん。私、テンペに来る前は第二騎士団長の家で働いてたって話しましたよね。そこと大臣はつながっていて、よくない話をいろいろ耳にしていたんです」


「……なんと」


「前は意味なんてよく分からなかったし、まさか本気だなんて思わなかったんです。でも、先生が革命なんかも成功しやすいだろうって言うからもしかしてって」


「もし、追っ手がここに来たらセラスの身も危ないな……」


 やはりボールも深く関与していたのだと知ったリョウは、自分たちがいなくとも追っ手が来れば彼女にも危険が及ぶ可能性を思ってこめかみを指先で押さえた。

 そこを触るのは困ったときの癖なのだ。


「ならば彼女も僕らと一緒に居た方が安全だ。なぜなら君がいるのだからな」


 今となっては、簡単な話だというギルガメシュの判断が一番良いように思える。


 ただ、セラスはともかく主人はどうだろうか。

 ここを拠点にすれば否応なしに巻き込むことになる、セラスを連れて離れるべきではないのか。


「もう一度言う、話だけでも聞かせてくれんか。もしかしたらこの町の荒くれ共が姿を消したのにも関係があるかもしれんのだ」


 と、国民としても放っておけんと繰り返すタッシュの言葉に大切な情報が混じっていた。


「連中、アトゥムだけかと思ったらほかの町からも傭兵を集めていたのか。アルの話っぷりだと中庭にそれほど大勢がいたように思えなかったが……どこかに部隊を割いたんだろうか」


 腕を組んだリョウが王女のほかに押さえたい人物は、と考えたところでセラスがあっ、と口に手を当てる。


「あっ! 貧民街の男の人たちが王都に集められたのってもしかして……」

「セラス、詳しく聞かせてくれ」


「今日、帰り道に貧民街を通ったんですが、以前に比べて大人の男の人が減ってたんです。残ってた子に聞いてみたら、王都で仕事があるって集められていたそうで」


 セラスが偶然にもつい先ほど仕入れたばかりの情報を伝えると、彼女の素性を知っていたリョウは貧民街に通じていても不自然ではないと確度の高いものとして取り扱うことにする。


「貧民対策部だろうか。あそこも大臣派が握ってる部門だったな。……奴ら、うまく人手をかき集めたもんだ」

「どういう事?」


 一人で次々に推測を立てていくリョウにその場を代表してシスティーナが問うと、自分に注目する四人を見回した彼は腰に手を当てる。


「国内で時間をかけて人員を集めていたら嫌でも目立つ。かといって国外から大量に流入させるなんて以ての外だ。短時間にやろうと思ったら、金に物を言わせて傭兵や食うに困った連中をかき集めるのが手っ取り早い」


「しかし、傭兵はともかく貧民なんて役に立つのか?」


 ギルガメシュの疑問はもっともであったが、ただの兵団と異なり、正規の騎士団となると使い方次第だとリョウは言った。


「重要なのは第二騎士団という看板だろう。騎士が率いていれば、中身が傭兵でも素人でも頭数に感じるからな。……もしかしたら立ち振る舞いぐらいは教え込まれていたかもしれない」

「偽兵、と言うやつか」


 城から脱出した時に遭遇した傭兵隊が、第二騎士団を名乗っていたことを思い出したギルガメシュはなるほどと頷いた。

 気の毒なほど簡単に蹴散らされてしまった彼らであるが、確かに素人相手なら戦力として役に立っただろう。


「ああ。同じ騎士や親衛騎士ではない相手……たとえば文官を抑えるには事足り―――」


 そこまで口にした彼は、予想よりも状況が悪い可能性を察して目を閉じる。


「……もしかしたら、王都の反大臣派の貴族や、逗留中だった地方領主が抑えられてしまったかも知れない」

「えっ!?」


 頼れると思っていた地方領主達が捕らえられているかもと聞いて驚くシスティーナに、リョウはあり得ない話じゃないと言った。


 彼はずっと気にかかっていたのである。

 城内通夜のあとの集まりで、王女に忠誠を誓う地方領主達を笑った大臣の表情が。


 地方から王都への往復には地方騎士団が同行しているはずだが、安全なはずのアトゥム内の屋敷に逗留している間も四六時中護衛が一緒だとは考えにくい。

 用意周到な相手のことだ、別に力押しでなくとも非常事態と言うことで軟禁するぐらいのことはできるかもしれなかった。


「おい待ってくれリョウ! 中央と地方の両方を抑えられてしまったら、姫様は誰を頼ればいいんだ!?」


 僕達は急ぎ戦力を集めてアトゥムに戻らなければならないんだぞ、と残してきた父親も心配なギルガメシュに苦い表情のリョウは答えない。


「どうやら本当に大事のようだな。……セラスちゃん、戸に鍵を掛けて雨戸も全部閉めてくれ」

「はいっ!」


「あ、いや。まだどうするかは決めていない」


 二人がすでに協力するつもりになっているので目を開けたリョウは慌てないでくれと手で制するも、彼らは彼らなりの気持ちや考えに従って再度協力を申し出る。


「お願いです、手伝わせてください。私は無関係では無いですし、ほんの少しでもいいから貴方の役に立ちたいんです」

「うちは代々この国の一員だからな。姫様の危機になにもせんかったらご先祖に顔向けできんわ」


 真剣な表情と、言葉に含まれる強い想いを感じ取った彼はしばし悩んでいたが。

 その気持ちが真なるものなら無下にすることは良くない、ほんの小さなことでも良いから役に立てなければと考えた。


「わかった、とりあえず事情を聞いてくれ。それでも気持ちが変わらないのなら二人の力、貸して貰うよ」


「うむ」

「はいっ!」


「ギル、入り口の警戒を頼む。セラス、システィーナに水を一杯あげてくれないか」


 鍵を掛けたとはいえすきま風の通る板切れ一枚である。

 臨時休業だからと聞き耳を立てる物好きがいるとは思えないが、念のためとギルガメシュは戸口に立ち、小走りのセラスが椅子に座るシスティーナに水を差しだした。


 ほかの四人は立ったままで室内の緊張が否応なしに高まっていく中、ランプがじりじりと燃える音を遮ってリョウが口を開く。


「……まずは王都で何があって俺たちがここにいるかを話そう」




 ―――彼はいつか気づくだろう。

 自分の理念、思想に則った行為がのちに良き力となって返ってきてくれることを。


 行く先々で出会いと別れを繰り返し、そのたびに紡がれるきらきらと輝くような絆が、大切な人たちの笑顔を守りたいという自分を高める力になっていくことを。


 ときに異界の神々の糧ともなる思念は人の輪を行き交い、循環する。

 ほとんどはどこかで留まってしまったり、時間が経つうちに希薄になったり、小さくしぼんで消えてしまうのだが、まれに育ち広がって大きな流れを作ることがある。


 だからのちに謳い手は彼を、彼らを、古典に倣い天上の星々にたとえてこう詠ったのだ。 



 ―――古来より英雄星は孤独な星だったのです。

 至高より大地を見下ろし、必要な時は他の星を従える。

 事が終われば星々は去って独りに戻る。


 ですが今世は違いました。

 かつて無い輝きを放つことで集まってきた星々を護るだけではなく、自分もまた護られていたのです。


 凶兆なる流星が走り、禍々しい彗星にいくつもの星が飲み込まれ、暗黒の星雲が天を覆い尽くそうとしても。

 固く結びつきあった星々は輝き続け人々の希望となりました。


 晩秋の暁に東の空を見てください。

 英雄星とそれを取り巻く星々が、金色の大銀河のように煌めく姿を見ることができるでしょう―――と。

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