第八節 選択②
(´・ω・`)今回主人公は出てきません
国王の葬儀の翌々日、テンペの東端にある一般学級にて。
「―――ってなワケで、わたしゃ今のギュメレリーは文官が多すぎると思うんだよね。ここ五年、十年ぐらいで急に複数の部門が増えたんじゃないっけ」
(いま算術の時間では……)
首を傾げながらもまじめに書き留めているのは元マッセ男爵家の違法奴隷、セラスであった。
いきなりの自由と大金を手に入れた彼女は生きる道を探していたのだが、あるとき思いついたのが妖術師に滅ぼされた故郷の復興だったのである。
そのためには知識が必要だと一般学級に入学しており、年下に混じっての勉学に励んでいた。
専門的なことまで学ぼうと思ったら復興を始めるのが何年先になるか分からないため、超基本的な政治経済、流通や食糧自給に自警など認可村として地図に載るまでに必要な最低限の知識をと考えており、金貨の一部を学級の学費に充て、生活費は宿屋兼酒場に住み込みで働かせてもらうことで何とかまかなっている。
ちなみにギュメレリー王国ではよほどの事情がない限り通うべきだとされる、国民向け年齢制限あり無料の幼年学級と異なり、一般学級は学費さえ払えば自由に出入りできるようになっている。
学級の規模にもよるが、大きな町では教室も幼年学級からの順調な繰り上がり組、移住や諸事情により幼年学級に通えなかった組、幼年学級に通っていたけど落ちこぼれた組など様々で、自分が受けたい授業を自由に受けられる仕組みになっているそうだ。
ただ代々の国王達がそろって人民の教養は国を富ませるために必要だと考えており、運営補助金もでていて学費はそれほど高くないことから課程が一周する三年通うのが一般的とされている。
おかげで認可村や町における識字率は高く各種布告の浸透が早く正確で、瓦版や冊子販売などの文字を売る商売が成り立っている。
悪い商人に数字をごまかされたり平民同士の分割で起こる争いも教育に力を入れていない国に比べて少なかった。
その代わり貴族に求められるものも高まっているらしく、どこの令息、令嬢も学級や大学に通ったり家庭教師をつけられたりで一通りのことをたたき込まれるそうだ。
平民の教育政策については知識を特権維持に使っていた貴族達の猛反対もあったそうだが、連邦からギュメレリー公国を独立させられるほどの手腕を持っていた初代国王は見事成し遂げ、この国では家柄だけのぼんくら貴族が次第に減っていったのである。
「……文官は国王の手足に過ぎないんだよ。意志決定の流れが単純で明確であるのが王政の利点の一つなのに、登場人物が増えすぎると下から上がってくる報告を握りつぶしたり、上からの指示を歪めたりしても露見しにくいんだよねー」
壇上の女性は大胆にも今の政治構造に警鐘を鳴らすと、ボサボサで寝癖だらけの髪をぼりぼりと掻きながら続けた。
一応教師の端くれ、教壇に立つならと校長から厳命されているため最低限風呂に入っているせいかフケなどは落ちないが、伸び放題の髪は手入れなどされていないのがうかがえる。
そんなことにかける金と時間があったら酒を飲み本を読んでいたいからであり、服もよれよれで彼女に生活能力がないのは誰の目にも明らかだ。
「文官だけがふえると議会での発言力が増すだけじゃないんだよ。予算の分配で派閥が握れる量が増えるし、席の増えない武官とのバランスも崩れちゃう。ただでさえ今は、親衛騎士が少なくて手がたんないはずだからね」
「先生、質問が」
「はいセラスちゃん!」
「どうして文官だけを増やすことができたのでしょうか?」
おずおずと手を挙げるセラスを指名した先生は、おおっと呟くと教壇をばしばし叩いた。
「おおっ、いい質問だね! そう、文武のバランスを崩しかねない文官の増加をどうやって王様に認めさせたか! ここが大臣の小賢しいところでね。期間限定でかつ、必要そうなものを提案してるのさ」
「ふむふむ?」
「たとえば邪竜の被害を調査し、認可村の復興や被害者の救済を行う部門。それから貧民対策として雇用創出を考える部門。小さいところでは王都の景観を保護し、住民の意識を高める美化委員会なんてところまで」
国民のためと言われたら王様も認可せざるを得ないよね、と肩をすくめた彼女は同じ危機感を持っていた学友からの情報も織り交ぜて話し続ける。
「もちろん、その分武官を増やしてくれて構わないとも言ったはずさ。しかし武官は人手不足、言われたところで簡単には増やせなった」
彼女の言うように武官というのは増やしにくいものである。
なぜなら政治や管理に関わるために剣の腕だけでは役に立たず、それなりに学もなければならないからだ。
親衛騎士の面々に限らず、各騎士団の小隊長以上はそろって文官顔負けの事務処理能力があるし、団長や副団長に至っては政治力も必要になる。
当然、集団の上に立つのなら格が高い貴族であることが望ましいのだが。
困ったことに剣の才能の有無によらず貴族の嫡男は大学経由で文官に取り立てられたり、親の基盤を引き継いでしまう事がほとんどなのである。
これには跡継ぎを危険な騎士にするわけにいかない貴族の事情もあるのだが、結果として募集試験を受けて騎士爵を得るのが継承権のない次男以下だらけなのは先に伝えたとおりだ。
「アマせんせー、するとどうなるの?」
先生の脱線には慣れっこの少年が首を傾げたので、熱弁を振るっていた教師、アマレット=ディッサロニアは少し声を落として憚るように言った。
「……姫様次第だけど、今の状況を利用したら革命なんかも成功しやすいってことかな。そこまで行かなくてもさらに基盤を強化するための手を打ってきてもおかしくない。ずっと自分の足場を固めてきた大臣の事だ、国王様が亡くなられたことに合わせてなんかあるかもね」
(革命。もしかして、ポールは―――)
学のない奴隷たちと侮られていたのか、近いうちに関わる羽目になっていたのかは分からないが、ポールの屋敷で何度か耳にしていた言葉の意味を今更ながらに知ったセラスは事の重大さに震え、そこからすくい上げてくれた恩人への感謝を強くする。
「ま、トリオーン様が殺されたとかならともかく。大臣派が調子に乗ってるってだけで、いきなり国の形が変わる訳じゃないよ」
王都から七百キロ離れたこの町には現時点で転移文書による第一報しか入っていなかった。
しかもそれを受け取ったのがテンペ公の留守を預かる補佐官であり、自分では公開してよいかの判断も付かなかったため、住民はまだ王都でなにが起きたのかを知らされていない。
(んだけど、もしも国王の死が仕組まれたものだとしたら大臣一派は動くだろうね。文武の天秤が傾きすぎてるし、ティーちゃんの内示が漏れてないとも限らない)
大学時代、ことあることに突っかかってきた学友から『近いうちに召集されるはずだから覚悟しなさい。こき使ってあげるから』という手紙がきたのが先日の話。
彼女には悪いが補佐官なんて面倒だし、酒と研究で財産を食いつぶした没落貴族令嬢が大臣補佐で城に入ったりなんかしたら、ほかの貴族からなにを言われるか分かったものではない。
どうもアトゥムがきな臭いし、教師生活も潮時と王命で召集される前に他国に移住する事も視野に入れていたのである。
このとき十メートルと離れていないセラスの知識と、元は王都大学で―――酒を抜いて本気を出せば―――超優秀な学者だった彼女の英知があれば、もっとはやく大臣の動きを察知することができたのかも知れない。
(あーーー。お金ないし引っ越し面倒だわぁ。仕事探しもヤダしどこかにお酒と本が勝手に出てくる図書館とかないかな~~)
しかしそれらが結びつく機会はなく、彼女はのちに補佐官より公開される情報でティフィン女史の訃報を知ることになる。
「おっとっと、三つが鳴っちゃったね。じゃあ本日はここまで。明日は古代魔法文明による言語統一と通貨統一についてやるからね」
「「ありがとうございました!」」
十五時の鐘を合図に教壇を降りたアマレットはさっさと教室を後にしてしまい、逃げられてしまったセラスは分からなかったところを聞きに行こうと鞄を持って席を立った。
「あれ、セラスは帰んないの?」
「うん、ちょっとわかんないところがあって」
「そりゃ大変だ、早くいかねーとアマ先生酒場にいっちまうぞー」
「ねーちゃん、また明日なー!」
「セラスさん、さようなら」
「うん、みんなまた明日!」
もともと隣国で九歳までの最低限の一般教養しか学んでいなかったセラスであるが、夢も希望もない虐げられるだけだった時間を取り戻すかの様に夢中で勉学に励んでいた。
年齢的には順調な少年少女が一般学級を卒業する十五歳を超えているために好奇の視線が皆無なわけではないが、自由の喜びの前には関係ないことである。
また年下となる同級生たちとの交流も、もともと村でも妹分の面倒を見ていた事もあって懐かしいくらいであった。
まだ入学して一月ほどになるが、目的のある人生を噛みしめての毎日は彼女にとってとても新鮮で、とても充実した物となっていたのである。
◇
「いけない、早く戻らないと………」
ついダンセニア村復興の話をしたら盛り上がってしまい、あれやこれやと助言をしてくれる先生と話し込んでしまった十七時過ぎの帰宅。
いつもの道では酒場の開店時間に間に合わないと思ったセラスは近道になる貧民街を駆けていた。
日の短い冬の今、すでに太陽は地平線に去っている。
貧民街には見習い魔法使いも明かりを灯しに来ないため、仕事も金もない者達が暖をとるための小さなたき火ぐらいしか光源になるようなものがない。
ボロボロのテントや申し訳程度の板や布で囲んだだけのあばら屋が並び、すえた臭いの立ちこめるそこは普通の町娘なら寄りつきもしない区画なのだが。
かつて闇に潜んでいた彼女にとっては慣れた場所であり、夜目もきくとあって不安はなかった。
むしろテンペに来た最初の二日はごく自然に紛れ込んでいたほどである。
(あれ?)
ふとした違和感に足が止まったが、その理由はすぐに分かった。
たき火を囲んでいるのが女子供ばかりになっており、以前は何割か混じっていた大人の男がこぞって消えているのだ。
(男の人たちはどこにいったんだろ?)
それがなにを意味するのかは分からない。
ただ、大きな何かを本能的に感じ取ったセラスは背筋に悪寒を覚える。
(……なんでだろ、やな感じがする)
再び歩き出しながらそれとなく周囲を観察してみると一人、二人の大人の男性が見つかったものの、片腕を失っていたり杖をついていたり五体満足でない者ばかり。
人を集めて村を復興させたいと夢を語るセラスにアマレットは言った。
人が住む場所を移すのには必ず理由がある。
雇用、気候、災害、統治、外敵圧力など理由は様々だが、今よりも良い場所だと思ったから人は動くのだ。
だから周辺との格差に気をつけないと住民の吸い上げや摩擦、過剰な流入による破綻を招いてしまう。
理想の村を作りたいという気持ちは大事だけれど、壁のない理想郷は危険なんだよ、と。
(じゃあ、男の人たちがいなくなった理由は?)
そんなことを考えていたら、今にも消えそうな小さなたき火の向かいで膝を抱えている痩せぎすの少女と目があった。
周りには誰もいない。
たまたまなのか、一人になってしまったのかは分からないが、なんとなく顔なじみになった者同士で寄せ集まっている事が多いこの貧民街で一人というのは珍しい方だといえる。
(あの子、一人なのかな。あんな薄着で寒そうに……)
震えている彼女は気の毒だと思うし、一つ間違えば自分も同じ立場だった事も分かる。
それでも今の自分に他人を救うほどの力はない。
冷たいようだがそのまま立ち去るほかにない―――と頭では分かっていたのに、セラスは少女に歩み寄っていた。
「ねぇ、大人の男はみんなどこへ行ってしまったの?」
まさか話しかけられると思わなかったのだろう。
不思議そうに顔を上げた少女はしばらくぼんやりしていたが、たき火に視線を戻してぽそぽそと答えた。
「……しばらく前に王都で仕事があるって大人を集めてる人がいたの。でも、女や子供はだめだって」
「そう。……ありがとう、これで何か食べると良いわ」
そう言って差し出された数枚の銀貨に少女は目を瞬かせる。
「え……?」
「情報料よ。正当な対価だから気にしないで」
少なくとも一食分、切り詰めれば二日はもつだろう。
セラスは周囲を見回してこのやりとりを見ていた者がいないことを確認すると、誰かに盗られないようにねと骨ばった手に無理矢理握らせて足早にそこから離れた。
貧民街を抜けにぎやかな繁華街が見えてきたところで、頭の後ろで手を組んだ彼女は苦笑いで蒼い月を見上げる。
「うん、がらじゃない」
それでも放っておけなかったのは、銀髪と琥珀色の瞳に妹分だった幼なじみの面影を見てしまったからなのか。
あるいは自分が受けた恩を誰かに送りたかったからなのか。
どちらにせよ両方にせよ、雀の涙ながら貰っている日当から出しており、あの人から貰ったお金に手をつけたわけではない。
(でも……)
でも。
たとえそのお金を使ったところで好きにすればいいさと微笑まれるだけのような気がしたセラスは、少なくともやましくはないと胸を張り家路を急いだのだった。




