第七節 剣の騎士と盾の騎士⑪
城の中庭で激しい戦いが繰り広げられていたのと同時刻。
貴族の屋敷が建ち並ぶ地区の何カ所かでもちょっとした騒ぎが起きていた。
「夜分に失礼しますよ、ヤンゴン公」
「フィッツジェラルド侯爵、この騒ぎは何ごとだ? 城でも爆発騒ぎが起きていると言うではないか」
「騎士団の一部が謀反を起こしたそうです。その対応で手が足りぬため、私のほか何名かがご逗留中である皆様の安全を確保するようにとワール公より仰せつかりまして」
◇
一方、王都アトゥムとリアスの街を結ぶ街道でも。
「止まれーーーっ! 止まれーーーーっ!」
「くそっ、野盗か!?」
「こちらは第二騎士団だ! 緊急事態につき全員の身柄を確保させてもらう!」
「身柄を確保だと? こちらがリアス公の一行と知ってのことか?」
「もちろんだ、ワール公の発行した指令書もある! 確認してくれ!」
「……これは確かに大臣の。しかし、大臣が騎士団に指示を?」
「緊急事態なのだ。公の安全を確保するためにもご協力願いたい」
◇
国葬の後。
王都を訪れていた十の街の地方領主および地方騎士団の関係者達はアトゥムに構える邸宅に逗留したり、取るものも取らずに飛び出してきた領地が心配で護衛と共に帰途についたりしていたのだが。
そのほぼ全員の身柄が、手勢を連れた貴族や第二騎士団に抑えられてしまったのである。
そんな中、唯一捕らわれることなくアトゥムから離れることができたのは、フォレスト子爵夫人からの手紙を受け取ったハニトゥーラ侯爵夫人の父である、ダイアナ領主と西方騎士団長たちだけだった。
主要街道を避けた彼らはフォレスト子爵夫人一行、そしてブルーシップ伯爵夫人一行同様に大臣の包囲網をかいくぐり、無事にダイアナの街に帰り着くことができたのだ。
とはいえ脱出した王女が頼りにしたい地方領主や地方騎士団は、頭を抑えられてこの時点でほとんど無力化されてしまったことになる。
城内通夜後の集まりで見せた大臣の笑みはこのことを意味していたのかもしれない。
また、この夜の犠牲者の中にティフィン女史が加わってしまったのは、ギュメレリー王国にとって大きな損失だったと言えるだろう。
フォレスト子爵家で空振りしたダミアン達は次にライーメシュミッター子爵家で彼女を捕らえたのだが、拘束されても毅然とした態度がかんに障ったのか、他の二班の制止も聞かずに八つ当たりまがいの暴行を加えてしまったのだ。
◇ ◇ ◇
―――場面は再び中庭に戻る。
アントンについた二班分、十二名の騎士も同様に全滅だったことを示したモニクの身体は恐怖に震えていた。
覆面姿で正体は知られていないとは言え、人目に触れてしまった以上は彼女自身も一度城から出たふりをしなければならないので、ゴライアスが跳ね橋の前まで手招きすると。
多少とはいえ隠密としての訓練を受けていたはずなのに、駆けてきた彼女の声はたどたどしい。
「シ、シタデル卿以下、じ、十二名。……全滅、です」
「敵の姿は確認できたか?」
よほどの事だと察した副団長の声も緊張に乾いている。
だが当然の確認に、やるべき事を全うできなかった赤目が伏せられて布を巻かれた頭が左右に揺らされた。
「おそらく、主計室の中に……いたのだと、思われますが…報告に確実を期すため、確認せずに、引き返しました。……シタデル卿に外傷らしきものはなかったのですが…事切れており、ほかの騎士たちは石になったり、騎士同士で争ったあとが見られまして」
喋っているうちに少しは落ち着いたのだろう。
呟くほどだった声はやがて明瞭になったのだが、はっきりした報告はかえって異常性を浮き彫りにするだけ。
「お役目を果たせずに申し訳ありません」
「いや、その判断は正しい。だが……」
魔法か、と呟いたゴライアスにモニクは分かりません、ともう一度首を横に振った。
未知すぎる状況に相手の想像すらできず、廊下の角から彼らの亡骸に近づくのにもかなりの時間を要したのである。
仰向けに倒れたアントンの向かい側。
おそらく犯人がいるであろう主計室の扉を開いていたら、彼女が報告に戻って来られたという保証はない。
「彼の懸念していた切り札であろう。なんとしても正体を掴みたいが……」
残業中の文官などに部屋から出ないよう警告して回った衛兵の報告では、主計室にはバストゥークしか残っていなかったはず。
即死も石化も、魅了による同士討ちもすべて理力魔法で可能ではあるが、どれも簡単な魔法ではないはずだ。
それに魔法にしろ魔符にしろ、室内から廊下という狭い間合いで一人がほぼ同時に複数を放てるとは思えない。
「どういう事なのだ……!」
首を傾げるゴライアスの向かいでは、もしも相手の正体を掴んでこいと命令されたならば、行かなければならないモニクが不安そうに俯いていた。
◇
「くそっ!」
召喚術書を二冊ともここに投入したこと、彼女が一人で戻ってきたことからその予感はあったが、大切な部下の死亡を知ったギルモアは無意識のうちに唇を噛んでいた。
裏庭を狙っていると思しき敵が、中庭の状況に気づくまであとどのぐらいの猶予があるのだろうか。
あるいはすでに気づいていて、すぐにでも切り札が投入されるのではないか。
カッツの魔法も少しずつ頻度が落ちており、限界が近いと感じられる以上、時間稼ぎをしたところで多肢多頭の上位巨人の召喚時間切れを狙うことは難しいだろう。
第二の騎士たちが大勢立ち直ってしまうのもそうだが、司祭が復帰してしまい、神聖魔法の補助を得た上位巨人を倒せるだけの戦力がないからだ。
しかし自分達に興味を示した巨人が健在のまま脱出したら追撃されて、最悪町中での戦闘が起きてしまう懸念がある。
表に出ている住民は少ないはずだが、奴の力なら家屋など簡単に粉砕されるに違いなく、騎士として人民に被害が及ぶことだけは絶対に避けねばならない。
「どどど、どーすんすか!?」
助けを求めるように叫んだアーレニウスには答えず、ふとした考えが浮かんだギルモアが問うように視線をやると。
戦いの中、自分を見返した幼なじみは口角の端を釣り上げにいっと笑って見せた。
―――まるで、自分の狙った状況を作り出すのはいまだ、と言わんばかりに。
「団長!」
なにやら通じ合う二人を見比べたアーレニウスが叫んだのとほぼ同時。
城壁の上のカッツに向けて『足止め後撤退せよ』の合図を出したギルモアは、アーレニウスに近づいて小さく囁いた。
「奴の足を止める。お前はポタス子爵とともに第一騎士団に身を寄せろ」
「わ、わかりました―――って団長達はどうすんすか!?」
その問いへの答えはなく、集まっているところを狙ったヘカトンケイルの攻撃を避けた彼らは分断されてしまう。
そこへ、走り通しで汗だく、膝も笑ってしまっているカッツから渾身の魔法が放たれた。
「万能なるマナよ! 雷獣の尾を束ねて網となし彼のものを捕らえよ―――ライトニング・バインド!!!」
もうこれ以上は、魔石があろうとも明かりの魔法一つすら唱えられない。
魔法の使いすぎで頭痛の激しいカッツは、火花を散らして地面から立ち上がった幾本もの光の縄が巨人の全身に絡みつくのを確認すると、制御室経由で中庭に続く階段に駆け込んだ。
「ぐああああああ!」「おのれええええ!」「うおおおおおお!」
足へ、腰へ、腕へ、首へ。
逃れようと引っ張ったり、切断すべく衝撃を与えると強烈な雷撃を発する縄に捕らわれたヘカトンケイルは引きちぎろうと全身に力をこめている。
当然、反抗的な虜囚に向けて雷撃が放たれたのだが、バチバチと弾ける火花は上位巨人の魔法防御力がほとんど遮ってしまっているようだ。
「食らえ!」
背後から迫ったギルモアが巨人のかかとを薙ぎ払い、岩塊のような手応えを切り裂いて血しぶきが舞った。
左足も殺せればとアーレニウスも側面から斬りかかった、のと同時。
「「「ウオオオオオオオッ!!」」」
雄叫びを上げて縄を引きちぎったヘカトンケイルは離脱しようとするギルモアに向けて広刃曲刀の突きを放ち、魔剣を振りかぶっていたアーレニウスに両手棍を叩きつける。
「チイッ!」
「んなっ!?」
ガギンッという硬い金属音と、ぐしゃっという鈍い音が同時にこだました。
広刃曲刀の一撃はブライアンが赤壁で弾いたのだが、大木ほどもある両手棍の直撃を受けたアーレニウスは地面に叩き付けられ、跳ね返り、十数メートルほど向こうに落ちる。
「キンディ卿!」
「アーレニウス!」
ブライアンとギルモアが声を出すと、飛びかけていた意識を何とか繋ぎ止めた彼は弱々しく左手をあげて生きている事を知らせた。
「この程度の魔法で我を縛り付けようとは片腹痛い」「上位種を甘く見るな」「だがいまの攻撃は悪くなかった」
傷を付けられたことを喜んでいるとでも言うのか。
血の流れるかかととギルモア、ブライアンを見た巨人はそう言うと、三つの頭で愉快そうに笑い声をあげる。
(……く…そ…余裕、ぶっこき、やがって……)
首飾りに付加されている物理障壁がなければ即死だった。
全身の激痛で身動きの取れない彼がなんとか霊薬を取り出そうとしていると、分配する様子を見ていたゴライアスが手を貸そうと駆け寄っていく。
「今の魔法で動きを止められないとは……!」
足がもつれて階段から転がり落ちてきたカッツももう立ち上がれそうにない。
四つん這いで荒い息を吐くほど消耗しているとはいえ、けん制のために無詠唱で放っていた弾系の魔法とは違う。
今の『雷撃網の魔法』は、曲がりなりにも魔導師の彼が全力を振り絞ったものなのに。
理力魔法への防御力が高いと言うことは、操魔技術を要する高位の戦技の威力も大幅に減衰させられるのと同義に当たる。
つまり魔剣を使うギルモアの剣技も通りづらいことに他ならないのだ。
「キンディ卿、はやくこれを!」
ゴライアスに霊薬を飲ませてもらったアーレニウスの全身が強い薬効の輝きに包まれた。
さすが欠損を再生するほどの効果ですぐに全身の痛みは治まったものの、強力なものを飲んだせいか、これまでの分と合わせて中毒症状が出始めてしまう。
「……やべ、吐きそう」
「捕まってください」
おそらくこれ以上を飲んだら真っ直ぐに歩く事すらままならない。
酒に酔ってしまったようにふらついているとゴライアスが肩を貸してくれて、向こうではモニクが立ち上がれないカッツに手を貸していた。
「もう終わりか」「しょせん小人」「この程度か」
「「……………」」
矮小な事だと嘲笑うヘカトンケイルと向かい合う二人の団長。
巨人の圧力に冷や汗の滲む第二騎士団にも勝敗は決したように見えた。
だが。
片足を引きずる巨人に向けて、まだ回復魔法がかけられていないのを見たギルモアはにやりと不敵な笑みを浮かべたのである。
「奴の相手は俺達で十分だ。お前達は行け」
俺達、が意味するのはギルモアとブライアンの二人だけ。
それが分かったアーレニウスとゴライアスは何を、と目をむいた。
役に立てそうにもないカッツとモニクは悔しそうに目を伏せた。
「は!? なんで俺が逃げなきゃなんねーんすか!?」
「団長!」
「フハハハハハ!」「全員で逃げなくて良いのか」「今なら逃げられるかも知れぬぞ」
そうは言いつつ巨人は殺気を漲らせている、全員が逃げようと背を向けたら武器を投げつけてくるぐらいのことはやるだろう。
「そう急くな。お前には人の根性ってものを見せてやる」
「「「ほう?」」」
慌てるなと魔剣を振って血を払ったギルモアから発せられる闘気が急激に膨れあがったので、間合いを詰めようとしていたヘカトンケイルの足がとまる。
瞬間。
その瞳に、覚悟の光が浮かんでいるのを見つけてアーレニウスは叫んでいた。
「団長! 何をする気なんすか!」
彼は知っているのだ、その眼差しの意味を。
彼は遠い外郭から見ていたのだ。
そうして出撃していった前親衛騎士団長が、己の命と引き替えに邪竜を斃した瞬間を。
「今なら逃げられますって! 一緒に逃げましょう!」
しかし逃げる気など微塵もないギルモアはゆっくり首を振ると、右手の魔剣をヘカトンケイルに突きつけて言った。
「ここからは無駄口を叩く暇なんてないぜ」
ドンッ、と音を立てるほどに密度の濃いオーラが彼の全身から噴き上がり、唐突な圧力の急増に巨人は三対の目を細める。
「「「ふむ」」」
それは操気技術の暴走ともいえるものだった。
肉体への負荷やその後の反動を無視し、命を削るほどに気を高める事で、ほんの僅かな時間だけ超越的な身体能力を手に入れられるのである。
だがその代償も凄まじく、前例自体多くはないが五体満足で生き残ったものは皆無という、まさに戦士にとっての禁じ手だ。
「「団長!」」
アーレニウスとゴライアスの声が重なり、振り返らない団長達の声も重なった。
「アーレニウス―――」「ゴライアス―――」
「「―――騎士団を頼む」」
「俺にできるワケないっしょ!? 俺も戦いますって!」
「馬鹿野郎。ふらふらの足手まといがでかい口を叩くんじゃねえよ」
さっさと行け、とギルモアが顎で城門を指す一方で。
ブライアンが殿を勤めると言った時から。
否、相手に勝利を確信させなければ意味がない花園作戦を発動する事になったときから、こうなる予感はしていたゴライアスは震える口をぎゅっと結ぶと最敬礼を以て応え、わめくアーレニウスを引きずって跳ね橋へと急ぐ。
「おいゴリラ! なんで逃げんだよ!?」
「自分は騎士であります! 命令は絶対なのであります!」
そう言いながらもゴライアスの両目からは涙が溢れていた。
納得できない、悔しい、悲しいのがありありと覗える苦悶の表情だった。
「ちくしょう! ちくしょおおおお!!!」
悲痛な叫びが徐々に遠ざかり、ぺこりと頭を下げたモニクも言葉のないカッツと共に二人の後を追いかける。
不意に静まりかえった中庭で。
まだ煌々と城や中庭を照らし出している明かりを見上げたギルモアが、喉が渇いたと呟きを漏らした。
「……冥界にも冷えたラガーはあるんだろうか」
「最初の一杯は、先に死んだ方のおごりだな」
表面の傷が増え、だいぶ塗装の剥がれた赤壁を構え直した親友の声に、頬を緩めた彼はくっくっと笑い声を漏らしてしまう。
「今日は負けん。ブライのおごりで飲むと決めた」
「せいぜい四連敗にならぬよう気張るんだな」
きっとこれから起こる戦いやその後の事は、なにくわぬ顔で城に戻ったモニクが、第二の騎士や窓から見ている者から聞き出してくれるだろう。
それらの情報は秘密裏に花園へと伝わり、第一騎士団たちが王女と共に城を奪還するときの役に立つはずだ。
そして何より、親衛騎士団長と第一騎士団長の二人が退場すれば、勝利を確信した相手は表だって行動を起こすに違いない。
「……若いのにあとを全部押しつけることになるな」
「その分、これまでの事を全部私たちに押しつければいいさ」
最後に頷き合った二人の騎士は乾杯をするようにごん、と拳と拳をぶつけ合うと、剣と盾を構えて斃すべき敵に向かって行った。
次回より第八節に入ります。




