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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第一節 冒険者の少年と貴族の少年⑤

6/26 改行位置の調整をしました

2/12 推敲

 絹のシーツが布かれているベッドを使う気にはなれず、いつもの野営のように床に座って休んだのが夜半過ぎ。


 それでも訓練された身体はきちんと体力、気力を回復させており、風呂に入れたせいかさらに気持ちよく五時きっかりに目覚めたリョウは日課の訓練をしようと剣を持って庭に出ていた。


「ん、ん~~っ。久しぶりにゆっくり寝られたな」


 まだメイドや執事も起き出していない館から少し離れ、柔軟体操と軽い運動で身体を解しながら今日はどうするかと考える。


 課題ややることは山のようにあるのだが、昨日までの復習がてら父親を相手にした仮想戦闘をする事にした。


(俺が試合用、親父は訓練用でやってみるか)


 ある程度の熟練者になると想像力によって生み出された影との模擬戦ができるようになるという。


 影剣闘シャドウ・トレーニングとも呼ばれるそれを行おうと目を閉じたリョウは、集中力を高めると暗闇に大男の影を作り出し、声、表情、性格、装備品などの記憶を張り付けて亡き父の形とした。


 さらに怪我をしない程度の訓練用、下手をすると霊薬や神聖魔法による回復が必要なほどの怪我もあり得る試合用、完全に殺しにかかってくる戦闘用といった本気度を追加。


 そこまでは影剣闘ができる者ならば一般的に行う設定なのだが、彼はその気になれば手持ちの道具、寝込みを襲われたとか隙を見て急襲したなどの会敵状況のほかに天候、地形、時間帯といった環境面、相手を斃さなければならないのか、逃げ延びれば良いのかといった勝利条件を追加することもできるのだ。


(―――ふむ。かかってくるがよい)


 ここまで来れば目を開けたままでも影が見えたままになる。


 大剣(グレート・ソード)を肩に担ぐ父が余裕を見せているので、ならば先手を取ろうと柄を握りしめた息子は気炎を吐いて鋭く斬りかかった。


「はあっ!」

(甘い)


 だが上段からの斬り下ろしは半身を捻ってかわされ、剣を引き戻す合間に突きつけられた切っ先が眼前に迫る。


 最小限の動きで頭をずらして眉間を抉ろうとする突きをかわしてから、横を取ろうと右に飛んだところで追撃の裏拳がカウンター気味に襲いかかってきた。


「うおっ!?」


 膝と腰を柔らかく使ってかがみこみ、拳の下側をくぐり抜ける。


 そのまま弾けるように飛び上がると相手の肩口に蹴りを入れることで跳躍を増した―――もちろん想像上の影に触れることなどできないので、そのあたりは脳内補正が必要だ。


 着地と同時にさらに三度、方向を少しずつ変えながら宙返りを打って距離を取った彼は、追ってこなかった父を振り返ると全然足りないなと口を尖らせた。


 これが試合用の設定だったなら激しい追撃が、戦闘用の設定だったなら突きをかわしたところで剣が横に変化し、側頭部から輪切りにされて終わっていただろう。


 最初の攻撃から素直すぎたなと頭を掻いた彼は、小さく二度飛び跳ねて戦闘用の集中に切り替えると仕切り直しだ、と両手剣を構えた。


「仕切り直しだ、親父!」



       ◇  ◇  ◇


 もう少しで六時を告げる鐘の音が鳴り、メイドなどの下働きや平民が目覚めると言う頃。


 いつの間にか庭に出てきたフォレスト親子は、ひたすら見えない相手に剣を振るっては飛び回るリョウを見学していた。


「彼が戦っている相手が見えるか」

「見えません。ですが、分かります。リョウはとんでもない相手と戦っている」


 ここまで緊張感が伝わってくるほどの戦いは、リョウが防戦一方に追い込まれているようだった。


 庭中を飛び回り、ひたすら後退しながら攻撃を受け流し、避けて、相手の隙を待っている。


 やがて。


「そこだ!!!」


 狙い通りのチャンスが来た、と地面を蹴って横に飛んだ彼が鋭く上段から斬りつけると、ボゴォという崩壊音と共に地面が二メートル四方ほどめくりあがる。


 だが、凄まじい剣圧をもってしても影にはまったく通用しなかった。


 想像上の父は左手で軽く衝撃波をいなしてしまったのである。


「ちぇっ。駄目か、しばりが多すぎたな」


 自分に対する制限が多すぎた、と負けを認める。


 修行がたらぬと笑っている影に一礼し、額から流れる汗を拭ったところで二人からの拍手が飛んだ。


「素晴らしい。本当に正規の訓練を受けていないのかと疑いたくなった」

「おはようございます、ブライアン様。ご覧になっていたのですね」


「おはようリョウ。凄かったよ、影剣闘って奴だね。相手は誰だったんだ?」

「まったく本気になってない親父さ。……あ、もしかして騒がしくして起こしてしまったか?」


 実戦訓練をしているとどうしてもかけ声は出てしまう。


 それで起こしてしまっていたら申し訳ないと恐縮するリョウに、右手の剣を見せたギルガメシュはそんなことは無いと首を振った。


「いや、僕たちも朝の訓練だ。一応日課なんだ」

「では早速始めるぞ。リョウはしばらく休んでいるといい」


「いえ、大丈夫ですからご一緒させてください」


 先に激しい訓練をこなしていたのだからとブライアンは言ったが、リョウはその申し出を断った。


 事実、あれだけの影剣闘を長時間こなしていたにもかかわらず、彼はもう呼吸を落ち着かせており、汗も少しずつ引き始めていたのである。


 どんな体力だと呆れたギルガメシュは準備運動を終えたので、昨日買ったばかりの剣を抜いて。


「ヤアッ!!!」


 力の限り剣を振り下ろす―――が、もちろん芝生は葉っぱ一枚だってそよがなかった。


 分かってはいたが何となく顔の赤くなった息子と、深いところでは十センチ以上も抉られている芝生を見比べたブライアンがとある剣技の名前を挙げた。


「あれはオーラスマッシュか。初級技とは思えない威力だったが」

「はい、父から伝授され―――」


 そこでハッと息を呑んだリョウは、丁寧に手入れされている芝生と、自分が抉ってしまった地面とを見比べ慌てて頭を下げる。


「すす、すみません! 見事な芝生を傷つけてしまって!」

「なに、気にする事はない。それに冬になれば枯れてしまう品種のはずだ」


 以後気をつけますともう一度頭を下げた少年に首をふり、深い傷跡に目をやったブライアンはふむ、と腕を組む。


(見習いの中に戦技を使えるものはほぼ居ない。私も修得したのは叙勲してからだったか)


 オーラスマッシュ。

 いわゆる『戦技』であり、武器種で大別された剣技のなかの初級技に分類される。


 『気斬』、『全力斬り』、『パワースマッシュ』など流派によって呼び名は様々だが、武器に気をこめ攻撃と同時に叩き付ける事で威力を格段に高めることは変わらない。


 剣技における基本の一つであり、達人ともなれば発展技の『斬鉄剣』により鉄の塊を断つことも可能になるという。


 棍棒技、斧技にも似たような技があるとおり、ほとんどの武器種の初級技であるゆえ、操気技術を身につけた者であれば修得は難しくないだろう。


 それでも気を込めるなどの予備動作―――いわゆる『溜め』と呼ばれる行為だ―――に時間がかかるはずで、リョウほど自然に高威力の一撃を繰り出すとなると今のブライアンでも難しいはずだ。


士位(マイナー)ではないな。匠位(マスター)……以上もありえるか?)


 ぶるり、と背中が震えたのは寒気か武者震いか。


 初級、士位ではなく匠位ともなれば超一流。

 どこかの国の指南役として引く手は数多であるし、道場を構えれば多くの門下生があつまるほどだ。


 王都の道場はほとんどが六年前に壊滅的な打撃を受けており、まともに運営できている流派は多くない。


 わざわざ騎士にならずとも剣術師範や指南役として身を立てる気があるならば、城はすぐに招聘するだろう。


(それが騎士になりたい、か)


 とんでもない拾いものだったかもしれぬ、と鳥肌の立つ二の腕をさすったブライアンは気取られまいと平静を装うと、並んで待っている二人に基本の型を教え始めたのだが。


 やはり、それが基本と知らなかっただけで型自体は身につけていたものだった。


 ブライアンが見本を見せると、そうだったのかと真似をしたリョウの構えは隙のない自然体で素晴らしいできばえだったのである。


「では木剣で試合をしてみなさい」

「父上、僕ではリョウの相手になりません……」


 倉庫から樫の木剣を持ち出してきたブライアンが指示すると、恐怖に顔を青ざめさせた息子が一歩後ずさった。


 もちろん彼がまだ初級にも満たないひよこであることは父も分かっている、そのままやらせたところでお互いに意味がない。


「リョウは『合わせ』はできるかね」

「ええ、大丈夫です」


「合わせ?」


 二人だけで会話が進んでいるので首を傾げたギルガメシュに、木剣を受け取ったリョウがああ、と言った。


「ああ、実力が伯仲するものがぶつかり合うとお互いを高めあう効果が大きいんだ。全力以上を引き出すから癖や欠点も見えやすい。合わせというのは、片方が相手の実力に合わせることで、擬似的にその状態を作り出す事を言うんだ」


 彼は二つのコップの水量を合わせるぐらいの気安さで言うが、相手の力を完全に見切り、自分のレベルをきちんと把握、制御して合わせられる技術があっての事である。


 決して実力が高いからといって必ずできるものではない、むしろできる方が圧倒的に少ないはずだ。


「とにかく、一方的にやられるわけじゃないのは分かった」


 分かったような分からないような、とにかく自分に合わせてくれると言うので安心したギルガメシュも木剣を受け取り、向かい合って一礼した二人はブライアンの合図で試合を始めたのだが。


「ヤアッ!」

「はっ!」


 最初はおっかなびっくりで剣を振り回していたギルガメシュだったが、激しいながらもどこかに考える余裕があるので、次第にこのやり取りが楽しいと思えるようになってきた。


「そこっ!」


「痛っ!? ……くそっ、ならばこうだ!」

「いいぞ、その調子!」


 自分が拙かったと思うときは攻撃を受けてしまうものの、リョウの動きをよく見て会心の一撃を繰り出すときちんと当てることができるのだ。


 ただ全力以上を引き出すというのも本当だったようで、三分もしないうちに息は絶え絶え、膝もがくがくと笑ってまともに立っていられなくなってしまう。


「もう、立っていられない……」


 握力もなくなって木剣を取り落とし、くてんと芝生に倒れ込む。


 腕を合わせてくれていたとはいえ、平然と素振りをしているリョウとのあまりの体力差に目の前が暗くなりかけのは、気持ちの問題か貧血か。


「リョウから見てどうか?」

「そうですね」


 本来ならこのあと感想戦をするのだが、息子にそんな余裕がなさそうなので代わりにブライアンが尋ねると。


「筋力、体力面はまず操気技術習得による底上げがしたいですね。左側の防御で怖がっているようなので盾を持つか構えを見直すといいかもしれません。また、攻防比が悪く、待つことが多い割には裁ききれないこともあるので積極的な攻撃と組立のために試合の数をこなす必要がありそうです」


 わずかなやり取りでギルガメシュを丸裸にした彼はすらすらと答え、面食らったブライアンはなにか希望は無いのかと言った。


「な、なにか見所とかないのかね?」

「たぶんギルは目がいいのだと思います。しかし、入ってくる情報の意味を理解して活かすことができていないのでは」


「目なんて、なんの役に立つんだ……」


 目がいいからって何の役に立つんだ、と手で顔を覆った本人はもっと別の才能で誉められたかったと落ち込んでしまう。


 そこへ町を目覚めさせる六時半を告げる鐘がゴーンと鳴りひびいた。


「今日はここまで。九時になったら王城へ行こう、鍛錬の間で他の騎士達の試合を見学するのだ」


「分かりました。……ってギル、大丈夫か?」

「うん、駄目」


 荒い息が収まらず、まだ座り込んでいるギルガメシュに苦笑したブライアンが先に戻ると館に行ってしまった後。


「座り込んでるよりは立ち上がってゆっくりと身体を伸ばした方が良い。力を込めずに呼吸を整えながらだ」

「わ、わかった……」


 手のひらで持ち上げるような仕草で促され、木剣を杖代わりに立ち上がったギルガメシュはふう、ふうと息を吐きながらも身体を伸ばし始めた。


「……なあ、リョウ」

「ん?」


「君が、強いのは、分かった。たが、本気を、出したら、どれほど、なんだ?」


 まだ呼吸が整わないながらも、先ほどの試合や彼からの指摘を思い返しながら言うと、そうだなぁと腕を組んだリョウがすぐには分からないことを言った。


「見せてもいいけど、先に便所に行っておいた方がいい」

「便所?」


 首を傾げたギルガメシュはそこで腕を止めて彼を見たのだが。


「やや、やっぱりやめておく!」


 出すものを出しておかないと尊厳を失うかもしれないという、とんでもない警告だと気がついて背筋が寒くなった。


 出来損ないを抜け出せるかもと希望を抱いた翌朝に、好きこのんで新たな黒歴史を刻む必要はない。


 知らなくて良い事だったと焦った彼はようやく呼吸が落ち着いたので、待ってくれていたリョウと木剣を片付けるために倉庫へ向かう。


「じゃあ戻ろう。朝食は七時からだ」

「……今日は妹さんと話せるかな?」


 期待はしないでくれ、とお手上げの仕草をしたギルガメシュに残念そうなリョウが頷き、二人は

館に戻ると階段で分かれたのだった。



 ―――ところで。

 ちょうどそのときベッドに顔を埋めてにおいをかいでいたメアリは、戻ってきた賓客を尻で出迎えてしまい死を覚悟したそうだ。


 決して不埒な行いを致していたわけではなく、シーツを変えに来たところ使った形跡が無かったのでどういう事かしらと確認していただけであり、弁明を聞いたリョウも苦笑いでなにも見ませんでしたと不問に処してくれたとのこと。


 しかし、聞き取りの際に恍惚とした表情で、訓練帰りのあのお方はとてもいいにおいがしましたと語る彼女がそう言う性癖の持ち主だった可能性は高い、と言うのは余談である。

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