第七節 剣の騎士と盾の騎士⑦
(´・ω・`)11,000字ぐらいあるので時間のあるときにどうぞ
【最近のあらすじ】
城から飛び降りた
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敵の騎馬隊を蹴散らしていたらアルとカッツに遭遇
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情報交換
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城に戻ろうとするアルとカッツをリョウが呼び止める
12/24 誤字修正
「ちょっと待った!」
「んぁー? まだ何かあんのか」
鋭い制止に立ち止まり、怪訝そうに振り返るアーレニウスに近づいたリョウは、ギルガメシュとシスティーナを手招きして男達から離れると小声で囁いた。
「……城からの脱出だが。裏門からではなく正門からの方が良いかもしれない」
「どういうことよ」
そう言われても跳ね橋のある正門から出るには中庭を突破する必要があり、中庭には第二騎士団が陣取っているのである。
二つしかない出入り口の片方から敵が攻めてきている以上、裏門から逃げるしかないとリョウ以外の四人は思ったのだが。
「飛び降りるとき東側にも北を目指す騎馬隊が見えたんだ。裏門狙いだとしたら、こちら側と合わせても少なすぎやしないか」
「ふむ。裏門が手薄なのは罠であると?」
あまりぴんと来なかったカッツは顎に手をやって考え込んでしまい、ギルガメシュとシスティーナもじゃあどうすればと俯く中。
面倒くせえと地面を蹴りつけたアーレニウスが、倒れている一人につかつかと歩み寄る。
「おい。死にたくなけりゃてめーらがナニを企んでんのか吐け」
「たたた、企みって……ギャッ!」
死んだふりでやり過ごそうとしていた一人の胸ぐらを掴み、力尽くで立ち上がらせると頬を殴りつけて次はねぇぞと低い声を出した。
「てめーみたいな下っ端が全部知ってるなんて思ってねぇよ。ただどんな命令を受けてたのか洗いざらい喋れってんだ」
「お、俺達は…東の部隊と逆回りに裏門に向かって、逃げようとする奴らを押さえ込めって……」
「それにしちゃ少なすぎねーかぁ!? 援軍とかあるんだろ!?」
「ヒイッ!?」
「援軍だよ! え、ん、ぐ、ん! まさかこんなしょっぱい騎馬隊で俺ら親衛騎士を抑えられるとでも思ってたのか!? アァン!?」
騎士になる前は悪たれ共とつるんでやんちゃしていたせいか、ちんぴら全開の恫喝は堂に入っている。
先ほど簡単にあしらわれただけあって親衛騎士のサーコートを着ているだけでも怖いのに、頭突きしそうな勢いで顔と顔を近づけた彼がゴルァ、オラァと威嚇しながら睨め付けたせいか、完全に戦意を喪失している男は子供のように泣き出してしまった。
「しら、しらねぇ! 偉そうな奴とか若い女を捕まえたら褒美をやるって言われてるだけだ! 信じてくれぇ…う、うわぁぁん!」
「……チッ!」
使えねぇと男を放り出し、四人のところに戻ってきた彼は肩をすくめながら首を振る。
「考えてみりゃ城を捨てて逃げるなんて本来ありえねーわ。そりゃ裏門だって手薄なんじゃねーのー?」
「傭兵を加えたところで第二騎士団が第一と親衛騎士を相手に勝てるはずがない。正面から突っ込んできた以上、罠か切り札を用意していると思う」
リョウ達が城を出ることや、それがいつなのかを敵側が予想できているかは分からないが、ギルモアがカッツの護衛を命じたアントンを味方に数えられそうなので大きな問題はないだろう。
カッツを狙うなら側を離れる必要がない上に、作戦開始時刻にわざわざ無防備になる風呂に入ったりはしないからだ。
それに、腹芸のはの字もできなさそうな彼が、裏をかくように立ち回れるとは思えないのも理由の一つである。
つまりギルモアを含めた三人以上の親衛騎士と宮廷魔導師が味方に数えられる時点で、宮廷司祭と残りの親衛騎士二人が裏切っていたとしても王女側の優位は簡単に揺らがない。
(親衛騎士三人と魔導師一人か。司祭や精霊使いがいないとしても、まともにぶつかろうとしたら相当な戦力が必要になる)
範囲攻撃が可能な戦技使いや魔法使いが相手では普通の小隊に勝ち目があるはずもなく、基本的には同格か上位の戦技使いをぶつけるか、大きな被害を覚悟しての消耗戦を仕掛けるぐらいしか手が無いとされている。
ブライアンの思惑はともかく、親衛騎士が加われば中庭は制圧されると見て良いはずで、合流を待つ第一騎士団は防御に徹しているに違いない。
(それが分かっているはずの第二騎士団が、親衛騎士のいない間に速攻をしかけないのには裏があるはずだ)
アーレニウスが小競り合いと表現した状況にも納得がいかない彼は、二人との邂逅により得られた情報からぼんやりとしていた状況把握の精度を一気に高めていた。
「魔具とか魔術師が出てくるとめんどくせーな。ま、こっちにゃ専門家のポタス導師もいるし大丈夫じゃねー?」
「それも想定してのことだと思う」
王女側の切り札は親衛騎士。
敵は中庭にその切り札が現れるのを待っている。
現状をそう読んだリョウが、やはり城に残るべきではないかと言う気持ちが強くなってぐしゃぐしゃと頭を掻いている横では、余裕と思われていた撤退戦に何かありそうだと、指揮する立場の父が心配なギルガメシュも険しい表情で城を振り仰いでいた。
「……済まない、一度まとめさせて欲しい」
そこへカッツが待ったをかけるように左手を挙げて、彼に視線が集まった。
「暗殺者の目的は王女様。攻めてきているのは第二騎士団。そちらの脱出時点で、第一騎士団と合流している親衛騎士はいない。……ここまでは良いかな?」
「最上階にはきていません」
「中庭にも居なかったみてーっすね」
それぞれ答えたリョウとアーレニウスに頷いたカッツは、こんこんと杖で石畳をつつきながら続ける。
「このまま親衛騎士が加われば第二騎士団を返り討ちにすることは可能だろう。これはフォレスト子爵も分かっているはずだ。だが、敵の正体を見極めるためにあえて城を放棄しようとしている、そうだな?」
「その通りです」
「そしてリョウ君は、フォレスト子爵が城に立てこもろうとしても結局は逃げる羽目になると考えたのか」
「はい。親衛騎士や宮廷魔導師といった戦術級存在を相手にして攻城戦を仕掛けるには、相手の戦力が足りなさすぎるのです。それは初動の襲撃の成否に関わらずです」
国王毒殺についてはふれていないため言わないが、これまでの黒幕の動きが周到なことから、この重要局面で分の悪い賭に出るとは思えなかった。
「つまり。本来の流れ―――防衛戦が続いた場合、主戦場になる中庭に敵の切り札が投入されたり罠に掛かったりして、親衛騎士が加わっていたとしても撤退を余儀なくされる。そこで裏門を目指したところに本命が現れて挟み撃ちになる、と」
「その為、ブライアン様が中庭での戦いを早期に引き上げて裏から撤退しようとした場合も、先に裏門の本命が投入されて中庭と挟み撃ちになりかねません」
「でもよー? そんな戦力、常識的にあり得っか?」
「俺が敵だったら?」
「……くっそー。ヒジョーシキの塊を見ちゃあ絶対にないって言い切れねーか」
片眉を動かしたリョウの低い声に、ぞくりと背筋が寒くなったアーレニウスは降参するように両手をあげざるをえなかった。
自分の知る常識など狭い世界のものであり、外の世界にはまだ見ぬ強者が研鑽を積んでいると鼻っ柱を叩き折られたのはわずか数週間前の話なのである。
とはいえ、彼の知る非常識さはまだまだほんの一部分でしかなく、このあとそれを目の当たりにするのだが。
「それに怖いのは切り札だけじゃない。行方のしれないフォートや桜花さん、それに宮廷司祭が第二騎士団に加わったら?」
「おいおい、脅かしすぎじゃねー?」
ギルモアにも勝ってしまうリョウと同格の敵が現れたら逃げるしかない。
あるいは二名以上の親衛騎士が敵に回ったり、体力回復や怪我の治癒、加護による防御力の向上など部隊の継戦能力を著しく向上させる司祭の参戦も苦戦する可能性を大きく高めるはずだ。
「兄貴と桜花が顔をみせねーのが悪いんだっつーの」
もともと直感型であり、戦術も詳しく学んだことのないアーレニウスは思考が行き詰まって地面を蹴りつけていた。
会話が止まった沈黙の合間にも冷たい空気を震わせて中庭の騒音はここまで伝わってきている。
まだお互いに破滅的な状況には及んでいないようだが、時間はあまり残されていないだろう。
「いったい、どうすれば……」
王女のつぶやきが白い息とともに漏れたとき、腕を組んで考え込んでいたリョウが目を開けた。
「相手の手が読み切れない以上、脱出経路の確保と戦力増強で対抗するしかない」
「いやおめー、戦力増強ったってどうやってよ? その辺の宿に泊まってる傭兵や冒険者に手を借りるんか?」
一番効果的なのは相手の作戦を看破してより的確な対策を講じることだが、そこに行き着けないので総合的な戦力強化をと考えるのはアーレニウスにも分かる。
しかし、こちら側の切り札とも言うべきリョウが加われないので別の場所から補充するしかないと思ったのだが、首を横に振った本人は信じられないことを言い、そして実行した。
「数を増やす方向も考えたが、時間的に間に合わなさそうだ。今は既存の戦力を高める方向でいく。アル、城壁の通路はどこが抑えているか見たか?」
「すくなくとも西側は第一の連中がいたぜー? 制御室に続く塔の入り口で第二とやり合ってたからな」
それなら、と壕の向こうに立ちふさがる城壁を見つめたリョウはその上にある通路を指さして言った。
「二人は逃げてきた時と同様に魔法で城壁に上がってくれ。まず跳ね橋の制御室を奪還。そうしたら中庭に続く扉を魔法錠で封鎖。ポタス導師、『硬質化施錠の魔法』は使えますか?」
「うむ、大丈夫だ」
もしも覚えていないのであれば魔符を出す予定だったリョウは、制御室みたいな要所にもシスティーナの部屋と同じような備えをしておくべきだったなと今後の改善点を脳裏に焼き付ける。
「制御室に待機させる第一の騎士には解錠の合い言葉を教えておいてください。本隊が中庭を抜いて町に出るときに合流できるように」
「んでそれから?」
「アルは城壁の上に戻り、通路を通って裏門へ。通用口から城に入ってブライアン様と合流してくれ」
「裏門の連中に事情を説明して第一本隊と合流すんだな?」
「そうだ。ギルモア様も城に到着されて良い頃だ、場合によっては第一との連携をお任せして先に中庭に向かい、態勢を整えておくと良いかも知れない」
そのあたりは門番に確認してくれと言ったリョウはカッツに視線を向ける。
「ポタス導師は相手の出方を見つつ上から援護してください。状況次第で動き方が変わると思います」
「責任重大だな」
大事なのは制御室の確保と魔導師による援護、それから情報連携なのでその辺りは臨機応変に、と言い含める少年にカッツは大きく頷いた。
「第一本隊との合流後、担当メイド達を連れて中庭を抜くときは力押し、しかも短期決戦になるだろう。アルは霊薬を持っていってくれ。邪魔になる分は預けるか分けて構わない」
「お? おお?」
言うなり十本入りの小箱が二つも差し出されたので、アーレニウスは受け取りながらも目を白黒させてしまった。
自分で調達したことがないので正確にはわからないが、種類と効果によっては白金貨数百枚は下らないに違いない。
「司祭の参加は期待できないが、回復魔法の代わりにはなるはずだ」
司祭の援護、つまり神聖魔法には物理防御力上昇のほか、神聖、暗黒といった霊的属性に加えて土水火風に氷や雷のような精霊属性の耐性を高める結界なども存在する。
その分は用意できないがというリョウであったが、少なくとも魔石なしの魔法でこの霊薬と同じ効果を出そうと思ったら熟練の司教が二人は必要だ。
「内訳は再生二、回復十、治癒六、解毒二だ。全部二倍効果だから中毒に気を付けて」
「倍効果をこんだけって、よく集められたな!?」
相場により上下はするものの、再生の倍効果だけでも一本金貨数千枚はするはずなのだ。
平民上がりで大金に縁のないアーレニウスはついつい、それだけの金があれば王都いちの宿に高級娼婦を何人も呼んで、酒池肉林な生活を長いこと続けられるなどと考えてしまったが。
「それからこの首飾りをかけて、指輪は適当にはめてくれ」
「さらに魔法の道具かよ!? おめーの道具入れはどーなってんだ!?」
「過信は禁物だが、物理防御と魔法防御が多少向上すると思えばいい。なのでポタス導師、アルには『物理障壁の魔法』と『魔術障壁の魔法』は不要です」
「マッ!? 魔術障壁の付与された装飾具だと!?」
武具や道具への付与かそうでないかによらず、同系同種の魔法の重ね掛けには意味がない。
なので無駄な消費を避けるためにも彼の忠告はもっともであるのだが。
導師級の魔法と同格以上の魔法の装飾具なんて高額すぎて、よほどの事が無い限りは普通の店舗で取り扱われるものではないレベルの品になる。
しかも理力魔法に対する防御力を上昇させる『魔法障壁の魔法』ではなく、魔術全般に対するものを手に入れようと思ったら、超一流の冒険者や大商人に貴族などが資産で殴り合うオークションで落札するか、危険だらけの古代遺跡で超大当たりを引く必要があった。
こんなものを持っていると大っぴらに知られたら売却の打診に付きまとわれるのは当然、美人局や色仕掛けでかすめ取ろうと謀られたり、広域手配をされるような盗賊団に狙われること間違いなしである。
「お、おめー、こんなんどっから…」
「説明してる暇はない、運が良かったとでも思ってくれ」
(……父上、こう言うのを金満作戦と言うのでしょうか?)
強引に押しつけられて呆然としている先輩を見つめ、気持ちはわかると生暖かい表情になってしまったのは体験済みのギルガメシュだった。
ただブライアンは言っていた。
金は力だが、表向きの汎用力に惑わされてはならない。
それが権力なのか豪運なのか家柄なのか腕っ節なのかはわからないが、気を付けるべきなのはそれだけの金を得られた背景なのだ、と。
「アルの防具は耐火性の高い多頭の怪蛇の革鎧と付加なしの胸部鎧だろう。魔法防御に不安があるからちょうど良いはずだ」
「おめーに鎧の素材なんて話したことあったっけ」
「見れば分かるよ」
「さいですかー」
リョウは事も無げに言ったが、怪物辞典を暗記させられたとか、昔は事前契約のいらない討伐依頼を狙ってばかりいたこともあって詳しいだけで、普通は分からない。
仰け反ったアーレニウスは深くつっこんでも疲れるだけだと察したのか反応が薄くなっており、向かいではギルガメシュがやはりそうなるよなと一人頷いていた。
「相手に戦技使いが含まれていても士技ぐらいなら大したダメージにはならないだろう」
「そりゃよかったわー」
単純に物理攻撃を防御する物理障壁と若干異なり、攻撃系の魔術全般に対する防御力を高めると言うことは、魔戦技、精霊戦技、聖戦技といった魔術戦技に対する防御力も高まることに他ならない。
戦技による消耗や受けたダメージは霊薬で補い、防御力を大幅に向上させることでアーレニウスの総合戦力は一段、いや二段向上したと言っても良いだろう。
次にポタス導師ですがと硬直していたカッツに向き直った彼は、魔法の道具入れから魔石の詰まった革袋を取り出していた。
「ポタス導師には魔石をお渡しします」
「まっ! まさか中はすべて魔石なのか!?」
魔術行使における精神力消費のほとんどを代替してくれる魔石のその数に、手持ちが一つしか無かったカッツは目を見開いてしまった。
時価金貨数千枚以上の数になるそれは、一人の魔導師が一日で使いきれないほどの量だったのである。
「ただし攻撃魔法は脅し程度、『昏睡の雲の魔法』など行動を阻害するものや味方への補助魔法を中心にしてなるべく犠牲を出さないでください。あと、上からとはいえ弓矢に狙われるとまずいのでこれも」
「ミ、『投射防御』まで持っているとは……」
最後に取り出されたのは拳大の水晶玉であり、彼の説明でなんの精霊珠かを察したカッツは絶句しながらもそれなら安心だとかくかく首を振っている。
弓技や大型弩など一定以上の打撃力は突き抜けてくるし、『弓矢誘導』という対抗魔法が存在するので完全とは言い難いが、城壁の上で風の精霊の加護があればより安全に第一騎士団を援護できるに違いない。
ただ渡された道具はどれもとんでもない値段であり、精霊珠に至っては王都の学院でも入荷されること自体が年に数個あるかないかである。
一大事なので使うことにためらいはないが、アーレニウスとカッツの二人がこれほどの備蓄がどこから出てきたと疑問に思うのも当然だった。
「おめーこんなのいつ用意したんよ。団長にこっそり買っとけって言われてたんかー?」
「そんなところだ」
「さすがブルーシップ伯爵だな」
準備の指示も、そのための資金もギルモアから出ていたのだと勘違いした二人は納得できたようであるが、事実は異なると知っているギルガメシュだけが苦笑いでやりとりを見つめている。
「すまない、ぱっと出せるのはこのぐらいだ」
本隊が裏庭に出てくる前にアーレニウスを合流させる必要があるので、第一騎士団がラピス達を呼び集める時間を含めてもこれ以上の余裕はないだろう。
確認や慣らしもなしに装備を変えての実戦は良くないので装飾具だけにしているが、時間が許すならば二人の装備も一新したかったリョウがすまなさそうにしているので、受け取った二人はとんでもないと首を振った。
「なに言ってやがんだ、こりゃスゲーぞ」
「うむ。魔石など、学院の在庫よりも多いのではないか?」
これでも足りないとなるとそれこそ邪竜や上位魔族、上位巨人族など、大陸東部に数えるほどしか存在しない超一流の集団でなければ倒せない相手になってしまう。
本能的に人里を襲おうとする邪竜はともかく、魔宮の最深部や封印された古代遺跡の守護者でも無ければ遭遇し得ない相手が出てくるとは考えにくい。
相手が主権簒奪を狙うのであれば、城や町まで壊滅させてしまっては本末転倒になるからだ。
「……ねえ、霊薬とか備蓄していなかったの?」
自分は何も与えられずに心苦しいシスティーナが非常時の備えぐらいあってもよいのではと尋ねると、顔を見合わせたアーレニウスとカッツはごもっともですがと渋い表情を浮かべた。
「六年前の邪竜襲撃時に使い切ってしまったそうです。補充の予算申請をしたそうですが、毎年余裕がないと主計に却下されているとか」
「魔石も同様です。フォレスト子爵も城の要所に『硬質化施錠』の魔符を配備したかったそうですが、やはり却下されたと」
保存性が低く、かといって魔法の道具入れなどを使うと取り出せる者が限られてしまう霊薬はともかく、魔石や魔符の購入を渋られるのも妙な話だなと思ったリョウは、主計には大臣の息子がいるという話を思い出し、もしかしてと呟いてしまった。
(もしかして、予算面からも弱体化を謀られていた?)
もしそうだとしたら厄介な場所を押さえられたものであるが、相手もまさか長い時間をかけてきた下準備を個人の財布でぶち壊されるとは夢にも思わなかったに違いない。
そもそも、あとにも先にも『無限の財布』なんて二つ名で呼ばれるようになる存在など彼しかいないのだから、予想しろというほうが無茶であるのだが。
「うちってそんなに財政が苦しいとは思えないけど」
「いわゆる内部留保と言う奴ですかな」
「もうあまり時間はなさそうだ。お互いにそろそろ行こう」
そのあたりを突き詰められると、ではこの道具を買う金はどこから出てきたと余計な疑念を生んだり説明が面倒なことになりそうだと思ったリョウが今度こその出発を促すと、顔を見合わせた四人も状況を思い出し揃って頷いた。
「ではキンディ男爵に『浮遊』をかけよう」
「たのんます」
『飛行《フライト》』は基本的に一人用であるし、二人にかけたところで同時に操作をするのも難しい。
霊薬の小箱を左腕に抱えたアーレニウスに魔法を使ったカッツは操作のための接続を切ると、今度は自分に『飛行』をかけるべく呪文の詠唱にとりかかる。
「万能なるマナよ―――」
「あの!」
そこにシスティーナが割り込んだ。
四人の注目を集めた少女はぎゅっと両の手を握りしめ、苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべている。
(私はなんて無力なんだろう。国のため危険に飛び込む者達になにも……なにも与える事ができないなんて)
国民同士が戦わねばならない悲しみ。
信頼する部下を戦いの地に赴かせる事の苦しさ。
彼らの忠義は父の治世によるものであり、自分はまだなにも応えられていない、与えられていないという無力感。
だがいくら苛まされようともリョウのように指示や道具を与えたりする事はできない。
無事を信じる事しかできない、追われる立場がとても歯がゆい彼女はただ、精一杯の言葉を振り絞ることしかできなかった。
「……二人ともどうか、無事で。城を、頼みます」
そんな王女の内心の苦しみこそ、得難い資質である事を知っていたアーレニウスとカッツは揃って不敵な笑みを浮かべる。
「ギュメレリー王国に『一角獣騎士団』ありと言わしめた親衛騎士の力、ご覧にいれましょう」
「王家の正当継承者であらせられるシスティーナ様。あなた様がこの国であり、この国があなた様なのです。どうかご無事で」
そして今度こそ『飛行の魔法』を使ったカッツは、アーレニウスの腕を掴んで夜空へ舞い上がって行った。
「俺達も行こう。ギルは一頭空馬を引いてくれ。システィーナは俺の前に乗るんだ」
「分かった―――って、馬が居ない」
南側を振り返ったギルガメシュに言われて見回せば、あれこれとやっている間に騎馬は一頭残らず逃げてしまっていた。
「訓練された軍馬なのに? 乗り手を残して?」
「あー、たぶん俺のせいだ。昔っから動物には距離を取られがちなのを忘れてた」
うっかりしてたと頬をかいたリョウはもともと犬にしろ猫にしろ馬にしろ牛にしろ、動物から近づかれた経験が無い。
自分から近づくと待っていてはくれる―――逃げられないだけかもしれない―――のだが、尻尾が緊張したり腹を見せて服従の姿勢を取られたりとあからさまに怖がられてしまうのである。
幼少期に父に尋ねてみたら父や祖父も同様だそうで体質と思って諦めるように言われてしまったし、勘が鋭く気配の探知にも長けている獣人族にあんたはドラゴンかなんかかと聞かれた事も何度かあるので、いまではそう言うものなのだろうと諦めていた。
ちなみに動物と人間のどちらにも変化できる獣人族は、もともとの人種間差別に加えて獣身症の感染源という風評もあって、大きな町などでは正体を隠し人間として過ごしている事が多い。
とある食堂では注文をとりに来た給仕娘がイグザート親子を見るなり卒倒して耳と尻尾を出したので実は獣人だったと騒ぎになってしまったこともあるし、道を歩いていたら熊のようにごつい男がいきなり仰向けに倒れ込んだ事もある。
落ち着かせて事情を聞いてみると本能的に怖いと感じるそうで、仰向けになって腹を見せるのは獣人の絶対服従の証なのだそうだ。
「俺はよぉ、ドラゴンって奴を見たことがあるんだが。そんときに感じた畏怖とか圧力みたいなもんをあんたから感じるんだよ。血が騒ぐっちゅうか、においっちゅうか、本能的にやばいって分かるんだ」
そのときには自分の実力を隠す技術を身につけていたので戦闘力に依存するものではないらしく、父の言うように体質か遺伝が原因なのだろう。
最近は接触する機会もなかったために忘れていたが、馬を使うなら早めに捕まえておくべきだったなと頭をかいたリョウに、少し周囲を見て回ったギルガメシュが言った。
「どうする? 町を出たところで博労から買うか?」
「もういいや、走っていこう。システィーナは俺に負ぶされ」
どうせすぐに乗り捨てるつもりだったし、と背中から剣を下ろしたリョウは腰に吊し直すと王女に背を向けてしゃがみ込んだのだが。
その大きな背中にちょっとどきっとしたシスティーナは反射的に申し出を断ってしまう。
「じ、自分で走れるから大丈夫!」
「いいから早く。走ると行っても町を出るまでじゃない、数百キロを走り通す事になる」
「「す!?」」
リョウが至って本気で言っていることを察し、この寒いのに二人の頬を冷や汗が伝った。
確かにアトゥムからダイアナまでは距離にしておよそ三百キロ、足下が平坦な主要街道なら一日に八十ロ前後を進む重種四頭立ての駅馬車でも四日弱はかかる距離になる。
「……えっと、じゃあ、ごめんなさい」
さすがに数百キロを走り通す自信などあろうはずもなく、目を見開いているギルガメシュに頑張ってねと頷いた王女はリョウの背中におぶさった。
緊張ではないなにかで頬を朱に染めた彼女が身を預けると、颯爽と立ち上がった彼はまだ硬直しているギルガメシュに向き直る。
「ギルは訓練がてら頑張ってくれ。きついようなら体力回復の霊薬があるから」
「わ、分かった」
それなら何とかなるだろうと頷き返したのを合図に二つの影が夜闇に消えていき、ひゅううと冷たい風が二度ほど吹き荒んだあと。
「……いったか?」
「……たぶん」
あちこち痛む冷え切った身体を起こした一人は、すぐ側で地面に横たわりながら目だけを開けている男に視線を向けた。
「連中、ダイアナに向かうっつってたが」
「……俺はもうこりごりだ。故郷に戻って畑でも耕すよ」
「そうか。……俺も傭兵、向いてなかったのかな」
「桁が違うってのはああ言うのをいうんだな。命があっただけでも良しとしようぜ」
相手が殺そうと思えば余裕でできたのは男達にも分かっていた。
本来はあり得ない慈悲を投げ捨ててまでもう一度敵対組織に戻る方がどうかしている、傭兵だって金と命のどちらが大事かと言われれば答えは一つしかないからだ。
そうだな、と頷いた男は周辺に転がっている仲間を見回すと、おそらく折れている左腕をかばいながらゆっくりと立ち上がった。
「ここで解散だ。報告したい奴は好きにすりゃいい」
その宣言を合図に立ち上がった男達は意識のない者を担ぎ上げたり、足の折れた者に肩を貸したりしながら方々へ散っていく。
「お前、どうするよ」
「イテテテ、もっとそっとやってくれ。……俺はプテロニアにでも行ってみるわ。最近、野盗共の縄張り争いが激しいらしくて、今まで安全だった場所でも仕事があるみたいだからよ」
「ギュメレリーを離れるのか?」
「どっちが勝つかは分からんが、ここはこれから荒れるだろうよ」
それに、もう二度とあんなバケモンの相手はしたくないと眉をしかめた男は毒気をすっかり抜かれてしまったらしく、げっそりとした表情で壕から離れていった。
結局、褒美を期待して女はダイアナに逃げたと報告に行った二人の他は、圧倒的な力の差を実感して傭兵を引退したり他国に流れたりして、第二騎士団に戻らなかったのである。
【ややこしい用語整理】
回復→体力、いわゆるスタミナ面。使いすぎるとへとへとになる。
治癒→怪我の治癒、HP、ライフ、生命力系。ゼロ以下になると死ぬ。
治療→病気の治療。
これまでで治癒と治療が逆になってたり、キュアーだったりキュアだったりする部分はそのうち修正します




