第七節 剣の騎士と盾の騎士⑥
うめく男達を尻目に合流した五人。
「アルさん、怪我は!?」
「んなもんねーよ、全部返り血だ」
心配するギルガメシュにぴんぴんしてらぁと笑ったアーレニウスは、剣の血を振り払って鞘に収めると踵を揃えてシスティーナに敬礼する。
「姫様、ご無事で何よりです」
「上層で魔法の爆発があったので心配しましたぞ」
「私は大丈夫。あなた達も無事で良かったわ」
魔法制御を補助する杖をついたカッツも深々と頭を下げたのでフードを下ろした王女は臣下の無事を喜んだが、万一のことを考えたリョウだけは警戒を解かないでいた。
おそらく同時に研究室が襲撃され、彼らは魔法で脱出したのだろう。
しかし敵に狙われた上にギルモアが護衛を付けていたカッツはともかく、アーレニウスが内通者でない確証を得られていないためだ。
「研究室が爆破されたと聞いているが、二人ともどうしてここに?」
「風呂に入りたいっつーとっつぁんと交代して導師の警護についてたんだけどよ。いきなり覆面の連中が攻撃してきてなー? 二人ほどぶち殺したところで火炎瓶をいくつも投げ込まれちまったんだわ」
受け止めて投げ返す、投擲のそぶりを見せたところで先手を打つなどが可能な一流もいるが、毒や油など危険物である可能性が高いことから投げつけられた異物への対処は回避が基本になる。
アーレニウスは戸口で二人を相手にしながら燃える布栓を空中で二つ斬りとばしたものの、火がついたままの三本が床で割れて揮発性の高い油が燃え広がってしまったのだ。
「あの部屋は可燃物に危険物などいろいろあってな。残念ながら消火が間に合わなさそうなので窓から脱出したのだよ」
「中庭じゃ第一と第二が小競り合いをしてるわ、飛んでる俺らに気づいた奴らが弓の準備をするわでよー。ちんたらしてたら穴だらけにされるところだったぜ」
「なるほど、魔法ではなくいろいろな薬に引火しての爆発だったのですか」
二人の説明に違和感は無かったものの、そもそも城に大量の危険物を持ち込むのはどうなんだろうと思ってしまったリョウである。
とは言え、いまそれを言っても仕方がない。
魔導師であるカッツに魔法を使う余裕があったなら、窓から飛び出して城壁を飛び越えることも簡単だろうと納得していると、貴重な試薬や古文書を失った彼が苦々しい表情で声を震わせた。
「残念ながら、エリーしか連れ出す事ができなかった………」
エリーと言うのはカッツが飼っているスライムの愛称であり、正確にはエリザベスと名付けられている。
餌をやると淡く発光する珍しい種類のため、ランプ代わりに使いつつも増殖させられないか研究していたのだそうだ。
「あの、両隣に詰めていた宮廷魔導師や錬金術師は」
まさかスライムを連れてきておいて部下を見捨ててはいないだろうと確認すれば、頷いた彼は学院と協会のある方に視線を向けた。
「ああ、二人とも一緒に脱出して学院と協会に向かわせている」
(こっちの爆発から間があったのもそのせいか。なら『浮遊の魔法』や『飛行の魔法』をかける余裕もあっただろう)
もう一人の魔導師と手分けして『浮遊』をかけたあとに、『飛行』を使ったカッツが手を繋いだ三人を引っ張りでもしたのだろう。
研究室は南側にあり、中庭に面しているため第一と第二の戦闘を見下ろすことになったのだろうが、弓で撃たれる前に逃げられたのは不幸中の幸いだった。
(敵はシスティーナと同じぐらいカッツさんを消したがっていたわけだ。ここで会ったのは偶然だし、アルが殺そうと思えばすでに出来たはずだな)
護衛を指示されていたアントンとの交代が意図的だったとしても、一緒に殺されかけたことやこれまでにカッツを襲っていないことから、アーレニウスが内通者である可能性は限りなく低い。
勘と状況の両方から彼らが敵ではないと思ったリョウはそれで少し警戒を緩める。
「跳ね橋は抑えられてるみたいだからよ、裏門から戻ろうと思ったところで導師がマナの動きを感じるつってなー? 見上げてみりゃ誰かが空中をお散歩中だったワケ」
性格なのか、自分達も魔法で城壁を飛び越えたせいなのかは分からないが、さほど驚いた様子のないアーレニウスは今度はそっちの番だぜと三人を見回した。
「んでいったい何が起きてんだ? なんで姫様連れて大脱出なんてしてんのさ」
「それが、最上階にも―――」
◇
リョウの説明と城壁越しに伝わってくる戦いの騒音とに耳を澄ませていたアーレニウスは、左の手のひらに右の拳をばしんと打ち付けて言った。
「最上階に暗殺者だー? 桜花はナニやってたんだよ」
「………ブライアン様が言うには、集会所には書類の山だけで誰もいなかったらしい」
「マジかよ!? ……便所ならエクレットは残ってるだろうし……」
裏切りか、すでに敵の手に落ちてしまったか。
嫌な想像しかできなかった彼は暗いここでも分かるぐらいに顔色を変えている。
「……第一はアイーダ達を連れて脱出予定、魔法使いと錬金術師は俺と一緒に逃げた、司祭は行方不明、その他の連中は部屋に隠れているんだな?」
「ああ、その認識で合っている」
「団長も城に向かっている最中と思って良いか。とっつぁんは風呂。するってぇと桜花と兄貴が所在不明と」
「フォートの国葬後の予定はアルと同じで城内巡回と聞いている。だが俺たちが脱出するまでに見かけてはいない」
「すぐ駆けつけられない場所だったのか、別の理由かはわからねーな」
ギルモアから定期的に団員の予定を聞いていたリョウが言うと、集会所の行動予定表を見ていたアーレニウスも分かっている、と小さく頷いた。
声がいつもより低くなっている彼はそれで、大体の状況が把握できたので顎に手をやって考え込んでいたが。
「めぼしいトコだと第二と宮廷司祭が敵なわけか。おっぱいちゃん殺すのはもったいねーけど敵ならしゃーねーな」
「まだ全員が敵と決まったわけじゃない。騙されているだけ、従わされているだけの可能性もある」
リョウは所属だけで敵か味方かを判断するのは早計だと言ったが、つい先ほど殺されかかった上に惚れた女の安否も不明とあって彼はかなり殺気だっている。
「んな悠長なこと言ってる場合かよ、敵集団を全部敵と見なしてなにが悪い。個人の思惑はどうあれこっちを殺そうとしてんだぞ」
敵対する理由が上からの指示なのか、個人の考えなのかは関係ないとばっさり言い切ったアーレニウスは、さらに聖域がらみはやっかいだと舌を出す。
「それに神殿は俺らとは別のしがらみもあっからな、もし頭のハーヴ高司教が敵なら下は逆らえねーだろ。宗教こえー! めんどくせー!」
司祭職の冒険者と異なって、神殿勤めの彼らはあくまでも聖域からの派遣であり、国からの指示だけに従っていれば良いわけではないのだ。
聖域は聖域で基本的に各国と協力関係にあるが、かつての奴隷制廃止のように圧力をかけてくることもあれば、お布施をねだってくる例もあるし、複数の国に跨った派閥争いや権力争いも皆無ではない。
アーレニウスは宗教怖い、面倒くさいと言ったが、実際に怖くて面倒くさいのは天界の神々に対する信仰や立場を利用し、さも自分の言葉が神の意志のように振る舞ってなにかを企む連中なのである。
レオナを含めたほかの司祭たちがどこまで出世に興味があるか定かではないが、超がつくほど階級社会で上に行けばいくほど権力の強くなる聖域に所属する以上、上の命令に逆らうことは難しいと思われた。
なにしろ上の機嫌を損ねれば、出身国の王都勤務から危険地域の村やとんでもない遠方の国に異動させられてしまう可能性だってあるのである。
逆に言えば、派遣された国に気に入られず宮廷司祭になれなかったとしても神殿の要職に就くことはできるのだ。
集団に属するなら上に従わざるを得ないというのは人の世の常であり、リョウもそれを否定する気はない。
だが、力のある者ならば手心を加えることができるだろうと彼は言った。
「アルなら殺さずに無力化するぐらいいくらでもできるだろう。だいたい、騙されたり上の指示で敵に回ってしまったのが桜花さんだったとしたら殺せるのか? 助けたいと思わないのか?」
「そりゃおめー、桜花は特別よ」
「自分の担当メイドだったら?」
「アイーダにも世話になってっから、殺したら目覚めがわりー」
「じゃあ桜花さんお付きのエクレットは」
「……桜花に怒られる」
「第二は前に所属していたところなんだろう。世話になった先輩とか目をかけていた後輩とかいるんじゃないのか」
「あーあーあーあー、分かった! 分かりました! 手当たり次第にぶち殺すのは勘弁してやんよ!」
大げさに腕を広げたアーレニウスはクソ生意気な後輩めと思いつつも、頭に血が上っていたことを自覚できたのか、大きく息をついて気持ちを入れ替える。
「ほんっとにかわいくねー奴。んでお前らはどうすんよ?」
声に軽さが戻ったので大丈夫だろうと頷いたリョウは、うめいている男達に意味ありげな視線を向けながらわざと聞こえるような声で言った。
「ダイアナ領主を頼ろうと思う。ギルモア様を見かけたらそう伝えてくれ」
「ダイアナか」
分かったと簡単に頷かれてしまったので、言葉通りの意味じゃないと左目を何回か瞑った彼はもう一度周囲の男達に視線を向ける。
それで何を言わんとしているかを察した先輩も二度頷いて大きめの声を出した。
「………あ、あーあーあーダイアナな! 公は頼りになる方だし西方騎士団もいるしな!」
城中のメイドや文官のみならず、町の娘やおばちゃん達との会話も得意なだけあってアーレニウスの頭の回転は悪くない。
過去の雑談から本当の目的地を察した彼は、抜け目のないリョウに小さく肩をすくめるしかなかった。
「んじゃ俺はとりあえず第二の連中ボコってくるわ。ポタス導師、援護たのんます」
「引き受けた」
これで情報交換は十分だろうと思った二人はシスティーナに頭を下げると北の裏門を目指すべく三人の脇を通り過ぎる。
「姫様の事、任せたぜー?」
そう言って通り過ぎるアーレニウスに肩を叩かれた瞬間、このまま行かせたら危険だという気持ちが強くなったリョウは二人を呼び止めていた。




