第七節 剣の騎士と盾の騎士⑤
前回のあらすじ(横書き専用)
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「うわあああああ!」
「きゃああああああ!」
二つの悲鳴が冬の冷たい空気を震わせる。
壕まで飛ぶと言っても裏庭は決して狭くない、助走をつけたところで水面まで届くとは思えなかったギルガメシュはリョウが何をしても驚かないという決意をすっかり忘れているが、これを驚くなと言う方が無茶だろう。
世界には魔法という不可思議な力があり、魔具を使えば魔力を持たぬ者でも火の玉を出したり空を飛んだり、変化することができると知ってはいても、とっさに染みついた常識から抜け出せる人はそう多くないのだ。
「なんだっ!?」
「人!?」
「飛び降りだ!」
松明を片手に走り回っていた伝令や、裏門の防衛にあたろうと通用口から出てきた第一の騎士達も、頭上を振り仰いで飛び出した人影に足を止めてしまう。
「レビテーション!」
大勢が墜落死を想像して身構えたり顔を背けるよりも早くリョウが鍵となる言葉を唱えると、王女を抱える手に持っていた魔符の一枚が消えてギルガメシュが浮遊感に包まれた。
「ぐっ!?」
しかし浮いたのは良いのだが、首根っこを掴まれている仰向けの彼に二人がぶら下がる形になってしまったため、革鎧が喉に食い込んで息が止まってしまう。
それでも基本、百キロ程度までしか支えられない魔法で完全装備の騎士二人と少女一人を支えることはさすがに不可能で、いくら上方への浮力を与えようとも墜落するのが僅かに伸びただけだ。
「駄目っ! まだ落ちてる!」
しがみつくシスティーナは恐怖に顔をひきつらせているが、リョウには月明かりに浮かび上がるアトゥムの町並みを見回す余裕すらあった。
(俺一人ならこれで十分だが―――)
父親から繰り返し高所からの飛び降り訓練―――と言う名の突き落としや投げ落とし―――を受けていた自分一人であればこれで着地に十分なのだが、ギルガメシュの息がもつとしても壕を飛び越えるには飛距離が足りないし、システィーナへの衝撃も決して小さくない。
追加が必要なことも計算済みだった彼は魔法の制御を切り離すともう一度、今度は自分に浮遊の魔符を使う。
「レビテーション!」
最後の一枚はリョウと装備に少しの余分を加えた程度のものなので落下は止まらなかったものの、下への勢いはだいぶ緩やかになって縦より横の移動が大きくなった、このまま行けば城壁は越えられる。
放物線を描いて驚く騎士達と裏庭を飛び越えた三人は城壁に立つ尖塔の屋根を蹴って西に向かうと、壕を斜めに飛び越えて。
「はい到着」
地面近くで上に投げるようにギルガメシュを空中に残したリョウは、唯一『浮遊』のかかっていないシスティーナの衝撃を殺すべく膝の裏に腕を回し、お姫様をお姫様だっこすると柔らかく着地した。
「……ほ…ほんとに、飛んじゃった……!」
飛び出してからわずか十数秒の出来事である。
魔法使いでもない戦士の彼が、魔符とは言え魔法使い的な方法を使うと想像できなかった王女はそっと下ろされたにもかかわらずにすこしふらついてしまったが。
「おっと」
「あっ、ごめんなさい。大丈夫だから」
離れかけた手が背中を支えてくれて、今度は真っ直ぐ立った彼女は改めて最上層に口を開けている大穴と城壁と自分の足下とを見比べて凄い、と呟いてしまった。
「魔法って凄いのね。相手もまさか飛び降りるなんて予想できなかったんじゃないかしら」
「単純な破壊や攻撃だけじゃない。理力魔法の効果は多岐にわたるから採れる策も多くなる。味方だと心強いが、敵に回られると厄介だ」
だから魔法は怖いと言う彼の言葉は半分正しい。
冒険者のパーティでも魔術師、特に魔法使いの数が多ければ多いほど戦力は増大して戦略も多角、幅広になる。
難しい討伐依頼の条件に魔法使いの参加が指定されていることも多く、仲間の募集数も司祭と魔法使いの二つが飛び抜けていることがそれを裏付けていた。
ただ、本来魔法はその効果が大きければ大きいほど精神力の消耗を伴うものであり、精神力の代替となる魔石や、魔法自体を封じ込めた魔符の値段がとんでもないことから好き放題に使えるものではない。
一つの魔法の熟練を高めて消耗を押さえるにも才能や多くの訓練を必要とし、大きな範囲魔法何回かで打ち止めになるのが普通の魔法使いなのだ。
いかに金持ちであっても学院の在庫と言う制限を受けるし、アトゥムの在庫を買い占めていたリョウもすでに手待ちからなくなった種類が出始めている。
威力は高いが乱用はできずに出しどころが重要になる、という点では高位の戦技とあまり変わらないのだが。
だが、もしも。
リョウの父ハスラムや剣聖ウェンダートのように匠技や豪技をいくつも繰り出せる戦士や、高位の魔法を好きなだけ行使できる大魔法使いがいたとしたら。
それは超越者と呼ぶに相応しく、高位魔族やドラゴンと同様に生半可な戦力では太刀打ちできない存在と言うことになるだろう。
「……私もいざというときの護身用に魔符を持っておこうかな?」
「素人が使ったところで暴発したり味方を巻き込むだけだぞ。魔術師について訓練しないと」
そこは俺がいるから不要だと言うところでしょうと口をとがらせた王女は一瞬後、わずかな違和感に眉を動かしてしまった。
(あれっ?)
自分は護られなければならない王女であり、彼は護らなければならない近衛騎士なので間違ってはいないのだ。
しかしそこに行き着くための根っことなる部分が立場からではなく、感情から出てきたように感じられたのは気のせいなのだろうか。
右手を胸に当ててみても心臓はいつも通りであるし、左手を頬に当ててみても火照っているどころか冷気にさらされて冷たくなっている。
なのできっと気のせいだと自分を納得させたシスティーナは、リョウが残りの魔符を道具入れにしまう様子を見ながらずいぶん多芸なのねとその理由を聞いてみた。
「あなたは魔法使いでもないのにずいぶん慣れてるみたいね?」
「前にギルには言ったかな。うちの親父、理力魔法については特に厳しかったんだよ」
前にも少し触れたが魔法は魔法で身体を使うのとはまた別の技術が必要になり、素人が魔具を使ったところで魔法を上手く制御できないものなのだ。
司祭や精霊使いなど別の体系の魔法を使う者であれば親和性があるが、魔剣技に必要な操魔技術では代替にならず精神力を使う必要があり、魔符や魔石の利用にもある程度の消耗があるのもそれが理由になる。
「魔符や魔法使いを相手にする時にも役に立つしさ」
「さっそくその教訓が活きたわけね」
お見事でした、と華麗な滑空を思い出したシスティーナが誉めていると、まだ地上二メートルほどを漂っていたギルガメシュが忘れてくれるなと悲しそうな声を出してきた。
「おーい。僕のことを忘れてやしないか」
「もちろん覚えているが、前にも言った通り魔具の効果は一定なんだ。『浮遊』だと浮力の操作はできるが効果時間は変更できない」
ほら、と腕を組んだまま少し地面を離れてみせたリョウ自身にもまだ魔法が働いている状態であり、地面に立っているのは下方への操作をしているだけの見せかけなのである。
「じゃあ僕も地面に下ろしてくれ!」
「同時に二つの魔法を操作するのは難しいんだよ。というか、さっきそっちの制御を切ってしまったんだ。残念ながら再接続もできない」
本来は呪文の詠唱など一定の手順に乗っ取って励起させるマナの動きを一時停止させたり、一度切断した魔法制御の再接続や、複数の魔法を同時に制御、操作する『多重詠唱』の技能は超越者かそれに近しい超一流の大魔導師でなければなし得ない。
剣術や体術など身体を使う技能と比べてそちらの成長が芳しくなく、父親には精神的に成熟し訓練を積むまで使わない方が良いだろうとまで言われていたリョウは済まないなと肩をすくめた。
「効果時間が切れるまであとどのぐらいだ?」
「……あれは十五分ぐらいだったかな?」
「じょ、冗談じゃない!」
緊急事態になにを悠長なと、じたばたもがくうちに頭が下になってしまったギルガメシュはなんとか地上にたどり着こうと空中を泳いでおり、色男台無しの表情と必死な様子があまりにもおかしかったのでシスティーナはつい吹き出してしまう。
「ふふ、ギルったら蛙みたい」
「笑い事じゃないです!」
「ごめんなさい、ふふふふ」
口に手をあてて上品に笑う王女が決して悲観的になっていないようなので、少しほっとしたリョウはギルガメシュの腕を掴んで上下を戻してやると魔術解除の魔符を取り出した。
「ディスペル・マジック!」
「……消せるなら最初からやってくれ」
襲撃者が網に使ったときとは異なって、パキュッと乾いた音とともに浮遊の呪力が打ち消される。
無事地上に帰還したギルガメシュが批難するような視線を向けると、値段はともかく最後の一枚だったリョウは使うつもりは無かったんだけどなと肩をすくめた。
「消せるけど、これが最後の一枚で俺は浮いたままだ」
「使ってしまってよかったのか?」
「予定外の遭遇戦がこれ以上起きなければ大丈夫だろう」
「遭遇戦!?」
戦いが起きるのか、と目を丸くしたギルガメシュは即座に集中を高めて柄に手をかけたが、壕沿いに伸びる街路の南を指さしたリョウはもう少し時間があるはずだと余裕の表情を浮かべている。
「下りてくる最中に騎馬隊がこっちへ向かってくるのが見えたんだ。向こうの戦力を削りたいのと、馬を徴発したいってことで潰してから逃げよう」
「だからわざわざ方向転換したのか」
飛び降りの最中に、厳戒態勢で街灯も暗いままの町を確認する余裕なんてあるわけがなかったギルガメシュはようやく空中での方向転換に納得がいって赤くなっている喉をそっとさすった。
「余裕もあったから。システィーナが予想より軽かったんだ」
「ふ、不敬よ……!」
まったくこの少年ときたら、いろいろと気が回るくせに乙女の体重に触れてはならぬという世界の不文律を知らぬとみえる。
真っ赤になった王女は抗議の意を示すようにリョウの背中をてしてしと叩いていたが、そう言えばと道具入れに突っ込まれた手が中からフード付きのブランケットと厚手のブーツを取りだしていた。
「システィーナ、冷えないようにこれを。サンダルも履き替えた方がいい」
「あっ、ありがとう」
裏起毛のガウンを羽織っているとは言え今夜の冷え込みはかなりのものだ。
石畳もかなり冷たくなっており、素足にサンダル履きの指先は感覚が遠のき始めていたのである。
衝撃やら興奮やらであまり感じてはいなかったが、実はかなり寒いことに気づいたシスティーナが温かそうなブランケットをもそもそと着ていると、その様子を横目で見ていたギルガメシュは色からして女性用と思しき新品をなぜ持っていたんだと聞くのも馬鹿らしくて眉を動かすだけにしておいた。
(どうせたまたま持っていたとか、こういう場合も想定して準備しておいたって言われるに違いない)
ブーツの内側もだが、ブランケットの裏地には成体で体長五メートルほどにもなる金毛羊と思しき金色の毛が使われているようだ。
この金毛を使った防寒具は見た目が美しいだけではない。
保湿性能が抜群で汗冷えしにくく、湿気を吸収して放湿するので蒸れにくいうえに防臭効果もある優れもので、お高い割には貴族、冒険者の間で人気製品となっている。
ちなみに、しっかり怪物図鑑に載っている金毛羊はつぶらな黒目にふわふわもこもこの外見からは想像もつかぬほどどう猛で、物理防御力が異常に高いために毛皮狩りには罠や毒入りの撒き餌などが使われるそうだ。
入手が困難なために普通の羊毛を染めただけの模造品も多く、新人の冒険者などが詐欺に遭う例も少なくない。
「リョウ、向かってくるのは敵でいいんだな?」
「ああ。第一騎士団に騎馬隊がいない以上、今は敵と思って良いだろう」
もちろん斥候や伝令のための騎馬を飼育していないわけではないが、王城、王都防衛が主な任務である第一には騎馬で構成された小隊がないのである。
逆に外敵対応や遠征など町の外が専門の第二はアトゥムの近くに牧場を持っており、常に数十頭が飼育され軍馬としての訓練を受けているのだ。
「斥候なのか裏門を抑える部隊なのかは分からないがな。俺が前に出る、ギルはシスティーナを頼む」
「分かった」
何騎の小隊なのかは分からないが、少なくとも十騎は下るまい。
なのに行きがけの駄賃とばかりに言い放つリョウが頼もしくもあり、底知れぬ実力が改めて恐ろしくもあったギルガメシュが耳を澄ませていると、松明の明かりとともに蹄鉄が石畳を蹴る音が近づいてきた。
「いたぞ! 城から飛び降りた奴らだ!」
「魔符に気をつけろ!」
二度の爆発で城に注目が集まっていることは分かりきっていたし、北地区の住民で目の良い者も人影が飛び出していたことに気づいているだろう。
足取りを掴ませないのであればすぐにでも移動して身を隠すところだったのだが、王女が城を脱出している情報を与えておきたかったリョウが敵勢力と接触ができて良かったと考えていると、魔剣を抜いたギルガメシュが何者だと声を張り上げる。
「なんだこいつら、制式装備の騎士団じゃない!?」
「ああん? 俺たちゃ第二騎士団様だぜぇ?」
(……遠征と見せかけて出ていた間にかき集めた傭兵の訓練をしていたのか。寄せ集めの集団とは考えない方がいいな)
どちらかと言えば傭兵団と言った方が相応しい、装備がてんでばらばらの男達を一瞥したリョウはなるほどと眉を動かしていた。
ドラゴンを相手にできるような超一流から共生スライムにももたつく自称までの格差は激しいが、野盗や外敵との戦いを前提とする冒険者や傭兵の戦力は決して侮れるものではない。
ただ、戦争中ならまだしも今のご時世では単独や数名までの少数戦術を基本とする者が多く、騎士の使う集団戦術には馴染みが浅かったりするのだが。
「試験も受けていないくせに!」
「特例って奴よ! 第二騎士団団長直々のな!」
「おい、こいつらもしかして大当たりって奴じゃねーのか?」
「へへへ、俺もそう思ってたとこだ」
東側の部隊とともに裏門の制圧が任務だった男達は捕縛あるいは殺害すれば特別褒賞となる重要人物に運良く出くわしたと考えており、視線と表情に欲望を漲らせている。
先頭の一人が包囲の合図を飛ばすと部隊は三人を取り囲もうと円陣を組み、長年訓練を積み重ねた騎士団のように一糸乱れぬ統率とまではいかないものの、それなりの形になっている動きは敵側も準備に時間をかけていたことを感じさせた。
(注意が必要な相手はいないようだ。殺す必要もないし少し脅かす程度で良いな)
リョウ以上に実力を隠す訓練を積んでいる者がいる可能性もなくはないが、十八人から感じられる力はそれほど高くはない、せいぜい二流から三流といった集団だ。
ギュメレリーの親衛騎士がどれほど手練れ揃いか知らぬわけではないだろうに、ちょっと手を出して敵わなさそうなら逃げればいいとでも考えているのだろう。
包囲網はともかく馬の機動性を生かした戦い方が難しいここで下馬しないのも悪手だな、と考えた彼は落ち着き払ったまま男達の装備や動きをじっくりと見極め、背中合わせになったギルガメシュと間のシスティーナに小さく囁いた。
「二人はここから動くな、包囲を突破しようと考えなくて良い」
「分かった」
「うん」
すぐ終わると頷いた彼は、まだ効果の残っていた『浮遊』を操作して体重をほぼゼロに近づけるのと同時に闘気を漲らせ―――
「はあっ!」
「「「「ヒィ!?」」」」
吹き付ける熱風を感じた男達は強制的に戦闘態勢に移行させられた。
彼の真正面、つまり南側にいた相手は馬共々に金縛りにあうものが続出、この時点で小便を漏らした者がいる。
戦いや火を恐れないよう訓練をされているはずなのに、恐怖に立ち上がって乗り手を振り落としたり馬糞をボロボロと落としたりとまるで気弱な兎のような反応を見せている軍馬もいるほどで。
左右、あるいは背後にいた者はそれほどの圧力を受けなかったものの付け焼き刃の統率で対応できるはずもなく、武器に手をかけたり逃げだそうとしたりとばらばらな行動を取り始めて数の優位性は一瞬で失われていた。
「一、二」
「がっ!」
「ぐべっ!」
まず二人、と呟きが漏れたのとほぼ同時。
システィーナのすぐ目の前にあった背中がかき消えたと思ったら、右の方から鈍い音と二人分の悲鳴が伝わってくる。
「えっ!?」
声の上がった方を見てみると、十メートルほど跳躍して間合いを詰めた彼に真横から蹴り飛ばされた男が隣を巻き込んだところらしく、空馬の向こう、かなり離れた地面に抱き合う形で二人が転がっていた。
くるりと後ろを振り返ったリョウは別の男のベルトを掴んで馬から引きずり下ろすと、包囲網の反対側で剣を抜いた一人に投げつける。
「うわ、や、やめ―――!」
「わああああっ!」
「三、四」
ギルガメシュとシスティーナの上を通過する形で約二十メートルほどを飛んだ完全装備の大人一人は、頭を抱えて馬から飛び降りようとした男と馬を巻き込んで壕へと落ちていきザッパァンと派手な水しぶきを上げた。
「えーっと……ないな」
あたりに手頃な石が落ちていなかったので、魔法の道具入れから拳大の粘土玉を四つ取り出した彼は北側で逃げようとしていた男達に狙いを定め、投擲を繰り返す。
「五、六、七、八」
一回ごとに纏わせる気と勢いを調節することでちょうど行動不能に陥らせるだけの威力となった粘土玉はドッ、バシッ、ボッ、ビシッと鈍くて重い音を発して背中や後頭部に炸裂し、四人はそろって顔から地面に倒れ込む。
「死ねやあああ!!」
「九、十」
やけくそか褒美に目が眩んだか、命知らずにも斬りかかってきた相手に自らも間合いを詰めると、振り上げられた右腕の手首を掴んで捻りあげ、激痛に呻いて座り込んだ顎に掌打をたたき込んで脳を揺らす。
目を回した起こした男を少し離れた男に投げつければ、二人ともバキバキガサと乾いた音を立てて商家の生け垣に飲み込まれていった。
(……夏前に見かけたチョキトの芋虫退治がこんな感じだったなぁ)
ギルガメシュがちぎっては投げちぎっては投げの光景に、なんとなく庭師が葉についた芋虫を捕まえて踏みつぶしていた時のことを思い出してしまったのは、致命傷を負わせることなく無力化させるのが殺すよりもよほど難しいとを知っているからだろう。
剣を抜くどころか、体術技を使うまでもない一秒一殺の圧倒劇は戦闘ではなく処理と表現する方が相応しく、石ころのように人が飛ぶ光景にも現実味が薄い。
(子供の頃にお父様と観た劇の、戦いの場面がこんな感じだったわね)
それは戦いのことなど分からない王女も同じだったようで、命の危険をまったく感じない、まるで仕組まれた立ち回りを観ているかのような気分にさせられていた。
「十五、十六」
ところどころに設けられている脱出用の階段からなんとか這い上がってきた二人と一頭や、死んだふりをしていく数名も含めて全員がせいぜい打撲や骨折であるが、圧倒的な力量差を実感するには十分過ぎるほどだったようだ。
「おおお、お助けぇぇぇ!」
「かんべんしてくださぁぁぁい!」
最後の二人が涙と小便を垂れ流しながら逃げ出してしまったので、振り返ったリョウがまた粘土玉を取り出そうと道具入れに手を入れたそのとき。
「あー、だめだめ。こっちは行き止まりだぜー?」
「エネルギー・ボルト!」
南側から現れた人影から魔法の光弾が放たれ、揃って太ももを貫かれた二人は悲鳴を上げて地面に転がったのである。
「その声はアルとポタス導師!」
「おー、やっぱ飛び降りたのはおめーらか」
接近する気配があるのは感じていたものの、まさか彼らとは思わなかったリョウが驚いて名を呼ぶと。
落ちていた松明の明かりが届くところまで出てきたアーレニウスのサーコートは何カ所か返り血で汚れており、すでにどこかで戦ってきたことを示していた。




