第七節 剣の騎士と盾の騎士④
そして王城最上階で硬直するギルガメシュの手から警笛が転がり落ちて数秒。
閃光が落ち着き、周りが見えるようになってからやっと彼は呼吸を思い出していた。
「……ぷはあっ!」
自分達を包み込む薄膜の外は一瞬で様変わりしており、爆心地などは床石がえぐれてしまっている。
大きく位置を変えた四人の死体もあちこちちぎれ飛んでいて凄まじい魔法の威力を物語っていた。
「見誤った。自爆を止められなかった」
「ぼ……僕たちが無事なこと、すら…信じられないが……」
先天的な才能である魔力を持たない者は、肉体に理力魔法に対する防御や抵抗も持たないことになる。
借り物の防具が無ければ裸同然のギルガメシュはあんなタイミングで防御を割り込ませただけでも、高度な防御手段を持っていただけでも凄いのではと思うのだが、証拠隠滅を止められなかったリョウは悔しそうな表情だ。
(―――どうして割り込めたんだ?)
豊富な知識や尋常ではない反射速度で可能になるのか分からないが、彼が右手に持っていた魔符の一枚が溶けるように消えたのでなんらかの防御魔法を使ったのは確からしい。
ただ今は細かい事を考えている余裕はないので、きっと僕が勉強不足なのだろうと自分を納得させたギルガメシュはところどころめくれ上がり燃えている絨毯を見回してどうするんだと問いかけた。
「火事はどうする?」
「警笛のあとにこの有り様だ、みんな対応手順書通りに行動するはずだ。すぐに騎士団が上がってくるだろうから本格的な消火は任せよう。システィーナが出れば風呂場のお湯も使えるだろうし」
熱量は爆発の副産物であり、主体は衝撃波による攻撃のため周囲で燃えているものはあまり多くない。
ただ、壁系、嵐系、雲系に代表される多くの範囲魔法と異なり、効果範囲という線引きのない『爆発』は閉鎖空間での威力を倍増させる。
もしも使われた魔符があらゆる理力魔法を打ち消す『絶対魔法防御』でなかったなら、衝撃波、反射衝撃波の何割かを消せずに左右の石壁やその向こうの王女たちにも被害が及んでいたかもしれなかった。
近場の壁掛け燭台―――といっても光源はろうそくではなく夕方に宮廷魔導師が明かりの魔法をかけた棒だ―――はほとんど吹き飛んでしまって明かりの役目を果たしていない。
すぐ暗くなって足下が不確かになるだろうと『明かり』の魔符を使ったリョウは近場の火を踏み消しながらあれこれと考えていたのだが、大勢の気配が階段を上がってきたのを感じて顔を上げた。
「……今度こそ騎士団かな」
彼の声にギルガメシュが南を振り返ってみると、確かに駆け足でやってきたのは父を先頭にした第一騎士団で。
「何ごとだ!? 王女は無事か!?」
「システィーナ様はご無事です、現在脱衣所にて着替え中です」
「そ、そうか。……何があった?」
リョウの静かな声でやや取り乱していたことに気づいたブライアンはちょっと間を取ると、天井付近で煌々と輝く魔法の明かりを見てから再度尋ねた。
「暗殺者が四人現れました。まず姿隠しを使う精霊使いが一人、それがあの死体。それから戦士風の後続が三人現れたため、捕縛しようとしたところ爆発の魔符で自爆されました。一人は原型をとどめていません」
「ここに四人も!?」
「巡回は何やってたんだよ!?」
「ちゃ、ちゃんとやってたぞ?」
周囲の状況もさることながら、王城最奥部であるここに暗殺者が現れたことの方が衝撃である。
裏切り者が居たとは思っていないが、自分達の警備巡回に漏れがあったのかと後ろの騎士達も驚いた表情だ。
「皆さんは下から上がってきたのですよね。集会所に誰か親衛騎士は居なかったのですか?」
「扉が開け放しだったので覗いてみたが、書類の山だけで誰もいなかったようだ」
「夕方から団長が外出しているので、今は桜花さんが待機番のはずなのですが……」
南北の階段を繋ぐ廊下側の扉が開いていれば、いくら仕事中とは言え親衛騎士が通りがかる気配を見逃すはずがない。
それが居ないとなるとますます賊の侵入経路が絞り込めなくなってしまう。
相手の最終目的は王女に間違い無いだろうが、信頼できるはずの親衛騎士にも綻びが出始めているように感じられて仕方がないリョウが必死に頭を働かせていると、窓が吹き飛んだせいか屋外から集団戦と思しき怒号や剣戟の音が伝わってくる。
「外も騒がしいようですが、何が起こっているのか分かりますか?」
「第二騎士団の襲撃だ。私を国王毒殺犯として捕らえたいらしい」
(……その手できたか)
ギルモアに伝えてあったようにその手は予想してあったし、対応策についてもいろいろと考えてある。
「幸い王女は無事で、ギルモア様も分析結果を持って戻ってきます。第二騎士団を制圧し、出回っている情報を整理すれば―――」
頭の中に広げた状況の一つ一つを更新し、考えておいた対応策で問題ないかの検証を進めていくと。
(内通かは確定じゃないが、少なくとも親衛騎士を排除できる者の可能性が出た今、本当にそれで良いのだろうか?)
桜花が居ないこと、四人の暗殺者がここまで侵入したこと。
想定外の事柄に引っかかってしまったリョウを遮ったのはブライアンだった。
「なにを悩んでいる」
「……ブライアン様?」
「まさか、この期に及んで我々や城をも守ろうとしているのではあるまいな」
「父上。それでもリョウならば……」
見えない暗殺者や魔法を前にしても圧倒的だった親友ならば何とか出来るのではと思ってギルガメシュが言うと、冷ややかな視線で首を二度横に振った父は言った。
「できるかも知れぬ。だが絶対確実でないならば、それは君たちの役割ではないと言うことだ。敵も味方も分からぬ状況で姫を危険にさらしながら城に留まる意味はない。そうだろう?」
親衛騎士にまで裏切り者がいるかもしれない以上、身を隠してなるべく接触する人数を減らせというブライアンの判断はおそらく正しい。
何よりも王女の命と安全を守らなければならない王族近衛騎士としてもそうあるべきだ。
でも、と少年の口から呟きが漏れた。
「でも、俺は―――」
王女も親友も、厳しい表情のブライアンも、消火と死体処理に分かれた第一の騎士達も、侍女もメイドも執事も文官も騙されている第二の騎士達もみんなみんな守りたいと思うのは許されない事なのだろうか。
もしかして自分は、その為に日々の修行を繰り返しているのかも知れないのに。
もしかしてこの力は、その為にあるのかも知れないのに。
リョウがこれまであまり感じたことのなかった自分の欲求に戸惑っていると、ブライアンはもう少し大人を頼りたまえと苦笑いに近い微笑みを浮かべた。
「そう心配するな、こちらにはブルーシップ卿もいる」
「ですが、王女が居なくなると大義を証明するすべがなくなります」
「王女が失われてしまったら同じことだ。それに、敵を残さず炙り出すには逆にちょうど良い」
「……なにか手があると?」
この少年にも分からぬ事があるのだと、少しだけ安心したブライアンは不敵な笑みを浮かべてはっきりと頷く。
「一度、城をくれてやればいい」
「城を餌にするとは大胆ですね」
確かに勝ったと思わせて城を明け渡せば、今まで姿を現さなかった敵が喜び勇んで拠点にするだろう。
撤退戦を上手くやれば敵も味方も消耗を抑えられる上に、絶対大義である王女が無事ならば後の奪還戦で敵戦力からの離反も期待できる。
しかしそれには部隊が機を見計らう拠点と、奪還戦に勝てるだけの戦力が不可欠だ。
「……ですが敗走を装って城を出ても、潜伏できる拠点がないと難しいのでは」
「あてはある、城でもほんの一部の者しか知らぬ機密と言う奴だ。それに―――」
それに、と声を落としたブライアンはリョウにだけ小さく囁いた。
「このまま場を落ち着かせたとして、人が完全に入れ替わるまでずっとお守りできるかね? 神殿や学院まで信用できない状況で?」
警笛が鳴らされた時の対応手順どおりなら、宮廷司祭や宮廷魔導師も第一騎士団の待機所に集合してくるはずだった。
あるいは二度目の爆発でどちらかがやられてしまっている可能性もあるが、少なくとも片方はこの異常に対しての行動に違和感が残ってしまう。
そこへ一人の伝令が駆け込んできた。
「報告! 二度目の爆発はポタス子爵の研究室で発生した模様! 両隣の宮廷錬金術師、宮廷魔導師の待機部屋もろとも吹き飛んでおり、現在生存者の捜索中となっております! また、宮廷司祭の待機部屋には誰もおりませんでした!」
「聞いたかね。ブルーシップ卿に付いたポタス子爵が狙われ、無事なはずの宮廷司祭がこの異常時に現れないことが何を意味するか、君なら分かるはずだ」
(それなら―――)
それなら撤退戦の合間だけでもと思ったが、王女と彼らが共に行動しては敵の目を分散させられない愚策に成り下がってしまう。
ブライアンの作戦は敵に城を乗っ取らせてから取り戻すまでにしばしの時間を要するはずだ。
敵の全貌が判明するまでに分散して身を隠した味方が各個撃破されるのを極力防ぐため、囮や陽動の他にも強く警戒心を煽る存在があった方が良い。
それが出来るのは王家の血を引くシスティーナただ一人であり、彼女がアトゥムを出たと分かれば地方勢力を味方に付けられる事を恐れた敵は絶対に追っ手を差し向けることだろう。
「……分かりました」
ようやくその影が見え始めた相手に状況が脅かされており、今まさに王女に危機が迫った以上、ここで絶対に守り通せると言うのは傲慢でしかない。
彼女を連れて逃げること。
たとえ気持ちの整理がつかずとも、それが今の自分の役割なのだ。
胸の中の気持ちを押し殺したリョウはぎゅっと両の拳を握りしめると、はっきり自分の役割を口にする。
「俺達はこれより王女を連れてアトゥムを脱出し、身を隠しつつ情勢を見極めます。……こちらの事、お願いします」
「ああ、任せてくれ」
それでいい、とブライアンが優しげな眼差しで苦悩する少年を見やっていると、風呂の扉が開いて寝間着にガウンを羽織ったシスティーナが現れた。
「いったい何が……って何これ!? どうしたの!?」
さすがに異音に二度の爆音とあって異常事態なのは覚悟していたのだが、廊下の有り様が想像よりも酷かったので王女は口に手を当てて驚いてしまう。
「君に王位を継承されたくない者の仕業だ。残念ながら城内にも離反者が出ているらしい」
(おいリョウ! みんなが見ている前でその口調は!)
脱出方法について考えていたリョウがつい素の口調で答えてしまったら、ブライアンや騎士達が揃ってえっという表情を浮かべた。
ギルガメシュも大勢のいる場でその態度はまずいと彼の背中を突っついて、あっと小さく声を漏らしたリョウはなんとかとり繕おうと咳払いを二つ。
「あー、ゴホンゴホン」
「……そう。でも、あなた達は私の味方なのよね?」
「ああ。俺やギル、第一のみんなは信じてくれてかまわない」
しかし隣に控えているサリーやキスティは平然としているし、何より本人である王女がまったく気にしていない様子なのでもういいかと素を続けると、ブライアン達も眉を動かしただけで何も言わなかった。
もともとシスティーナのお転婆っぷりは周囲の知るところであったので、リョウの立場を気にしない振る舞いがかみ合っただけと思われたようである。
「だがそれ以上は誰が敵で、誰が味方か分からない状況なんだ。ブライアン様は一度城を明け渡して敵をおびき出し、相手を見極めた上で君と共に城を取り戻そうと考えている」
王女は決して取り乱さず詰め込まれる情報にじっと耳を傾けていた。
今まさに命を狙われてなおこのような態度でいられるのは、騎士たちを信頼しているからだけでなく、少女自身も肝が据わっているからに違いない。
「私はその間、どうすればいいの?」
「姫様にはリョウ達と共にアトゥムを離れていただきたい。その間、地方領主を束ねるなりして、外から圧力をかけてほしいのです」
跪き頭を垂れたブライアンの進言に、人差し指を頬に当てて考え込んだ王女はとってもきわどい作戦だわと細い眉をしかめてしまう。
「でも、私が早く動きすぎても敵の全貌が見えない。そうでしょう?」
「ご明察の通りです」
「城の明け渡し方についてもよ。あんまりあっさり引き下がっては敵が疑うかもしれないわ。勝ったと確信させられることはできそうなの?」
「……はい、上手くやってご覧に入れます」
そこに気づかれるとは、と王女の聡明さに舌を巻いたブライアンが答えるまでに一瞬あった。
「逃げるのは騎士団だけ?」
「相手がよほどの馬鹿でなければ、城や国の運営に必要な者達を害するとは思えません。ですが―――」
そこで心優しい少年をちらりと見たブライアンは、彼らを城から出す以上これは私の責任だと言った。
「情報漏れや人質になりかねない親衛騎士の担当メイドなどは連れて行きます」
本来ならたかがメイドが人質になることなどあり得ない。
殺されて残念に思うことはあれど王族や貴族の安全と引き替えになるわけがないのだ、平民とは血と命の価値が圧倒的に違う。
だが、世間一般とは別の価値観を持っているリョウには懸念となりえることをこの騎士は見抜いていたのである。
その優しさを甘さと断じるつもりはない。
それこそが彼の往く道を決める想いなのだと。
受け止めようとするものや事柄の大きさと、可能にせんとする努力と実力こそが器の大きさに繋がるとブライアンは信じているからだ。
そう言う意味ではこの慧眼の騎士こそがリョウの一番最初の理解者であったと言えた。
「リョウもそれでいい?」
「俺には敵を炙り出す手が思いつかなかった、対案がない」
宮廷司祭、そしておそらく神殿も疑わしい以上、怪しい者全員を嘘発見にかけると言う力技も使えない。
他の町や聖域から別の検査官を連れてくる手もあったが、こうなっては間に合わないと彼がお手上げの仕草をしたのでシスティーナは分かったわと頷いた。
「ブライアン、それから第一のみんなには苦労をかけるわね」
「もったいないお言葉です」
それで話は決まった。
立ち上がったブライアンが最後に息子に目を向けると、ずっと黙っていた彼は飛び交う会話を聞き取るので精一杯だったらしい。
「父上、どうかご無事で……」
「私よりも姫と自分の心配をしたらどうだ」
随分立派になったと思っていたが、突如の事態にはまだ弱い。
いや、どんなときでも泰然自若なリョウと比べるのが間違っているとは分かっているのだが。
それでもブライアン=E=フォレストが息子にかける言葉はもう、一つしか残されていなかった。
「ゆけ、ギルガメシュ=V=フォレスト! 主君にその身を捧げ、数多の犠牲、屍を踏み越えてなお忠誠のために生きる真の騎士となれ!」
それは代々騎士の家柄であるフォレスト家が目指す道。
エリアンヌが持ち出した盾の裏側にも彫り込まれている、己を捨てて忠誠に殉ずる、騎士道とも言える生き方だ。
「は、はいっ!」
踵を鳴らした父の最敬礼に、口をへの字に結んだ息子が涙目で応えて魂の継承とも言うべき儀式が終わる。
その横からブライアンに敬礼をしていたリョウはシスティーナの手を取ると北の窓を振り返った。
「行くぞギル! アトゥムから脱出する!」
「ま、待ってくれ! そっちは行き止まりだぞ!?」
名残惜しく父から離れたギルガメシュは後に続いたものの、そこにあるのはかつて窓であり、今は夜空が覗く穴だけだ。
だが、左腕で王女を抱き抱えた彼は平然と言ったのだ。
「ここから壕の外まで飛ぶ」
「えっ?」
「は!?」
二人のみならず、聞きつけた騎士や侍女たちも耳を疑う中。
右手で硬直するギルガメシュの首根っこを捕まえたリョウは、勢いよく助走をつけると地上から数十メートルの空中に飛び出していった。




