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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第七節 剣の騎士と盾の騎士②

 少し前から本隊と別行動をとっていた三班分の十八名は、二十時前にフォレスト家を取り囲んでいた。


 内訳は制式装備の班が二つ、それからかき集めでばらばらの五人とそれを指揮する騎士が一人なのだが、傭兵班の一人が抑えきれずに短剣(ショート・ソード)を抜いてしまう。


「ハァハァ……待っててねリイナちゃん……手脚を切り落としてじっくりたっぷりねっぷり可愛がってあげるからさぁ……ブヒヒヒッ」


 呼吸を荒くして常軌を逸した呟きを漏らしているのはいつぞやの豚鼻男だった。

 片目を失った痛みと怒りと憎しみで少し壊れてしまったのか本性がさらけ出されたのかは分からないが、片が付けば再生の手配をしてもらえる事すら意識に残っているか怪しいもので、兜から覗く片目はまもなく訪れる惨劇と快楽を期待して血走っている。


「ククク。俺はメイドでもいただくか」


 まずは抵抗できなくなるまで殴りつけてよぉと笑う大鼻のねじ曲がった男ほか三名も傭兵と言うよりならず者とか悪漢の方が似合う風体でおり、そんな五名を率いている制式装備のダミアンが左右の班長に言った。


「俺達が突入する。お前らは周りで見張ってろ」


「分かった」

「ああ」


 ふんぞり返っての命令に頷いた二人は入団して間もないダミアンより何年も先輩であるのだが、残念ながらこの小隊の長に任命されているのは彼なのだ。


 七光りのお漏らし小僧のくせにとはおくびにも出さず、顔を見合わせた彼らは持ち場に散って敷地の側面や背面から逃げだそうとする者が居ないかに目を光らせる。


「……なあ、ギルガメシュよぉ。お前、土下座じゃ済まないぜ? リョウからはまず剣をいただくか」


 人質を取ってしまえばこっちのもんよと下卑た笑いを浮かべたダミアンは長剣(ロング・ソード)を抜き放ち、門を蹴り開けて庭に踏み込んだ。


 数分後。

 中から悲鳴と怒声が混じったような大声が繰り返し響いてくるので、見張りの十二人は何事だと近い位置の仲間と顔を見合わせる。


「ぶへっ! ……なんだこりゃ、小麦粉?」

「うひゃひゃひゃ、おめぇ真っ白だぜ!」


「リイナちゃんはどこ!? ねぇ! どこだよぉ!?」

「なんだぁ! 何で誰もいねえ!?」


 そもそもである。

 窓から明かりが漏れていないことにも気づかなかった彼らの残念さはかなりのものだし、人気が無いどころか金目のものすら残っていない状況に警戒心をもてない時点で才能がないと言われても仕方がない。


 棚からぶちまけられた小麦粉で真っ白になり、ここかと乱暴に扉を開けるなり降ってきたフライパンが頭に直撃され、足下に張られていたロープにつまづき、転んだ先にあった泥水入りのバケツに頭をつっこんでやっとダミアン達は襲撃が察知されてきたのだと理解した。


「ど畜生! ふざけた罠を仕掛けやがって! どれだけ俺様をコケにするつもりだ!?」


 逆恨みの叫びも当然届かない。

 なにしろ彼らは一時間近くも出遅れており、すでにエリアンヌ達はアトゥムから数キロほど離れた街道を急いでいたのだから。



         ◇   ◇   ◇



「ふむ、これで良いでしょう」


 街道から少し離れた岩陰にルイヴォ・ヴァラーヒを埋め終えたシーバスはランタンを持って立ち上がると、今後の方針について問いかけた。


「この後はどうなさいますか?」


「転移文書が届く町や近辺では手配が回っている恐れがあります。地図に載らない独立村や細い街道を使って南下し、連邦へ抜けましょう」


 答えたのは動きやすいようにと髪を結ってズボン姿のエリアンヌである。

 旅装とまでは行かないが、体つきが似ているメアリの服をもらったために平民に見えなくもないだろう。


 髪の艶やかさや肌の白さが違和感と言えば違和感になるが、どうせすぐに汚れて見分けが付かなくなるに違いない。


「畏まりました。道中、ご不便を強いることもありましょうがなにとぞご容赦を」


「野宿、携行食、どんと来なさい。幸いへそくりも持ち出せたので足りないものは途中で買い足しましょう。必要なら冒険者や傭兵を雇っても構いませんし、馬車が目立つようなら処分して徒歩でも構いません」


 もはや貴族的生活だの清潔だの言っている場合ではなく、町の外を知らぬ者の我が儘で経験者を困らせたり手間取らせていたら命に関わると彼女は分かっているのである。


「リイナにも我が儘は言わせません。今は混乱していますが、すぐに落ち着くでしょう」


 母は強しか強かか。

 あの短時間でもしっかり家紋の入った盾と旗、そしてへそくりを持ち出してきた彼女は白金貨二枚をとりあえずの資金としてシーバスに手渡すと、元は一流の冒険者だった家令に微笑んで見せた。


「シーバス、頼りにしますよ」

「お任せください。……ふふ、先代と知り合った頃を思い出して血が滾りますな」


 できた執事も余裕を崩さず、参りましょうと先に立って馬車に戻り始めたのでエリアンヌもそれに続いたが。

 ふと足が止まり、蒼い月を見上げて離ればなれの家族に想いを馳せてしまう。


(あなた……ギルガメシュ……)


 夫と息子の安否が気がかりなのはもちろんだ。

 けれども騎士の妻としていま出来るのは二人の無事を信じて娘の命を守ることだけで。


 手紙を持たせたマリーは無事ハニトゥーラ侯爵夫人に会えただろうか。

 メアリや他の者達もうまく下町に紛れたり、アトゥムを脱出できただろうか。


(分からないことを考えても仕方がないわ。いまは逃げる事に専念しましょう)


 いまは自分が指揮官なのだから、弱気を見せるわけにはいかない。

 ぐっと拳を握りしめたエリアンヌは再び強い表情で前を向くと、御者台で待っていたシーバスに出発を告げたのだった。



         ◇   ◇   ◇



「……ねぇ、リョウ? お父様は良い王様だったのかな」


 もうそろそろ二十時になるころ。

 浴室からのぽそりとした問いに、ふっと身体の力を緩めたリョウはそうだなあと腕を組む。


「俺はお人柄も分からないけれど、葬儀では大勢が悲しんでいた。きっとトリオーン様はみんなに慕われる王様だったんだろう」

「うん。みんな、泣いてくれていたね」


「この国に来てまだ日が浅いけどさ。ギュメレリーは良いところだと思うよ」 

「そっか。私から見れば、食いしん坊で頼りないお父様だったんだけどな」


 国は国主を映す鑑であり、豊かで平和なギュメレリーを見ればトリオーン王が良き為政者だったのは余所者だった俺でも分かると褒められて。

 少し照れ隠しが混じっている王女が呟くと、先日十八歳になったとは思えない、達観した声が返ってきた。


「父親の偉大さなんて、後になって分かるものなのかもな」

「リョウもそうだったの?」


「俺は―――」


 改めて思い返してみれば厳しい修行よりも、超越した強さよりも、父の記憶として強く残っているのは黙してあまり多くを語らなかった厳つい顔と、言葉よりよほど雄弁で頼もしい大きな背中。


「……いや、小さな頃から凄い親父だって思ってた。強くて、でっかい背中が憧れだった」


 その言葉に感じ入るものがあったシスティーナは湯船に背を預けると、天井を見上げて何回も頷きを繰り返す。


「でっかい背中、か。……うん。うん、そうだね」


 父に背負われた記憶は片手で数えるほどしかないが、体温と強い安心感は今も胸の中に残っている。


 片親の苦労はあったに違いない。

 国王として辛いこともあったに違いない。


 けれどもそのすべてを飲み込んで笑顔と愛情を注いでくれた父のことが大好きだったし、その父が愛した国を大切にしたいと思ったのだ。


「私、なれるかな? お父様みたいな女王に」

「うん」


 君ならきっと、と続けかけた口を噤んだリョウは首筋を刺すような感覚が強まって全身の集中を高めなおしていた。


(来るか?)


 これまでにチクチクするような予感が外れたことはない。

 目隠しの闇の中で周囲に変化がないかと注意をしていると、廊下側の扉が乱暴に叩かれてギルガメシュが声を出してくる。


「リョウ! そろそろ交代の時間じゃないか!?」


(交代の時間? そんなものは決めていないはずだ)


 なので暗に呼んでいるのだと察した彼は、すぐに目隠しを取って扉の鍵を外した。


       ◇ 


 リョウが何らかの予感を感じたのとほぼ同時、廊下で立ち番をしていたギルガメシュも背筋に鳥肌を立てて違和感に目を凝らしていた。


(なんだ!?)


 鉄扉の閉じる音が聞こえたので王女の部屋の方に顔を向けてみると、侍女の一人であるキスティがこちらに向かって来ているのだが。

 リョウの重い雰囲気にのまれて集中が高まっていたのが良かったのか、視界には一人しか居ないのに二人分の気配が感じられたのである。


 緊張しすぎて感覚が狂ってしまったのかと一度視線を外した彼の脳裏に、いつかリョウが話してくれた、宮廷魔導師の居る理由が思い返される。


(まさか姿隠し? そこにいるのか!?)


 さすがに王女の部屋に潜んでいたとは思えない、姿を消しているのにひとりでに扉が開いたら不自然なので廊下かどこかで侍女が出てくるのを待っていたのだろうか。


 気づけた自分を誉めてやりたいが、見えない敵を相手にして上手く戦える自信まではなかったギルガメシュは少し考えると、風呂場の扉を叩きながら大きな声を出していた。


「リョウ! そろそろ交代の時間じゃないか!?」


 すぐに開かれて扉から顔を覗かせたリョウは、目配せに従って右側を見るなり異常を見破った。


姿隠し(インジビジリティ)! 精霊使いの暗殺者か!)


 気配はしずしずと歩いてくるキスティの真後ろにつけているため、この位置から攻撃することは難しい。

 なのでギルガメシュの作戦に乗ったリョウは脱衣所を出ると、交代のために扉を開けたと言わんばかりに目隠しを差し出して左目を瞑る。


「そうだな、じゃあ中を頼む」

「任せてくれ」


「……失礼いたします。今夜は冷えそうなので上着をお持ちしました」


 トレーに畳まれたガウンを載せている侍女が俯いたまま脱衣場に入ったのとほぼ同時、ズドンッと言う音がして周囲の壁が揺れた。


 後に続いて悠々と通り過ぎようとしていた気配が、真横からの無準備『崩拳(ほうけん)』をもろに食らって壁に叩き付けられたのである。


「やっぱりいたのか!」

「ああ、よく気づいたな」


「君が教えてくれていたから、もしかしてと思っただけだ」


 おそらくリョウから聞かされていなかったら、気のせいだと自分を疑って奇襲を受けたか素通りさせていただろう。


 『正拳突き』の上位技をもろに食らった暗殺者はしばらく壁に張り付いていたが、ギルガメシュが扉の裏側でほっと胸をなで下ろしている間にずるずると床に剥がれ落ちた。


 当然、魔法の集中が途切れて姿が見えるようになっている相手は、ご丁寧にも覆面を被っている上に足音を立てないよう靴底に毛皮が張られたブーツを履いている。


「さすがに知らない顔だな」


 リョウは転がった山刀(クックリ)を遠くに蹴り飛ばして覆面をむしり取ってみたのだが、出てきた中年の男は知らない顔だった。

 そこへ。


「……いまの音はなに!?」

「いけません!」


 異音を聞きつけたのだろう、浴室から飛び出したシスティーナを慌てたサリーが手ぬぐいで遮ったのだが―――

 リョウの位置からは見えてしまった。

 扉の裏側のギルガメシュには見えなかった。


 それは一瞬だったが目の良いリョウには十分で。


「キャアアアアアッ! なんで目隠しを取ってるのよ!?」

「緊急事態だ、勘弁してくれ。……サリーさん、すぐに王女の準備を」


「か、かしこまりました」


 頬の赤くなったリョウがそれだけを告げて扉を閉めると、裏から憮然とした表情の親友が現れる。


「見たのか」

「……………」


「答えろ、見たのか―――ヒッ!?」


 ここに暗殺者が現れた事実すら忘れているのかも知れない。

 ギルガメシュはさらに問い詰めるべく肩を掴もうとしたのだが、突如彼から猛烈な殺気が放たれたので思わず漏らしかけてしまった。


「廊下の角に隠れている三人! 何者だ!? 姿を現して名と所属を述べろ!」


 暗殺の成否を見届けるかのような気配が固まっているのを感じ、振り返りながら廊下の奥に声を叩き付ける。


「き、騎士団じゃないのか!? さっきの音を聞きつけたとか!」


 下半身に力を込めていろいろと踏みとどまったギルガメシュは魔剣の柄に手をかけていたが、まだ平和の中にいると信じていたいようだ。


 しかし彼の希望的観測はあっけなく打ち砕かれてしまった。

 暗殺者と同じ覆面をした重武装の戦士が三人、廊下の角から姿を現したのである。


「ギル! 警笛鳴らせ!」


 鎚矛(メイス)と中型の円形盾(ラウンド・シールド)を構えている相手はこういう状況に手慣れているらしく、襲撃が露呈したなら武力行使で片付けようと連携の採れた隊列で間合いを詰めてくる。

 その動きは決して速すぎず、遅すぎず、淡々としていて凄腕であることを感じさせるものだが、決して超一流とか超越者と言うほどのレベルではない。


(なぜ暗殺者がこの階層に現れた!? 姿隠しがあったとは言え、親衛騎士の目をくぐり抜けて四人も潜り込めるものなのか!?)


 新米のギルガメシュが気配を感じ取れた以上、他の五人が見逃すとは思えない。

 もしも今階段を上がってきたのならば、現在集会所で書類まみれになっているはずの桜花が気づくはずなのだ。


「ブレード・ネット!」


 だが今は、内通者の可能性に頭を悩ませている場合ではない。

 捕縛して口を割った方が確実だと、魔符(スペルカード)を取り出したリョウが鍵となる言葉を唱えるなり空中から現れた金属製の網が三人に覆い被さった。


「がっ! く、くそっ!」

「下手にもがくな、切り刻まれるぞ!」


 この魔法の網は小型の魔獣でも引きちぎれないほどの強度を持っており、全体が鋭い刃になっている。

 抜け出そうともがけばもがくほど、むき出しの部分を怪我して出血による弱体化も狙えるというものだ。


 ただ、床に転がった男達もさすが一国の王女を襲撃するだけの準備をしてあったらしく、血糊の付いている鎚矛を手放した一人が魔術解除の魔符(スペルカード)を使った。


「ディスペル・マジック!」


「……消えねぇ!?」

「抜けるぞ、急げ!」


 しかし網の半端ではない魔法強度に呪力がぶつかり合う音や光すら発生しない。

 仕方なくくぐり抜けようと、グローブを付けている手でまくり上げようとしたところに追撃の重力増加が叩き付けられる。


「グラヴィティ!」


「うごおっ!?」

「な、なんて強力な……!」

「う…あ、つぶ、つぶれ……」


 それも一般的な重くて動きづらいと言うレベルではない、身動きが取れないどころか自重で圧死するのではないかと恐怖を感じるほどのものだ。


 魔符(スペルカード)の魔法強度は作成者の魔力と消費と熟練により導かれた固定値になるが、当然同じ魔法でも強度が高いものほど高額になる。


 そのため、霊薬(ポーション)などと同じように緊急時の予備や高額の報酬が見込める場合の切り札的扱いが強く、一介の冒険者が連発できるようなものではない―――はずなのだが。


 金満戦術をものともしない少年の手にまだ何枚もの魔符(スペルカード)があるのを知って、さすが王族護衛と圧倒的不利を悟った襲撃者達の顔に諦めの色がにじんだ。


「ギル、警笛!」

「わわ、わかった!」


 厳しい声で我に返ったギルガメシュは異常や危険を知らせるための警笛を思い切り吹き鳴らし、男達を注視したままのリョウはロープを取り出そうと魔符の束を右手に持ち替え、左手を道具入れに伸ばす。

 ピリリリリリ、と大きな笛の音が響く中。


(宮廷魔導師はマナの動きに気づいただろうし、笛を聞きつけた騎士もすぐにあがって―――!)


 上がってくるはず、と言う思考を遮るかのように網の下から閃光が弾け、自爆に使われた『爆発(エクスプロージョン)』の凄まじい衝撃波と灼熱が廊下を舐め尽くした。

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