第七節 剣の騎士と盾の騎士①
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宮廷治療師長であるベアの水死体があがってから二日後、神竜の月二十四日。
国王トリオーン=Z=ロシュディ=ギュメレリーの崩御が大臣により発表された。
城門前を始めとする各主要機関、市場など人の集まる場所に立てられた黒塗りの立て札を見て肩を落とす国民は多かったが、司祭を抱えている国王が体調を崩して王務を休むという異常事態に察するところがあったのか、大きな混乱は起きていない。
一人だけとは言え継承者が居るし、経験豊富な文官も残っているので国政に大きな問題はないと考えられていたようである。
アトゥムを除いた十の町への通達も学院の転移文書にて行われており、領主や地方騎士団長など要職にある者はすべての公務を取りやめて城中通夜が行われる日までに駆けつけてくるだろう。
国に属さないとは言え、各所に滞在している隊商や冒険者などにも宿や酒場の主人たちを通じて馬鹿騒ぎは自粛するように伝えられたためか、昨日まで芸人や詩人がその技や詩を披露して小銭を稼いでいた広場もしんと静まりかえっている。
「うぎゃーーん! アトゥムに来たの失敗だったぁぁぁ!」
だから今日から稼ぐぞと意気込んでいた詩人の少女が宿屋でふて寝しながら後悔したのも仕方がなかったし、大手の巡回隊商を率いる獣人が、町の入り口で猫耳と尻尾をぴこぴこと動かし売り上げを心配したのも仕方のないことだった。
「ミツカミは鎖国しちゃうしギュメレリーはお葬式だしで、景気が冷え込まないといいにゃあ」
◇ ◇ ◇
ベアの死により手がかりを失ってしまったギルモアは王女の支持固めに奔走する傍らで信頼できる薬草師を探したり、リョウが軍事敵簒奪の可能性を示唆した事を受けて信頼できる者と情報を共有したりと大忙しだ。
当然ブライアンとゴライアスも、突如団長室に現れたギルモアからトリオーン王毒殺の可能性を告げられて驚いたが、リョウの推察に矛盾は無かったし、共和制を唱えた大臣や文官らの動きに違和感を覚えていたこともあって飲み込みは早かった。
「……して、この後は?」
どこまでが敵か味方かも分からない状況なのは理解した。
ならばこちらはどう動くと尋ねたブライアンに、ギルモアはそうですねえと一拍おいてから腕を組む。
「黒幕に手が届かない以上、待ちの一手になるでしょう。あなたたちも準備は入念にお願いします」
「分かった」
「お任せください」
そろって頷いた第一騎士団長と副団長を頼もしそうにみやったギルモアは次に、今朝の情報交換でリョウが言っていた可能性にも触れる。
「―――リョウ君は『自分が首謀者だったなら、王女に近い誰かを毒殺犯に仕立て上げて、捕らえる騒ぎで王女ごと消すかもしれません』と言いました」
「!」
ベアの死体が見つかった朝、彼は軍事的簒奪の可能性に触れた。
それがどうにも引っかかっていたギルモアは今朝になって、実現可能かと尋ねたのである。
するとリョウは、切られた尻尾が誰のものか証明できない現在、それを他人に押しつけることは容易であり、逆賊が国民向けに言い訳の立つ状況を作り出すために利用することだってできますと言った。
◇
「正当性、とは言いませんが。主権交代も致し方なしという状況を作った方が後の治世が楽でしょう」
安定した治世を布いている国王家から単純な暴力で主権を奪い取っては、国民の強い反発を招き、常に反乱に怯えて圧政を敷くはめになるだろう。
なるべく穏便に、仕方がなくてと体裁をとり繕いたいのであれば、王女に主権委譲を頷かせるか、何らかの事件に巻き込んで消してしまうかだ。
現状、前者の共和制提言を王女が拒否する気である以上、このままではワール公の失脚は必死。
毒殺犯の首謀者である確証はなくても大臣一派に時間が残されていないのは確実であり、何かしらの動きをみせてもおかしくないと彼は考えたのである。
「大臣の座を息子に引き継ぎたいのであればティフィン女史を狙っても良かったはずでした。ワール公が主犯だった場合、国王毒殺、共和制提言と後戻りできないことをした以上狙うのは大臣の座ではなく主権であり、このまま指をくわえてシスティーナ様の継承を待っているとは思えません」
◇
「……なるほど」
誰のものか分からなくなった尻尾を使って先に王女の支持層を崩す手も考えられたブライアンは、楽観は出来ないぞと立ち去ろうとする幼なじみの背中に声を出した。
リョウの言う王女に近い誰かとは、自分たちに他ならないのだと。
「お互い心しておこう」
「ええ」
振り返らずに出ていったギルモアも、抑えている証拠品が罪を擦り付けるために使われかねないと気づいて背筋の寒い思いである。
毒薬の分析は必要だが、依頼した薬草師に敵の手の者が紛れ込んでいたら自分が毒殺犯にされてもおかしくない。
選出には念には念を入れなくてはと気を引き締めた彼はあまり城を離れたくなかったが、分析依頼については自宅を使うことにした。
◇ ◇ ◇
二十九日に行われた通夜でも、駆けつけてきた地方の有力者達を前にシスティーナ王女は毅然とした態度を崩さなかった。
大広間に動かされた国王の亡骸に涙ながらのお別れを告げた後、ロシュディの血に変わらぬ忠誠を誓いますと跪いた彼らに対してこれからも各地を任せたいというやり取りも行われている。
「私はまだ経験不足の若輩です。著しい問題があるかどうかは順次確認していきますが、平穏無事であれば地方はこのまま皆に任せたいと思っています」
「おお……!」
「我々は姫様に忠誠を誓います」
明日の葬儀を終え、明後日の議会にて王位継承を表明してからでないと正式なお達しや言質にはならないが、ほぼ確約と言っても良いお言葉に胸を撫で下ろした貴族達はそろって平伏した。
もちろん地方は地方で完璧と言うわけではないのだが、さすがに中央と地方を同時に混乱させるような愚を犯さないのは、内々に大臣指名の打診を受けたティフィン=ライーメシュミッター女史の裏付け調査もあってのことである。
「テンペのスラムと西部の人口減少が気になりますが、今すぐどうこうと言う問題でもありません。また、共和制に同調した貴族で後任に不安がある役職の一覧も作成済みです」
彼女はこの短期間で大学時代の人脈を使って各町、地方の状況を調べ上げており、地方は現状維持でも大きな問題はないでしょうとシスティーナに報告していたのだ。
◇
なお、女史は打診にあたって補佐官一名の招集を希望していた。
「大学時代の好敵手でして。非常に酒好きのだらしない人物ではありますが、本気になったときだけは私もかないませんでした」
「ティフィン以上って、それは凄いわね」
「酒と研究に溺れて遺産を食いつぶすような女ですがね。そこは私が引き締めますので」
そこで角張った眼鏡のよく似合う彼女は、王女の後ろに立っている黒髪の少年を見て彼でも良いのですけれどと冗談を言った。
「姫様が譲ってくれるのであればイグザート様でもよさそうですが。お仕事っぷりは耳にしておりますよ」
「だーめ。あげません」
「ふふ、残念です。ではアマレット=ディッサロニア招集の件、よろしくお願いします。今はテンペの学級で教師をしているそうです」
◇
また地方貴族が安心したのと対照的に、中央である城や王都では大臣派が粛正されて配置転換や爵位の上げ下げが行われるのは既定路線だと考えられていた。
(ククク、ワール公め先走りすぎたようだな。共和制などと寝ぼけたことを言い出した自分を恨むが良い)
(あわわわ。姫様は継承に興味が無いんじゃなかったのか!?)
(ふん、賛成した者全員を粛正する事などできはしまい。せいぜいワール公爵と葛葉侯爵ほか数名が下ろされて終わりだろうよ)
共和制に同調してしまって顔色が悪い者、大臣派が失脚すれば自分達が権力に食い込むチャンスが生まれると期待している者などその表情は様々だが、雑談など許されぬ雰囲気のために誰もが背筋を伸ばしてシスティーナの一挙一動に注目していた。
なにしろ漆黒のドレスをまとった王女も威厳の片鱗を見せ始めている上に、その脇に控えている近衛騎士から遠慮のない殺気が放たれていたのである。
出口や左右を固める親衛騎士団や第一騎士団の混成部隊も同様に、無駄口など叩いて王女の権威を貶める事など絶対に許さぬとばかりに貴族達を睨み付けていたのだが。
武力で威圧するような騎士達をちらりと眺めた大臣の口角がニィとつり上がったのをリョウは見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
葬儀の日が訪れて、吹き付ける寒風に弔旗が翻っていた。
漆黒のローブを纏って献花に訪れた貴族の中には、中央神殿の一番奧でじっと座っている王女と左右に立つ騎士が、まだ若いのに国葬という大きな儀式にも動じず役目をこなしている事に感嘆した者もいる。
「その若い力が老獪な貴族達にどこまで通用するか、見せてもらいましょう」
とある老夫婦は老い先短い自分達よりも先に逝ってしまわれるなんてと涙をこぼしたが、一人一人の顔を胸に焼き付けるかのように弔問者を見つめているシスティーナの強い眼差しを感じてこの国は大丈夫だと何度も何度も頷いていた。
「ああ、姫様! ご立派になられて……!」
「ギュメレリーは安泰じゃぁ……!」
また、この国葬は王女のみならずリョウ君とギルガメシュ君のお披露目も兼ねていますとギルモアが言った通りに二人の注目度も高く、大勢から好奇や値踏みの視線が向けられていたが、魔法の武具に身を固めて真紅のサーコートを羽織った少年達は逆に王女の若さと釣り合って見えて、大勢に新しい時代の到来を感じさせたと言う。
「向こうがフォレスト様、あちらがイグザート様か」
「あらやだ素敵」
「ねーね! あそこににーに達!」
「こらイモンヌ。お仕事の邪魔をしては駄目よ」
アーニーとオットーの家族も献花に訪れており、姉であるアーネは甘さの中にも強さを滲ませはじめた色男のギルガメシュにときめいていたが、似たような反応の娘はそれなりにいたらしい。
六歳の妹は弔問客の誘導で忙しい兄達を見つけて手を振ってみたのだが、さすがに気づいてもらえず頬を膨らませていたそうだ。
また、冒険者が親衛騎士になったという噂は騎士に憧れるアトゥムの少年達の心を強く刺激しており、その本人を見られるとあって興奮していた者も多かった。
「元冒険者のイグザート様が近衛騎士にまで上り詰められるのなら。僕だって頑張れば騎士になれるんじゃないだろうか……」
「オスファン、何か言った?」
「いや、何でもない」
それは有名な料理店の後継ぎとして期待されている少年でも同様であり、フードの中をのぞき込んできた姉に何でもないと首を振った彼は、献花を終えて神殿を出るまでに何度も何度もリョウを振り返ってしまったらしい。
十六時を過ぎて。
だいぶまばらになった弔問者が締め切られるのとほぼ同時、控え室から現れたハーヴ高司教が王女の前に立って恭しく頭を下げた。
「定刻になりました。これより出棺の儀が執り行われます」
「分かりました」
喪章を付けた大勢の騎士達と、祈りの言葉を捧げる司祭達が交互になって通路を作ったのを合図に出棺が行われ、棺は神殿裏手にある墓地の国王家専用の区画、最愛の妻が眠る隣に下ろされる。
司祭達が賛美歌を歌い、肉体よ大地の女神の腕に抱かれて安らかに眠れ、魂に死の神の導きあれという高司教の祈りが捧げられている最中に土が被せられていって棺は完全に見えなくなり、王女が墓石に花を手向けた。
「……お父様、どうか安らかにお眠りください。お母様と仲良くね」
つつがなく葬儀が終わった後。
騎馬に乗った近衛騎士に挟まれて王女の馬車は城へと戻っていき、見送っていたレオナは後片付けを指揮するべく神殿へと戻ってゆく。
最後まで参加していた大勢も少しずつ解散していき、寒空を見上げて言葉無く家路に向かう様子が二十一年続いたトリオーン王治世の終わりを象徴しているかのようだった。
◇ ◇ ◇
「お兄様とリョウさん、大舞台でも立派にやってましたわね」
街路を行く馬車の中でそう言ったのは、漆黒のローブを脱いだリイナである。
十五時過ぎに献花に訪れた彼女とエリアンヌは埋葬が終わるまで参列していたために遅めの帰宅となったのだ。
「二人とも真紅のサーコートが素敵でしたわ」
そう言いつつも、騎士どころか親衛騎士どころか、王族近衛騎士として公の場に立っていた二人が手の届かない場所に行ってしまったようにも感じられて少し寂しかったのも事実であるが。
「それにしても随分と厳戒態勢でしたわね。王妃様のときもそうだったんですの?……お母様?」
「……ええ」
「どうなさったの? 今日はずっと心ここにあらずのご様子でしたが」
「大丈夫、何でもないわ」
昨夜遅く、数日ぶりに帰ってきたブライアンからもたらされた情報について考え込んでいたエリアンヌが無理に微笑んだところで馬車が止まった。
「奥様、お嬢様。お屋敷に到着いたしました」
御者をしていたシーバスから声が掛かり、一呼吸してドアが開かれたので差し出された手を取って踏み台に下りていると、やや乱暴に玄関が開いて飛び出してきたのは二人のメイドである。
「おっ、お迎えが遅くなり申し訳ございません!」
「お帰りなさいませ!」
「いま戻りました。なにかあったのですか?」
「あ、いえ、その……」
普段なら馬車の到着とほぼ同時に出てきているはずなのに遅れるとは二人らしくない。
眉をひそめたエリアンヌに尋ねられ、口ごもったメアリの代わりに頭を上げたマリーが言った。
「実は……庭師のチョキトさんが、裏庭でキノコを見つけたと言っていまして」
「裏庭ならキノコぐらい生えるのでは?」
「いえ、生えていたのではなく落ちていたのだそうです。おそらく裏の路地から投げ込まれたのではないかと。誰かの悪戯ですかね?」
貴族の屋敷があつまるここらの区画では、敷地同士が隣り合うようなことはなく必ず道路を挟んでいる。
フォレスト家も周囲を二メートルほどの壁や鉄柵で囲んで不審者の侵入を防いでいるのだが、軽量物を投げ込むぐらいなら子供でもできるだろう。
だが、エリアンヌはキノコという単語にはっと顔色を変えていた。
「シーバス! 今すぐ家の者全員に金目の物を持たせて暇を出しなさい! 私たちもこのままアトゥムを出ます!」
「お母様? 突然なにを―――」
「そのキノコは私たちが持って行き、町から離れたところで埋めましょう。……急ぎなさい!」
「かしこまりました」
夫の話が確かならすぐにでも押し入られて問答無用で全員殺される。
弁明の場は期待できないと感じた彼女の決断により、十九時を告げる七つの鐘が鳴る頃にはもう、フォレスト家はもぬけの殻となっていた。
◇ ◇ ◇
「今日は疲れちゃった。さすがにお尻が痛いわ」
「……そうだな、休憩もなしによく頑張った」
王城最上階、子供用風呂場でのやりとりである。
戻ってきた王女は冷えた身体を温めようとまず風呂に入る事にして、例によってリョウは目隠し付きで脱衣所に立っていた。
「リョウとギルなんか立ちっぱなしだったものね。大変だったでしょう」
「俺達は大丈夫だよ」
今夜はリョウから話しかける事がなく、システィーナが声をかけてやっと二言三言の返事をする程度。
この警護にも慣れた彼の口数が少ないのは別の緊張に包まれているからだ。
(明日の議会でシスティーナが継承の意思を告げる。もし大臣が主犯だったとしたら、今夜動かなければ待っているのは失脚だ)
国内外の有力者を招いての戴冠式はあくまで儀礼的なものであり、議会で継承の意志を告げた瞬間から彼女は王位継承者から主権を持つ女王となる。
その前に共和制が提議されるのか口を噤むのかは分からないが、いずれにせよ大臣や同調した貴族達の粛正の始まりでもあるため、彼らに残された時間は余り多くない。
(共和制提議という芝居を打って反抗的な貴族を炙り出しました。私は清廉潔白、王女への忠誠は変わりません……とか言われてもな)
もしかしたら手のひらを返してくるのかもしれないが、はいそうですかと信じてもらえるとは大臣も思っていないだろう。
今夜何もなければ、大臣派の次に台頭する派閥の動きに注意を向ける必要が出てくるし、なんにせよ状況が変節する夜なのは間違いない。
脱衣所に控えて王女の湯上がりを待っていたサリーや廊下のギルガメシュもまた、普段と異なるリョウの雰囲気に飲まれて身体を強ばらせており、今夜何か起こるのかも知れないと考えていた。
◇ ◇ ◇
ギルモアやブライアンも今夜が山なのは分かっていたらしく、今日は書類相手の桜花を残した四名が巡回に出たり忙しく動き回っていたほか、表向きは国王の死を慎む夜のため、不要不急の外出は控えて早く家に帰るようにとの通達が出されている。
夜間営業が主体の食堂や酒場も今夜ばかりは営業を自粛して静まりかえるアトゥムに、投光器をもって巡回する衛兵や騎士達の足音が響いていた。
そんな中、裏門では外出しようと退城の手続きを行っていた者がいる。
「こんな時間にどうした?」
「ルース様からのご命令で。伝え忘れた事があるので、どうしても今夜中にこのお手紙を自宅に届けて欲しいと」
ケープを羽織って少し寒そうなのはフォート担当のメイドであり、封書を見せる彼女と入退城の記録簿とを見比べた衛兵は、そう言えば少し前に戻られたなと記憶を掘り返していた。
「そう言えばさっきここから戻られたっけ。ずいぶん怖い顔だったけど何かあったのかね」
「分かりません。私もいきなり手紙を渡されまして」
古くからの親衛騎士である五人は全員ここ数日で疲れ果てた顔をしていたが、その中でも尋常ではないやつれ方をしていたのがフォートだったのだ。
最近では夜遅くまで町中を歩き回っている姿を巡回担当が見かけていたし、明け方になって帰ってくることも多いので仕事と奥さんがらみで大変なんだろうと単身赴任の親衛騎士に同情する騎士や衛兵も少なくない。
自分も一歳の娘がいる衛兵は、去年いろいろと同僚に世話になっていたので今度は自分が助けになろうと胸を叩いていた。
「……ルース様のご自宅って確か北の一番街だっけ? 俺はそろそろ上がりだし、帰り道だから代わりに届けてやるよ」
「いえ、そんなご迷惑は」
「良いって良いって、あんたは早く戻ってルース様の面倒を見てやんなって。顔色悪いの見ちゃあほっとけないさ」
「……すみません、ではお言葉に甘えさせていただきます」
「おう! ちょっと待ってな、夜番の連中に申し送りしてくっからよ!」
すぐに戻ってきて封書を受け取った衛兵にもう一度頭を下げたメイドは、フォートの自宅の住所を告げると足早に城へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
一方、アトゥム南の外郭門では。
かがり火の届かない暗闇の中から大勢の武装集団が現れたので、立ち番の衛兵が槍を構えて怒鳴っていた。
「うぉぅ!? なんだお前ら!」
「落ち着けよ、遠征に出てた第二の連中だろ。今夜帰還するって連絡が来てたじゃないか」
「えっ? あっ、ほんとだ」
「ほら、柵どかすからそっち持って」
言われてみれば薄汚れた集団は確かに第二騎士団だったので、二人がかりで柵をどけると大勢が静まりかえる町へ入っていくが。
制式装備ではないがらの悪そうな連中も混じっているので大丈夫かと同僚の腕をつついてしまう。
「おい、なんか騎士じゃない奴も混じってね?」
「今回は傭兵も集めたらしいからな。それも連絡にあったって」
「そ、そっか」
ぼんやりしてるからだと呆れる同僚に口をとがらせて、そんなら大丈夫かと城を目指して進んでいく集団を見送ったのだが、亡者の群れでも見てしまったような悪寒を感じるのは気のせいなのだろうか。
「なーんか、雰囲気悪かったよなぁ。遠征失敗だったんかな?」
「そう言えば戦った様子は無かったな。空振りだったのかも知れないな」
装備は土埃にまみれてはいたが、誰も怪我をしていた様子はなく足取りもしっかりとしたものだったので、お気の毒様と顔を見合わせた門番達はそれで任務に戻っていった。
南からアトゥムへ入った一団は足早に城を目指していたが、途中、一人が貴族の屋敷が連なる方向を指し示して集団から離れると十七名が後に続き、合計三班分の別働隊の他にも引いていた馬に跨った騎馬隊が東西へと散っていく。
「一九五〇まで待機」
「了解。一九五〇まで待機」
時計塔広場で行軍を停止した彼らは何かと示し合わせるかのように十九時五十分になるのを待った後、再び城門を目指して北へと進んだ。
やがて集団は壕の前へと到着し、先頭の男はあがってる跳ね橋と立ち番の騎士達とを見比べる。
「第二騎士団、遠征より帰還した。中庭で解散式を行うので跳ね橋を下ろしてくれ」
「お帰り、ルース様から聞いている。ちょっと待ってくれな」
かがり火から燃えている薪を一本取って、城壁内の制御室に向けて大きく円を描いてやると、信号を受け取った担当の操作によりギギギギギと軋んだ音を立てて跳ね橋が下りてくる。
「で、今回の獲物はなんだったんだ?」
「……大物だ。すぐに分かる」
兜を目深に被って立ち番と視線を合わそうとしない男はそれだけを言うと、後ろで隊列を組む集団に手を挙げて。
今日最後となる二十時の鐘が鳴り始めるのとほぼ同時、跳ね橋が下りきった瞬間に突撃の号令を下した。




