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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
59/111

第六節 動き出した悪意⑧

10/9 日本語微修正

10/11 見回りに来たのが桜花からアントンに修正

 ギルモアの部屋を後にしたリョウが王女の部屋に戻ってみれば、ギルガメシュとシスティーナの二人はテーブルを挟んで話し込んでいた。


「ただいま」


「お帰り。……待っていたぞ」

「お帰りなさい、リョウ」


 助かったと息をついているギルガメシュは強引に座らされているらしく、立ち上がりたそうに足をもじもじさせていたが、隣にやってきたリョウが平然と腰を下ろしたのでそういう奴だったと肩を落としてしまう。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 と。

 新しく用意された紅茶が置かれるときにカタカタと細かく音がしたのでよく見てみれば、侍女の手がわずかに震えていて顔色も先ほどより悪いように見えた。


「居ない間、こちらは変わりなかったか?」

「何もない。一度ずつアルさんとアントンさんが巡回に来たくらいだ」


「ならいい。それで二人は何を話してたんだ?」


 国王が逝去された衝撃は決して小さくないだろうし、もう真夜中なので疲れがでたのかなと自分を納得させたリョウが俺も混ぜてくれよと頬杖をつくのとほぼ同時。


「君の正体についてだ」

「あなたの正体についてよ」


 苦笑いと困り顔を混ぜたような表情で視線を交差させた二人が口を揃え、思わず腕をがくんと滑らせてしまった彼はやや引きつった笑いでギル達を見比べる。


「はは、なんだそりゃ。俺は新種の怪物か正体不明の怪人か」

「だって。ギルの話を聞けば聞くほどあなたが何なのか分からなくなるのよ」


 可愛らしく小首を傾げた王女はこれまで、彼の纏う空気が異質なのは貴族ではなく町の者でもない冒険者のそれなのだと思っていた。


 しかし、ギルガメシュとの出会いから今日までの話を聞いて何となく分かってしまった。


 元冒険者なのは間違いない。

 今は自分を警護する王族近衛騎士なのも確かだ。

 だけど本質はそんな枠組みには収まらない、他の何とも重ならない特異な存在なのかもしれない、と。


 それはブライアンの慧眼とは異なる、彼が身分の上下を気にしない振る舞いができると感じたシスティーナの符号解読能力によるものであり、一般とは異なる価値観を持ち、必ずしも他人と同じである必要はないと考えているふしもある少年の一面をとらえた直感とも言える。


「俺は俺。それ以外の何者でもない」


 その証拠と言っては少々こじつけかも知れないが、彼は自分を何者であるかを表するにあたり、冒険者上がりだとか王族近衛騎士だとか、一般的な区分に属するとは言わなかった。


「まあいいわ。じゃあリョウも戻ってきたことだしお風呂に入るわよ」


「おふっ?」

「ブッ!?……ェホッ! ゲホッ!」


 突然の物言いにカップを落としそうになったのはリョウ、紅茶が変なところに入ってしまって大変なのはギルガメシュである。

 頭では混浴のお誘いではなく護衛をしてねという意味なのは分かっているのだが、青少年に先ほどの言い方は少々いただけない。


 からかうような表情の王女もそれを分かっているらしく、目を白黒させている二人を交互に見比べながらさあどうするのと腕を組んだ。


「べつにここで待っててもいいわよ? でも今は立ち番も居ないし、それじゃせっかくギルモアが付かせた意味がないわよね」


「ど、どうするんだリョウ? 僕らの護衛は形式的なものとアルさんも言っていたし、いくらワール公が共和制の提言をしそうだからって―――」

「おいギル!」


 姫様のお風呂にまでついて行く必要は、という声を遮ったが時すでに遅く。

 知らせるタイミングを迷っていた情報はすでにこの部屋で開示されてしまった後のようだ。


「ああ、私が頼りないからマルコスが共和制を提議しそうだって話? ごめんね、さっきギルをひっかけて聞き出してしまったの」


 だって急逝したわけでもないのにお葬式の日取りがまだ決まらないなんておかしいもの、と予想していたらしい彼女がさして衝撃を受けていない様子なのは、空元気なのか心からそう思っているかは難しいところだが。


「すまない。君からもう聞いたとカマをかけられて」

「仕方ない。どうせ近いうちに言わなきゃならなかったんだ」


 どうりで侍女達が緊張しているはずだと納得したリョウは申し訳なさそうなギルガメシュに首を振る。


 ただ国王に毒殺の疑いがあり、王女にも物理的な危機が迫る可能性もある以上、たとえ風呂だとしても目を離すのは良くないと思われた。

 すでに事態は共和制提議という政治的な揺さぶりを隠れ蓑にして静かに深く進行しており、近衛騎士の目が行き届かない隙を狙われているかも知れないのだから。


「じゃあ脱衣所で待機かな」

「ええっ、本気か!? さすがにまずくないか!?」


 興味とか興奮とか緊張よりも、間違いでもあったら国民につるし上げられる恐怖に及び腰のギルガメシュは、そこで唯一の女性騎士を思い出しぱっと顔を輝かせる。


「そうだ、桜花さんに頼もう! ちょっと行ってくる!」


 あらゆる判断はリョウに任せろというギルモアの言いつけも忘れた彼は慌ただしく部屋を出て行ってしまい、残された二人は顔を見合わせてしまったが。


「もう真夜中だし、一眠りしてからでもいいと思うが」


 体内時計はすでに日が変わっていることを告げているので、朝にしてもとリョウが腕を組むと、王女は懇願するかのように言った。


「……どうしても入りたいの」


(ああ。涙は他人に見せられないのか)


 顔合わせの時からずっと気丈に振る舞ってはいたが、共和制の話も聞いてしまって内心は限界に近いのだろう。

 彼女の表情に疲れとわずかな陰りが現れ始めているので、暖かいお湯に使って少しなにか食べた方がよく眠れるだろうと考えた彼は望むとおりにしようと頷いた。


「確かに今日はいろいろありすぎたからな。ただ、風呂の前に軽く食べた方がいいんじゃないか? なんだかんだで何も食べてないだろう」


「ううん……うん、そうだね。お腹が空いてると元気がでないってお父様も言ってたし」


 最初、そんな気分じゃないと首を横に振りかけたシスティーナは、食いしん坊だった父親のことを思い出して泣き笑いになりながら侍女頭を振り返る。


「サリー、なにか軽くつまめるものを用意してちょうだい」

「かしこまりました、すぐにお持ちします」


 頭を下げたサリーが他の侍女達にさっと手を振ると、てきぱきと隣の部屋から運び出されてきたのは三人分のサンドイッチだった。


「えっ、もしかして用意していたの?」


 あまりの手早さに驚いた王女と、毒味をかねて一つを口に運んだリョウがまるで先ほど作られたようなみずみずしさに眉を動かしていると、実は差し入れがあったのだとサリーは言った。


「つい先ほどガーネットとラピスが差し入れてくれました。私たちの分もです」


「ああ、前まで見習いだった姉妹ね。今は―――」

「俺とギルの担当だ。まったく頼りになるメイド達だよ」


 ラピスが聞いたら飛び上がって三回転しながら喜びそうな事を言ったリョウは、野菜サンドの中に輪切りのピーマンが入っているのでこれはギル用かななどと呟いてしまう。


「じゃあ私もいただくわ」


 ほんとうに気の利く子達ですと誇らしげなサリーが新しい紅茶を淹れたので、どれにしようかしらとしばらく考えていたシスティーナはたまごサンドに手を伸ばして。

 三口ほど食べたところで急に食べる速度が上がったのは、自覚がなかっただけでやはり空腹だったからなのだろう。


 敏感に王女の変化を感じ取っていた侍女頭もほっとした様子で頬を緩ませており、少し部屋の空気が和んだところで顔面蒼白のギルガメシュが帰ってきた。


「駄目だった! 目隠しでもなんでもして自分達でやれと言われてしまった!」

「桜花さん寝てたんじゃないのか?」


 寝ていたところを起こしたら悪いだろうと腰に手を当てたリョウは眉をしかめるが、彼はそんなんじゃなかったとぶんぶん首を振る。


「それが……」


             ◇



「まったく、姫様のお風呂警護なんてできる訳がないじゃないか」


 やはり貴族として育った常識の方が強く、以前のように接して欲しいという要望に応えるのにもかなり消耗してしまうギルガメシュは、僕らとはお立場が違うんだぞなどと呟きながら北の階段を下りていた。


 そのまま二つ目の十字路を右に曲がって物見塔へ続く回廊手前の扉をノックしてみるが、本人はおろか担当メイドも出てこない。


 さすがに寝ているのだろうかと今度は強めにノックしてみても答えはなく、もしかしてまだ何かやっているのかと集会場に向かってみると、山積みの書類に囲まれて頭を抱えている桜花の姿が見つかった。


「桜花さん、まだお仕事中だったのですか」

「ギル君こそこんな時間にどうしたの?」


 見れば壁際のエクレットも疲れた顔をしており、立ちっぱなしで辛いのか体重をかける足をこまめに変えている。


 忙しそうであるが、逆に気分転換になるんじゃないかと都合の良いことを考えたギルガメシュがここに来た用件を告げてみると。


「……この書類の山が目に入らないんですか? 団長とフォートさんとアントンさんとアル君から押しつけられてずーっとずーっとご飯も食べずにやってるんですよ?」

「し、しかし、男の僕たちが姫のお風呂警護など」


「しかしもかかしもありません。見たって減るものじゃありませんし目隠しでも何でもすれば良いじゃないですか。なんなら私が女にしてあげましょうか?」


「し、失礼しましたぁっ!!」


 鬼気迫るとはこのことだ。

 男で不都合があるのならいまここで切り落としてあげます、と髪を振り乱して立てかけてあった魔刀を掴む桜花の殺気に飛び上がったギルガメシュは、挨拶もそこそこに集会所から逃げ出す羽目になったのである。


             ◇


 本当に怖かったのは駆け戻ってきたときの様子でよく分かる。

 桜花さんはまた貧乏くじを引かされたのかとリョウは気の毒に思ったが、今は手伝いに行ける立場ではないので心の中でそっと応援しておくことしかできなかった。


「とりあえずギルも食べないか、ガーネットとラピスが差し入れてくれたそうだ」

「ああ、実はお腹が空いていたんだ」


 問題の先送りではあるが空腹なのも確かなので、お腹が膨れて眠くなればお風呂は取りやめになるかもなどと淡い期待を抱きながら腰を下ろしたギルガメシュはサンドイッチに手をつける。


「……むぐっ!?」


 最初にハムとチーズが挟まれたものを食べ終えて、つぎに野菜サンドを手に取った。

 すると苦手なピーマンが入っていたので思わず咽せ混んでしまったのだが、ここで吐き出すわけにもいかないので紅茶で何とか飲み下す。


「なあに、嫌いなものでも入っていたの?」

「い、いえ、その」


 その様子を見ていたシスティーナがどうしたのと首を傾げるも、子供みたいな好き嫌いのことを知られたくなかったギルガメシュは言葉を濁さざるを得ない。


「ああ、ギルはピーマンが嫌いなんだ」

「くすっ、子供みたい」


 ほら笑われたじゃないかと真っ赤になったギルガメシュはばらしたリョウを恨みたくなったのだが、王女の笑顔を見ているとまあいいかと思えてくるから不思議である。

 二人だと間が持たないのに、リョウが加わるとなぜか以前のようなお友達感覚で居られるのだ。


(同じテーブルを囲んで、一緒にご飯を食べて、笑いあって。こんな時間がずっと続けばいいのに)


 シリルがシスティーナ王女だった事実は変えられない。

 この関係も彼女が王位継承を宣言して反抗的な文官を整理するまでの一時的なものだろう。

 だけど別の何かを変えることで、この時間をもっと続ける事はできないのだろうか。


(でも何が代われば良い? 国民か、国法か? それとも僕か?)


 食べ物の好き嫌いや冒険者は怪物食も当たり前などと話している親友と王女を眺めたギルガメシュは、ふとそんな事を思ってしまったのだった。



 腹がふくれて一息ついたあと。

 食器を片付けるサリーに目配せをしたシスティーナが向かいの少年二人を見比べてみれば、目の合ったほうは黙って眉を動かし、もう片方は困った様子で目を伏せている。


 こういった違いも面白く感じる王女は彼らを付けてくれたギルモアに感謝しつつ、無茶を言っている気もしたのでギルガメシュは脱衣所に入れないことにした。


 ブライアンの耳に入ったら怒られるかもしれないし、どちらかと言えば城内でも年齢不相応の落ち着きを持つと評判の、今も泰然としている少年の慌てる姿の方が見てみたかったからである。


「じゃあリョウは目隠しして脱衣所ね。ギルは廊下で待ってなさい」


「分かった」

「……はい」


 ただ、別にリョウとて完全に無心でいる訳ではなく、これは仕事で護衛だからと自分を納得させているだけで、平時ならば絶対にお断りするところである。


 それでも毒殺の対応をギルモアに託して彼女に注意喚起を促さない以上、自分が責任を持って万全の注意を払わなければならないのだ。


「じゃあ行きましょ」


 手ぬぐいと着替えを取り出してきたサリーに椅子を引かせて立ち上がったシスティーナは、複雑そうな表情の二人を連れて一番奥の子供用のお風呂に向かったのだった。



             ◇


(むう……)


 いつも不敵なリョウが目隠しの奧で困り顔になっていた。

 見えないのだから何とかなると思っていたのだが、隣の浴室から水音が聞こえてくるのでどうしても緊張してしまうのだ。


 精裂病に犯されるほどまでに自分の教育に心血を注いださすがの父も、女性については心構えや知識を説いただけで実技については触れておらず、娼館に放り込まれるような真似はされていない。


 また、代々子供が男子一人しか生まれない血筋なので相手選びは慎重にと脅されたことに起因するのかは分からないが、自身もあまりそう言った衝動を覚える事がなく、年齢からすればかなり淡泊なほうだった。


(不思議だ。戦うときは気にならないのに……)


 戦いの緊張や命のやり取りに身をおく時は頭が切り替わるらしく、女性型であられもない姿の魔族や怪物を相手にしようが気にならないし、女盗賊の鎧や服がはじけ飛んで裸が見えようとも剣が鈍るようなことはない。


 結局は気の持ちようかと深呼吸をして気持ちを入れ替えるなりのことである。

 水音にかすかな嗚咽が混じっているのを聞きつけてしまい、やはり無理をしていたんだなと眉を潜めてしまった。


「ヒック……お父様ぁ…寂しいよぅ…女王なんてできないよぅ……ぐすっ」


 気丈に振る舞っていた裏では亡き父をしのび、孤独を恐れ、継承者の責任や大臣の圧力に潰されそうになっている少女がいる。


 私がやらなければと言う意思があるのも間違いない。

 だがか細い泣き声は、システィーナがその間で揺れている事をありありと示していた。


「……お労しや」


 困ったように頭をぼりぼりと掻いたリョウの隣では、握りしめた拳を胸にあてたサリーが呟きを漏らしている。

 長い付き合いである彼女だけは最初から分かっていたに違いない。



 かなり長い時間が過ぎて。


「……リョウ、覗いたりしてない? サリーはちゃんと見張ってる?」


 ようやく落ち着いたのか、部屋を出る前の調子に戻った声にほっとしたリョウとサリーは微笑みながら答えた。


「してないしてない」

「大丈夫でございます」


「えーっ、私ってそんなに魅力ないかな? そりゃあ胸はそんなに大きくないけれど」

「それとこれとは別。今の俺は近衛騎士なんで」


「じゃあ、近衛騎士が終わったら?」

「終わったらそもそも風呂に近づけないだろう」


 何を言っているんだとでも言いたげな返事に、そりゃそうねと呟いた王女は思わず吹き出してしまっていた。


「ふふっ。やっぱりいいなあ、リョウの言葉遣い」

「こっちは他の人に聞かれやしないかとびくびくしてるよ」


 そんなことは微塵も思っていないのがありありと分かる声が嬉しくて仕方がないシスティーナは、今なら聞けるかも知れないと心の内を吐露してみた。


「ほら、私って王女じゃない。だからみんな気を遣って対等に接してくれないのよね。無理もないとは思うのだけど、姉妹も居ないし息が詰まっちゃう」


「……だから、最初偽名を使ったんだろ」


 その理由があの人とほとんど同じだったので、そうじゃないかと思っていたリョウの声はやや低かった。


「うん。でも、あなたは気づいていたみたいね。……いつから?」

「最上階で会えば流石にな」


「ああ、それでなのね。……ねぇ、どうしてそのまま惚けてくれたの?」

「そんな事だろうと思ったから、だ。ギルは全然分からなかったようだが、他にも色々と突っ込みどころはあったぞ」


「えへへ、ちょっと調子に乗りすぎちゃったか。……でもね、あなたたちと居ると本当に楽しかったの」


 王女の生活が不満と言うよりも、もっと別の世界を知ってみたかったと言ったところだろうか。


 リョウは別にそれが悪い事だとは思わない、誰にだって自分の生き方は自分で決める権利があるはずだと信じているからだ。

 それがたとえ、唯一の王位継承者である一国の王女だとしても。


「そう言えば、まさか一人で勝手に出歩いていた訳じゃないだろう?」

「どういう事?」


 ただ一人じゃさすがに無理だろうと協力者について尋ねてみると、バシャッと水音に続いて不思議そうな声が返ってくる。


「俺達がいる場所の確認にしろ、服にしろ、自分で用意した訳じゃないんだろう? 少なくとも侍女辺りに協力者がいると思うんだが」


「リョウは何でもお見通しね。サリーが話せる人で、私の我が儘に付き合ってくれるのよ」

「なるほど」


 武人とはまた別の巧みさで気配を薄くしてはいるが、今も隣に立っている侍女頭がとても出来る人なのはリョウにも感じられていた。


 王女の先を読むという意味では超一流、突然の事にも臨機応変に対応できるのは、さきほどどこからともなく目隠しを取り出して渡してくれた事からも分かる。



 今年で三十五歳、残念ながら独身のサリーは眼鏡とメイドキャップがよく似合う知的美人であり、システィーナが生まれた時から侍女としてお世話をしてきた一番の古株だ。


 畏れ多くて言えないが、実は王女を娘みたいに思っている彼女はいざと言うとき代わりに命を投げ出すぐらいのことは平然とやってのけるほどの忠誠心を持っている。


 もちろん貴族達がいい顔をしないような事もきちんと侍女長を通して国王に報告はしていたし、あまりに過ぎた行動の場合はたしなめもしてきた。

 システィーナもそんなサリーに全幅の信頼を寄せており、幼い頃でもサリーが言うならとお転婆を思いとどまった事は数え切れなかったりする。



(サリーさんはシスティーナの味方だな、いざと言う時の協力者になりそうだ。あとは……モニクさんはどうなんだろうな)


 ラピスやガーネットの他に頼れる相手としてサリーを記憶に留めたリョウが、そう言えばと不思議なお風呂番の事を思い出していたら、浴室の扉が開くと同時にサリーがすっと動いた。


「ふう、ちょっとのぼせちゃった」

「部屋に戻られたらすぐお水を用意します」


 ごそごそしている気配が伝わってくるのは身体を拭いたり寝間着を着せているせいだろう。


 何となく上に視線を向けていたら、もう取っても良いとのお許しが出たので目隠しを外してみると、風呂上がりのせいだろうか、顔を真っ赤に上気させたシスティーナが目の前に立っている。


「ありがとうね、リョウ」

「……何が?」


 心なしか潤んでいる瞳に見つめられてちょっとドキっとなったリョウが意味を聞き返すと、微笑んだシスティーナはいつかの誰かと似たようなことを言った。


「お友達になってくれたこと」

「ん」


 だから微笑み返したつもりが少しぎこちなくなった。

 守れなかった約束のやり直しをさせられているかのようで胸がきりきりと痛くなった。


 その痛みは部屋に戻って見張り番をしている時も疼き続けて、結局朝まで収まることはなかった。




 翌朝。

 血相を変えてやってきたギルモアに呼び出されたリョウは、隣の空き部屋でベアの水死体が壕からあがった事を知らされて苦い表情を浮かべてしまった。


「死人に口なしですか。もともとこうするつもりで毒薬の回収を急ぐ必要がなかったのか、毒薬を回収されて手を打ってきたのかは分かりませんが、黒幕に繋がる線を切られてしまいましたね」


「ええ。こうなると相手が別の尻尾を出さない限りは動きようがありません」


「外傷などは?」

「ありませんでした。おそらく単純な事故か、トリオーン様を助けられなかった事に責任を感じた自殺として片付けられるでしょう」


 そうですかと腕を組んで目を閉じたリョウはしばし考えて。


「一度毒殺が暴かれた以上警戒が強まるのは相手も分かっているでしょうし、疑われたり足が付くような行動は避けるでしょう。あとは直接的な手段しか残されていないのでは」

「……まさか、軍事的簒奪(クーデター)が起きると?」


 まだ続けるならですがと頷いた彼の首筋には、胸の痛みの代わりにちくちくと刺すような感覚が表れ始めている。


 良くないことが起こる予感めいた物を感じたリョウは薬の分析を急がせるというギルモアと別れたあとに町へ出ると、数時間もかけて考えられるだけの備えを用意して回った。


(―――必ず守る。たとえ、禁を破ることになってもだ)


 いまは受け身にならざるを得ない状況かも知れない、だけど。

 約束した以上は何が起こってもシスティーナとギルガメシュを護り通すとかたく心に誓いながら。

今回で第六節は終わりです。

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