第六節 動き出した悪意⑦
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王女の部屋に戻ったリョウは、システィーナが待っていたテーブルの向かいに腰を下ろすなり腕を組んで目を閉じていた。
(……想定三、大臣が首謀者の場合だが。今のところ考えられる動機は主権を欲しての権力欲、大臣の職位を息子に引き継げない危機感かな。……システィーナの資質を憂いての勇み足で毒殺を謀るとは思えない、その場合は提議の動きを別の首謀者に利用されているんじゃないだろうか)
その格好は全力で頭を働かせる時の癖なのだが、向かいの王女は黙りこくっている彼を見ながらもじもじとしており、何を思ったのかだんだんと頬が赤くなってきている。
(……えっ、えっ? どうしてなにも話さないの? 話しかけちゃ駄目な雰囲気なの? そう言う遊びなの?)
(この場合も共謀者の絞り込み方は同じか。毒殺を成立させるために必要なのはベア師の誤診と毒の混入。王に投薬するには毒味もするだろうし、解毒の用意をしておかないと自分までルイヴォ・ヴァラーヒにやられるから、誰が毒を混ぜたとしてもベア師は黒)
宮廷治療師が抱えている薬師や薬草師が王の居住区に入れるとは思えない以上、誰が主犯でも彼が関わっていることは確実だろう。
あるいはなにも知らない侍女なりが毒味役を勤めていたのかも知れないが、王と同じ症状が出ては露見してしまうために解毒を施す必要があるはずで、そのような怪しいことを繰り返すとは考えにくい。
(……国王に神聖魔法を試したハーヴ高司教はどうだろう。念のため解毒の奇跡や全状態異常回復の奇跡を試してもよかったんじゃないだろうか。あるいは高司教か宮廷司祭の誰かがこっそりベア師に解毒の奇跡をかけていたのかもしれない)
解毒の霊薬でも同じ効果は得られるが、数回ならまだしも何十回もとなると費用面での負担はかなり大きく、大貴族の後ろ盾があるか神聖魔法に頼っていたと考える方が自然だろうか。
宮廷司祭長であり、アトゥム中央神殿の責任者でもあるペテロが敵だった場合、宮廷司祭や検査官の協力も得られないかもしれないとリョウは眉間にしわを寄せてしまう。
(神殿が信用できないとなるとかなり苦しいぞ。あるいは検査官が抱き込まれていたら、真相究明どころか誰かに濡れ衣を着せることだって可能だ)
高司教の動機は全く分からないが、最悪の状況として神殿側も信用できない可能性に思い至ったとき、ふとあのぽやぽやした司祭まで敵だと寂しいなと思った。
(ねぇ、せっかくなんだしお話しないの? なにを難しく考え込んでるの?)
(あらあら姫様。放っておかれる事なんて初めてだから落ち着かないご様子ですね)
そんな二人の様子を微笑ましく見守っていたのは侍女頭のサリーだ。
彼女は優秀な侍女でありながら王女のお転婆に付き合える臨機応変さを兼ね備えており、良き理解者、協力者を何年も続けているためそのあたりは手に取るように分かるのである。
結局、途中振る舞われた紅茶のお礼と飲むときだけしか口を開かなかったリョウがいくつかの推論をまとめたところでギルガメシュが戻ってきた。
「ただ今戻りました。すまないリョウ、遅くなってしまった」
「いや、大丈夫。じゃあここを頼むぞ」
テーブルに立てかけていた両手剣を背負ったリョウは、口を尖らせている王女に少し首を傾げるとすぐに部屋を出る。
北の階段を下って向かうはゴライアスが居るであろう第一騎士団の控え室だ。
「誰が入ろうとしたかを確認してからギルモア様だな」
◇ ◇ ◇
控え室に行ってみたら副団長は団長室ですと言われたので一つ上の階層に戻ると、夜中だというのにブライアンとゴライアスがなにやら話し込んでいた。
「失礼します。ゴライアスさんにちょっと確認したいことが」
「はっ、なんでありましょうか」
いまは盾も槍も持っていないので敬礼をしてくる彼と、執務机で自分を見ているブライアンとに視線を行き来させたリョウが、入室制限をかけたときに出て行った者と途中で入ろうとした者が誰かを確認してみると。
「出て行ったのは全員トリオーン様お着きの侍女であります。入ろうとしたのはイグザート様もご覧になった大臣と高司教だけであります」
「ブルーシップ卿と君たちが上がってくるまで私も見ていたが、特に出入りしたものは居なかった」
なぜそんなことを言いたげなブライアンがさらに前の時間についても触れて、自分の前に薬包紙を回収したかった可能性があるのは大臣と高司教だけと分かった。
いくつか立ててみた推論のうち、ワール公よりの物に状況が近づいていることを感じたリョウは一瞬、この二人ならば話して良いのかもしれないとも思ったが。
報告の順番を違えてはならないし、ブライアンならここでこうしている意味を察してくれるかもしれない。
それに第一騎士団にも何らかの機密とやらがある以上、必要ならば団長から展開されるだろうとこの場はさっさと立ち去る事にする。
「分かりました。聞きたかったのはそれだけです、ありがとうございました」
失礼しましたと彼が退室した後。
じっと考え込んでいたブライアンは、近衛騎士に任命されたリョウが王女のそばを離れてまで確認したかったのにはなにか理由があるはずだと考えた。
あるいは立場上口にしなかっただけで違和感を察して欲しかったのかもしれないが、何にせよただ事ではないのは確かだろう。
「どうもきな臭い。ゴライアス、花壇の手入れは万全か?」
「ハッ! すべて問題ありません!」
ならばよろしいと頷いた彼の斜め後ろの花瓶には、これからを予兆するかのようにキンセンカの花が生けられていた。
◇ ◇ ◇
親衛騎士団の階層に戻ったリョウが廊下側の扉をノックしてみると、出てきたメイドに招かれた室内ではギルモアと白衣のカッツが話し込んでいる最中だった。
「お話中のところ申し訳ありません、ギルモア様。実は至急ご相談したいことがありまして」
「む、では私は居ない方がいいな。ブルーシップ伯爵、それでは失礼しますぞ」
「ありがとうございました、ポタス子爵。協会と学院の統制はお任せします」
大臣筋の有力者であるハーヴ高司教と双璧を成す彼はどうやら保守派の重鎮らしい。
椅子を立った彼によろしくお願いします、と頷いたギルモアは廊下まで見送ると扉を閉めメイドを退室させてから次の訪問者に向き直る。
「姫様のおそばを離れるほどの事ですか」
「はい。……トリオーン様の死因ですが、毒殺と考えられます」
メイド部屋に続く扉が閉じて気配が離れたことを確認し、逆隣の集会所や廊下にも人の気配がないのを確認したリョウがいきなり核心に触れると、さすがのギルモアも息を呑んだ。
表情を強ばらせたまま数秒ほど視線を合わせたが、黒曜石のように黒々として底の知れぬ瞳は真剣そのもので、確信を以て話しているのがありありと覗える。
(毒殺。国王を毒殺と言ったのですか彼は)
そんな突拍子もない事を言い出したのが他の相手ならばまず正気を疑うところであったが、ある意味本人も非常識な存在だ。
ならばその結論に至った理由を聞くのが上司の仕事ですね、と大きく息を吐いたギルモアは集中を高め直してから続きを促した。
「―――詳しく聞かせてください」
「まず第一に、国王の死因は精裂病ではありません。これは確実です」
「しかし、私たち素人に精裂病の事は分かりませんが」
「親父が病に倒れた時、何人もの治療師に掛かりました。何度も何度も神聖魔法や霊薬を頼り、それでも快復せず、もしかしたらと出てきたのが精裂病の名です」
魔法の道具入れから一冊の古ぼけた本を取り出し、しおりの挟んであるページを開いて彼は続ける。
「ただそれは消去法での判断でした。症例はごく僅かで、普通の治療師や司祭にも症状は伝わっていないのだから仕方がありませんが。……だから俺は本当に精裂病なのかどうか、もしかしたら別の病気で何か手立てがあるのではと調べ回ったのです」
次第に衰弱していく父親を何とか助けようとした彼は治療師ギルド、魔法学院、大学はもとより、薬草師ギルド、薬師ギルドから盗賊ギルドなど少しでも情報が手に入りそうな場所をかけずり回った。
医術書や古文書も片っ端から読みあさり、他の国や過去の事に詳しい詩人に聞いて回ってようやく手に入れたのは、何百年も前に滅びた国の史書だったのである。
「これは今から五百年ほど前に滅びたムスターヴァ王国の史書です。荒れた国を立て直そうと粉骨砕身働き続けた時の王が精裂病に掛かり、衰弱していく様子が記載されていました」
その症状は父ハスラムに酷似しており、臣民による必死の治療の甲斐無くムスターヴァ王は天に召された、という一文を見たときの絶望が胸に蘇ってしまった彼は無意識のうちに唇を噛んでしまう。
「……親父には咳も身体の痛みもありませんでした。精裂病の名の通り、生きる力―――気力をどんどん失って衰弱していっただけで……それはトリオーン様の症状と一致しません」
精裂病。
それは魂をすり減らすほどに生き急ぐ者をいつの間にか蝕んでいる不治の病。
疲れやすくなかなか気力が沸いてこない初期症状からの進行は早く、無気力で飲食や排泄もおっくうになり、無理矢理食べさせても吐き戻してしまう中期症状までおよそ一月。
肉体はもとより精神的にも衰弱していって、寝たきりになった末期は昏睡状態のままただ死ぬのを待つだけという無慈悲なものなのだ。
ただ精裂病に犯されるほどに生き急ぐ者はなかなか居らず、彼の言うように症例はごくごく僅かで、大きな町の治療師ギルドや聖地などにかろうじて病名が残っていると言うのが実情である。
「確かにトリオーン様の症状とは異なります。亡くなられた原因が精裂病ではない可能性については分かりました。では、なぜ毒殺だと?」
「これを」
そう言って差し出されたのはギルモアにも見覚えのある国王の薬だった。
「団長もご存じでしょうが、国王に投薬されていたものです。先ほど回収しました」
「まさかそれに毒が混じっているというのですか? ベア師も毒味をしていましたが」
その場面を何度も見ているギルモアはあり得ないと首を振ったが、リョウはまずすり替えの可能性が低いことから入っていった。
「回収の状況ですが。国王が逝去されてギルモア様がブライアン様をお呼びになるまで、薬がすり替えられそうな状況はありましたか?」
「あの時は大勢が詰めかけていましたからそれはあり得ません。解散になって部屋を出たのも私と姫が最後……いえ、侍女を除いて最後です」
「そのあと立ち番になったブライアン様、それからシスティーナ……様のご命令で王の部屋を立ち入り禁止にしたゴライアスさんの証言では、俺が入るまでその侍女達以外は部屋に出入りしていないようです」
なので侍女達が毒殺に仕立てようと何でもない薬を毒入りにすり替えない限りは、国王が飲んでいたものが残されていたはずですとリョウは続ける。
「状況を混乱させたいだけの愉快犯や、別の殺害方法を隠したい侍女が毒を置いた可能性は捨てきれませんが、国王の部屋から呪いの道具などは見つけられませんでした。あるいはそれこそが回収された可能性もありますが、呪殺などの類であればもう少し苦しむとか発狂するとかあったのではないでしょうか」
「ふむ」
「そしてこの薬にはルイヴォ・ヴァラーヒと呼ばれるマッシュルームに似たキノコの毒が含まれています。これは遅効性の微毒、つまり累積毒であり多少口にしたところで影響は出ません、間違って食べ続けてやっと中毒症状が出る程度のものです」
「累積毒……!」
治療師や薬草師で身を立てようと思えば立てられるほどの厳しい教育を父から受けていた彼の断言に、聞き入っていたギルモアの目が見開かれた。
「微毒と言えど長期にわたって摂取し続けると風邪に似た症状を引き起こし、やがて中毒死に至ります」
「……その程度の毒なら毒味をしたところで直ちに影響はでない。隠れて解毒を施せば自分はぴんぴんしたままトリオーン様だけを……」
彼の言わんとしている事が分かってきたギルモアの表情は、膨れあがる憤りを隠せずに恐ろしいことになりはじめている。
剣を捧げ敬愛してきた王が亡くなったことだけでも叫き散らしたいぐらいなのに、その死因が毒殺だったとあっては犯人を八つ裂きにしても物足りない。
「俺の推論はこうです。まず、国王が普通に風邪をひくのを待ち、抵抗力の低下防止を理由に投薬と自然治癒に任せるよう誘導。その薬の中にルイヴォ・ヴァラーヒの毒を混ぜておき、風邪が長引いているように見せかけて中毒を起こさせる。原因が毒のため当然治療の奇跡の奇跡も効果を現しません。毒を治すには解毒など別の奇跡が必要なのですから」
あるいは解毒の奇跡や全状態異常回復の奇跡を試せばよかったのではと高司教の関与を臭わせると、憤怒の形相のギルモアが言った。
「そこへ素人が判断のできない精裂病と診断するわけ、ですか」
「そうです。偽りの精裂病患者のできあがりです」
ぎりっ、と歯ぎしりをする団長にもう一度頷いたリョウは手の上の薬包紙に視線を落とす。
「ただ精裂病患者を実際に知る俺と、回収できた毒入りの薬という綻びが出ました。まずは信頼できる複数の薬草師にこの中身を分析させて、ルイヴォ・ヴァラーヒが含まれていることを確認するべきでしょう」
「ベア師が容疑者だということは分かりました。しかし、高司教までも関与しているのでしょうか」
国王毒殺に宮廷司祭長兼アトゥム神殿代表が荷担しているとなると話の規模が大きく異なってくる。
確実な話なのでしょうかと厳しい表情で確認するギルモアに、証拠としては弱いのではと彼は言った。
「もちろん本当に精裂病でその薬もただの鎮痛剤であり、俺が妄想しているだけの可能性もあります。ですからきちんと中身の確証を経てからでないと証拠として使うには弱いでしょう。今のところ、毒味役だったのに平然としているベア師以外にはっきりと黒だと言える人物も居ませんが、動機はおろか、単独犯か共謀者がいるのかも分かりません」
「……そう言いながらも、ある程度の推測はあるのではないですか?」
毒殺の可能性と証拠を拾えただけで、ここからベア師を起点に闇の中からいろいろとたぐり寄せねばならないのは分かった。
ただ即座に自分を共謀者から外して報告に来たと言うことは、何かしらの推論あっての事だろうと思ったギルモアが尋ねると、こまめに周囲の気配を探っているリョウはさして躊躇せずに頷いた。
「まるで王の死期を知っていたかのように共和制を提議したワール公が怪しいと考えています。先の入室禁止時にも唯一押し入ろうとしていましたが、ハーヴ高司教を連れて祈祷を理由にしていたため毒の回収を狙っての事かは分かりませんが」
「そこでも大臣、そして高司教ですか」
「毒味役の解毒については大量の霊薬か神聖魔法が必要なため、金のある貴族や司祭が共犯にいると考えられます。動機は主権を狙っての権力欲、あるいは姫が次の大臣をワール公の息子ではなく家庭教師のティフィン女史に任せたいと考えていることへの危機感でしょうか」
「ティフィン女史を大臣に? それは本当ですか?」
「ええ、王女から直接聞きました」
それは知りませんでしたと眉間にしわを寄せたギルモアは、こんな状況ではあるがリョウがきちんと王女と信頼関係を結び始めている様子なので内心少し嬉しくなってしまった。
今やこの親衛騎士団長も、ブライアンの提唱したくっつけ作戦の同調者なのである。
「ただワール公も提言の動きを利用されて、罪を擦り付けられようとしているだけかも知れないのです」
あくまで推測であって確証ではないと繰り返したリョウは、主犯が武官側も含めた他の有力貴族の可能性にも触れ、高司教が聖地の要職への推薦や足がかりを狙ってのこと、手柄が欲しい自分の自演、国家転覆を狙う他国や個人の関わりなど六つほど破綻はしていない推論を述べてから言った。
「……ですがそんな状況のなかでただ一人、国王が亡くなられても共和制になっても、大臣が失脚してもまったく得のない人物、それが武官の頭であるギルモア様だと思っています」
「ふふ、冒険者上がりの君がずいぶん事情に通じたものですね」
主権を望むような動きは見せていないし、もともと現状が望める最高位であり、大臣がワール公から代わったところで文官対武官の構図は代わらず候補を差し込める派閥でもない。
国の体制や人が代わっても地位が代わらないどころか、降格すらあり得る上司は信用できると彼が言うのでギルモアは思わず苦笑してしまった。
その信頼のされ方は嬉しいのか悲しいのかよく分からない。
ただリョウ自身も若干十八歳の冒険者上がりが動くより、より権力と肩書きと派閥を持つ者が動かねばならない状況であることを理解し、一番信頼できる協力者として自分を選んだのだろう。
「……分かりました。この薬とベア師の処遇については私に任せなさい。すぐに信頼できる薬草師を数人手配して分析を急がせます。ベア師も今すぐ確保して締め上げてやりましょう」
「お願いします。ご相談は以上です」
二つの薬包紙をギルモアに手渡したリョウは警護に戻りますと敬礼をして団長室を出ていった。
気配が北の階段を上っていき、一人残されたギルモアは凝り固まった首を動かして緊張を解すといつぞやの試合のように様子を一変させる。
「……ベアめ。首を洗って待っていろ」
鎧は脱いでいなかったので左右に魔法の長剣を吊してグローブをはめた彼はすぐに深夜の捕り物に向かった、しかし。
「旦那様は夕べから戻られておりません。お仕事が忙しいのだと思いますが……」
常駐ではないためこの時間なら帰宅しているはずの屋敷にて、鬼気迫る彼を出迎えた美少年の執事が昨日から戻っていないで心配していると答えたのである。
雲隠れならばますます毒殺が真実味を帯びてくる。
近くの詰め所に駆け込んだギルモアは門の封鎖や捜査網の立ち上げを指示して夜中のアトゥムは緊張に包まれたが、結局翌朝までベア師の行方は分からないままとなった。
次回で第六節終わり予定です。




