第六節 動き出した悪意④
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ギルモアに連れられたリョウとギルガメシュが初登城以来の最上階に向かうと、北の階段を上がってすぐのところに全身鎧をまとったブライアンが立っていた。
親衛騎士が全員召集されていたため代わりに警護についていたのだろうが、面を上げた兜から覗く形相には鬼気迫るものがある。
「フォレスト子爵、警護ご苦労様でした。彼らを王族近衛騎士に任命したので、卿はこれより第一騎士団の結束を高め、第三、第四、第五、第六騎士団との結束を固めて頂きたい」
「お任せください」
それで兜を脱いだブライアンは少年たちに目で頷き、ギルモアに敬礼して立ち去ろうとしたのだが。
これまで見た事のない表情に戸惑った息子が思わず呼び止めてしまった。
「父上……」
「ギルガメシュ。お前も騎士ならば、与えられた使命を果たす事だけを考えよ」
だが父は、振り返らずに騎士として語るのみ。
リョウに低い声で託すと僅かに表情を和らげて階段を下りていく。
「リョウ、姫を……姫と息子を、頼む」
「はい。必ず護り通すとお約束します」
遠ざかる鉄靴の足音をそれぞれの思いで見送った三人は集会所の真上となる大臣の私室と、厨房の上となる侍女たちの使う区画の間を通り抜けて王女の部屋の前に立った。
ノックをしてから数秒。
「……どなた様でしょうか」
「ギルモアです。部下二人のお目通しに参りました」
堅牢な扉の向こうに答えると、緊張と警戒を声ににじませていた相手は聞き慣れた声の主と分かって鍵を開けてくれる。
蝶番は丁寧に作られていてこまめに油をさされていると言っても、いざというときの最終防壁である鉄扉の厚さはかなりのものだ。
嫌でも慣れるし鍛えられるとは言え、身体全体を使って押し開けねばならない侍女が両開きの右側に体重をかけると。
「よいしょ―――わっ!?」
「おっと危ない」
少し開いたところでリョウが手を貸したため、予想外の軽さにたたらを踏んだ彼女は危うく廊下に転がりそうになったところでギルモアに腕を捕まれた。
「今さらリョウ君に手を貸すものではないなんて言いませんが、一声かけないと危ないですね」
「すみません、気をつけます」
思ったより軽くて勢いがついてしまったリョウが頭を下げると、目を丸くしていた侍女も背の高い彼が噂の新人かと納得したようだ。
「どうぞ、お入りください」
招かれた控え室の向こう側、装飾付きの扉の奥には荘厳な部屋が広がっていた。
親衛騎士の個室よりもさらにさらに広く豪勢な室内を見回すと一番奥の窓際に豪奢な天蓋付きのベッドが置かれており、薄布に阻まれた向こう側に膝を抱えて座り込んでいる人影が透けて見える。
「システィーナ様。こちらの二名が王族近衛騎士としてあなた様を常に警護いたします。お話だけはしてありました、親衛騎士見習いのリョウとギルガメシュです」
「リョウ=D=イグザートです」
「お初にお目にかかります。ギルガメシュ=V=フォレストですっ」
しかし口を開くと涙がこぼれてしまうのか、彼らの言葉にもカーテンの奥の人影はただ頷いただけだ。
「私も動かねばなりません。後は全て二人の判断に任せますのでしっかり頼みます」
「「はい!」」
察したギルモアは少年達に後を任せると鉄扉を軽々と押し開けて退室し、再び鍵がかけられた入り口を見やった二人はこれからどうするかと顔をつき合わせる。
「僕はまず装備を整えたい。明日採寸にくると言うから、昼の間にでも防具を見に行きたいのだが」
先日、初給料をいただいたばかりのギルガメシュが心許ない自分の防具を見回してそう言うと、腕を組んだリョウはうーんと唸ってしまった。
「防具なんだが、よかったら俺の手持ちを買い取らないか? 出世払いでいいし、格安にするから」
「手持ち?」
「ここで広げるのもなんだから控え室に下がろう」
あの子達は何をしているのかしら、と怪訝そうな視線を向けてくる侍女ににっこり微笑んで会釈したリョウは控え室の扉を開け放しにしたまましばらく手帳を確認していたが。
びっしりと書き込まれた記述の中から目星をつけると、魔法の道具入れから上下揃いの革鎧にブーツ、胸部鎧、小盾付き篭手などを取り出し床に並べていった。
「この小盾付き篭手はランタン台の代わりに魔法の発動体が埋め込まれていて、鍵となる言葉を唱えれば魔力を持たない者でも明かりの魔法を使うことができる」
赤外線視力を持つエルフや暗視能力を持つドワーフと異なり人間は夜間や洞窟探索時に松明やランタンなどの灯りを持たねばならず、片手が塞がってしまう。
小盾付き篭手はそんな冒険者達の苦悩に応えて開発された品であり、一般品には盾にオイルランプを立てる台が埋め込まれていた。
この台は回転する二軸の輪が組まれていて盾を傾けても火が消えない工夫がされているのだが、やはり戦闘の衝撃で消えてしまったり、こぼれた油に引火して火傷をすることもままあるそうだ。
余談であるが、この方向性が行きすぎて霊薬を入れる穴や魔符の差し込み口まで付けられた試作品も存在したりする。
探索時や戦闘中に道具を使うために片手を開ける、取り出しやすい位置に置いておくというのは総歴以前からの課題であり、ポーチがたくさん付いたベルトが人気なのもそのせいだ。
ただ明かりはともかく、霊薬や魔符といった高価な消耗品を使うのが前提の冒険者と言うのもごく一部に限られる事から、ポーチに入れられたりベルトにぶら下げられるのは結局、煙幕や目潰し、水筒に携行食の他、油やろうそく、紐、ピッキングツール、包帯、手ぬぐいなど良く使う道具がほとんどのようである。
(……驚かないぞ。僕はもうリョウがなにをしたって驚かないぞ)
感情任せに突っ込みたい自分を何とか押さえつけたギルガメシュはそれでも、口を開く前にごくりと唾を飲み込む必要があった。
なにしろ篭手も胸部鎧も流白銀の色をしているのである。
八百屋で大根と一緒に売られているのではないかと疑いたくなるほどの気軽さでぽんぽん出してこられると、冒険者達が魔法金属の武具を一つ手に入れるだけでも数々のお使い依頼を繰り返したり、危険な討伐を行ったり、あれこれ準備して未踏の遺跡を調査したりしてやっとと言われているのが何かの間違いなのではないかとすら思えてくる。
「……どうしてこんな物を持っているか聞いても良いか?」
「昔、遺跡探索で手に入れた物をそのまま持っていただけだ。俺には小さいけれど、処分するのも手間でさ」
なんて金満な、と今度こそ頭痛を覚えたギルガメシュは思わず眉間を押さえてしまった。
彼は高価な宝石だけでなく、その宝石いくつも支払って買うような魔法の武具も資産として抱えていたのである。
しかもその換金を手間だからと放置できる感覚が恐ろしい、財布に金貨を生み出す機能でも付いているのではなかろうか。
「どうせ君のことだから全部魔法の防具なんだろう? 気持ちはうれしいが僕の給料で買い取れるとは思えない」
「もちろん使い心地も試さずにいきなり決めなくていい。ただこれから何があるかも分からない以上、装備の手を抜く意味はない。試用期間とか貸し出しでいいから使ってくれ」
「貸し出し、か」
気に入ったら買えばいいから、という彼の言葉は理解できるものであった。
それに先ほど近衛兵として紹介された時、高品質な魔法の武具で全身を固めたリョウと比べて僕はだいぶ見劣りするな、と思ってしまったのも確かなので、有り難く申し出を受けることにする。
「緊急時だし、君の厚意に甘えさせてもらうよ」
「防具のことはこれで良いな。あとは着替えや日用品、小物かな? ギルの分も俺の道具入れに入れておこう」
「よし、ご挨拶が済んだら集めてくる」
必要そうなものはガーネットに言えば揃えてくれるだろう、とだいぶ自分の担当メイドを頼りにしているギルガメシュは床の防具に手を伸ばしてみた。
(やっばりリョウも、僕とアルさんが似ていると思っていたんだな)
これらを装備すると、全身の様式としてアーレニウスに近くなることに違和感は無い。
事実、訓練をするうちに自分と先輩の戦い方に似ている部分が多いと感じ始めていたギルガメシュは、新調する予定だった防具も革鎧と胸部鎧の重ね着を想定していたのだ。
まずは普通の一揃え、予算が許せば怪物の革を使った高品質で魔術特性の付いたものと考えていた矢先にこれでは、絶対に普通の品では満足できなくなるに決まっているのだが。
サーコートにある程度隠されるとは言え、姫の側に立つにあたっていい装備をしたいのは男として、騎士としても当たり前の感情であり、それに逆らうことは出来なかった。
「盾が付いているのに使えないのはもったいないな」
「持ってるだけで役に立つ場合もあるぞ」
「たとえばどんな?」
「思考的な戦い方をする相手に余分だったり無駄な情報を与えると、負荷が高まって判断を迷いやすくなったり誤ったりしやすくなる」
胴鎧の前後をつなぐベルトに難儀しているギルガメシュのわき腹に手を伸ばしたリョウは、とめてやりながら野性的、直感的な相手だとあまり意味はないがと付け加える。
「つまり。回避か剣で防御するかと言う二択に、盾で防御かもしれないという可能性を与えるって事か」
「そうそう。その辺はアーニー達が良い手本になってるんじゃないか」
彼の言うようにアーニーとオットーの二人はフェイントなどの思考を惑わせる戦い方に秀でていた。
旋棍を使った攻撃と見せかけ、組み付いてからの関節技なんてのは序の口で、あっちへふらふら、こっちへふらふらと妙な動きを見せたかと思ったら、奇声を発したりくねくねと踊り出したりやりたい放題なのである。
他の者も頭では分かっているのだが、気を抜けば襲いかかってくるし、余りに真顔で堂々と気炎を吐くものだからつい身体が反応してしまうのだ。
「あの二人はずるい。目が本気だし」
「長年、お互いを騙そうとして磨き抜かれたんだろう」
憮然とするギルガメシュも先日、集団形式の試合中にアーニーの『旋棍を使った注目を集める格好いい構え』に気を取られてしまい、別の相手の攻撃をかわすことができなかった一人である。
ちなみにリョウがアーニー達の相手をするとどうなるかというと、怪しい行動には全く引っかかってくれないし、殺気を当てられると身体が強ばるしで正攻法を取らざるをえないらしい。
とんでもない実力差の前には、奇策や小手先の技は通用しないのである。
一度、踊り出したオットーに合わせてリョウまで踊り出した時は、オットーを含めた周囲の敵味方全員が呆気に取られたところで畳みかけられてしまった。
逆に意表を突かれてしまったオットーは、これが懸隔の力かなどとよく分からないことを呟きながらたいそう落ち込んだと言う。
「君が踊り出したときは頭がおかしくなったのかと心配になったぞ」
「あれは失敗だった。味方にまで影響がでたら駄目だな」
普段から真面目な君がやると怖い、と呟くだけにしておいたギルガメシュは革鎧に胸部鎧を重ね着すると、最後に篭手をはめて具合を確かめるように腕を振り回した。
「明かりをつけるには?」
「裏側の文様にふれて『ライト』と唱えれば、盾の下部にはめ込まれている水晶玉が光る。だいたい手持ちのランタンの倍ぐらいの光度で効果時間は一時間だ。一応、僅かながら精神力も使う」
「ライト」
試しにやってみると確かに水晶玉が輝きだした。
今は明るい室内だから大して目立ちはしないが、夜や洞窟なら十分な照明になるだろう。
夜間に衛兵が持つ投光器のように盾を構えた前方をうまく照らせるようになっているのは、埋め込まれた水晶玉の奥が鏡になっているかららしく、暗がりで向けられたら目がくらんでしまうかも知れない。
「想像より明るいんで驚いた。消すには?」
「明かりを落としたり消したい場合は覆いを閉じてくれ。魔法使いが魔法を使うときは威力や範囲、効果時間を制御できるんだけど、残念ながら道具の効果は固定だ」
心配された精神力の消耗も大したことはないので、改めて身体の動きを確かめたギルガメシュは想像したこともなかった魔法の武具だらけの自分を見て、得も言われぬ高揚感に包まれてしまう。
「剣を持ったときも思ったが、流白銀の武具って本当に軽いんだな」
「革鎧も物理なら鋼鉄程度の防御力は保証する。盾はどちらかというと魔法防御よりだ、持っているだけでもそれなりに効果があるし邪魔にもならないはずだ」
これまで盾無しの片手剣で通してきた者が、いきなり盾を持ったところでうまく扱えるはずがない。
ただ篭手と一体化した小盾なので、身体に染み着いた動きはほとんど問題なく再現できるはずとリョウは考えていた。
「盾の訓練は買い取ることに決めたら考える」
「それがいい。細かい性能とかは後で紙に書いておくから」
当然、とんでもない値段に違いないと確信しているギルガメシュは魔剣の時のやりとりを思い出し、買い取る場合は今度こそちゃんと金を払うぞと堅く心に誓っていた。
この男のことだから今は貸し出しだの試用だの言ってはいるが、そのうち何かしら理由を付けて無料で押しつけてくる予感がしたのである。
それで二人は控え室を出たのだが。
しん、と静まりかえる室内にはときどき王女が座り直す衣擦れの音と鼻を啜る音が伝わってくるのみで、数人いる侍女達も物音を立てないようにと気配を消している。
「……あとは待機かな」
「それしかない」
最後の肉親を失った哀しみや、王位継承者としての不安を思えば当然のことだろう。
侍女を倣って壁際に立った二人も、あれこれと思考を巡らせながら時間が過ぎるのを待つことにした。




