第六節 動き出した悪意②
人間の月が終わり、十一番目の神竜の月も下旬に差し掛かっていた。
十日ほど前に十八歳となったリョウの部屋に届くお祝いや花の数もようやく落ち着き、お礼状の作成に時間がとられなくなった頃。
シリルに会いたかった彼は時間があれば必ず鍛錬の間に居たのだが、ギルガメシュと訓練をしていたその夜、久しぶりに現れた彼女を見て眉をひそめてしまった。
「……こんぱんは。二人とも精が出るね」
食欲もなくあまり眠れていないのだろうか。
頬がこけたシリルの目の下には濃いくまが出ており、顔色も悪く足下も多少おぼつかないらしい。
「久しぶり。……顔色が良くないが大丈夫か?」
「うん……お父様の具合が良くないの……」
「そうか。早く良くなるといいな」
国王が重篤であることはギルモアから聞いているので、少しだけ白々しいかなと思ったリョウは、この関係が壊れることになっても動かなければと見舞いを申し出る。
「お見舞いに行ってもいいかな?」
「……ちょっと、考えさせて」
おそらく看病で息が詰まってしまった彼女は、気軽に外の空気も吸いに行けない彼女は、せめてもと考えてここに来たのだろう。
その、憩いの場を失わせることになる申し出にシリルは即答を避けた。
藁にも縋りたい気持ちはあるのだが、腕っ節は城内最強とは言え騎士の少年に何かできることがあるのだろうかという思いと、これまで騙していたことに対する罪悪感と、なんと説明すればいいか分からなかったせいもある。
(俺も気にかかるとしか言えないのがな)
リョウの方にも確証などなく、本当に顔を見て終わる可能性の方が高いため、あまり強く言い込むことはできなかった。
あるいはもう気づいているからと言ってしまった方が早いのだろうか。
それとも、いずれにせよ終わりは近いと告げるべきなのだろうか。
彼女の出方を待つことにした彼が試合場のギルガメシュに視線を向ければ、さすがに影剣闘をしている時は周りが見えないほど集中せざるをえないため、まだシリルが来た事に気づいていない。
「……リョウは、城に来る前は冒険者をしていたと話してくれたけど。家族はどうしたの?」
「もう居ないんだ」
「そう。……寂しく、ない?」
台上を眺めながらの何気ない会話。
まるで最後にもう少しだけ浸りたいと言わんばかりの問いに、腕を組んだリョウは考え込んでしまう。
「……寂しい、か」
それは父親と死別したときに捨てた感情だった。
ときおり誰かに触れては思い出し、別れに心を痛める事を繰り返してきた彼は、ここに来てまともな集団生活を覚え、良くもまあ一人で何年もと他人事のようにこれまでの自分を振り返る。
「たぶん考えないようにしてたんだ。たまになら良いが、ずっと一人だとやっぱりさ」
長い間誰とも話さないでいると、いざ街に行ったときに門番に挨拶しようとしてもなかなか声がでないんだぜ、と苦笑いの彼に、孤独な冒険者の生活を想像できなかったシリルは目を丸くしてしまう。
「ごめんなさい。変な事を聞いたみたい」
「そんなことないよ」
会話が途切れ、言葉のない二人はまたギルガメシュの訓練に目を向けていたのだが。
全身から汗を噴き出させ、それでも黙々と影との戦いを続ける彼を見つめていたシリルは一つ、意を決するように大きく頷いてリョウに向き直る。
「リョウ。さっきの件だけど今夜でもいい? ちょっと準備が必要だから―――そうね、二十二時ごろにあなたの部屋に迎えに行くわ」
「二十二時ごろだな、分かった」
「……なにも、聞かないのね」
頷いたリョウが二十一時半以降は自由に動けるように頭の中で今夜の予定を組み替えていると。
準備とはなんなのか。
なぜそんな時間に親衛騎士の個室を訪問できるのか。
ある程度の質問は覚悟していたシリルがそう言うので、天井に視線をやった彼はぼりぼりと頭をかいてしまう。
「俺がお見舞いに行きたい理由を聞かないだろう? お互い様だよ」
興味がないのではなく、手順を間違えたり距離感を見誤ると予定外のものまで飛び出してきそうなので、慎重になっているのはこちらも同じなんだとリョウは腰に手をやった。
(―――やっぱりばれてるのかな?)
もしかしてと思った少女は、やや上を向く形で彼を見つめてみたものの、神秘的な黒曜の瞳に潜むものは分からない。
しかし今は他にギルガメシュもいるし、シリルのまま別れたかったのでそれ以上は詮索しないことにする。
「確かにお互い様だったみたい。じゃあ、また後で」
「ああ、また後で」
最後にギルガメシュにも一言挨拶をと思って壇上を見ると、影剣闘中の彼は肩で息をするほどになってもまだ集中を切らしていない。
邪魔はしたくなかったシリルは小さく手を振るだけにしておくと、最後にもう一度リョウに目配せして鍛錬の間から出ていった。
ぱたん、と扉が閉まるのとほぼ同時。
後ろに跳んだ際に足がもつれてしまったギルガメシュは、そのまま倒れ込むと天井を見上げて不甲斐ないと唇を噛む。
「ぶはあっ!! もう駄目だ、くそ!!」
「三倍ダミアンを二人相手にしてよくやったと思うけどな。敗因は?」
想像上のダミアン一号と二号の連携も拙かったとは言え、数で負けている相手によく保ったほうだろう。
戦いの質より、影剣闘をこれだけ長時間続けられるようになった集中力に驚いていると、二分ほどかけて呼吸を落ち着かせながら今の戦いを検討した彼は、根本的な部分だと床石に拳を打ち付けた。
「……僕に攻撃手段が少なすぎる。範囲攻撃とか遠距離攻撃があればもう少しやりようはあると思うんだ。君が使った渦旋斬とか」
戦闘中、リョウがこれまでに見せたような渦旋斬や烈風剣が使えればと何度思ったことだろう。
「あれは操魔技術が必要だからギルにはちょっと早いかな。操気技術で使える剣技から覚えていこう」
そう言って背中の両手剣を抜いたリョウは試合場に上がると、上半身を起こして座り込んでいるギルガメシュにいくつか手本を見せることにする。
「初級技だとオーラスマッシュからの派生で気弾を飛ばすオーラショット、同じく派生で風圧で相手を弾いたり行動を阻害するソードインパルスとかがあるな。このあたりは読み替えもかなり行われている」
軽く振り下ろされた剣から青白いオーラ光の塊が放たれ、壁に当たって乾いた音を立てた。
「ソードインパルスの時は刃を寝かせて扇ぐような感じだ」
「うわあっ!」
こっちは実際に受けてみないとなかなかイメージできないだろうとギルに向けて放てば、まだ座り込んでいた彼は上半身を突風に弾かれて床に倒れ込んでしまう。
「まずは多くの剣技の発展、派生もとであるこの二つを覚えよう。士技になれば衝撃波を放ったりできるようになるから」
「……おとぎ話とか伝説の剣士たちは、離れたところにあるものを斬ったりする事もできるらしいが」
立ち上がったギルガメシュがもっと凄い技は無いのかと言うので、眉を動かしたリョウは右手の剣に気を流し込むと付加されている魔力と同調させる。
「あるけど、真空刃を飛ばしたりするのは全部操魔技術が必要だ」
フォンッとあまり耳にしない音を立てて両手剣が薙ぎ払われて数秒。
リョウの視線の先、壁際の燭台に目をやったギルガメシュは何も起きないので珍しく失敗かと眉を動かしたのだが。
微弱なすきま風に揺らされてようやく、斜めに切られたろうそくの上半分がゆっくり滑って床に落ちた。
「うおおおぉぉ……!」
斬撃でも斬られた物の動きでその鋭さが分かると言うが、跳ぶどころかずれもしなかった威力に戦慄したギルガメシュの全身の毛が逆立ってしまう。
「親父流だと地平斬って言うんだけど。まだまだだな」
「は!? どこがだ!?」
不満そうな呟きに目を丸くしたギルガメシュが問うと、剣を鞘に収めたリョウはよく分からないことを言った。
「まだ溜めに二秒弱かかる」
当たり前の話なのだが、どのような戦技でも準備時間は必ず必要だ。
始動するための構えを取り、気を練って武器や身体の要所に流し込み、戦技によっては魔力も操る必要がある。
それは会得後も鍛錬を欠かさないことで少しずつ短縮できるが、いわゆる無準備戦技は、たった一つをそこまで高めるにも血と汗と才能と努力の積み重ねが必要になると言うのに。
単純な会得では不足。
それを無準備まで高めてやっと、実戦で使い物になると考えている彼の立つ高みに、改めて呆れてしまうギルガメシュであった。
「君の貪欲さには―――」
ドガッと蹴り開けられた扉が呆れるよと言う言葉を遮った。
何ごとだと即座に身構えた二人が見れば、飛び込んできたアーレニウスが早口に招集を告げる。
「団長より緊急通達! 『親衛騎士は全てに優先し至急集会所に集合せよ!』 以上!!」
それだけで顔色の悪い彼は走り去ってしまい、今まで聞いたことがない口調と内容に驚いたギルガメシュは、何が起きたのかを考えてまさかと呟きを漏らす。
「―――まさか!?」
「急げギル! 集会所だ!」
消灯は途中ですれ違った誰かに頼むことにしたリョウが先に鍛錬の間を飛び出して、思考を止めたギルガメシュもすぐその後に続いた。




