第一節 冒険者の少年と貴族の少年③
6/26 改行位置の調整をしました
7/11 大森林の位置が地図と矛盾していたため修正
2/8 推敲
少年たちが勾留されていたのは二時間ほどで、詰め所の外にでると日が傾いていた。
「ところで君はどこで剣を習ったんだ? 道場にでも通ったのか?」
「小さな頃から親父にみっちりと。あとは必要にかられてかな」
冒険者は自らの腕一本に直接命がぶら下がっており、未熟な者には死あるのみだということはギルガメシュも知っていた。
町の外で仲間を持たずに一人で生きているからにはそれなりの腕、知識、そして覚悟があるに違いない。
大体、一瞬で三人の冒険者を無力化させることなどブライアンにだって難しいのではないか。
「良かったら他の国の話を聞かせてくれないか。僕は恥ずかしながらギュメレリーから出たことがないから」
彼がどんな冒険をしてきたのかを聞けば、その胆力や実力の秘密が分かるかも知れない。
勝手な期待で目を輝かせるギルガメシュに片眉をあげたリョウはそうだなぁと空を見上げると、武器屋までの道すがら少し前に旅をしていた三神国の話をすることにした。
「ミツカミはとにかく独特だった。建物も、服も、料理も、全部が目新しいものばかりでさ」
もちろん彼が期待するような、どんなことに首を突っ込み、何があったのかを話すつもりはない。
何もなかったわけではない、むしろ色々あったのだ。
詩人に話して聞かせればそれだけで一つの詩ができあがるぐらいのことが。
けれど、それを口にすることはしない。
「武器屋にあるのも刀が中心だったな。ギルは侍や忍者って聞いたことがあるか?」
「忍者の恐ろしさは聞いたことがある。なんでも、任務のためならあらゆる犠牲を問わないとか」
ギュメレリーからみて東に位置するその国は、忍者や侍といった独自の技能職が発展し、オムライスではなく親子丼、暖炉ではなく火鉢や炬燵、ナイフやフォークではなく箸と言った異文化な場所であること。
信仰についても他の人間の国のように光の神々を信仰するのではなく、麒麟、鳳凰などの霊獣を信仰していること。
護国三家と呼ばれる地方領主が火天宮、水天宮、土天宮の町にいて三つの領地を治めるとともに、国政については三家があつまった代表者会議で決定されており、衣服にも着物や袴といった独自色が強いのは、事あるごとに鎖国をしては近隣との国交を断つからだと言われていることを話し続ける。
「珍しく何ヶ月かいたんだ。依頼を受けるでもなく、食べ歩きに近かったかも知れないな、はは」
「僕もミツカミの料理は好きだよ。でもこのあいだまた鎖国してしまったから、調味料が高くなるかもってメイドが言ってたっけ」
味噌や醤油といった発酵調味料、それを使った料理を気に入ったリョウは自分でも一通りの三神料理ができるようになっていた。
また他国の彫りの深い顔と比べ、どちらかというとあっさりした三神人っぽい顔つきになんとなく親近感を覚えたのも長逗留の理由かもしれない。
でも。
やはり。
三神のことを話せば話すほど、思い出したくないことが脳裏に蘇ってしまう。
◇ ◇ ◇
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……! お、お主っ! そこのお主! その風体、ミツカミの者ではないな!? お願いじゃ、妾をかくまっておくれ!」
「どうしました?」
白沢家の治める土天宮から約半日。
街道沿いにある八ヶ谷という宿場町は今日から東部を巡回する隊商が来るとあって、近隣の独立村からも売り買いを望む人が大勢やってきておりごった返していたのだが。
リョウも珍しい海産物や調味料を探しに行こうとしていた矢先のことである。
通りすがりの乾物屋でかつお節を見ていたら、着物を乱しながら走ってきた女性が荒い息のまま飛びついてきたのだ。
「悪いやから――いや、悪くはないが、追われているのじゃ! 妾にはやらなければならぬ事があるゆえ、つかまりとうない!」
藍色の長い髪が綺麗で、切れ長の目と柳眉が印象的な美人である。
ぱっつりと切りそろえた前髪がまたよく似合っていて、先日雑貨屋で見た三神人形をそのまま大きくしたかのようだ。
「こっちへ」
歳はおそらく三つほど上か。
額に汗をにじませるお姉さんの縋るような目に一瞬考えた彼はあたりを見回すと、並んでいる樽に目を付けて路地裏に彼女を引っ張り込んだ。
「ここにしゃがんで、音を立てないように」
「こ、こうかえ?」
「そうそう」
「ひゃっ」
まん中の樽を持ち上げてそこに彼女をしゃがませ、ひっくり返した樽を上からすっぽりと被せる。
今は蓋になった樽底の土を払いながらどうしたものかと考えるのと、六つの尖った気配が近づいてきたのはほぼ同時。
「いたか!?」
「こっちに逃げたはずだ!」
「お館様に気づかれる前に草の根分けても探し出せ!」
立ち止まり、周辺を見回す彼らは揃って町民の格好をしているが、懐に武器を仕込んでいるようだし身のこなしからして素人ではないだろう。
戦士ではなく盗賊に近い、しなやかな猫のような足運びに眼を細めていると、視線に気がついた男がちらりと路地裏の少年に目をやった。
「そこのお前。藍色の髪の女を見なかったか?」
「ナニ? ムズカシイ、キョウツウゴ。オレ、デキル、ニモツハコビ」
レポード連邦の西、未開の大森林で使われる南部なまりで上手に答えると、眉を動かした相手は会話にならないと思い込んで首を振る。
「この辺りに潜んでいるはずだ、捜せ!」
「はっ!」
中心らしき一人の指示で男たちが散っていき、路地裏に静けさが戻ったあと。
コンコンと内側から叩く音がしたが、まだ安全ではないと考えたリョウは樽板を人差し指で押し込んで穴をあけてやった。
めこり、という音とともに真っ暗闇に光が射し込んで分かったのか、数秒して不安げな紺青の瞳がそこから覗く。
(………行ったのじゃ?)
(いえ、まだこの辺りを調べているようです。息苦しいでしょうがもう少し我慢してください)
(すまんの、恩に着るのじゃ)
それが思い出したくない、けれど忘れられない人との出会いだった。
◇ ◇ ◇
「―――ョウ、リョウ?」
「………ん?」
「どうしたんだ、武具屋はここだぞ」
「ああ、なんでもない」
半時ほど歩いた町の大通りに目的の武器屋はあった。
普通の店舗の三倍は大きい建物の裏からは鎚の音がひっきりなしに響いてくる、どうやら生産直販売店らしい。
「随分大きい店だな、品数も多いし質も高そうだ」
「ここはアトゥムで一番大きい武具屋なんだ。防具もたくさんあるし、魔法の武具もおいてある。何より第一騎士団御用達さ」
―――ちなみに魔法の武具と言ってもこの町の鍛冶屋や、魔法使いが集まる魔法学院で作られているわけではない。
現在の技術で魔法の武具を作るには大変な労力と費用が必要であり、あまり行われていないのである。
では、誰がいつ作ったものなのか。
実は現在流通しているほとんどは、一千二百年ほど前まで人間の世界を支配していた、古代魔法文明期に制作されたものだった。
魔法の武具は長い年月を経ても輝きを失わず、一般のものに比べて数段高性能である。
武器を持って戦う者達がいつかは手にしてみたいと憧れるほどのもので、必ず高額で取引されるために、古代遺跡などから発掘される武具を売って生計を立てる冒険者―――そういう探索を専門とする者はトレジャーハンターとも呼ばれる―――も少なくない。
厳密に言うと魔法の武具は理力魔法が付加されたものであり、流白銀や隕鉄鋼、魔封石に代表させる魔法鉱石を素材とした魔鉱製品のことではないのだが。
ほとんどの場合において、魔法の武具は魔鉱で作られた武器に理力魔法を付加したものであり、清められて神聖属性を得た聖剣、精霊を宿した精霊剣においても同様だったりするため混同する者も多かった。
「いろいろあるけど………どれがいいか」
さて、武器売り場に到着である。
まず片手剣、両手剣、片手槍、両手槍、片手斧、両手斧―――と種別ごとに陳列棚が分かれており、通路で立ち止まったギルガメシュはどこから見るべきかと腕を組むが。
これまでがレイピアであったしまずは片手剣かと右を向いてみると、立ち並ぶのは無数の剣、そして見出し見出し札札札。
短刀、と書かれた見出しの下には短刀、護拳付短刀、刺刀が所狭しと並んでいる。
細剣、と書かれた見出しの下には細剣、刺突剣、細長剣とあって。
短剣に至っては短剣、破剣刀、山刀、葉刃刀と四種があった。
曲刀は金属鎧が熱を持って装備しにくく、革鎧に対して斬りつける方が好まれる砂漠などで人気があるとかで本数自体は少ないのだが。
それでも曲刀、曲剣、広刃曲刀、大曲刀、偏月刀と五種が並んでおり。
やっと見知った片手剣は広刃剣と長剣の二種類しかないのだが、人気製品とあって本数が一番多かった。
「リョウ! どこだリョウ!」
両手剣の列に行く前に頭痛を覚えたギルガメシュは、そこで父の言葉を思い出して鎧の売り場にいた救世主を召喚したのだが、やってきた彼は分類を見て首を傾げている。
「いくつか分類が違う気がするけど、まあいいか」
「……助言してくれないか」
「そうだな、まず基本両手持ちか、片手持ちか、俺みたいにどっちも使うかを考えてみようか」
別に片手持ちの剣でも両手で握って振るうことはできるし、並の腕力では持ち上げるのも大変な大剣であれ、片手で振り回せるのならそれは自由だ。
実際にリョウは片手剣に比べて刃渡りと柄が長い両手剣を使っているが、背が高いために普通の人が長剣を使うのとさほど変わらない印象を受ける。
主に握りが影響してくるのは構えや戦技による攻撃、防御、盾を使うかどうか、霊薬や魔符などの道具の使いやすさ、魔術師―――魔法を使うものの総称だ―――であればその為の仕草、流派、好みの問題あたりになる。
「僕はあまり体力も腕力もないから、片手剣を片手持ちかな」
「次に直剣か曲刀か細剣かだが、素直に直剣で良いと思う。この辺りから選べるんじゃないか?」
「うーん……」
さらっと並べられた七本の候補に目移りして仕方がないギルガメシュが、一つ一つ構えたり振ったりを三十分ほど繰り返して。
何度かリョウの背中の両手剣に視線をとられつつ、やがて一振りのブロード・ソードを指さした。
「これでどうだろう」
「少し重いぐらいがいいが、どうなんだ?」
剣を持ち上げたリョウは自分でも確かめるように離れたところで振り回し始めたのだが。
自分には重かったそれを軽々と振り回す腕力と隙のない構えに、どれほどの鍛錬を積めばこうなるのだろうとギルガメシュは見入ってしまう。
「ギル?」
「あ、ああ。今まで使っていた剣に比べれば重いけれど、このぐらい振り回せるようにならないとな」
「なら良いんじゃないか。バランスもいいし値段も質にあっていると思う」
彼もそう言ってくれるなら、とその剣に決めたギルガメシュはついでに牛革の吊るし帯と鞘を買って早速腰に吊ってみる。
試着室の鏡に映る自分の姿を見て、なかなか様になっているんじゃないかと自賛してから意見を求めてみると、リョウはまだ剣に装備されているみたいだと笑った。
「どう、かな?」
「装備されている感が強い」
「くそっ、分かっているとも」
言われなくてもと苦笑したギルガメシュはリョウの胸をとん、と拳で叩いて退店を促し、二人が街路に出ると王都に夕闇が迫っていた。
ちょうど十七時を告げる五つの鐘が鳴るところで、どうやら剣や吊るし帯を選んでいる間に思いのほか時間が掛かっていたらい。
「では、我が家に案内しよう」
数分ごとに剣の柄を撫でてしまうギルガメシュが先行して、中央の王城を囲むような円形の町を突っ切るように西に向かう。
日が落ちて完全に暗くなった頃、ようやくある豪邸の前で案内役が足をとめたので、リョウはここかとその全貌に視線を巡らせた。
「大きいなぁ。さすがフォレスト子爵の屋敷ってところか」
「うちは領地を持たない宮中貴族だし、父上は三年前に陞爵したばかりだし。アトゥム貴族の中じゃ小さいほうさ」
それでもリョウには広く見える庭を数十メートルほど縦断し、大きな扉をあけて玄関をくぐると一人の執事と二人のメイドが彼らを出迎える。
「ギルガメシュ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、シーバス。彼はリョウと言って父の客人でもあり僕の友人でもある。丁重にもてなして欲しい」
彼らに頷いたギルガメシュは、会釈した隣のリョウに視線が集まっているので少し胸を張って何者かを伝えた。
とくに僕の友人、と言う部分に力を込めて。
(お、お坊ちゃまのご友人!?)
(それもこんなご立派な、精悍な、ああ、ああ…!)
初めて登場した―――しかも仕方なく選んだような外れではない、大当たりの雰囲気をこれでもかと放っている―――跡取りの友人に動揺を隠せないメイド達。
二十歳前の彼女らに比べ、今年で五十二になるシーバスはフォレスト家に仕えて長く、有能で経験豊富なため巧みに動揺を押し隠したのだが、全力をもって歓迎して差し上げねばと言う喜びがにじみ出ていたのは仕方がないだろう。
三人とも外でのギルガメシュの評判を知ってはいたが、実力はともかく、その思想や人となりはけっして嫡男として恥ずべきものではなかったからだ。
「「「ようこそいらっしゃいました!」」」
そんな執事達の興奮と、出会ったその日に友達と呼んで嫌がられないだろうかという不安げなギルガメシュの横目を知ってか知らずか、微笑んだリョウはこちらこそと挨拶を返す。
「こんばんは。こういう所に不慣れな礼儀知らずですが、どうぞよろしくお願いします」
「彼は家令のシーバスだ、この家のことを取り仕切ってくれている。こちらのメイドはマリーとメアリ。他にも何人かいるが君の目に触れるのはおそらくこの二人だけなので、何かあったら遠慮なくいってくれて構わない」
「分かった」
「メアリ、彼を部屋に案内してくれ。二階の客室で良いだろう」
「かしこまりました。さ、リョウ様どうぞこちらへ」
少しだけ困ったように微笑んでいる少年が貴族なのか騎士なのかも分からないが、家長であるブライアンの客人でもあるからにはフォレスト家にとっての賓客なのは間違いない。
不手際があったり、去り際に不満が残るようならメイド人生が終わりを告げる。
彼は手ぶらに見えるが着替えは持っているのか、風呂には入るのか、食事はどうするのか、宴席を用意するのかしないのか。
洗濯物はあるのか好き嫌いはないか、胸の大きい自分があてがわれたが揉ませるぐらいはした方がいいのか、風呂場で背中を流すべきなのか。
メアリの頭には買い置きの食材から貸衣装まですべて入っているが、突然の来訪者をもてなすには相手の情報が足りなさすぎる。
幸い人当たりは良さそうなので、客室に案内するまでの僅かな雑談で必要な情報を集めてみせる、と気合いを入れたメイドが妙に目力のある笑顔なので、少し気圧されそうだったリョウはどうしていればいいんだとギルガメシュを振り返った。
「えーっと。俺はどうしていれば?」
「部屋でくつろいでいてくれ、着替えたらいくから。食事の時に母上と妹にも紹介しよう」
「わかった」
何となく収まりの悪い彼は階段を上がらないギルガメシュと別れ、メアリに二階へと誘導される。
その途中。
「リョウ様は騎士でいらっしゃるのですか?」
「いえ、たまたまギルと知り合った冒険者ですよ。いきなりお邪魔してしまって本当にすみません、ブライアン様にお招き頂いたのも確かですが、一泊のことですしあまり大事にせずギルの友達が遊びに来た、と思っていただければ。様付けで呼ばれるほどの者でもないですし」
「とんでもございません。旦那様のお客様にそんなご無礼を真似は」
「そうですか」
困ったようにこめかみを触った少年は、また前を向いて先導するメアリに気づかれないようそっとため息を吐き出した。
「ご夕食ですが、何かお好きなものや嫌いなものはございますか?」
「何でも食べますよ、好き嫌いはありません。突然の事で準備もされてないでしょうし。……ああ、何か足りないものがあれば言ってください、買い物ぐらいなら役に立てますので」
思わず立場が逆です、と叫びたくなったメアリはそれからもいくつか探りを入れたのだが。
この少年はなんでも自分でやろう、手が空けば手伝おうとするメイドの天敵だった。
(あああもうだめよ! この人はメイドを駄目にするわっ! メイド殺し! メイド殺しよ!!)
子爵の家に招かれたのだから、どっかり座ってああだこうだと命令して欲しいのに、自分でやります大丈夫です何でも好きですではもてなすどころか自分の仕事が危ういことこの上ない。
冒険者が総じてこうなのかは分からないが、情けないことにこれ以上話す時間もないし、探りを入れれば入れるほど骨抜きにされそうだったので、ぐぬぬと唸ったメアリはシーバスかギルガメシュに指示を仰ぐことに決めた。
「では、何かございましたらテーブルの呼び鈴でお呼びください」
「分かりました」
四人組を相手取った時や、詰め所でブライアンと話していた時の余裕はどこへ行ったというのか。
少し消耗した様子のリョウがあれかな、と確認している間にメアリは部屋から消えていた。
「なんだこの絨毯。くるぶしまで足が埋まるぞ」
向かい合わせのソファとテーブルの下に敷かれている、毛足の長い絨毯に踏み出しかけていた足を引っ込め、まずはと装備を外した彼は立ったままギルガメシュを待つことにする―――が、どうにもこうにも落ち着かない。
座る気にもなれないソファの手触りを確かめてみれば、総革張りで身体の半分を飲み込みそうなほどふわふわであるし、向こうにはしわ一つ無くぱりっとシーツが張られたベッドがあるのだが。
どう考えても一人用の大きさでない、あれに寝っ転がったところで安眠できるとは思えなかった。
(本でも読むか? いや、瞑想でもするか?)
空き時間なのだから勉強か修行をするべきかと眉を上げ下げ、視線をさまよわせることおよそ十分。
ノックと共に入ってきたギルガメシュは窓際に立ったまま腕を組んでいるリョウに首を傾げた。
「どうしたんだ、落ち着かない様子で」
「慣れてないんだ、こういう雰囲気。……馬鹿にするか?」
「まさか! 貴族とか冒険者とか関係ないだろう! それに君は僕の恩人じゃないか!」
「恩人なんて止めてくれ、本当に大したことないんだ。それより騎士団に何かあったのか?」
とにかく座ろうと向かいを示されて、仕方なくソファに座ったリョウが問うと、呼び鈴を鳴らしたギルガメシュは目を白黒させた。
「何を突然?」
「新しく騎士を募集するというから、何かあって人員が足りないのかと」
「毎年この時期になると募集するんだ。騎士だって定年や怪我で引退があるし、練度を一定に保つには人員の増減を平均的にしなきゃならないからな」
「定年……なるほど」
冒険者に定年制度はない。
繰り返し依頼に失敗するほど衰えれば受けさせてもらえなくなるし、戦闘を含めさまざまな危険に対応できなくなれば強制的な引退が待っているだけだからだ。
「年によって上下するが、だいたい数百人は受験するそうだ」
「狭き門なんだな」
「それでも僕は必ず合格してみせる。そして父上の手伝いをするんだ」
質問の意図が分かったギルガメシュは父から聞かされていたことをすらすらと答え、そして固い決意を語った。
それが自分の夢かは分からないが、立場上求められていることは百も承知なのだ。
「ちなみに試験ってどんなことをするんだ?」
「やけに聞きたがるけど、興味あるのか?」
音もなく現れたかと思ったら、見事な腕前で紅茶を淹れて消えたシーバスの身のこなしを横目で見ていたリョウは、結局立ち上がって頷いた。
「この歳で冒険者ってのも何かと辛くてさ。どこかの町でしばらく腰を落ち着けるのもありかなって思っていたんだ」
苦い言葉は事実だろう。
まだ二十歳前の彼がたった一人で冒険者と言っても、冒険者をある程度知っているものならまず仕事を頼まない。
なにしろ普通、多用な職種のものが数人集まって活動するのが冒険者、である。
一つの技能職を名乗るための技術とて一朝一夕に修得できるものではない。
その道の専門家が集まって臨機応変にさまざまな状況に対応し、時には強大な怪物と戦うことだって強いられる。
怪物の能力とて千差万別であり、物理攻撃がききにくい相手の場合戦士は盾役に徹するし、魔法が効きにくい相手には魔法使いが涙を呑む。
それでも相性が悪ければ傷一つつけることもできないまま敗走、壊滅することだってあるのだ。
リョウを見た目のみで判断すれば、金持ちの親などに装備だけを揃えてもらった駆け出しのひよっこであり、ある程度気配から推し量れる者にはできる奴と思われるとしても、しょせんは腕の立つ戦士一人でしかない。
知識や経験、発想力、観察力などから導き出される戦闘考察力や、どれほど手厚い準備ができるかの用意周到さ、資金力などはなかなか伝わらず、これまで実入りの良い仕事をあまり請けさせてもらえなかったのである。
冒険者向けの宿に出される依頼には確実性を期すために人数制限があったりするし、制限が無くても宿の主人が認めなければ受託することができない。
もちろん宿側にも、調子にのった初心者や傲慢な独り者に難しい依頼をやらせて失敗が続くと、悪評が立って商売があがったりになるからという言い分があるのだが。
たとえ今は金のために依頼を受ける必要が無かったとしても、彼には冒険者としての名声か見た目を含めた年齢か、仲間のどれかが不足していたのである。
それが分からなかったギルガメシュは、冒険者の暮らしが厳しくて腰を落ち着けようとしているのだと勘違いしてしまったが。
「うん、それで?」
「俺も試験を受けてみたい」
「本当か!? 君が一緒ならこんなに心強いことはない!」
「受かるかどうかは別だけどな。試験内容によってはやっぱり止めるかもしれないし」
「筆記試験と受験者同士の試合と、面接だが……」
試合と面接については問題ないだろう。
しかし学級で教わる程度の座学や、この国の知識が要求される筆記試験についてはどうだろうとギルガメシュが心配すると、何を考えたかを察したリョウは大丈夫だと言った。
「冒険者の知識ってのも馬鹿にならないぞ。学級に行けない家庭向けの教科書は一通り覚えたし、親父からもそれなりに教わったし。本もかなり読まされたしな」
実際には教わったとか読まされたとか一言で済む次元ではなかったりするのだが、それをギルガメシュが知るのはもう少し先の話だ。
「なら僕の方が危ないのか」
「どれで?」
「もちろん実技試験だ。……そうだ、僕と一緒に特訓してくれないか? 僕は父上に剣を教わっているんだけれど、頼めば一緒に訓練してくれると思う。君が隣にいてくれれば自分になにが足りないかが分かりやすいと思うんだ」
もちろん君の助言も期待していると言うギルガメシュに、正規の訓練を受けてみたかったリョウは一も二もなく頷いた。
「それは是非お願いしたい。正規の訓練を受けてみたかったんだ」
「決まりだな! さっそく夕食の時に父上に頼んでみよう!」
顔見知りの彼がともに試験に臨むというのでとても心強くなったギルガメシュは、ソファから勢いよく立ち上がると改めて握手を求めたのだった。
リョウは『メイド殺し』の二つ名を手に入れた!(ピロリー♪
【メイド殺し】
・メイドの仕事量-50%
* *
* + うそです
n ∧,_,∧ n
+ (ヨ(´・ω・)E)
Y Y *