第五節 期限つきの平和⑧
8/20 カレンダー見たら桜花の昼番の交代に矛盾があったため修正
(今日の分アルを代理にした → 中間日が交代初日のため不要)
なんだかんだと話し込んでいるうちに良い時間になってしまった三人はそろそろ帰ろうと『憩いの庭』を後にした。
ギルガメシュがリイナを家に送っていくというので、城の前までは一緒だなと通りを歩くその途中。
「あれはブライアン様かな?」
「父上? どこだ?」
「ほら、あそこ。花屋から出てきたところみたいだ」
「……だーかーらー。どんな目をしているのか知りませんけれど、私たちには見えませんの」
リョウは店舗が建ち並ぶ区画を指さしたのだが、フォレスト兄妹に見てとれたのはそこまでであり、この距離からではいったい何屋なのかすら分からない。
「父上と花屋……?」
「こう言ってはなんですけれど、まったく似つかわしくありませんわ」
首を傾げる二人は本当に父親なのかと疑っているが、店員に頭を下げられながら去っていったのは確かにブライアンであり、手に秋咲きのグラジオラスを持っていた。
「ブライアン様だと思うんだけどな。グラジオラスを買っていったみたいだから、エリアンヌ様へとか」
「少なくとも僕が物心ついてから、父上が母上に花を買ってきたことなんかないぞ」
「お兄様に完全に同意ですわ。お父様がそんな洒落た真似をするとは思えませんの」
顔を見合わせた兄妹は息のあった様子でなー、ねー、と頷き合っていたが。
グラジオラスってどんな花だったかしらと思い出していたリイナが、フォレスト家の危機かと顔を青ざめさせた。
「はっ!? グラジオラスの花言葉の一つは『密会』ですの! もしかして浮気!?」
「なななななんだと!? 父上が浮気だって!?」
「いや別に、『用心』とか『用意周到』とかもあるじゃないか……」
そんなにブライアン様と花屋の組み合わせが意外なのかとリョウが呆れていると、向き直ったギルガメシュが至極真面目に言ってくる。
「リョウ。君がとんでもなく博識なのはもう理解しているが、花の名前とか花言葉まですらすら出てくるのは正直どうかと思う。君の父上は何を思ってそこまで教え込んだんだ。女性を口説きやすいようにか?」
「い、いや、親父の考えは分からないけどさ」
たまたま読まされた図鑑が花言葉つきだったのかもしれないじゃないか、とリョウが軽くショックを受けていると、私は嫌いではありませんわと口の中だけで呟いたリイナが前方を指さし二人を促した。
「とりあえず、その花屋に聞いてみませんと!」
◇ ◇ ◇
「ええ、第一騎士団のフォレスト子爵が定期的にいらっしゃいます。なんでも、お城の執務室があまりに殺風景なので華が欲しいとか」
ブライアン=E=フォレストの子供だと名乗った二人に、さきほど頭を下げていた店員はそう言った。
「普段はどんな花を買っていくんですの?」
「いつもお任せですね。なので季節のお花や珍しい物を選ばせていただいてます」
「貴婦人に相応しくとか、情熱の真っ赤な薔薇を歳の数だけ、とかはないのか?」
「いえ、本当にお任せだけなのですよ」
兄妹に挟まれた、まだ三十路にはなっていないであろう女性は冷や汗混じりに答え、しばらくの間三人がああだこうだと言い合っているあいだ。
我関せずと店の前で待っていたリョウは、 花屋の店構えを眺めてふとした違和感を覚えていた。
(そんなに大きい店でもないのに、搬入口があるんだな?)
向かって左手の路地、井戸の手前の壁には両開きの大扉がついており、位置からして店舗部分の裏側に繋がっているらしい。
この程度の大きさなら仕入れ品が届いても店先から搬入すれば十分なはずなので必要性を感じなかったのだ。
「もとは食事処とか別の店だったのかもしれないな」
井戸の近くと言うのは住居や店舗を選ぶ上で重要な点であり、主要な街路ではないが、大きめの道に面しているここは客通りも悪くはなさそうだ。
常に最適化、効率化を心がけているから気になっただけで、ここの場所が花屋として不向きなわけではないと自分を納得させたリョウは、店に入るとまだやっている兄妹の肩を叩いて困り顔の店員に言った。
「二人とも、営業妨害はそのぐらいに。すみません、そのカトレアの鉢をください」
「はい、共通銀貨五十枚か連邦半金貨になります。お持ち帰りでしょうか? お届けでしょうか?」
「あ、持ち帰りますので手提げ袋をお願いします」
二人の前から逃げ出した女性は飾ってあった鉢植えを取り出して来て、金貨一枚と交換したリョウはそれをリイナに差し出した。
「はい、リイナちゃんに今日のお土産。重いから家までギルに持ってもらうといい」
「えっ……」
蘭の女王とも呼ばれるカトレアは豪華で美しい花を付ける上、花言葉も『優美な女性』や『あなたは美しい』とあって貴族の女性に人気が高い。
それをリョウから贈られてしまったリイナは本当に嬉しくて、いきなりの事で戸惑って、ぎくしゃくと受け取りながらもうまく言葉が出てこない。
「兄の目の前で妹を口説くとは良い度胸だな? リイナ、受け取らなくてもいいんだぞ」
「あっ、あっ!……ありがとうございます、リョウさん! 本当に嬉しいですわ……」
「なに、親父の教育を活用してみただけだ」
妹の手から手提げ袋をひったくって演技じみた横目の兄に、眉を動かしたリョウがしれっと言い返してやると、目を丸くしたギルガメシュは一瞬後、両手を広げて降参の意を示した。
「君を敵に回すと本当に恐ろしいと実感したよ」
リイナは掲げられた手提げを取り戻そうとぴょんぴょん跳ねており、ため息を一つ吐いて手を下ろしてやると、かなりの力で奪い返される。
大事に両手で抱えた妹が自分で持ち帰るつもりのようなので、手が疲れて泣き付かれる前にさっさと帰ろうと兄は退店を急いだ。
「今度こそ帰ろう。なんだか今日は疲れた」
「お兄様ったら情けないですわ」
「リイナも働くようになれば分かるさ。仕事に人付き合いに勉強に責任に……」
「まだ俺達は酒場でくだをまくって歳じゃないからな。身体を動かすとか散歩するとか、美味しいものをたべるとかでうまく気分転換していかないと」
「そ、そのときは私がご一緒しますわ!」
「リイナ。残念だがこの男は仕事訓練勉強大好きの変態だから気分転換なんか必要ない」
「おい? 確かに好きだが変態は言い過ぎだろう」
「いいや、変態で十分だね」
「聞いてくれよリイナちゃん、最近ギルが酷いんだ~」
「お兄様! 勤勉な者を相手に自分を卑下するならともかく、努力蔑むのは人の道に外れますわ!」
「妹よ。その正論は兄に辛い」
「……毎度ありがとうございました。今後ともごひいきに」
そんなふうに仲のいい三人はお釣りを受け取ると、城までの道のりを楽しんだ。
その様子は本当に仲むつまじく、数年来の友人関係に思えるほどで、見かけたお嬢様などはギルガメシュの砕けた表情やおどけてみせるリョウの様子に驚いたという。
◇ ◇ ◇
「リョウ、最近アトゥムを見て回ってるんだって?」
フォレスト兄妹と分かれたリョウが先に城に戻ったあとのことである。
夕食の前に一汗流してから風呂に入ろうと鍛錬の間で剣を振るい始めたら、シリルがやってきて今度お出かけしましょうと言ってきた。
「よかったら私が案内してあげるわよ。こう見えてもあちこち行ってて詳しいんだから」
家庭教師に詰め込まれるだけで外に出たことのない箱入りでないのはいいのだが、そう気軽に誘われると一瞬対応に迷ってしまう。
先輩達の話になにか情報がなかったかと食事中の雑談まで思い返してみると、確か公式にもそう言う事があるとアーレニウスが言っていたはずだ。
(そう言えばアルが、姫の外遊の護衛を勤める場合は絶対に目を離すなって言ってたな)
「そうだな、良かったら頼むよ。まだ主要な施設がほとんどで、本屋とか服屋とか良さそうなところが見つかってないんだ」
「本屋と服屋ね。分かったわ、調べておく」
シリルはものすごく耳が早い上に情報が確かなので、おそらく侍女を出入り口としたメイド情報網が全面的に支援しているのだろう。
だいたいこんな時間に城内を自由にうろついて鍛錬の間にも来られる身なりの良い娘など、残業中の文官かそう言うお方ぐらいしか候補がなさそうなものであるが、正体に気付かれないとでも思っているのだろうか。
(ブライアン様とか侍女さんとか苦労してそうだな)
もしかするとあの人と同じように気づく、気づかないではなく、そういう距離感を欲していると言う精一杯の訴えなのかもしれないと思ったリョウは、気づいていないふりを続けるのだが。
「俺の都合ばかりじゃなく、シリルは行ってみたい店とかないのか?」
「いいの? 優しいんだね。……私は雰囲気の良い喫茶店と、可愛い小物を扱っているお店がいいかな」
「小物というと?」
「ネックレスとかイヤリングが欲しいの。べつに仰々しいやつじゃなくて、町に遊びに行くときに付けるようなのでいいのよ。……そうね、せっかくだしリョウに選んでもらおうかな?」
「俺かー。俺は性能最優先で、流行とかさっぱりだぞ」
困ったように頭を掻いたリョウは、冒険者をしているときは攻撃力や防御力、機能性などが最優先で、見た目にはこだわってこなかったのが実際のところである。
命あっての稼業であるため多くの冒険者が似たようなものであり、特に魔法の武具を買えるような一流、超一流の集団の中には特定の意匠で作られた一揃えの装備の一部分だけを使っていたり、他の意匠のものと組み合わせてつぎはぎにしている者も少なくない。
たとえば炎の意匠で作られた板金鎧に、大鷲の意匠の上腕当て、飛竜の篭手に一角獣の兜なんて出で立ちの戦士も普通にいるのである。
これは彼らにもどうしようもなく、一揃えの一部分だけが発掘されたり、時を経るうちに一部分だけ切り売りされたり、盗難にあったりと何かしらの理由で分散してしまうせいであり、見た目は防御力に替えられないのだから仕方がない。
そのため鎧の上から羽織るサーコートに金をかけている前衛職も多く、魔法の物なんか出た日にはとんでもない高値で取引されることもしばしばだ。
幸い、と言うべきか。
リョウが財布に物を言わせて買いそろえてきた装備は、質実剛健を良しとするドワーフの作品だとか、性能最優先で作られたと思しきものがほとんどであり、いかにも武具といった基本的な作りになっているため、組み合わせたところで違和感を覚えるほどではない。
むしろ先に述べたようなつぎはぎ戦士に目が慣れてしまうと、ちゃんと合わせていると思える方である。
責任重大だと頭を悩ませていると、楽しそうなシリルは期待しているからねと片目を瞑った。
「リョウの感性に期待しておくね」
「分かった、いつにする? 朝から出るなら来週の中間日が空いてるけれど」
「えーっと……ってごめんなさい、今は分からないの。都合が良くなったら改めて誘うね」
「ああ、ならそのときに」
おそらく家族が療養中であることを言っているのだろう。
お転婆でもその辺りの分別はあるらしく、残念と肩をすくめている少女にリョウもまた今度と頷いた。
「あ、そろそろ行かないと。リョウ、またね」
「それじゃあまた」
長居はできないのと手を振ったシリルが去ってしまった後。
うーん、と腕を組んだリョウはそれとなく上司に相談しておくことにする。
(……ギルモア様には相談しておくか)
まさかいきなり不敬罪で磔にされるなんてことはないと思うが、相手が相手であるし、勘違いや行き違いで誘拐犯にされても困るのだ。
シリルがどう思うかは分からないが、念のための根回しはしっかりやっておこうと夕食後の団長訪問を予定に加えた彼は、剣を握り直すと再び訓練に取りかかった。
すると、五分もしないうちに今度は桜花がやってくる。
「いたいた。リョウ君、ちょっといい?」
「あれ、桜花さん。どうしたのです?」
「朝、レオナを神殿まで送ってくれたんだってね。ごめんね、私の代わりをさせちゃって」
「いえいえ、ちょうど町を見て回ろうと思っていたところだったのでついでですよ」
大した事はありませんと微笑む年下の少年は至って自然体であり、まるで厚意の塊だ。
応えられない好意や下心満載の男ばかり近づいてくるせいか、最近男性不信になりつつあった幼なじみが少し気を許しているようなので、桜花も今後忙しいときは頼りにすることに決める。
(アル君は一回でお断りされてたけれど、リョウ君なら今後もお願いできるかな。ちゃんとお礼も考えないとだけど……)
ただ二人揃って頼ってばかりも悪いので、何かお返しを考えないとと思っている間に今度は自分まで労われてしまった。
「桜花さんこそお疲れさまでした。フォートが来なかったせいで昼夜通しだったなんて大変でしたね」
「ほんとよ。顔を見せたところで怒鳴りつけてやろうと思ってたんだけど、ゾンビみたいな顔色ですまん、すまんってひたすら繰り返すから気が失せちゃった」
幸い彼女の昼番は昨日までで、今日からは昼番がアーレニウス、夜番がアントンになるためにしっかりと休めたらしく疲れを残してはいない。
「フォートの奥さん、あまり良くないんですか?」
「うん、お父さんのジーボルト侯爵が亡くなってから治療師に掛かりっきりみたい。知らない相手じゃないから私も心配だわ」
フォートの妻であるリーリアはもともと城で働く文官であり、親衛騎士とも知らない間柄ではない。
大臣の姪ということもあって、付き合いが発覚したころは派閥間で揉めるのではないかと心配されたのだが。
リーリアの父であり、ワール公の弟であるフランクは文官の中でも保守的で中堅の派閥に属するジーボルト家に婿入りしていたこともあってか、大きな反対もなく結婚できたのである。
ただ、彼女の妊娠が発覚してからしばらく後にジーボルト侯爵は亡くなっており、心労が祟ってかリーリアも体調を崩しがちになっているのだそうだ。
(悪阻とかは船酔いと同じく神聖魔法が効かないんだったな。霊薬もペプコリ触媒のものは避けた方がいいだろうし―――)
そうは言っても大量摂取すると中毒を引き起こしてしまうペプコリの実の汁を、触媒として使わざるを得ないのが霊薬であり、他のものとなるとエルフの秘薬など精霊由来のものか、精霊珠など魔符に似た精霊魔法の道具になってしまう。
反射的に妊婦の体力回復手段まで考えてしまったリョウであるが、多くの備蓄を抱える彼でも一つしか持っていないほどエルフの秘薬は貴重であったし、一時しのぎにしかならないと思われた。
結局はフォートに楽をさせてやれるよう、自分達が早く一人前になるしかないのである。
「一日も早く、代わりが務まるように精進します」
「君は授爵式さえ行えれば十分だと思うけどな。レオナも誉めてたわよ?」
「なんでレオナさんが?」
「なーんででしょうねー?」
不思議そうにしている少年の反応が、先ほど自室にやってきたレオナの予想した通りだったので、思わずふふふと笑ってしまった桜花はそうやって当たり前にしているところかな、とは言ってやらなかった。
「さて、そろそろお夕飯かな。リョウ君も集会所で食べるでしょう?」
「そのつもりです。行きますか」
ほとんど訓練にならなかったのだが話しているうちに良い時間になってしまったので、二人は並んで集会所に向かうことにする。
「俺達の授爵式はいつになるんでしょうね」
「試験からいきなり入団なんて例がないからちょっと分からないかな。本当なら、毎年春の昇級に合わせて推挙されるんだし」
かといってあと半年近くも見習いとしておくのはもったいない逸材達であるし、こちらの人手不足も深刻なのだ。
(表にでる仕事以外は十分頼りにできるし、レオナのこともお願いできそうだけど。お礼はなにがいいのかな)
できれば年始の復活祭に合わせてやって欲しかった桜花は、隣を歩く少年の精悍な横顔をちらりと見ると、仕事以外で頼る場合のお礼はなにがいいのだろうかと頭を悩ませてしまった。
リョウは自分の欲求を見せないため、なにをすれば喜ぶのか、なにが欲しいのかがさっぱり分からないのである。
(ま、レオナの事なんだし。レオナと話して決めればいいか)
桜花などはあのぽやぽやした幼なじみと一緒にお茶をしているだけで十分癒されるので、今度またゆっくりしながら相談してみることにした。
―――このようにしてリョウの中間日は過ぎていく。
当然団員達との夕食の後はお風呂がてらモニクと雑談し、最後はラピスにお茶を淹れてもらいながら夜遅くまで勉強である。
この日が特別忙しかったわけではなく、この密度が日常だといえば、彼がいかに多くの事象に取り囲まれていたかが分かるだろう。
何ごとも経験とするならば、彼はまさしく多くの経験を積める―――あるいは積まされる―――宿命を背負わされているに違いなかった。
④から続いたお出かけ日もこれにて終わり。
あともう一話やって五節は終わりになります。
次回は二人の騎士回




