第五節 期限つきの平和③
濃厚なモブ回(´・ω・`)
7/25 誤字修正
リョウが城に来て二週間がすぎた頃には、気の早い貴族令嬢による攻勢が始まっていたのだが。
どのお嬢様もまともな戦果を挙げるどころか名乗る余裕すらない状況が続いていた。
なにしろ相手は親衛騎士見習いである。
九時から正午、十三時から十七時までの公務中に話しかけるのは遠慮しなければならないのだ。
一度しつこく食い下がった子爵令嬢がいたのだが、彼女は衛兵たちに連行されたあと、呼び出された親共々厳重注意の上、三ヶ月の入城禁止を言い渡された。
「イグザート様! 私、フトーメ=O=ジョースマーと申します! よろしければ今度のお休みにお食事に行きませんか!?」
「すみません、今は公務中ですので」
「アトゥムでも有数の料理店に予約を入れてありますわ! イグザート様は食べ物はなにがお好きでしょう!?」
「先輩とおりますし、今はちょっと」
「すみません、ちょっとこちらへ来ていただけますか」
「あっ!? 何ですかあなたたち!? 私は今イグザート様とお話を……」
さらには彼女が入城の理由としていた王都美化委員会まで一ヶ月間城内施設の利用禁止となったため、当たり前のことなのだが公務妨害は絶対にしてはならないと言う空気ができあがってしまう。
あまりに素早い対応と少々厳しい処分の裏には、メイド有志による監視と通報の他にエリアンヌの助言を受けたブライアンの指示があった。
要するに彼女らは見せしめになったのである。
ならば狙うは早朝か昼休みか、公務後かになるのだが。
早朝は大勢の騎士に囲まれて訓練をしており近づけない。
昼は食事がてら他の団員と交流するために親衛騎士集会所に居ることが多く、部外者は近づけない。
夕方以降の自室に突撃をと思ったら、鉄壁の防御を誇る担当メイドに門前払いをされてしまうのだ。
「あの瑠璃色の悪魔を何とかしないと、イグザート様のお部屋には近づけませんわっ!」
「やっぱり、すれ違いに気分を悪くしたふりでしなだれかかるしか……」
すでにいくつか存在するイグザート様攻略会の一つで、意を決したお嬢様がそう言うと、向かいに座っていたお嬢様がおよしなさいなと首を振った。
「およしなさい。すでに何人か試みた者がいますが、すべて失敗に終わっているそうです」
「どうしてですの? イグザート様は気分を悪くした女性を捨て置くような方なのですか?」
違いますわと首を振った彼女が状況を説明すると、聞いていたご令嬢たちの顔色が悪くなる。
まず腕の立つ彼に、角で待ちかまえてぶつかったり倒れかかることなど不可能。
すべて気配を読まれて避けられてしまうか、無難に腕や肩を捕まれる。
目の前に座り込んで体調が優れないなどと言った日にはすみやかに巡回中の騎士が呼ばれ、彼らに治療師のところへ連れて行くよう頼むのだそうだ。
リョウが自分で連れて行かないのは、騎士爵の―――家を継げない貴族の次男や三男以降と、平民出の―――騎士達が貴族のお嬢様との出会いを切に切に願っていると聞いているからである。
このあたりはラピスや桜花、アーレニウスから助言を受けていたのだが、早朝訓練でのふれあいも役に立っている。
そうやって救護の機会を譲ってくれる彼の人気は騎士団内でさらに高まりつつあった。
「それは、やっかいですわね……!」
仮病とは言え救護してくれた相手を無碍にするわけには行かず、後日改めてお礼を、と言う運びになるのは確実だ。
彼女たちもそれを狙いたかったのだが、相手が本命のイグザート様ではなく、自分たち以上にせっぱ詰まっている騎士となるとのちのち面倒なことになるのは目に見えている。
下手にあしらっては恩知らず、礼儀知らずと囁かれることになるのでそれなりの対応をせざるを得ないのだが、狙ったように敵対派閥がどこそこのご令嬢とあの騎士は懇意にしている、恋仲だなどと噂を流すのだ。
誰もが縁組みを望むような上級貴族の一人娘だったり、相手が選び放題の爵位継承者でもないかぎり、その手の噂話はかなりの痛手になる。
子供の結婚相手を捜す親も、懇意の相手がいる者をわざわざ引き裂こうとはしない。
そんな面倒なことをしたり真偽を確かめなくても、それなりの相手なら他にもたくさんいるのだから。
「お父様も無理難題をおっしゃいますこと」
「ですわね。そんな有望なお方が男爵程度の娘になびくものですか」
一人の呟きに同意するもの数名。
というか、まじめに彼を落としたいと考えている者は全体の三割程度なのではないだろうか。
評判を聞きつけた親はやれ色仕掛けだ、やれ出会いを演出しろだのうるさいが、娘からすれば自分の子のレベルを考えてほしいと思うのだ。
逆に中庭での挨拶に痺れてしまったお嬢様や、背の高く高収入であれば構わないお嬢様などは本気になっているのだが、ライバルを増やしたくないので彼女らのやる気を出させるようなことは言ったりしない。
「平日は手が出せない、休日は捕まらないとなりますとねぇ…」
「お祝いの席にも呼ばれない私たちに、過度な期待をされても困りますわね」
何かのお祝いや国賓をもてなす食事会の、その後の舞踏会によばれるのは公爵、侯爵、伯爵までの上級貴族であり、相当大きな会にならないと子爵、男爵は当主を含めて招かれない。
力のある貴族の連れとして紛れ込むことは可能だが、一人の上級貴族がつれていけるのは一家族だけという暗黙の了解もある。
「お手紙を出すのはどうかしら?」
「同じ町にいるのに悠長な話ですわね。でもお手紙なら瑠璃色の悪魔を突破できるかも……」
「見習い中の身に余る上、異性関連で最近辛いことがあったので、今は誰ともお付き合いするつもりはありませんと返事が来て終わりだそうよ」
「まあ! なんて体の良いお断り文句かしら!」
「そう言われたら引き下がるしかないわね」
「ああ、この私がその傷を癒して差し上げるというのに」
「そう言うのは慈愛の心に溢れる聖女様にしか許されないわよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
「あーあ、早いところ誰かが射止めてしまえばいいのに」
会の主催者であるお嬢様が、明らかにやる気のない様子で壁際のメイドに目配せすると、メイドは委細承知と会釈する。
それはこの場の情報を流してかまわないという意味であり、やる気のある者にがんばって貰いたいという意思表示でもあった。
こうしてそれなりのお嬢様達で構成されたイグザート様攻略会その一からその六までは、為すすべのない状況を打開することができず、いつしかただのお茶会と化していったのである。
◇ ◇ ◇
一方、力のある貴族たちはというと。
リョウが親無しという情報を得たため、結婚相手を決めるのが本人である以上、派閥の中で一番良い条件の娘を代表とすればよいという方針に落ち着いていた。
所詮、冒険者上がりの平民である。
親衛騎士で上がれる前例が伯爵までである以上、侯爵の家柄をぶら下げてやれば飛びつくに違いないという貴族的思考が大勢を占めていたのだ。
ちなみにギュメレリーでは公爵は王の血族か大臣、地方を納める町の領主のみに与えられる爵位のため、実質侯爵が望める最上位といってもいい。
「では、我々はフィッツジェラルド公のフィオレンティーナ嬢を立てると言うことで」
「異議なし」
「異議なし」
幸い、武官畑最大派閥の長であるブルーシップ伯爵には十三になる息子しかおらず、他の侯爵や伯爵家にも婿入り相手に爵位を継がせられる一人娘はいない。
子爵家、男爵家など下級貴族は躍起になって娘を差し向けているようだが、うまくかわしているとの情報もあり、相手を吟味している最中なのだろうと考えられていた。
「あわてる必要はない。本命は彼の授爵式、その後の舞踏会であろう」
「うむ」
「アトゥム貴族としてどこの派閥に入るのかを選べるのはそこからだからな」
そこまでを話した貴族達は、控えていた執事やメイドを全員下がらせる。
これで文官最大派閥の出方が決まったと言う噂はすぐに出回り、フィオレンティーナ嬢以上の候補が出せない派閥は引き下がるだろう。
「ところで、ワール公とハーヴ高司教、それからお荷物男爵の姿が見えぬようだが」
「ワール公は王務代理のためしばらく参加されないとのことだ。ハーヴ高司教はトリオーン様の側を離れられぬだろう。マッセ男爵は……」
「ワール公に呼び出されたそうだ」
「おやおや、とうとう脱退勧告かな」
「いや、なにやらやらせるおつもりのようだ。マッセ男爵は必死になって腕の立つ者を集めているらしい」
「ふむ。私はてっきり、公はマッセ男爵を切るつもりだと思っていたのだが」
「やはり第二騎士団の力は惜しいのでしょう。なにか適当に討伐をさせて、汚名返上の場を与えるのではないですかな?」
「公もずいぶんとお優しいことだ、ハッハッハッ」
それでひとしきり笑い合った貴族達は、派閥会議を終えるとおのおのの家へと散っていった。
◇ ◇ ◇
「……というのが現在の状況ですね」
メイドによる有志会、通称「イグザート様見守り隊」の隊長であるガーネットは報告を終えるなりテーブルの三神菓子に手を伸ばした。
彼女の周りには九人ほどのメイドが居るが、全員どら焼きやすあまや団子に夢中になっており、話を聞いていたのか怪しいものだったが。
「今のところ、想定される勢力からの動きには対応できていると思って良いでしょう。文官に数名、雑談をする程度の相手が何人かいらっしゃるようですが警戒には値しません。それから―――」
重要な懸念事項が、とどら焼きを食べていたメイドの口と手が止まるなり、部屋の空気が少し強ばった。
この見守り隊が結成されたのは先日のことである。
親衛騎士おつきではないが、食堂の運営や厨房管理、廊下や便所掃除など階層担当のメイド達が例によって厨房で休憩していたら、突然現れたイグザート様がいつもありがとうございますと大量の三神菓子を差し入れてくれたのだ。
いくら城で働くメイドと言えど、気軽には食べられない三神菓子に彼女たちはたいそう恐縮したのだが、たくさん買いすぎてしまってと照れ笑いの彼は季節限定の箱まで置いていってくれた。
気持ちは嬉しいものの、さすがに手を付けられずにいたら、ガーネットがやってきたのでどうすれば良いのかと相談してみると。
「みんなで分ければ喜ばれると思いますよ。気さくな方ですし、重く考える必要はないかと」
そう言う事ならと箱を開けたメイド達は、美味しい三神菓子を十分に堪能したのである。
「美味しい……!」
「私、食べるの初めて!」
「私たちにまで気を使っていただけるなんて申し訳ないわねぇ」
「何か凄いこと命令されたりして」
「凄い事って?」
「そりゃ……スゴいコトよ」
「キャーッ!」
ちなみに、異国に足止めされた三神菓子屋の売り上げに貢献したいリョウが、本当に大量の菓子を買い込んでいると言う事情もあるのだが。
貴族―――彼の場合は授爵待ちだが―――がメイドなどに高級なお菓子を差し入れるなど基本無いことで、最初はなにか裏事情でもあるのではと思われていた。
ただ、翌日には宣伝もかねたばらまきがあちこちで行われていたことを耳にしたし、彼女たちにも追加が差し入れられたので、使用人を代表して私たちがご厚意に報いなければとなったのである。
何をするかにあたっては、ガーネットが妹を手伝える人が欲しいと言ったため、イグザート様に近づこうとする者を監視し、強硬手段にでようとするならば即通報するという見守り隊が結成された。
お菓子のお礼なのだから影ながらそっと見守り、情報を集めてくるぐらいでちょうど良いのだろうが、そんな彼女たちにもどうしようもない相手が登場しつつあったのである。
「一つ懸念がありまして。……その、あのお方はどうします? この間、イグザート様はどこにいるかと尋ねられたので、鍛錬の間ですとお答えしたのですが」
「私も尋ねられました」
「私も」
「私も聞かれたことがあります」
「私、最近町ではどんな服が流行っているのかって聞かれました……」
「夜、お一人で城内を歩き回っているようです」
「侍女長はご存じです。私たちは常に自然体で対応しましょう」
実質、きっぱり言い切ったガーネットの案以外に選択肢はないのだが。
やや不安そうな面々が揃って頷いたので、今日の会合はこれで終わることになった。
「ではこれで第三回定例を終わります」
◇ ◇ ◇
そんな会合があちこちで行われていた日の夜。
「お帰りなさいませ、リョウ様!」
「ただいま。そうだ、ラピスにこれを」
リョウから手渡された小箱の意味が分からず、ラピスはきょとんとしてしまう。
「これは?」
「いつも頑張ってくれているからさ、そのお礼」
「お礼だなんて! そんな、当たり前のことですのに」
全力で仕事を遂行することは当たり前の事なので受け取っていいのかしらと迷っていたら、彼が来客の相手をありがとうと微笑んだ。
ときどき現れるお嬢様の応対を、ラピスがすべてうまくやっているのをリョウは気づいていたのである。
「三神菓子だから、痛まないうちに食べてな」
「あ、ありがとうございます! 感激です!」
心遣いに感謝しつつ受け取って自室に戻った後。
震える手で小箱を机においたラピスは声を出さないように万歳をくりかえすと、ベッドに飛び込んでごろごろばたばたしてしまう。
「―! ~~♪ ―――!!」
当たり前のこととは思っていても、やっぱり頑張りを誉められるのは嬉しいもので。
それが生き甲斐としている仕事の事ならなおさらだ。
数分も悶えてやっと落ち着いた彼女は乱れた服と髪を直していたのだが、視界の片隅に小箱が映るたびに口元がゆるんでしまうのはどうしようもないことだった。
深夜、いつもより念入りな入浴の後。
日報を閉じたラピスが椅子の上に正座して小箱をあけてみと、そこには秋らしく栗と紅葉と柿、そして瑠璃色の矢車菊の練り切りが入っていた。
「うわぁ…可愛い!」
早速飲み物を用意して一つ目を口に運ぶ。
目を閉じ、全神経を集中して味わい、名残惜しくも飲み込んだ後。
しばらく悩んでいた彼女はどうしても我慢できずに二つ目も食べてしまう。
「ううっ、一度に食べるなんてもったいない」
さすがにこれ以上はと引き出しにしまって翌日の夜に三つ目を頂いた。
しかしどうしても最後の一つ、矢車菊の練り切りを食べる事ができずにいた彼女は、とうとうカビさせてしまうという痛恨の過ちを犯してしまったのである。
なお、心底後悔した彼女が痛んでしまったそれを食べたのか、捨てたのか、まだ持っているのかははっきりしていない。




